第98話

「あの森はな神域と繋がっているという話がある。落とし子様方も森から出て来たそうじゃな」

「はい。俺たちは気がついたら四人で森の中にいました。そこで木に登って、街っぽいものと湖が見えたんで、湖に行ったんです」


 圭人くんがこの世界にきた時の話をする。なんだかもう何年も経っているような感覚だけど、そうでもないのよね。


「ほう、街が見えたならそちらに行けば良いだろうに、なぜ湖に向かったのだろうか」

「何も、知らなかったから……、です」


 公爵の疑問に答える私は、あの時のことを思い出しながらなんとか説明する。


「言葉だけわかっても、常識が違えば排除されてしまいます。だからなるべく小さな村に行って常識を知ってから大きな街に行こうとしました」

「そのおかげで上条さんに会えて、この世界のことを知ることができたんです」


 光里ちゃんもあの時のことを思い出しているのかな。


「俺たちと同じだ。俺と上条も湖を目指して森を抜けた。最初に行った村でしばらく世話になってこの世界のことを知ったり、魔物狩りの仕方を学んだんだ」


 杉原さんもあの森に落とされたのね。

 森はこのままこの国が管理した方がいいんじゃないかな。他の国の落とし子の扱いがどうだかわからないし、私たちのような転移者がどれだけいるかも疑問だわ。


「グルブの動向は引き続き監視を続ける。不穏な行動があればすぐ報告しよう」

 

 じーっとオランジェ公爵を見てしまう。

 髪の色はオレンジと金の中間。まるで夕日のような色。

 オールバックにして額に少しだけ後毛を遊ばせている。瞳の色は薄い青。綺麗な宝石のよう。ジュエル陛下とどこか似ている、若い頃は綺麗な王子様だったんだろうなと考えてしまう。

 お肌は白く、お顔には少しシワがあるけれど、ジュエル陛下のお祖父様の弟ということだから少なくとも六十歳は越えているはずなのに、綺麗な姿勢と凛とした表情が年齢を感じさせない。


「わしの顔に何かついていますかな、可愛いお嬢さん」


 にっこりと微笑まれてドキッとしてしまう。


「いえ、すみません。ジロジロ見ちゃって」


 ジロジロと見つめるのは失礼だったよね、慌てて公爵に謝る。

 なんだろう、公爵が私を見て困った顔をしている。


「落とし子の方々は貴族を知らない。それが私たちには不思議で魅力的に見えてしまいます。どうか皆さま、気をつけられよ。この国だけではない。理不尽な命令をするものはどこにでもいる」

「そうだな、キリ殿はすでに理解していると思うが」


 公爵の言葉を受けて陛下も。そんなに貴族社会って大変なのかな。私にはよくわからない。


「ああ、この世界の常識も旅をしながら教えていくつもりだ」

「よろしくお願いします」


 四人で杉原さんに頭を下げた。


「ああ、こちらこそよろしく。さて、情報交換はこれくらいで、俺たちは用件を済ませに商業ギルドに行こう。良いだろう?」


 杉原さんの言葉に、陛下が頷く。


「キリ殿、落とし子様方。何かあったら女神館の水晶の間に転移するといい。この国で一番安全なところだ」


 公爵とも挨拶をして、私たちは王城から街に戻ることにした。

 トーマスさんは謁見の間で別れたきりだった。またイプスの街に行ったら会えるかな。

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