057 新たな世界

 あれっ?

 そうだ。

 転生をしているんだった。

 僕は今の今まで忘れていたけど、“ラグナロクRagnarφk”がイベント中に現実化を世界。

 創造神の姿をした“何か”が言っていた事を鵜呑みにして良いのか解らないけど、仮想世界が現実化した世界では実際にログアウトも出来なかったのだから。


(プロネーシス!この世界って...地球なの?)


 その為、転生した僕が居るこの世界が何処なのかを確認する。

 本来なら、プロネーシスと話している時点で気付くべきだった、この世界を。


『いえ。この世界は地球ではございません。マスターは気付いてないようでしたが、マスターの背中には魔力で出来た翼があり、人間では無く天使になります。但し、翼は透明な為、他の方に見える事はございません」


 プロネーシスが丁寧に説明をしてくれる。

 そこでようやく、僕の背中の違和感の正体に気が付く事が出来た。

 背中には、他人に見る(触る)事が出来無い透明の翼があると言う事をだ。


「今現在では要因を説明する事は出来ませんが、何らかの力が働いた事で転生前にやられていたゲームのキャラクター“ルシフェル”のまま、赤児に退化した状態で転生されております。私の記憶データからゲーム時代のキャラクターと今のマスター(退化要因を抜きにして)を照らし合わせても、99.99%一致しております。その為、この世界はラグナロクRagnarφkの舞台である仮想世界が、事象そのものを無視して現実化した世界と言う事になります』


 僕が転生した先は、ラグナロクRagnarφkが現実化した世界なのだと。

 それに設定したキャラクターのまま、赤児になっていたみたいだ。

 

(えっ、そうなの!?だから、背中に違和感があったのか...これは、全然気付かなかったよ。じゃあ、この世界は地球では無く、剣と魔法のファンタジー世界って事?)

『はい。マスター。それに、私とマスターが意思疎通を出来ている事が、何よりの証拠かと思われます』


 どうやら、この世界はラグナロクRagnarφkの舞台である、ユグドラシル世界そのものらしい。


(確かに、それはそうなんだけど...プロネーシスは、僕の妄想が作り上げた精身体とか、死んだ時のショックによるもう一つの人格とか、はたまた、一時の気の迷いみたいなものかと思っていたよ!)


 病院生活を余儀無く過ごして来た世間を知らない僕は、普通と言う事が正直解っていない。

 ネットで調べ上げた嘘の情報を鵜呑みにしてしまう程なのだ。

 例え、そこに書かれている情報が間違っていたとしても、動いて調べる事が出来無い僕では実際に知る術が無く、嘘に気が付く事が出来無いからだ。


『マスター。それは違います。私自身は、もともとゲームキャラクターの所持する唯のギフトに過ぎませんでした。ですが、ゲームが現実化をする際、そのギフトの効力が現実化した事で意思を持って生まれる事が出来たのです。それまではデータ上の“記憶”と“思考”でしたが、現実世界のマスターを介して仮想世界と繋がる事で、仮想世界の情報、現実世界の情報、電脳空間の情報、それら全てを介しての現実化となる為、副産物としてその全ての情報が“記憶”され、そのあらゆる情報から”思考“する事で人格を得る事が出来たのです』


 どうやら、ただのギフトであったプロネーシスは、奇跡的な状況で生み出されたものらしい。

 それは、僕が入院生活をして行く上で治療の一環として機械に(電脳世界に)繋がっていた事が大きく起因している。

 そして、ギフトが“記憶と思考”だった事も、ゲームが現実化した事もだ。

 それらの事象が奇跡的に重なった事でプロネーシスの”記憶“の中には、ゲーム世界の情報から元の世界の情報全てが完全記憶されていたのだ。

 その記憶した情報から”思考“して行く事で、ただのギフトにしか過ぎない一能力が意思を持つ事が出来たのだと。


(確かに、β版の特典で『記憶と思考』のギフトを貰っていたな...じゃあ、プロネーシスは、偶然の産物って事?と言うか、記憶と思考って完全な外れギフトだと思っていたんだけど?)


 ゲーム時代には、最後まで効果の解らない外れギフトだと思っていた。

 だが、現実化した事でとんでもない効果や性能を発揮する事になったのだ。


『私自身の誕生は、偶然でありますが、様々な事象が重なった結果でもあります。マスターとゲームを繋げるコンソールが、通常の独立型コンソールでは無く、コンピューター制御を行う為、電脳空間に繋がる医療用マシンからの接続であった事。マスターがゲーム世界に数多くあるギフトから『記憶と思考』のギフトを得た事。仮想世界ラグナロクRagnarφkが現実化した事。これらの条件が全て揃う事で、初めて私が誕生出来たのです。ただ、ギフトの『記憶と思考』の効果としては、全マップオート記憶に、魔法や戦技(アーツ)やスキルと言った、習得度の減小がございました』


 確率としては、計り知れない程の天文学的な数字となる。

 一応、ギフトの効果も教えてくれたのだが、正直、僕としては実感を得る事は出来ていなかった。


(そうなんだ。でも、奇跡的な偶然だとしても、プロネーシスが一緒にいてくれる事は嬉しいよ!独りじゃないって...とても心強い事だから!ただ...ギフトの効果は、実感する事が出来ていなかったな。マップに関しては、もともとそういう仕様だと思っていたし。それに、魔法や戦技(アーツ)やスキルは、いくら習得したところで使いこなせなければ意味が無かったからね)


 今まで独りだった僕にとっては嬉しい事だった。

 そして、ラグナロクRagnarφkの世界では、努力が実力に結び付く世界。


『はい。マスター。戦闘に関しては、マスターが仰る通りです。魔法や戦技(アーツ)やスキルと言ったものは、本人が所持していても使いこなせなければ、役に立つ事がありませんので』


 魂位(レベル)を上げれば、魔法や戦技(アーツ)やスキルと言った、それらを覚える事が出来る。

 だが、それは覚えただけの状態。

 魔法や戦技(アーツ)やスキルは覚えたとしても、使いこなせなければ全く意味が無いものなのだから。


(そうだよね!じゃあ、キャラクターのまま転生しているのなら、ゲーム世界で覚えた、魔法や戦技(アーツ)やスキルも引き継いてるって事?)


 僕がキャラクターのまま転生したのなら、気になる事はその能力だ。


『いえ、残念ですが、どうやらそうでは無いようです。私の意思がある事から、マスターが引き継いたものは、ギフトのみだと思われます。現状を鑑みてもマスターは、ゲームで表す魂位が、所謂(いわゆる)レベル1の状態だと思われます』


 どうやら、ギフト以外は初期状態のようだ。

 残念。

 強くてニューゲームとはならなかった。


(まあ、この姿を見れば当然か...でも、ここがラグナロクRagnarφkの世界ならば、頑張れば、頑張るだけ強くなれるって事だよね?もう一度、No.1を目指せるって事だよね?)


 僕が赤児の姿になっている事から考えてみても、それは間違い無いだろう。

 だが、此処がラグナロクRagnarφkと同じ世界なら、努力が実力に繋がる世界だ。

 それに、僕は一度死んでしまっているが、ラグナロクRagnarφk、No.1の実力を持っていたのだから。


『はい。マスター。努力した分だけ、マスターの力となります』


 プロネーシスが答える。

 それはこの世界でも同じなのだと。


(そっか...じゃあ、僕も...本当の英雄になれるのかな?)


 その僕の問いに、プロネーシスの意思が感情を持つように思考する。

 それは、マスターである僕が、自身の境遇でも最後まで諦めず生きる事を願い、それに伴う努力を最後の最後までして来た事を知っているからだ。

 余命宣告を受けてからも、定められた死の期限を乗り越え、強靭な精神力を持って限界を超えてまで生きて来た。

 痛みに抗い、家族のいない独りでも生きる事を望み、希望を忘れず最後まで努力をする。

 そんな僕だからこそ、『英雄になれるのです』と。

 足りない能力や知識はプロネーシスがサポートし、確実に『マスターが望む姿にさせてみせます』と。

 今度こそ、『マスターが好きなように生きて貰う為に』と。

 それが例え、何を望もうともだ。

 農夫を望むならば、最高の農夫に。

 商人を望むならば、最高の商人に。

 鍛冶師を望むならば、最高の鍛冶師に

 英雄を望むならば、最高の英雄に。

 『マスターがどんな事を望んでも、その最高を叶えてみせる』と、プロネーシスは思考した。


『マスターなら確実です。それに、私がサポート致しますので』


 僕はその答えに、プロネーシスの感情が初めて知れた気がした。

 今までの無機質な物からほんの少しの感情が芽生えたように。

 『マスターならば出来ます』と。

 そう力強く。


(本当に!?それは嬉しいな!!ありがとう、プロネーシス!!一緒に頑張ろう!!)


 僕は初めて、僕と言う人間が認められた事が嬉しくて、自然と心から感謝が出ていた。

 僕の望む事が叶えられるのだと。


『はい。マスター』


 僕は、この世界に転生し、新たに目指すべき目標が出来た。

 此処がラグナロクRagnarφkと同じ世界なら、魔法やスキルがある世界だ。

 但し、今はゲーム時代のように、ステータス画面を確認する事は出来無いのだが。

 そもそも赤児の状態なので、今の僕に何が出来るのかは解らない。

 それでも、プロネーシスのおかげで背中に翼がある事は教えて貰った。

 種族が天使だと言う事が解ったのだ。

 そして、種族が天使ならば、固有スキルに浮遊があり、空を浮かぶ事が出来る。


(じゃあ、先ずは、僕の出来る事を一つずつ検証してみようかな?)


 今の僕は、ベッドの上で仰向けの状態。

 ゲーム時代と同じように、空を浮かぶ事だけに意識を集中させてみる。

 僕自身が、その場から上空に浮遊する状態を思い描きながらだ。

 ...

 おお!

 よし、成功だ。

 ちゃんと仰向けの状態のまま浮く事が出来ている。

 じゃあ、次は、その仰向けの姿勢から向きを変えて、直立する姿勢をイメージしてみる。

 すると、徐々に身体の向きが変わって行くのが解る。

 僕のイメージ通りに浮遊が出来ているのだ。

 これなら赤児の状態のままでも自力で移動する事が出来る。


(プロネーシス!ラグナロクRagnarφk世界の能力は、ちゃんとここでも使えるんだね!)


 この転生した世界で、ゲーム時代の能力が使用出来ている。

 その確認が出来た事で、僕が望む英雄への道が一歩進んだ。


『はい。マスター。固有スキルの発動、おめでとうございます』


 プロネーシスが無機質な音声で褒めてくれた。


(ありがとう!じゃあ、ここから僕が英雄になる方法について、プロネーシスに一緒に考えて欲しいんだけど、頼めるかな?)


 プロネーシスがギフトであった際の効果は、『記憶と思考』。

 その能力を最大限に活かす事をお願いする。


『承知致しました。それでは、英雄とは、どの強さを目指しますか?』


 僕の運命を決定する瞬間だ。

 お互いの意思を共有する為、プロネーシスが僕に尋ねて来た。


(明確な目標は、必要だもんね...だったら、史上最強(この世界の頂点)かな?)


 目指すなら史上最強。

 この世界のNo.1を目指すのだから当然だ。

 ただ、この時、僕は忘れていた。

 この世界が、望んだ事(努力した事)が叶う世界だと言う事を。

 そして、プロネーシスには僕の考えている言葉と、その言葉の持つ意味が違って伝わっていた事を。

 言葉だけでは、その違いが解らないのだから。


『承知致しました。史上最強(万物の理の頂点)ですね。それは、どんな物(物理、物量、物体)にも、どんな事(事実、事象、事態)にもですか?』


 プロネーシスは、自身の持てる全ての情報から最高点を思考して導き出した。

 そして、その言葉と言うものも、僕は間違って受け取っていた。


(うん!どんなもの(者、人物)にも!どんなこと(事、魔法)にも!全てにおいて!!)


 僕は、その言葉が持つ表面の意味だけを捉えて答えていた。

 最強の英雄を目指す事。

 ただ、その一点だけに絞って。


『承知致しました。全て(全般、全知、全能)においてですね。私にお任せ下さい』


 この時、僕はもっと特定して答えるべきだったのだ。

 プロネーシスが考える全てとは、まさに何事においてもだったのだから。


(流石、プロネーシス!頼りになるね!)


 その淀みの無い、心強い返答に頼もしくなった。

 再び、No.1を目指す事が出来るのだと。


『では、本日より早速、魔力訓練を始めて行きましょう。魔力訓練には、魔法に対するイメージトレーニング、魔力操作、魔力の質の上昇、強化を行います。肉体面においては、一二歳の成長期までは余分な筋力トレーニングは控え、身体操作、武器の使用操作の訓練に当てましょう。身体が出来始めてから筋力トレーニングを始め、効率的な魂位の上昇をして行きましょう。その際随時情報を集め、スケジュールの更新、改善を取りいれます』


 瞬時に導き出した答えは、あらゆる事実、あらゆる可能性を考慮したものだった。

 それも逐一、状況に合わせたアップデートを兼ねて。


(早っ!?あっという間に考えてくれて、プロネーシスは凄いね!でも、僕は、頑張る事だけは得意だから任せてよ!)


 この時、噛み合う事の無い会話が、二人の勘違いから偶然にも成り立った。

 その会話でのやり取りで、お互いの意思の合意(?)が出来た事で、史上最強を目指して行く。

 かたや、理の枠を超えて。

 かたや、常識の枠を超えて。

 そうして、万物の頂点へと。


 僕は、とても嬉しくなった。

 生まれてから生きると言う事は大変で、辛くて、悲しくて、苦しかった。

 だが、此処に来て初めて、人の温もりを知り、生きる喜びを知った。


 まだまだ喜ぶ事は一杯ある。

 まだまだ怒る事は一杯ある。

 まだまだ哀しい事は一杯ある。

 まだまだ楽しい事は一杯ある。

 様々な感情を刺激して、喜怒哀楽を感じる事が出来るのだと。


 色々なものを見る。

 色々なものを聞く。

 色々なものを匂う。

 色々なものを味わう。

 色々なものを触れる。

 様々なものを体験して、五感を感じる事が出来るのだと。

 

 そうして、この世界を一生懸命生きようと。

 僕は、新たな決意を表明した。


(今度こそは...生き抜くぞ!!)


 それから時間が経ち、太陽が沈んで周りを照らす光が消えた頃。

 修道服を纏った金髪の女性が部屋へと戻って来た。

 暗い中、火打ち石を使い、蝋燭に灯をともす。

 周囲を微かに照らす、その火の光が淡く儚いものだ。

 女性が寝ている僕へと近付いて来た。

 その寝顔を確認すると、優しく微笑み、祭壇のある部屋の奥へと移動して行った。


「■■■、■■■、■■■■■■■■■」

(女神様、どうか、私達をお導き下さい)


 地面に膝をついて、両手を胸の前に組む。

 首からぶら下げる十字架(中心部分に逆三角形の十字架)を両手で持ち、祈りを奉げる構え。

 女性は真剣な表情で祈り、そして、言葉を紡いでいった。


「■■■■ ■■■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■■■■■■」

(白の女神 ヴァイスエイル 祈りと導き 癒しと安らぎ 神々の祝福に 生命の息吹 大いなる恵みに 慈愛と感謝 聖なる加護を与えたまえ)


 魔法陣が女神像を中心に展開し、呪文の詠唱と共に白い光の粒子が集まる。

 その白い光の粒子が魔法陣から溢れ出し、女神像に螺旋状に絡まる。

 呪文の詠唱が終わると、女神像から光の輝きが拡散した。

 女神像を中心に、教会の周囲へと輝きが円形に広がる。

 白い光がドーム状にコーティングされ、暖かく心地良い光に包まれた。


「■■■■■■」

(神のご加護を)


 こうして、転生初日の夜が更けて行った。

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