048 現実化

※残酷な表現、描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。




 違うところでは、人頭象身の魔物が世界を駆けていた。

 その巨体には似つかわしく無い速さを持って。

 動ける事が楽しい。

 駆ける事が気持ち良い。

 まるで、初めて走る事を覚えた子供のように無我夢中に駆け回っている。

 周りの障害物など一切気にせず、人だろうが、植物だろうが、建物だろうが、全てをお構いなしにだ。

 魔物からすれば、ただ単に駆け回って遊んでいるだけ。

 但し、その圧倒的な質量の為、巨大な足で踏まれただけで、その速さでぶつかっただけで、一瞬で絶命してしまう“もの”だが。

 もはやこれは理不尽な殺害であり、人の手で制御する事が出来無い災厄である。


「ぶっ!!」


 その大きな足で踏まれた“もの”はプレス機に押し潰されたように薄く平に伸びていた。

 一瞬で圧迫された為、薄く引き伸ばされ、身体中の穴という穴から、血、臓物だった物、体液が回りに飛び散っている。


「んっ...ぐっ!...んっ!」


 運悪く、下半身だけ踏まれた“もの”は、上半身だけで必死に這いつくばっていた。

 その千切れた上半身を上手く使い、手と肘の力だけで必死に匍匐前進をしている。

 額からは脂汗が滲む。

 目は影を帯び虚ろ。

 鼻や口からは濁った血が流れており、生気の無い青白い顔色。

 それでも、生き残ろうと必死に身体を動かす。

 その意識が消える瞬間まで...


「っ!!!」


 魔物の足によって頭だけ潰された“もの”。

 地面には頭がひしゃげて潰されており、その周りには豆腐を落としたかのように脳みそや脳漿が飛び散っていた。

 目や鼻や口だったものは、ぺたんこに圧迫されて引き伸ばされており、元の原形を確認する事が出来無い。

 頭が無い状態でも、手や足がバタバタと動いていたが、ものの数秒で動きを止めた。


「何が起きているんだよ!これは一体何だよ!!」


 この世界に広がる全プレイヤーが嘆いている。

 象の魔物が駆け回れば、その一歩で、そのたった一度で複数が絶命してしまうのだから。

 ただ、世界は広い。

 ただ、“者”は沢山いる。

 無邪気に駆け回る魔物の手により、その全てが“物”に成り果てるまで。




 違うところでは、腹の飢餓を満たす為に双頭の合成獣が動き回っていた。

 目の前の美味しそうな匂いを漂わせる“もの”に食欲が刺激されたみたいだ。

 蛇の尾は獲物を狙いすましたかのように人の足を掴まえて逆さ吊りに持ち上げた。


「きゃ!!助けて!誰かっ!お願いだから!!」


 必死に声を上げる女性。

 「助けて欲しい」と、「まだ死にたくない」と叫ぶが、その声が他の誰かに届く事は無かった。

 皆、自分が助かる事に必死で他人にかまう余裕など無いのだから。

 女性の叫びと言う祈りは誰にも届く事が無く、獅子の頭に右肘から先を喰われた。


「えっ!?」


 訳も解らず唖然とする光景。

 女性が喰べられた事を意識すると、ようやく痛みが警報を鳴らすように身体中を駆け巡った。

 右肘から零れ出す血飛沫。

 とても冷静ではいられなかった。


「ギャーーー!!」


 女性とは思えない野太い声。

 この先の恐怖を想像し、勝手に股間から尿が漏れ出す。

 その感じる痛みから、身体が体温を無理矢理上げて、全身に熱を帯びる。

 女性は右腕から血を流しながらも必死に逃げようと抵抗する。

 だが、足を掴まれている尻尾の蛇はビクとも解く事が出来無い。

 しかも、その尻尾の蛇は股間から滴る尿の味を覚え、それを求めて下半身を這いつくばって来た。


「いや...いやあー!!」


 尻尾の蛇が股間へと侵入し、その液体を欲し中を突き破って行く。

 突然、身体の中へと入って来る異物。

 痛みが伴って気持ちが悪いものだった。


「あ゛!...あ゛ぁ゛っ!」


 そして、目の前の獅子から、自分の右肘から先の腕だったものを喰べる音が、骨を砕く音が、「クチャクチャ」と咀嚼音を鳴らして喰われている事を認識させられた。

 「ああ、此処からは逃げられない」と悟った瞬間だ。

 次第に女性は血を流しすぎた為か、それまで熱を帯びていた身体は急激に寒くなり震え出した。

 その時点で、女性が助かる見込みは無かった。

 だと言うのにだ。

 目の前に獅子の大きな口が近付いて来ている。


「あっ、あ...」


 上半身を丸ごと喰われた。

 もう意識が無い筈なのに、自分が喰われている妙な感覚を覚えた。

 分断された下半身は数秒程ピクピクと動いている。

 それから直ぐに、跡形も無く魔物に喰われてしまった。


「グォオオオ!!!」


 双頭の合成獣の魔物は、目の前の“者”がどうも美味しかったようだ。

 ならば獅子の部分が、山羊の部分が、蛇の部分が、それぞれのお腹が膨らむまで、飢餓が消えて満たされるまで、そこ等辺に溢れる“者”を喰らおうと。

 獅子は肉を好み、山羊は内臓を好み、蛇は特に血を好み、丸ごとを好んだ。




 違うところでは、蜂の頭を持つ魔物が、強靭な下半身を使って飛び跳ねていた。

 その跳ねるついでに見つけた“もの”を、自身の鋭い爪で触れてみる。

 すると、その“もの”は臍(へそ)の位置から上下に綺麗に分断された。

 下半身はその場で立ったまま。

 上半身は自重によりズレ落ち、地面にぶつかっては潰れた胃や腸が跳ね回っていた。

 転がる内臓。

 ベチンベチンと跳ね回る腸。

 周りには血だまりを残して。


「ぶぇっ!?」


 顔の表面から胸の表面を削がれた“もの”。

 人体模型のように内臓が丸見えだ。

 顔の表面の皮膚が無くなり、まだ湿っている脳みそやピンク色をした筋肉。

 それから、剥き出しの歯。

 胸の部分は、血で濡れている肺やまだ脈を打つ心臓。

 内臓が動いている事がよく見える。

 痛みの為か気絶してしまい、そのまま後ろへと倒れこんだ。


「いやっ!やめてー!?」


 逃げようと叫んでいるが、それは叶わなかった

 嘲笑うかのように、細かく、細かく切り刻まれた“もの”へと。

 目にも止まらぬ早さで縦横無尽に爪が線状に走った。

 人だった“者”が、その場で刻まれてしまい骨や内臓も一瞬にして微塵切りにされた。

 原型は無くなって、ただの細かい肉片へと変わった。




 闇が広がったこの世界では、生まれたての四体の魔物が暴れていた。

 しかも、学習するように自分の快楽を満たしながらだ。

 それを天上から見下ろしている創造神。

 突然、世界中に魔法陣を多展開して行った。

 赤黒い光がその魔法陣をなぞって行く。

 そして、魔法陣が魔力で満たされると、赤黒い光を発しながら無数の天使が出現し始めた。

 光臨した天使と、フィールドに残っている神々。

 今の状況に似つかわしくない光景だ。

 天空から降りて来る天使達は、何か音を発していた。

 その音は、とても綺麗な音色を奏でる歌声。

 目に映る光景は悲惨だと言うのに、それを度外視させる程にとても美しいものだった。


「おぉ、神よ...」

「どうか...御慈悲を...お与え下さい」


 プレイヤーの中には勘違いを起こし、立ち尽くして涙を流す者。

 その場で膝を立てて祈っている者。

 歌声に聴き惚れている者。

 それらのプレイヤーは皆が皆、こう思っただろう。

 「これで、助かる!」のだと。

 だが、その幻想は一瞬にして砕け散る。

 天使達は無慈悲にも...

 その場にいる人々を...

 殺した。


「えっ!?何故!?」

「きゃー!!」


 目の前で起こった事が信じられなかった。

 いや、信じたくなかったのだ。

 神聖なものだと幻想を抱いていた天使。

 それが簡単に打ち砕かれてしまったのだから。


「...ああ...天使、さま?」

「逃げろー!!」


 慈悲が無い事に気付いた者は、その場から慌てるように逃げ惑う。

 それを追うのは無数の天使。

 天使は容赦無く人を殺して行く。


「くそ!!ふざけるなよ!!」


 不思議な光景が広がっていた。

 これは相手が天使だからそう見えるのだろう。

 まるで、地上に住まう人々こそが神の怒りを買って断罪されているようだと。


「何故こうなったんだよ...」

「助けてくれー!!」

「こっちに来ないで!」


 今の状況に嘆きその場で立ち尽くす者。

 誰かの助けを必死に懇願する者。

 天使に囲まれて逃げ場を失う者。

 そこに一切の慈悲は無かった。

 もし、黙示録があるならば、この光景こそが最後の審判と記される事だろう。


「死にたくないやつは戦え!!」


 目の前の状況に抗う人物が叫んだ。

 その人物とは、No.二プレイヤーのジークフリート。

 竜騎士と言う職業に就き、竜の首を切り落としたと言われる魔剣を持っている。

 ギルド“竜殺し”のギルド長だ。

 ラグナロクRagnarφk最大のギルドは総員一〇〇名。

 ギルド容員最大までいるメンバーが、この場を率先して天使達に戦いを挑んで行く。


「おい!ギルド“竜殺し”だ!」

「ジークさんも来ているぞ!!」


 この悲惨な状況に見えた一筋の希望。

 大袈裟だが、プレイヤー達はそんな風に感じる事が出来たそうだ。


「私が道を切り開く!!死にたくなければ私に付いて来るのだ!!」


 ラグナロクRagnarφk最上位プレイヤーの一人。

 そのジークフリートが先陣をきって天使達を薙ぎ倒して行く。

 すると、先程まで逃げ惑っていた人々はジークフリートに鼓舞され、何とかなるのではと希望を持ち始めた。


「うぉおおお!!!」

「ジークさんに続け!!」


 皆が皆、天使達に反撃を開始したのだ。

 そのきっかけを作ったジークフリートは、まさに英雄。

 竜殺しの魔剣を振り回し、最上位スキルを出し惜しみせず使用して行く。

 その姿は、かの冒険譚に出てくる主人公のようだ。

 天使の猛攻を物ともせず、殲滅をして行った。


「竜殺しに続け!!この場を生き残るぞ!!」


 ラグナロクRagnarφkの全プレイヤーが立ち上がった瞬間だ。

 それでも、最近参加したばかりの新人プレイヤーは自分の身を守る事で精一杯だった。

 中堅のプレイヤーは自分達の役割を把握したように、魂位、種族、職業に合わせて前衛、中衛、後衛に分かれて戦場を戦う。

 古参のベテランプレイヤーは新人、中堅のプレイヤーと隊列を組んでチームを作り指揮を執って行く。

 彼等の一丸となった力は、無数に群がる天使達に負ける事は無い。

 そして、ランキング上位のプレイヤーは、それぞれが独立して動き始めた。


「おいっ!天使達はそれほど強くないぞ!」

「あぁ!隊列を組めば余裕だ!!」

「これなら、行けそうだ!」


 皆がチームを組んだ事で天使達に抗えるようになった。

 だが、無数に広がる天使達が一斉に歌を口ずさむ。


「「♪♪♪~」」


 血や肉が飛び交う戦場には、とても不釣合いな美しい歌声。

 すると、プレイヤー達に異変が起き始める。


「あれ...?」

「...どうしたんだろう?」


 歌を聞いた者達の身体の自由が利かなくなって行く。

 これは意識に反応しているのか?

 これは神経に反応しているのか?

 解る由も無かった。


「「♪♪♪~」」


 この天使達が一斉に唄う歌は、音のハーモ二ーから切り替わるユニゾンがとても綺麗で全くのズレが無い。

 主旋律を唄う天使。

 副旋律を唄う天使。

 メロディーとコーラスのハーモニー。

 天使達全員で同じ主旋律を唄うユニゾン。


「綺麗だ...」

「...」


 その歌には不思議な力が込められていた。

 歌そのものが魔法のような何か特別な力が。

 どうやら、歌声に聴きいった者は、有無を言わさずに行動を停止させて行った。


「「♪♪♪~」」


 天使は歌を唄いながらプレイヤー達を蹂躙して行く。

 見目麗しい姿とは相反する、とても残虐な行為だ。

 殺戮。

 そして、この天使達とは別に行動をしている四体の魔物達。

 一体、目の前に広がるこの光景は何だろう?

 何を見せられているのか?

 もともとは仮想世界で現実では無かった筈だ。

 此処は意識の...情報の集合体では無いのか?

 もしくは、幻と言う夢では無いのか?


「ぐぁあああ!!!」

「がはっ!!」


 人が人と呼べない状態で壊れて行く。

 血を噴き出す。

 肉が飛び散り。

 内臓が弾けて。


「あ、あっ、熱い!!!」

「も、燃えるー!」


 身体が燃えている。

 肉を焦がして。

 臭気を放ち。

 炭まで燃やして。


「っ!?」

「ひゃ!」


 全身が凍る。

 機能を止めて。

 思考を止めて。

 生命を止めて。


「うわ!?」

「あ゛っあ゛っあ゛!」


 落雷が落ちる。

 放電と帯電。

 周囲一帯を飲み込み。

 跡形も無く消し去り。


「うわぁああああ!!」

「んっんっん!?」


 大地が割れる。

 隆起する地面。

 肉や骨をグチャグチャにする。

 人々を大地へと還した。


「えっ!?」

「...」


 光が閃光となり走る。

 無数に。

 穴を開けながら。

 意識させる間も無く。


「来るなー!」

「ぎゃー!?」


 闇が広がる。

 黒い波。

 光を吸う暗黒。

 その全てを闇に。


「世界の...現実化?」


 誰かがそう言った。

 だが、その人物は間も無く天使に殺された。

 意識する事も無く、頭を縦半分に割られてだ。


「くっ!?ふざけるな!」


 僕は傍目に殺されて行く人々を見ながら天使達と戦っていた。

 こんな理不尽な状況は可笑しいだろうと。

 生憎だが、天使達の歌声は僕には何一つ効果を発揮しなかった。

 それは魂位のおかげなのか、固有能力のおかげなのか、今現在では解らない事だが。


「ぐっ!やめろー!!」


 離れた場所で殺されて行く人々が見える。

 これ以上殺さないでくれと、天使達に向かって必死に叫ぶが、そんな言葉は届かない。

 すると、上空では創造神が新たに魔法陣を練成し始めた。

 そこから現れたのは、七つの角と七つの目を持つ子羊。



「さぁ、混沌(カオス)を共に歩もうではないか」


 創造神が嘲笑う。

 そして...

 絶望が始まった。

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