第119話 閑話・冒険者ジェイク2ー3
森の中とはいえ、街道に程近いこの場所は明かりもたっぷり入る。
とはいえ、狭いテントの中だ。大柄な俺が一緒にいると窮屈だろうと思い、体半分外にはみ出しながら、食事を摂り始めた女の様子を見る。
どうやら恐怖は食欲に負けたらしい。
腹は減っているらしくパンを小さくちぎってはパクパクと口に運んでいるが、ちと急ぎすぎなのが気に掛かる。
「誰も取らねぇから、ゆっくり食え。慌てると喉につっかえるぞ」
「ん、……ん!」
「言わんこっちゃねえ」
言った先からパンを詰まらせた女に水筒を渡すと、焦ったように中の水をごくごくと飲み始めた。
「プハッ、あ、ありがとう。そういえば、あの、名前も聞いてなかった」
やっとこっちを見たなと思いながら、俺は自分のことを軽く教える。
名前、年齢、冒険者という仕事。
再びゆっくり食えと注意することも忘れなかったが、その手は止まらない。
アイン村のオリガが作った特製シチューには負けるが、俺のスープだってそこそこ美味いからな、無理ないか。
「ありがとう、ジェイクがいなかったら私ここで死んでたのね」
「あんた、名前は?」
「私は皐月。平賀皐月よ」
「サツキか、いい名前だ」
サツキはスプーンの上に乗った小さな肉をパクリと口に入れた。
「美味しいなぁ、本当に、美味しい……」
それを口に運ぶ手は止まらない。
そして、ポロポロと溢れる涙も止まらない。
「普通だったのよ、普通の一日。ただちょっと転んだだけだったの。それなのにこんな、こんな」
喋る、食べる、カップの中のスープはもう残り半分もない。
サツキの話をうんうんと聞きながら、俺はおかわりが必要かどうか考えていた。
明日の自分のメシが予定変更になるが、それでもいいか。
この黒髪はきっとあいつらの仲間だ。
以前会ったことのある冒険者四人組もサツキと同じ神の落とし子で、職業も勇者や聖女とバラエティに溢れていた。
サツキは薬師。ありふれてはいる。
ただ、この外見。
長い黒髪、大きな真っ黒いキラキラした瞳。平均よりだいぶちっこい身長に細い腕。
一人ではこの世界で生き辛いだろう。
「私、死んじゃったのかなぁ。階段から落ちて無事では済まないわよね」
やっと涙が止まったらしい。
スープとパンは完食している。お腹がいっぱいになって余裕が出てきたのだろうか。
「サツキは生きている。神の落とし子は生きてこの世界に連れて来られるんだ。ただ、元の世界に戻ったら死ぬかもな」
「なになに、それどういうことよ」
俺は以前出会った落とし子の話をする。
彼らは車に跳ねられる直前でこちらに連れて来られたと言っていた。
それ以前の物語の落とし子たちの話も似たようなものだ。
「そうか、じゃあ私、この世界で生きるしかないのね」
瞬間、サツキの瞳が輝くのを見た。
今までの捨てられた動物のような同情を引く情けない瞳から、自立した大人の人間の強い瞳に。
ああ、開き直ったか。開き直ることのできる人間は強い。
「サツキ。お前俺と旅に出ないか? この世界のこと教えてやるし、他の落とし子にも会えるかも知れねぇぞ?」
「え、ジェイクと一緒ならそれは嬉しいけど」
出会ったばかり、性格もわからん。
だが、なんとなく、サツキとなら楽しい旅ができそうな予感がした。
少々厄介ごとの気配もするが、そんなもんは俺が蹴散らしてやればいいだろう。
こうして俺とサツキは二人で旅をすることになった。
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