071 未来
僕達は、目の前にいるフォレストコッコの捕獲へと移った。
野生のフォレストコッコは警戒心が強く、音を立ててしまうと、直ぐにその場から逃げてしまう。
だが、そもそものスピードは、そんなに速い訳では無い。
ただただ、動き回る的を絞る事が出来無いだけだ。
「フォレストコッコを捕まえる時は、後ろから両翼を押さえて動きを止めるんだ。先ずは僕がやって見せるから見ててね」
さくらに捕獲の仕方を見せる為、実演して行く。
フォレストコッコの能力を考えても、魔力強化を施す必要は無いだろう。
素の身体能力だけで捕まえる事が出来るのだが、確実性を重視して魔力強化を施す。
(魔力の流れを全身に淀み無く...身体能力を底上げして...)
全身を魔力で覆い、自身の身体能力を強化して行く。
すると、全身に力が漲って行く。
(フォレストコッコの動きを見極めて...一気に!!)
僕の身体能力が強化されたところで、フォレストコッコを捕まえる為に後ろから走って近付く。
これは、ただ森の中を歩くだけで音が出てしまう為、それならばと、最初から音を気にせずに全力でフォレストコッコに近付く為だ。
(ここだ!!)
物音に気が付き、慌てて逃げ出そうとするフォレストコッコ。
だが、それではもう遅い。
魔力で身体能力を強化した僕には、意味を成さない無駄な行為だ。
そうして僕は、フォレストコッコを背後から捕まえる事に成功する。
「このように、音に敏感なフォレストコッコでも、今みたいに逃げ出す以上の速さで近付けば、簡単に動きを押さえる事が出来るんだ」
フォレストコッコを両手で押さえているのだが、そこから逃げ出そうと暴れ出す。
だが、両翼を上から押さえているので、フォレストコッコの動きを簡単に制限する事が出来るのだ。
「こうして動きが止まった時に、両方の翼を上に持ち上げて、ここの付け根の部分を持つんだ」
僕は、さくらが解り易いように目の前で実践して行く。
フォレストコッコの翼を真上に持ち上げて、さくらに見せる。
どうでも良い事だが、この時、羽が開いた状態がとても格好良い。
持ち上げた両方の翼の付け根の部分を、しっかりと手で持つと、宙に浮いているフォレストコッコが安定をして、簡単に持ち上げる事が出来るのだ。
「この時の注意点は、片方の翼だけでは暴れて落としてしまったり、翼が折れてしまうから丁寧に行う事」
さくらは、とても真剣な表情で聞いてくれている。
それにまだ、このくらいの年齢では恐怖心よりも好奇心の方が強い為、触ると言う行為に抵抗が無い事が救いだ。
それが虫でも、生き物でも、どんな物に対してもだ。
こう考えると、子供の頃って何も知らない分ある意味無敵なのかも知れないな。
僕はフォレストコッコを地面に下ろし、再び翼の上から両手で押さえる。
「じゃあ、さくらも捕獲に慣れる為にも、掴むところからやってみようか?今僕が押さえているフォレストコッコを同じように押さえてみようか?」
「うん、解った!同じように後ろから押さえれば良いんだよね?」
さくらが僕と同じようにフォレストコッコを捕獲する為、僕が押さえているフォレストコッコの上から両手で両翼を押さえる。
「わっ?動いている!」
さくらがフォレストコッコを上から押さえた時、生命とは何かを感じたみたいだ。
筋肉の収縮。
呼吸。
心音。
僕達と変わらずに生きていると言う事を。
そして、僕はいつでもフォロー出来るように、さくらにフォレストコッコを預けた。
「じゃあ、そのまま両手で押さえて貰って良いかな?」
さくらよりも遥かに小さい生命。
その生命が、さくらの両手に委ねられているのだ。
羽一枚一枚に神経が通っているような繊細さと、フォレストコッコが持つ体温を感じ取り、人間以外の生命を学ぶ。
「フォレストコッコも...ちゃんと生きているんだね?私達以外も、生きているんだね?」
初めて触れた、人間以外の生命。
お肉を食べる時も、加工後のお肉だけしか見た事の無いさくら。
しかも、森の中の生物は見かけたところで一瞬でいなくなってしまうものだ。
こんなにマジマジと生物に触れる機会が、今までに無かったのだ。
両手で押さえている(包み込める)フォレストコッコに感動をしていた。
「そう。この世界に存在している生命は僕達だけじゃあ無いんだよ。じゃあ、両翼を持ち上げて、優しく付け根の部分を持ってみて?」
「...うん」
さくらが不安そうに、翼を真上に持ち上げて行く。
流石にフォレストコッコが生きている事を理解すれば、その生命に対して慈しみの心が芽生え、両手に生命を握っていると言う恐怖心が生まれる。
この細い翼は、簡単に折れてしまうのでは無いか?
フォレストコッコを落としたら、怪我をさせてしまうのでは無いのか?
と、そんな様々な感情が頭の中でひしめき合っているみたいだ。
付け根を持とうとしている手が震えている。
「さくら、大丈夫だよ。僕も一緒に支えるから」
僕は、フォレストコッコを不安そうに抱えているさくらの両手を覆うように、更に、その上から付け根の部分を一緒に持ち上げる。
物理的な部分だけでは無く、相手の精神も支える為に。
「...ありがとう、ルシウス。ふーっ。落ち着いたみたい」
不安な気持ちが振り払われて、さくらは徐々に落ち着きを取り戻していった。
うん。
これならば、もう大丈夫だろう。
「じゃあ、僕は手を離すね?」
僕が手を離すと、さくらの両手に宙ぶらりんに浮いているフォレストコッコが残った。
さくらは、その重さを噛み締めている。
「ルシウス...生命は重いんだね」
物理的な生物の重さは、その生物が持つ質量によって変わるものだ。
だが、生物がもつ生命の重さは、種族によって変わる訳では無く、本来は平等なもの。
しかし、人間が、その知恵を使って世界を、他の生物を支配したのだ。
この世界では、それがどうなっているかが解らないが、その部分は、あまり変わらないだろう。
誰か(支配者)の考え一つで、生命の重さが変わってしまうのだ。
僕が考えている養鶏も、自分達が豊かに生きる為だけに、育てて殺すのだ。
それは、生き物だけにとどまらず、植物も同様に。
石鹸作りの為に、実を採集して、その生命を刈り取っているのだから。
これからも僕は、教会の生活を豊かにする為に様々な命を奪って行く。
「そうだよ...生命は重いものなんだ。僕達はフォレストコッコを食べる為、育てる為に捕獲をするんだ。そして、これからも...いろいろなものを同じように」
「そっか...じゃあ、大切にしないとだね」
そう。
その生命を大切につかわせて貰う。
ただ、闇雲に命を奪うだけでは無く、必要最低限の中で。
そして、奪ったものは、その分を補充して。
この考え自体が、弱肉強食の上に成り立っているものだが、略奪と生産。
破壊と再生。
自然を守る為にも、必ず一を壊した場合、二を作って補う。
そして、自分達では作れない物は極力触れない。
「うん...大切にだね!じゃあ、そのフォレストコッコは、僕の背中の篭にしまって貰って良いかな?」
「...うん!」
僕が捕まえたフォレストコッコは、さくらの背中の篭にしまって貰う。
養鶏や鶏卵の為には、もう、3~4羽は欲しいところだ。
「じゃあ、さくらは一人で捕獲出来そう?」
「うん。やってみる!」
出来るでは無く、やってみる。
これは言葉にすると全然違う意味だが、「出来る」、「出来無い」の二択以外の選択肢を選ぶ柔軟性は、この世界で生きる上ではとても重要な事。
命の危機に瀕した時、求められた選択肢以外の解答は、自分が生き残る為に必要になる事だから。
それは、僕が現実化したゲーム世界を生き抜いているように。
「じゃあ、僕は違う場所で捕獲してくるね。さくらは何かあったら大声で僕の名前を呼んで貰って良い?直ぐに飛んで行くから!」
「うん、解った!何かあったら大声で叫ぶね!じゃあ、頑張ってみる!」
僕は、さくらから離れた場所でフォレストコッコの捕獲を始める。
これは魔力を使用して周辺をレーダーのように探知しているおかげもあっての事。
プロネーシスの記憶と思考の能力を合わせた目標対象を任意で選択出来る、僕だけのオリジナル識別探知魔法だ。
なので、さくらに危険が及ぶ前に助ける事が出来るし、さくらと物理的に距離が離れていても問題無いのだ。
そうして僕は離れた場所で、フォレストコッコを最低限の欲しい数分だけ(3羽)捕獲しておいた。
その後は、さくらの場所まで戻って様子を見る為に。
(...さくらは、上手く出来ているかな?)
そうして様子を見に行くと、さくらは一生懸命フォレストコッコを追い駆けていた。
成る程。
速さは、フォレストコッコにギリギリ勝っているようだ。
(速さに関しては問題無さそうだな。後は、タイミング次第かな?)
何度か、フォレストコッコに触れる事は出来ているようだ。
ただ、今一歩のところでタイミングを外してしまい、そのまま逃げられてしまっている。
それでも、失敗を繰り返しても、諦めずに何度も、何度も、何度も挑戦を繰り返していた。
挫けぬ心。
身体や身なりを汚しても、その信念までは汚さない。
その姿がとても格好良く、美しかった。
(さくらは強いな...見た目もそうなんだけど、心そのものが美しいんだ)
前髪で顔や表情を隠しているが、その素顔は少女ながらとても美しい。
美少女と言う言葉は、彼女の為にある言葉なのだろうと認識する程に。
(前髪...隠さずに、上げればいいのにな)
そうして何度も繰り返し、失敗しても諦めない挑戦が、ようやく実を結ぶ時が来たのだ。
(おっ、これは!?)
身体の疲労から余計な力が抜け、捕獲する為に必要な無駄の無い流れる動きへと変わった。
この時、脱力を覚えた瞬間だ。
フォレストコッコも逃げ回る疲れからか、苦し紛れに翼を広げて飛んで逃げようと、一瞬動きが止まった。
さくらはその一瞬の隙を見逃さずに、フォレストコッコを背後から捕獲する。
これは、偶然が重なっただけの結果かも知れないが、諦めずに挑戦を続けたからこその結果だ。
「やったー!捕まえられた!えっと、次は...」
さくらは、フォレストコッコを背後から、両翼を押さえて捕まえた。
僕が持ち上げたやり方を思い出すように、両翼を真上に上げて付け根を持つ。
「出来た!私一人でも、ちゃんと持ち上げられたよ!ふふふっ。ルシウス喜んでくれるかな?」
(流石は、さくらだな!僕も負けてられないよ!)
こんな時まで自分の為じゃ無く僕の為。
でも、さくらのこの笑顔を見れば、本人も楽しんでいた事が解ると言うものだ。
ああ、この笑顔が見られて良かった。
本当に、心の底からそう思う。
そして、僕はタイミングを合わせてさくらと合流した。
「さくら、お待たせ。フォレストコッコは捕まえられたかな?」
「うん!ほらっ、ルシウス、見て!私一人でも出来たよ!」
さくらが、自分が捕まえたフォレストコッコを嬉しそうに見せて来る。
「頑張ったよ!」と、褒めて欲しそうに。
「凄いね!こんなに顔も土で汚して...」
僕は、土で汚れてしまったさくらの顔を、指で優しく落として行く。
ハンカチなどがあれば、尚更良かったけれど、生憎そんな物は無い。
そうして顔の汚れを落とした後は、汚れていない反対の手で頭を撫でる。
「さくら、頑張ったね!」
「っ!?」
さくらは突然、顔を隠すように俯いてしまった。
表情が良く見えないので解らないのだが、何だかモジモジしている?
その態度が気になったのだが、僕達は少しばかり時間を掛け過ぎたようだ。
周りの様子を確認して、さくらの頭から手を離す。
(だいぶ日も暮れてしまったな。空も暗くなって星が見えてきてるよ...ああ~、これはメリル様やメリダ様に怒られるやつだ)
フォレストコッコ捕獲に夢中になってしまい、僕達は時間を忘れてしまったようだ。
この世界では周囲に街灯や電灯が無い為、18時を過ぎれば、もう夜なのだ。
(こうなったら怒られる事は仕方無いか...それなら...)
さくらは、疲れて地べたに腰を下ろしていた。
僕は目の前に行って、さくらの手を取る。
「さくら、大丈夫?空もすっかり暗くなってしまったね?」
「うん。私は大丈夫だよ!それよりも、こんなに遅くまで外にいた事が無かったから知らなかったけど、お空が光っていて綺麗なんだね!」
どうやら、疲れよりも景色の美しさに惹き込まれているようだ。
これなら少し寄り道をして帰っても問題無いだろう。
「多分、怒られる事は確定しているから、少し寄り道をしても良いかな?」
「そうだよね...これ以上遅くなっても、怒られる事は変わらないもんね」
寄り道をする場所は、丁度、帰り道にある桜の木が生えている広場。
此処なら空を一望出来るし、星がもっと鮮明に見えるから。
「ここは...」
「そう。僕とさくらが初めてお互いにお話をした場所。ここなら空がはっきりと見えるでしょ?」
「思い出の場所だね...わあ!本当だ!お空が綺麗だね!!」
此処から見える景色は、一段と輝いて見えた。
それは自然が作り出した、天然の宝石箱のように。
「ルシウスと一緒に居ると、私の知らない事が一杯体験出来るね...こんなにも楽しい事や嬉しい事があるだなんて」
「僕だって、さくらが一緒に居てくれるからこそだよ!二人で見るから楽しいし、二人でやるから嬉しいんだ。さくらは...これからもずっと、僕と一緒に居てくれるかな?」
「えっ?それって...」
僕にとっては、さくらが同年代と言う事もあるが、それ以上に、さくらの存在そのものに助けられている。
僕一人ならば、教会の改善を此処まで楽しく出来ていなかっただろうから。
「...」
思っている事を、素直にさくらへ伝えると、何故か下を向いて黙ってしまった。
着ている服の腰元を両手で握りしめているが、言葉の反応が無い?
でも、表情が見えないけど顔が赤くなっている気がする。
僕は(どうしたのだろう?)と思い、さくらの顔を下から覗こうとすると、さくらの口元がゴニョゴニョと動いていた。
それは、聞こえるか、聞こえないかの声で「はい...これからもずっと」と言っていた。
きっと、常人なら聞き逃していた音声。
だが、生憎僕は山で育った野生児(?)だ。
周囲を薄い魔力のフィールドで覆っている僕は、その範囲内の出来事ならばプロネーシスの能力も合わさり、完全把握出来てしまう。
だから、さくらの声がハッキリと聞こえていた。
「ありがとう。さくら」
「!?」
僕がそう告げると、さくらは聞こえていたのかとビックリした様子だ。
両手で顔をおさえている。
お礼を伝えただけなのに、これはどうすれば良いのだろうか?
「...じゃあ、ルシウス、約束してくれる?」
約束?
ああ、そうか。
覚えた事は直ぐに使いたくなるもんね。
元の世界でも、施設で一緒に暮らしていた子供達もそうだったし。
「うん。良いよ!じゃあ、左手を出して貰って良い?」
「うん!」
さくらの表情が、一段と嬉しそうに笑った。
その左手も、嬉々として差し出してくれた。
「...僕とさくらは、これから先、何があってもずっと一緒に居ます」
同じように、二人の小指を絡めた拳を合わせて宣言する。
そして、二人の親指を重ねて。
「「や・く・そ・く」」
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