065 領地
「あそこが、この領地の領都、イータフェストです」
すると、アナスターシアが国について説明をしてくれる。
僕達が所属している国は、“マギケーニヒライヒ”と言う魔法王国。
この王国は、アルファベルク、ベータキュステ、ガンマイアー、デルタリンデ、エプシロンターク、ゼータレスト、イータフェスト、シータブルグ、イオタヴァルト、カッパフルス、この10の領地で構成されている。
各領地には順位が付けられており、1位の領地の領主が、この国の王として君臨する君主制国家。
これは年間での功績が順位に反映され、ポイントに基づいた結果で順位が決定するそうだ。
早ければ一年で任期が終わってしまうが、王国に対して結果を出し続ければ任期が延びて行く。
現国王は長い期間代わっていないみたいなので、きっと良政なのだろう。
僕達は、その中のイータフェスト領に住んでおり、その領地の領都イータフェストに来ていた。
教会は、このイータフェストの街からだいぶ離れた場所に建てられているのだが、どうやら管轄は領都と一緒になるみたいだ。
「この国は魔法先進国であり、魔法においては他の追随を許していないのですよ。それに条件は厳しいですが、わざわざ他国からこの国に留学に来られる方も居る程です。とは言っても、ルシウスには、まだ解らないお話でしたね」
アナスターシアが自分の国を誇るように、その話に熱が入ってしまった。
成る程。
この国が好きなようだ。
僕は話の内容を理解出来ているが、そんな無粋な真似はせず、ちゃんと見た目通りの5歳児を演じる。
「アナスターシア様の表情を見て伝わりましたよ。この国は凄いって事ですね!!」
僕は、少しおどけた感じで答えた。
周りの5歳児と比べて評価を持ち上げられるより、周りの5歳児と同じように見られる方が、今後の事を考えても楽だからね。
「そうなのです。この国はとても凄いのですよ!」
アナスターシアがとても嬉しそうに喜んでいる。
魔法先進国として他の追随を許さないこの国の内実を、「しっかり覚えておいて下さいね?」と。
僕は心の中で(それは勿論!)と思い浮かべながら頷く。
こんなに喜んでいる姿を見る事が出来るのは、演奏している時ぐらいしか無いのだから。
「では、街の中に入りましょうか。その時、確認される事がありますが、門兵さんの言う通りに従って下さいね?」
そうして僕達は街の中へと入って行く。
どうやら、街に入る為には門での簡単な検問があるみたいだ。
東西南北に入場門が設けられており、複数の門兵が警備をしていた。
不審者を街の中に入れて領都を危険に晒す事は出来無いからね。
門兵の装備は簡単な物で、基本、布で出来た服の上から何かの動物の皮で出来た兜、胸当て、ブーツを装備していた。
手には、木製の杖を持っていた。
(装備の質は、あまり良く無さそうだけど、杖を持っているって事は、全員が魔法を使えるって事なのかな?まあ、魔法王国と呼ばれているぐらいだから、当たり前か)
僕が心の中でそう考えていると、門兵が口を開く。
説明をしてくれるが、険しい視線で一人一人を確認している。
「それでは領都の規約に基づき、順に確認を行う。入場する者はこの水晶に触れるんだ。“問題”が無い場合に限り、入場を許可する。もしも、水晶に触れない場合、規約に基づき、領都へと入場する事は出来ない。そのまま帰ってくれ」
どうやら、検問では丸い水晶のような魔法具を使用するらしい。
水晶に触れて“問題”が無ければ入場出来るらしいのだが、その“問題”が何を指しているのか、僕には解らなかった。
(問題って、あの水晶で何を確認するんだ?ゲーム時代で似ている物は...)
ゲーム時代にあった、水晶型の魔法具を思い浮かべる。
門兵が質問をして相手の嘘を見破るのか?
その人物の犯罪歴を調べるのか?
ステータスを覗き見る事が出来るのか?
このように考えられる物は沢山あった。
だが、例えばの話、嘘を完全に見破る魔法具は高度な魔法具となり、簡単に複製出来る代物では無い。
それで無くとも、心音、脈、緊張度、これらは訓練次第で、どうにでも出来てしまうものだ。
それに、何を持って嘘になるのかは、人の考え方によっては誤魔化せてしまうものだろう。
そもそもが、嘘を吐いていると思っていない人だったら、もっと厄介になってしまう。
その為、相手の真実を暴く為には、何重にも魔法陣が重ね掛けされた魔法具で無ければ、その効果を発揮する事が出来無い。
此処が魔法国家と言えど、上位属性六種が伝わっていない時点で、嘘を見破れる魔法具は除外されるだろう。
(門兵の身なりを見ても、嘘を見破る高度な魔法具なんて持っている訳無いだろうし、一介の兵士にそんな高級品を預けるとは思えない...)
では、他に何を見るのだろうか?
個人の犯罪歴なのか?
これに関しても、個人の経歴を全部知る事は出来無いだろう。
その中の犯罪歴を示すとしても、水晶型の魔法具だけでは足りないからだ。
この国に戸籍のようなものがない時点で、除外される。
(システムが構築されて無いだろうし、国を挙げて人を管理している訳でも無いもんな...)
では、個人のステータスを確かめるのか?
これが一番あり得そうだ。
ゲーム時代、そう言った魔法具が溢れていたのだから。
ただ、門兵の装備を見る限り、そこまでお金がある訳では無さそうだ。
ゲーム時代でも、相手のステータスを確かめる魔法具は高級品。
もしも、同じ価値観だとすれば買える筈が無い。
ならば、もっと限定的に調べるものか?
総魔力量を測るもの?
魂位の高さ?
相手の種族?
ただ、これが種族になってしまうと、僕からすれば少々面倒な事になる。
他人に見えない魔力で形成された翼と言え、僕の種族は人間では無く、天使になるのだから。
(一体、何を見ているのか解らないけど、これが種族調査ならまずいな...)
そうして、アナスターシアから順に、水晶に触れて行く。
触れた瞬間、フワッと光を放つが、何か文字が浮き出る訳でも無く、特に変化が見当たらない。
そのまま検問を通された。
そうなると、ますます何を調べているのかが解らなくなってしまった。
続いて、メリルが同じように水晶に触れる。
変化は無い。
続いて、メリダが触れる。
これまた変化が無かった。
「では、お前の番だ」
門兵が、僕に水晶に触るように促した。
鋭い視線が容赦無く刺して来る。
(...一体...何を調べているんだ?)
僕は「ゴクッ」と生唾を飲み込み、恐る恐る水晶に触れて行く。
水晶は、ひんやりと冷たく感じ、日中の暑さを紛らしてくれて心地良かった。
触る時はとても緊張したが、いざ触れてみれば特になんて事は無いもので、水晶にも変化が見当たらなかった。
「良し!全員体調に“問題”は無いようだ。それでは、入って良し!」
「ほっ」と胸を撫で下ろす。
良かった...
体調の確認だけだったのか。
考え過ぎて一人でドキドキして馬鹿みたいだったな。
でも、これで解ったが、ゲーム時代と比べて魔法の水準が、かなり低くなっているようだ。
世界で最も凄いと言われている魔法国家の技術が、この程度なのだから。
「ルシウス、どうしたのですか?参りますよ?」
僕が安心して少しボウッとしていたところ、アナスターシアから声が掛かった。
直ぐさま気持ちを切り替えて、対応をする。
「はい。アナスターシア様。参りましょう」
そうして僕達は、検問を抜けて街の中へと入った。
街の中は、基本、石造りで出来た家が並んでいた。
木造の建物が全く見当たらなかった。
「石造りのお家...これは、どうやって作っているんだろう?」
見た感じでは、石で出来た平屋は、一つの石で出来ているように見えた。
石を積んで造ったのでは無く、一つの巨大な石を切り抜いたような建物。
「...魔法なのかな?」
「これは土の魔法を応用して作ったのですよ。魔法を覚えるにはまだ早いですが、ルシウスには、そのうち教えても良いかも知れませんね」
土の魔法の応用?
この建物を一人で造るとなれば、相当な魔力量が必要になりそうだが。
考えられるとしたら魔法具かな?
教会の女神像のような、魔力を溜められるタイプの魔法具。
それなら確かに出来なく無い。
「それは嬉しいですね!僕も早く、魔法が使えるようになりたいです!」
僕自身、魔法が使えない事を既に知っていた。
だが、新たな呪文を覚えられる事は、可能性が広がる。
藁にも縋る思いだ。
「じゃあ、もう少し大きくなったら練習しましょうね」
アナスターシアが言う「もう少し大きく」がいつ頃なのかは解らないけど、僕は期待を込めて返事をする。
「はい。楽しみにしております!」
どうやら、街の中は居住スペースが殆どで、商業施設や工業施設と言った建物が全然見当たらなかった。
ただ、街に入る前に見た全貌によれば、遠目からなのでハッキリとした事は言えないが、ギルドらしき大きな建物があったと思う。
(あれは冒険者ギルドだったのか?それとも全く違う物だったのか?実際に見てみないと解らないな...)
そして、街の至るところには進入不可の区画が何箇所も存在していた。
アナスターシアに特に何か言及される事も無かったが、あえてその場所を避けているように見えたので、僕は何も聞かない事にした。
「では、私はここで少し席を外します。メリルとメリダはルシウスをつれて食材のお買い物をお願いしますね」
アナスターシアが、そう言うと僕達から離れて行く。
どうやら、街に用事があったのは、アナスターシア本人みたいだ。
離れるのは何だか寂しいが、でも、お買い物と言う言葉。
「街で何が売られているのか?」とても楽しみである。
そして、ようやくお金の価値について知る事が出来るのだ。
「はい。アナスターシア様。お任せ下さいませ」
メリルが畏まって返事をした。
凛々しい表情が様になっている。
「はい。アナスターシア様。私にお任せ下さいませ」
メリダが「私がやりますので!」と気持ちを込めて伝えた。
どうやら、メリルに対抗しているみたいだ。
「ええ。御二人に任せましたよ。では、ルシウス。二人から決して離れては駄目ですからね?」
アナスターシアは僕の方に向き直ると、屈んで視線を合わせた。
両手で僕の手を取り、心配そうに僕を凝視めている。
何だか、僕よりも寂しそう?
「はい。勿論です。アナスターシア様!」
僕はアナスターシアを安心させるように力強く返事をした。
すると、曇っていたアナスターシアの表情が、一先ず晴れたように笑顔を作り出す。
ああ、笑ってくれて良かった。
「流石は、ルシウスです。貴方は誰よりも聡い子です。心配をする必要はありませんでしたね」
アナスターシアがそう言って立ち上がるのだが、何故か僕の手を離さない。
待ち合わせがあるので一歩踏み出すのだが、「...このままルシウスを連れて行こうかしら?...ああ、それは出来ないわ。でも...」と独り言を呟きながら、僕の方をチラチラと見ては思いとどまってしまうようだ。
どうやら、アナスターシアの方が、僕から離れたく無いようだ。
そして、ようやく決意を固めたのか、意を決して僕の手を離す。
「それでは、一時間後に先程の門で待ち合わせ致しましょうか?」
「「はい。アナスターシア様」」
メリルとメリダが、声を揃えて答えた。
流石は姉妹と言ったところだ。
阿吽の呼吸で全くの同時。
そうして僕達は、アナスターシアと分かれて街の市場へと向かう事になった。
メリルが先陣をきって、僕を間に挟んで、メリダが後方にいる。
やはり、子供が一人でいると危ないのかな?
元の世界でも誘拐なんて、ざらにあった事だし。
少し不安を感じながらも市場に近付いて行くと、何かの臭いが漂って来た。
(うっ、臭い...腐っているのか?)
市場に売られている物は、野菜、果物、肉といった品物。
場所は狭い区間に密集しており、野菜、果物は剥き出しのまま石台の上に置かれていた。
肉は、天井から丸々一頭が吊るされている。
やはり、この国には衛生観念と言うものが全く無いようだ。
環境そのものが不衛生だ。
これは売り物と言うレベルの品では無い。
お店に並んでいる野菜は、収穫してからどれ位の日数が経っているのか解らず、色が黒っぽく変色をしていた。
同じように果物も熟し過ぎているようで、元の色が解らない位に茶色や黒色と変色して腐っている。
肉は、所々にカビが生えていて、部分部分が腐っている。
どうやら、血抜き処理が丁寧に出来ていないようだ。
現代で、一部ブームになっている熟成肉とは、あまりにも品質が違う物。
本当に腐っているだけの品だ。
火をしっかりと通せば、食べられない事は無いだろうが、味は確実に不味いだろう。
まあ、此処には冷蔵や冷凍の設備が無いので仕方無いのかも知れないが。
「今日は、“お肉”を買います。せっかくですから、ルシウスが品物を選んで良いですよ?」
えっ、“お肉”?
“汚肉”じゃなくて?
メリルが微笑みながら「ルシウスの好きな物をどうぞ?」と言うが、僕からすれば、どれも危険な物にしか見えない。
これは微笑の爆弾。
こんなにも、買い物で心が浮かれない事は初めてだ。
(いやいや、これは何の汚肉なんだろうか?豚なのか?猪っぽい気もするけど...こっちは...鳥?)
もし、豚肉があるなら豚を一から養豚したい。
もし、この鳥が鶏なら卵の為にも養鶏をしたい。
手間が掛かろうが、そう心から願った瞬間だった。
だが、今はこの腐っている汚肉から食べられる物を選ばなければならない。
もしかしたら、この選択は人生で一番辛い選択なのかも知れない。
悪魔の囁きが聞こえて来るような、死への誘いが聞こえて来るような、そんな恐ろしさを感じていた。
(正直、鳥は時限爆弾にしか見えない。しかも、手に取った瞬間に爆破する物だ...これは絶対に危険な物だから選んではダメだ。そうなると、この豚か猪かのどちらか解らない汚肉で選ぶしかないな...)
鳥肉は食中毒が怖い食べ物だ。
加熱不足。
もしくは、鳥肉自体が二次汚染されていた場合、簡単に食中毒を引き起こす。
最悪、食べる事で死に至るものだ。
ならば、この豚か猪か解らない汚肉しか無い。
店に置いてある中で、比較的腐っていない物を念入りに探して行く。
「じゃあ、僕は...これが良いかな?」
ああ、やばい。
声が震えているよ。
だが、僕が選んだ、このお肉ならば、火をしっかりと通せば何とかなる物だ。
まだギリギリ汚肉では無い。
「ほう。ルシウスはそれを選ぶんですね。私なら、こちらでしたが」
メリダが鶏肉を指差してうなっている。
いや、メリダ。
それは最も危険な汚肉だよ。
変色した上に、表面にツブツブが浮かんでいて、ヌメリまで発生しているんだから!
火を通したところで、全く無駄な肉!
此処は命大事にだよ!
「メリダ。今日はルシウスが選んだ物を買うのだぞ!それは、今度にしなさい」
僕は思わず、メリルの方へと顔を向けた。
メリルお前もか!?
しかも、今度にしなさいだって?
この汚肉は、一体いつまで此処に置いておくつもりなんだ?
はあ。
これは住民の生存率が低い訳だよ。
何だか、この世界に転生して一番疲れた気がする。
「では、買い物も終わったので、アナスターシア様と合流しましょうか」
買ったお肉は布に包んで、そのまま渡された。
そして、お金を支払う際は、ゲーム時代と同じ硬貨での支払いだった。
その時、お金の価値までは把握出来なかったが、お金の通貨が硬貨だと知る事が出来て良かった。
後は、門でアナスターシアを待つだけ。
(この国の環境が悪いのか?それとも、この領地の環境が悪いのか?)
他の領地を見た事が無い為、比較は出来無い。
だが、イータフェストの順位は、残念ながら王国最下位の領地だ。
どうやら、優秀な人材は他の領地へと移住しているみたいだ。
領地を繁栄しようにも、人材の流出、環境の悪化と、どんどんと悪い方向へと悪循環を生んでいる。
ただ、僕が持っている情報(知識)を使えば、時間は掛かるが改善を出来る。
「僕が出来る事...それは、この領地を良くする事か!!」
英雄への第一歩として、アナスターシアのように分け隔て無く平等に接する心を育む為、領地の環境を良くする事が命題だった。
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