第120話

 南東に向かう街道は、通る馬車の轍のせいで凹凸が激しく、普通の馬車なら揺れて大変そう。

 幸いにしてこの世界では、何故か馬車の進化が著しい。

 ならば乗用車ができればよかったのになんて思ったけど、この風景に私たちの知っている車は似合わないよね。材質も困るし。

 道を舗装したり平すことはしないのかと聞いたら、そういう時間とお金がかかることをするのが領主の仕事なんだと、そしてここいらを治めている領主が良くないんだろうと、杉原さんが言っていた。

 街道の両側にあった森は少しずつ密度を減らし、林から時折大木が生えているという状態まで、この数日で景色は目まぐるしく変化していた。

 左手、北東側に遠く見えている山脈に向かうことになるんだけど、そちらへ向かうこの街道は道なりに進んでいくと海に沿っていくことになる。

 この世界の海はどんな感じなんだろう。

 湖は私たちの知っているものより、澄んで綺麗だったけど。


「ファルとシオンにそろそろお水をあげたいな」


 こうして手綱を握って様子を見ていると、なんとなく二頭の考えていることがわかる。

 今は少し疲れているようで、二頭とも喉が渇いているみたいだから、開けた場所を探して小屋を出して休みたい。

 私たちもそろそろお昼ご飯の時間だからちょうどいいしね。


「休める場所が広い方がいいですね。ああ、あの木まで行きましょう」


 一緒に御者台にいる夕彦くんが、進行方向に見える大きな木を指差した。青く繁る葉っぱがたくさんついた枝が、大きく四方に張り出した立派な姿。

 あの木の下なら小屋を出してゆっくりできそう。

 休憩を挟むときは、御者をやっている者の裁量でいれていいことになっている。

 と言っても、私たちは大体休憩を取りたい時とかご飯の時間とかにずれが少ないから、反対が出るはずもない。


「うん、それじゃあ、ファル、シオン。もう少し頑張ってね」


 私が二頭に声をかけたその時、夕彦くんが突然中腰になった。

 何があったの?


「ありす、前方100メートル、魔獣が来ます。このまま走らせて下さい。魔法で片付ける」


 私が返事をする前に夕彦くんは街道から少し外れた草の、ザザザっと動くあたりに狙いをつけて何本もの氷の魔法を放った。

 氷柱がザクザクと何かに刺さる音がする気がした。

 多分、実際には走る馬車の車輪や荷台の振動、風を切る音でそんなもの聞こえないのに、戦闘の音ってだけで過敏になっているんだわ。


ギャゥウッ


 確かに獣の叫び声が聞こえた。これは本当の音。

 私たちを獲物と狙った魔獣は、こちらにたどり着く前にあっさりと倒れた。

 夕彦くんはその亡骸に近づくこともなくストレージに収納する。


「ありす、怖いなら見なくていいんです。僕や圭人がいるんだから戦闘は任せてくれて大丈夫ですよ?」


 私が怖がってるのバレバレだね。

 なんとかしなきゃいけないんだけど、どうしよう。


「ううん、私たちは欠ける事なくこの世界を生きなきゃ。それにはこんなのへっちゃらって慣れないとダメよね」

「その割に手は震えてるし、顔も引き攣ってます。小屋を出したら少し長めに休憩を取りましょう。あと、命を奪うことに慣れるのは無理ですよ」


 でも、戦わなきゃ。

 こうやって私は、私を少しづつ追い詰めていっていることに気が付かなかった。

 それは自分だけでなく、仲間も危険に晒すことだったのに。

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