075 共有
「ルシウス!!」
僕が吹き飛ばされる様子を見ていたさくらが叫んだ。
これは子供が咄嗟に驚いた事で、ただ単に僕の名前を叫んだだけなのか、僕の安否を確認する為のものなのか解らない叫びだ。
だが、その言葉からは、悲痛な想いが伝わって来る。
さくらの身長を何倍も超える熊の大きさに、目の前で簡単に人が宙に浮くと言う事実。
その衝撃は計り知れないものなのだろうから。
顔は青ざめ、両手は胸の前に、その恐怖から自然と身体全身が震えていたのだから。
だが、それで熊の行動が止まる訳では無い。
熊は突進して来た勢いを僕にぶつける事で無理矢理止めて、さくらの目の前で止まった。
熊の巨体が立ち塞がった姿は、さくらの方から見れば影になって黒く不気味に映る。
熊のだらんとぶら下がっていた右手が上に持ち上がり、振り下ろす勢いそのままに鋭利な爪を使って、さくらを上段から切りつける。
「イヤー!!!」
さくらは頭を両手で押さえて精一杯叫ぶが、その心情は恐怖により気を失う一歩手前。
熊の爪による攻撃が、さくらを襲った。
(何故こんなところに熊がいる!?お前はいつも森の深く、山の頂上付近にいる筈だろうが!くそっ!見落としていた!!僕のせいで、さくらが...さくらが!?)
僕は吹き飛ばされながらも宙に浮いた状態でそれを見ていた。
さくらの叫び声が無情にも森の中で響いている事。
熊から振り下ろされる右手は丸太のように太く、先端にはナイフのように鋭利な爪が伸びている事。
そして、その振り下ろされた右手が、さくらの身体を切りつけた事をだ。
(...さくら?...血が、流れている?)
さくらの身体から真っ赤な血が飛び散り、その場を赤く染めて行く。
その様子を目撃した僕の鼓動が徐々に大きく跳ね上がる。
「ドクン!」、「ドクン!!」と、自分では抑えられない衝動だ。
この時、僕の内側からドス黒い感情が全身を駆け巡った。
さくらを傷付けてしまった悲しみに、守る事が出来なかった自分の不甲斐無さ。
それらの感情が交差し、その原因を作った自分自身に対して、さくらを傷付けた熊に対しての抑えられない憎しみが途方も無く溢れて。
腹の底から込み上げる憎しみは、やがて怒りを生み出し、僕の感情を支配して行く。
熊に跳ね飛ばされた衝撃や痛みは、怒りから来る脳内麻薬(アドレナリン)が掻き消した。
全身に流れる血が沸騰するように熱くなり、体内の魔力が荒々しく周囲に漏れ出す。
「ブチッ!」
その瞬間、僕の中で何かが弾ける事を確認した。
こめかみには血管が浮き上がり、瞳の毛細血管が切れて赤く充血をする。
すると、体内から漏れ出す魔力と、周囲からマナを集め出す僕。
相反するその行為が、僕自身に膨大な魔力を生み出して行く。
普段は可視化されていない背中の翼も、その魔力によりハッキリと具現化されていた。
僕は自分の身体が傷付いた事より何よりも、さくらが傷付いた事が許せなかったのだ。
さくらは熊の攻撃により、正面の肩口から腰に掛けて斜めに切られていた。
ただ、幸いだった事は、さくらが恐怖で腰を抜かした瞬間だった事。
そのおかげで熊の鋭い攻撃は、さくらの表面(皮膚)だけを切りつけて、内臓まで届く事が無かったのだから。
だが、それでも傷から血が溢れている。
このまま時間が経てば、出血多量で確実に死が訪れてしまう。
(さくらを...護る!!)
熊にふき飛ばされた僕は、空中から地面に着地する瞬間。
衝撃を分散させる為に地面を回転しながら受け身を取った。
うん。
まさか、こんなところで役に立つとは思わなかった。
今の状況は想定外なのだが、受身の練習をしていてこれ程良かった事は無い。
ただ、今この状況では、さくらは傷を負っている為に自力で動く事が出来そうに無い。
僕一人ならまだしも、さくらを背負って逃げたところで、簡単に熊に追い付かれてしまうだろう。
だが、初めから僕の中でさくらを残して逃げると言う選択肢は無い。
それで自分が死ぬ事になってもだ。
それでも勝てないのならば、さくらと運命を共にするだけ。
どうせ死んでしまうのならば、此処から逃げ出せないのならば、僕は戦った末に、どうしようも無く死ぬ事を受け入れるだろう。
だが、そんな事はさせない。
この状況を否応無しに、そのまま受け入れたりなどはしない。
二人して生き残るのだ。
どんな事をしても。
何としてでも。
僕はその為に最善を尽くすだけだ。
(何が何でも...二人で生き残ってみせる!!)
僕は着地と同時。
熊に対して即、反撃に出た。
さくらが傷付いた事で、僕の内側で何かが暴れている。
それは、ドロドロとした感情が渦巻き、全身を流れる血が灼熱のように熱いもの。
抑制と言う理性の箍(たが)が外れ、内に秘めたる凶暴性が解放された瞬間。
相手が殺意を向けるならば、僕は容赦をしない。
殺される前に殺す。
ただ、それだけだ。
「お前を...殺す!!!」
僕は走りながら手の先端に魔力を収束させ、剣を形成する。
これは、無属性魔法のマナブレイドに似せた、“マギーシュヴェールト”だ。
魔法の使えない僕は、魔力を収束させるだけでそれを模倣する。
高密度に凝縮された魔力は、鉄や鋼よりも硬い。
その鋭く伸びたマギーシュヴェールトで熊に攻撃をする。
「はあ!!」
僕は、魔力を出し惜しみせず、自身が使える能力を何重にも重ねて行く。
魔力で身体強化。
魔力で武器作成。
精密な魔力操作で別々の力を自由に操って。
そして、傷付いて動けないさくらを護る為に、さくらと熊の間に割って入る。
「あれは、翼?...ルシ、ウス?」
この時、さくらは僕には聞こえない声で言葉を発していた。
熊と対峙している僕には聞こえない音で。
「天使、みたい...」
さくらの薄れ行く意識の中で、心の声が漏れていたようだ。
この意識を失う前に見た光景。
光と魔力が混じり合い、翼がはためいている僕の姿。
幻想的に映し出し出されたその光景は、僕の姿も合わさる事で、とても神々しく見えたようだ。
(先ずは、ここから)
さくらと熊の間に入った僕は、その決意を行動に変えて行く。
これは、さくらを護る為の第一歩だ。
浮遊してしまえば遠くから攻撃出来るが、それではさくらの安全を護れない。
さくらは、既に傷付いて瀕死の状態。
これ以上、二次被害を出さない為にも。
相対する巨大な熊は、全身を筋肉の鎧で守られていた。
目の前に立つと、尚更それがハッキリと解る。
熊と人間(子供)では身体の大きさから身体能力まで、もともとのスペックが違い過ぎるのだから。
その圧倒的な存在感。
その目の前の恐怖に呑まれたら、身動き出来ずに蹂躙されるだろう。
相手の攻撃は、どれも一撃必殺になり得るものなのだから。
(これくらいの威圧など!こんなものは、今までに何度も経験して来ただろう!思い出せ!終焉での戦いを!)
これ以上の恐怖を、これ以上の存在を、僕は知っている。
現実化した創造神や神々との戦い。
だが、その頃とは決定的に違う事が幾つもあるのは事実だ。
僕の身体が子供になっている事。
ゲーム時代との身体能力の違い。
現在、魔法が使用出来無い事。
それは、戦技(アーツ)もスキルも、装備している武器も何もかもが違う。
でも、こんな事で諦める僕では無い。
そして、ただただ恐怖に呑まれる事も無い。
それは、僕が生きると言う事に我武者羅だからだ。
相手の攻撃を掻い潜っては、僕の攻撃だけを確実に熊に当てて行く。
その技術は、その速さは、到底子供が出せるものでは無い。
よく表現の例えで剣閃が糸状に走ると言うが、それが目の前で実際に起きているのだから。
この場面を傍観している者がいたのならば、目の前で何が起きているのか全く理解出来無い事だろう。
僕が唯一持つ規格外の魔力を、躊躇無く使用する事で可能とした戦闘法だ。
「グアーっ!!」
熊の鳴き声が周囲に響き、血飛沫が宙を舞う。
だが、これだけ強化した状態だと言うのに、熊の正面からの攻撃では致命傷を与えられていないのだ。
それは、熊の皮膚(防御力)が僕の攻撃よりも硬いからだ。
(ただ、闇雲に攻撃をしてもダメだ!相手の脆い場所を、急所となる場所を狙う!)
僕は、攻撃を止めずに熊を斬り付ける。
動き続ける事は苦しい。
ヒビの入ったアバラが軋む。
酸素を取り込む肺は、既に活動限界に近い。
ただ、この苦しみは死ぬ事を否定する為に抗っているからこその痛み。
そして、この状況を打破出来るのは僕だけなのだから。
僕達が生き残る為に必要なものだから。
熊への正面からの攻撃では倒せない。
それならば、生物の急所を狙って攻撃をするだけ。
但し、今のままでは熊のその巨大さから、一番の急所である心臓や頭が狙えない。
そして、その急所である心臓は強固な胸板で守られていた。
では、僕が狙える急所は何処だろうか?
それは熊の脳だ。
生物では鍛えようが無い目を通して、その奥の脳を狙うのだ。
ならば、やる事は一つだけ。
熊の方から急所を下げさせれば良い。
その為に僕は熊の下半身へと重点的に攻撃を加え、その体勢を崩して行く。
足の指。
アキレス腱。
膝関節。
股間。
へそ。
通常、急所以外の場所では皮膚が硬く、マギーシュヴェールトでは表面を浅く斬るだけだ。
でも、身体の脆い部分は違う。
熊であろうが、その攻撃がしっかりと通るのだ。
だが、相手は野生の熊。
自分が傷付いても、怯まずに攻撃をして来る。
「ガァアアアー!!」
「そんな大振り、当たるものか!!」
僕は、目の前の事だけに集中をする。
その集中力は感覚を研ぎ澄ませ、周囲の状況を鮮明に映し出して行く。
それは、目の前で対峙している熊の全貌。
背後に傷付いて倒れているさくら。
周囲に生えている木から、その一枚一枚の葉。
空に浮かぶ雲。
この状況とは関係無い、周囲を飛び回っている虫までを。
(熊の体毛一本一本から、周囲の細かい状況まで良く見える!)
このように、周囲全てを鮮明に捉えているからこそ、熊の微細な動きを事前に察知出来る。
熊がその手で攻撃する直前、動き出す身体の筋肉から簡単に予測が出来る為、その軌道がハッキリと見えるのだ。
相手の攻撃を避けて、僕の攻撃だけを当てる。
言葉では簡単な事だが、実際行う事は難しい事。
これが出来るのならば、死合(試合)などは成り立たなくなるのだから。
「さくらを、傷付けたお前を許さない!!」
攻撃を繰り返す事で、3mを超える巨大な熊の重心は徐々に下がり、ようやく相手の頭が手に届く範囲まで来た。
そこで僕は、躊躇無く相手の目に狙い済まし、脳まで破壊する突きを繰り出す。
「これで決める!!」
魔力で形成したマギーシュヴェールトの一撃は、熊の目を捉えて確実に急所である脳に達した。
すると、突き刺した直後。
熊の動きは活動を止めて徐々に停止して行く。
僕は、危機的状況を乗り越えて熊を倒す事に成功した。
だが、此処で何故か、以前プロネーシスが言っていた言葉が頭を過った。
「但し、熊に関してはまだ力不足です」と言う言葉がだ。
不意に訪れた不安が僕の頭を過ぎるが、この言葉は確か捕獲が出来るかに対しての答えだった筈。
それは、動物を殺す事よりも、生きたまま捕まえる事の方が難しいからだ。
それに僕の一撃は、確実に熊の脳に達している。
僕はマギーシュヴェールトを熊から抜き去り、傷を負ったさくらの下へと駆け寄った。
「さくらの傷を早く何とかしなければ!?」
僕が気になるのは熊の最期よりも、さくらの怪我の状態だ。
これが重傷ならば、魔法の使えない僕では治す術が無いのだから。
「さくら、大丈夫?話す事は出来る?」
僕は、倒れているさくらを腕に抱えて、その意識を確認する。
見た目では解らない事でも、相手が話せる事で今の状態を確認出来るからだ。
「かはっ!」
さくらの口から血が溢れた。
吐血した血は僕の顔を濡らす。
目が虚ろで、目を開いている事自体がとても辛そうだ。
「ル、シ、ウス?」
話せる事から意識はあるのだが、血を吐いたと言う事は、何処か内臓を損傷しているのかも知れない。
それに、熊の爪で切られた傷から血が止まらない。
「さくら、大丈夫!僕が絶対助けるから!」
明らかに、さくらの容態は悪いもの。
僕はそれを払拭する為に、さくらの手を力強く握り宣言をした。
(だが、このままではやばい...魔法の使えない今の僕が出来る事は何だ?先ずは血を止めて止血する事...魔力なら傷を塞ぐ事は出来るか?)
さくらの身体から流れる血を止める事が先決だ。
血や汚れで纏わり付く服を脱がし、直に肌を確認して傷を見る。
すると、肩口から腰の辺りに掛けて三本の傷が刻まれていた。
(これは、さくらの身体が小さかった事が幸いしたのか)
熊が狙いを定めた的が小さかった事が、爪による攻撃全てを受けずに済んだ。
それに、表面に傷は刻まれているが、内臓までは傷付いていない。
これだけでも助かる確率が跳ね上がる。
医療機器や医療設備が整っていないこの世界では、内臓を治療する事は出来無いからだ。
僕はさくらの傷を止める為に、魔力に指向性を持たせて引っ張り合う力を持った魔力を作り出す。
それとは別に汚れを吸引させる力を持った魔力を、両手にそれぞれ作り出した。
属性は変化させられないが、魔力の性質は変化させられる。
そして、さくらの傷をなぞるように魔力で汚れを取り除きながら、傷口を合わせて行く。
薬草やポーションが無いこの状況で、僕が出来る最大の応急処置だ。
だが、これは傷が治った訳では無い。
傷を塞いだだけでしか無いのだ。
それに、熊の爪は目に見えない雑菌だらけのもの。
このままでは感染症の恐れが高い上に、痛みや血を流し過ぎている事で、ショック死や出血多量で死んでしまうだろう。
瀕死の状況は何も変わっていないのだ。
(ここからどうすれば良いのか?)と悩んでいる時、何故かさくらが無理やり動き出した。
それと同時にプロネーシスの声が聞こえた。
「っ、ルシ、ウス、うしろ」
『...マスター!?』
「!?」
僕はさくら(プロネーシス)の言葉を聞いて、慌てて振り返った。
どうやら先程、頭によぎっていた不安が現実のものとなってしまったようだ。
(急所を貫いたのに生きているだと!?何故だ!?)
急所を貫いた筈の熊が、再び活動を再開していて僕の背後に立っていた。
どうやら、プロネーシスは僕に注意喚起をずっとしていたみたいだが、僕はさくらの傷を止める事に夢中で、その声を聞いていなかった。
気付いた時には、もう遅かったのだ。
熊の振りかざした右手を僕は為す術も無く、もろに貰ってしまった。
「がはっ!?」
僕は、勢い良く地面に擦れながら10m近く吹き飛ばされた。
一応、戦闘が終わった状態でも、魔力による身体強化を切らずにいた事で、熊の斬撃を防ぐ事には成功した。
だが、その背中ごしからの一撃は僕の腕をへし折り、ヒビの入っていたアバラの骨を完全に砕いた。
その途轍も無い痛みが、身体中を駆け巡った。
この一撃は、僕にとって致命傷とも言える一撃だった。
身体能力を低下させ、身体をまともに動かせる状況では無くなったのだから。
(ここで...)
でも、そんな状態で動きを止めれば、死ぬだけだ。
それは、僕だけで無く、さくらも一緒に。
何とか、さくらの傷は塞いだのだ。
正直、僕にはこの後の処置が思いつかないが、生きてさえいれば何とかなる筈だと。
それは、生命があればこそなのだと。
(ここで!!)
ならば止まっている時間など無い。
さくらは、魔力で傷を塞いだと言っても動けない状態に変わり無いのだ。
もし、その状態で熊の攻撃を受ければ次は助からない。
僕は、自分の壊れた身体を、魔力で補強して無理矢理動かす。
抗って、争う。
僕とさくらの、生命を護る為に。
(ここで動かなくて、何が英雄だ!?)
丁度今、熊がさくらに攻撃を繰り出そうとしている瞬間。
それを防ぐ為、僕は熊の下へと疾風のように駆け抜けた。
その際ありったけの魔力を左手に込めて。
「いい加減、しつこいんだよ!!」
僕は、熊のがら空きの側面に、ありったけの魔力を込めたバスケットボール程の大きさの魔力砲を打ち込む。
魔力は、その密度によって硬さを変えられるものだ。
今の僕の能力なら、鉄よりも固い魔力を形成出来る。
それを1,800m/sの速さで発射する。
これは戦車砲の威力と同等のもの。
至近距離から放てば、流石の熊の化け物でもただでは済まない攻撃だ。
「跡形も無く、消し飛べ!!」
鉄よりも硬い魔力砲が熊に直撃すると、その筋肉の鎧で出来た上半身は汚い花火のように弾け飛んだ。
バラバラに細くなった肉片と拡散する血が宙を舞いながら。
その場に残ったものは、下半身と体内から剥き出しになった妖しく光る結晶のみ。
(なっ!?あれは核!?と言う事はこいつは魔物だったのか!?)
どうやら、目の前の熊はただの動物では無かったようだ。
上半身が弾け飛び、内面が剥き出しになる事で判明した事実。
この熊は、核によって動く魔物だった。
僕が、この世界で初めて遭遇した魔物だ。
(再生が始まっているだと!?だが、核が剥き出しの状態ならば!!)
核を保有する魔物は、核が破壊されない限り肉体を再生させて動き続ける。
だが、核さえ破壊出来れば一撃で倒せるのだ。
「これで最後!!」
僕の身体の中の魔力は、ほぼ底をついた状態。
使えるものは周囲に散布してあるマナぐらいだ。
僕は、そのマナを利用して右手にマギーシュヴェールトを形成する。
だが、今の僕の技量ではナイフくらいの大きさにしかならない。
それでも剥き出しの核を破壊するには充分な大きさだ。
僕は、その最後の一撃に全身全霊を懸ける。
「ハアアアア!!!」
その一撃は、魔物化した熊の核を見事、真っ二つにして破壊した。
すると、核を破壊された熊はその状態を保て無くなり、身体が崩壊を始めた。
核から光が抜けて行く事が解る。
そして、相手の核から抜けた光は魂の力だ。
ゲーム時代と同じように魂の力は僕へと吸収される。
この感覚は久々だった。
魂位が上昇し、能力全体が向上する感覚。
自分の魂の格が上がる瞬間だ。
(身体から力が漲る!...やはり、この世界でも魂位は上がるもの。全てを把握出来ている訳では無いけど、変わった部分と変わらない部分...それも全て調べて行かないと)
魂位が上昇する感覚を久しぶりに受けては、ゲーム時代のように強く成れる事を実感した。
だが、魔物化した熊を倒して魂位が上昇した事よりも、重要な事はさくらの容態だ。
傷は魔力で塞いでいる状態だが、このままでは血を流しすぎた所為で死んでしまう。
それは、何をしてでも阻止しなければ成らない事だ。
この状況で頼りになるのはプロネーシスだけ。
『マスター。熊の襲撃にお役に立てず申し訳ありませんでした』
「いや、プロネーシスは悪くないよ。データを照合するのにその能力を使っていたのだから。それよりも僕の方がいけないんだ。さくらに魔力で形成したドリルを褒められた事で浮かれていたんだから...プロネーシス!ここから、どうすれば助かる!?」
そう。
今回の一番の不注意は僕にあるのだ。
さくらに褒められた事で格好付けて調子に乗ったのだから。
そのくだらない感情の所為で、さくらを危険に晒したのだから。
「プロネーシス。何をしてでも、さくらを助けたいんだ...でも、僕は魔法を使えない...」
僕は、動揺していて冷静でいられない。
このままだと、助けたい気持ちだけが残り、何も行動出来ずにさくらを殺してしまう。
『マスター。一つだけ方法がございます。ゲーム時代に、試練の塔を登った時を覚えていますか?』
プロネーシスが僕を落ち着かせるように、順を追って説明をしてくれる。
『その試練の塔で、一度だけ魔法でもアイテムでも無く、マスターの身体の傷を治した事があるのを覚えていますか?』
魔法でも無い、アイテムでも無い、全く別の回復方法。
それは、試練の間・4Fでのエキドナとの戦闘後にあった出来事だ。
「っ!?エキドナとの戦闘後か!?あれが僕にも出来るって言うのか?」
『はい。マスター。あれは魂の共有であり、マスターとエキドナとの魂の回廊を繋げる事で、その全てを回復させたのです。但し、これには欠点があります。それはマスターの寿命が短くなる事』
「魂の共有...寿命が短くなる...」
『今現在、さくらを助ける事が出来る方法は、この方法だけです』
魂を共有する事(回廊を繋げる事)で、僕の魂の力を消耗して、さくらの肉体の損傷を癒す。
その所為で寿命が短くなるのだと。
寿命が短くなるだって?
そんなものは、さくらの生命が助かるのなら安いものだ。
さくらの生命には代えられないのだから。
「僕の寿命なんてそんなものは、さくらが助かるならどうだって良い!!プロネーシス!!早くその方法を教えて!?」
『マスター。マスターは、その方法を既に知っています。順序良く、思い出すだけで良いのです』
「思い出すだけ?」
僕は、あの時の事を思い返す。
エキドナにされた時の事を、同じ手順でさくらに施して行く。
先ずは、さくらを抱き抱えて僕の魔力で包む事。
身体を重ねる事で二人の距離は近くなる。
この時、素顔の現れた、さくらの顔が良く見えた。
(大丈夫だから!僕が、絶対に助けるから!)
これは魂のエネルギーを共有する為に、必然的にお互いの距離が近くなるのだ。
そして、さくらの魂の波長と僕の魂の波長が、重なるように一致して行く。
すると、この時。
お互いの感情が交差し始める。
僕の想い、さくらの想い。
その二人の感情が合わさるように、蕩けて行くように混ざり合う。
お互いの精神が共有され、心地良い魔力に包まれた状態で魂の回廊が繋がって行く。
この時の感覚は、今までに体験をした事の無い程の快感が全身を駆け巡った。
そして、僕の身体の中の魂から急激に力が抜けて行く事が解った。
(これが魂の力...)
僕の魂の力で、傷付いたさくらの身体の損傷を補填して行く。
そして、さくらの魂の力で僕の身体も。
一方的では無く、お互いに補い合う魂。
すると、お互いに損傷した傷が見る見る内に治って行った。
「良かった...本当に良かった」
どうやら、無事に成功したようだ。
僕は、さくらの傷が治る様子を見て安堵した。
「ルシウス?泣いているの?」
さくらの声が、いつも以上に優しい。
僕は、知らずの内に泣いていたみたいだ。
こんな状況でも、死が間近だった状況でも、自分の事より先に僕の事を心配するさくら。
「それは...さくらが...生きているから」
僕は、さくらが助かった事が何よりも嬉しかった。
それは、自分が犠牲になってもだ。
ただ、僕は犠牲になったとは思っていない。
これは献身から来るもので、お互いの為の行動なのだから。
「ルシウス...ふふっ。ルシウスは泣き虫さんだね」
傷が治ったとは言え、まだ安静にしなければいけない状態。
そんな状態でも、さくらは僕に精一杯の笑顔を向けた。
「さくら...ありがとう」
僕の所為で傷付けた。
僕の所為で怖い思いをさせた。
僕のくだらない感情と不注意の所為でだ。
僕はこの先、何があっても、どんな事が起きても、さくらを護る。
例えそれが、人類を敵に回す事になったとしても、神と呼ばれる存在を敵にしてもだ。
そう僕の魂に刻んだ瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます