049 絶望
※残酷な表現、描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。
僕は、世界に溢れている天使達を倒しながら状況を整理して行く。
仮想世界をぶち壊したのは、超レイドBOSSである創造神の姿をした“何か”だ。
何故“何か”と言うと、もともとイベントで設定をされていた創造神の能力を大きく逸脱しており、事前情報の行動AIと異なる動きを見せているからだ。
僕にはその理由が解らないが、目の前の悲惨な現状を見れば、世界に広がる全プレイヤーを始末しようとしている事が伺える。
その当の本人は、高みの見物を決めてから、その場から動いていない訳だが。
そして、創造神と一緒に光臨した四体の魔物と、世界を覆い尽くす程の無数の天使達、現実化したレイドBOSSである黄昏の神々達がこの世界を破壊していた。
皆が皆、好き勝手に動き回っている状態だ。
四体の魔物は、創造神から指示を受けている様子は無かった。
統制が取れている訳では無く、四体とも近くにいる“もの”を遊ぶように殺しているだけだ。
天使達は、唄いながらアースガルズ世界を越えて他の世界へと広がり続けている。
現実化した黄昏の神々は別の世界を目指して動き始めていた。
絶望が、九つの世界の集合体ユグドラシル全体へと広がっていた。
アースガルズ世界にバラバラに散り、殺戮を繰り返す四体の魔物達。
プレイヤー達は為す術が無く、見るも無残に殺されていた。
「プァーーーーーーン!!!」
突如、ユグドラシル全域にラッパの音が響き渡る。
それは、この世界の何処に居たとしても聞こえる大きさが鳴り響いていた。
「ラッパの音!?一体、何が...」
すると、そのラッパの音に呼応するかのように四体の魔物の能力が解放されて行った。
魔物達の体長を何倍も超える魔力。
それは、離れた場所に居たとしても一目で解る程の量が立ち上がっていた。
「くっ!四体とも凄い魔力量だな!?」
魔力量で言えば、ラグナロクRagnarφk最大級の保有量。
だが、魔力量の多さがそのまま戦闘力の強さになる訳では無い。
その所持している膨大な魔力も使いこなせなければ、ただの宝の持ち腐れだ。
現に、四体の魔物は、その身体能力のみで暴れているだけだから。
「プレイヤーの皆が...」
魔物の周りに居るだけで無残に殺されて行くプレイヤー達。
魂位の低い者は戦う事も許されず、為すがまま。
抵抗すら出来すに死を迎えるだけだった。
「個人で抗えているのは、中堅プレイヤーからか...」
この状況に抵抗しているのは魂位30を超えたプレイヤーのみ。
所謂(いわゆる)初心者を脱却した、中堅(ミドル)プレイヤーと呼ばれる人だけ。
初心者はそう言ったプレイヤーに守られるか、何処かのパーティーに所属していない場合、直ぐに殺されていた。
「だけど...これが現実化した世界なら...死んだプレイヤーはどうなるんだ?」
誰かが言った、“現実化”と言う言葉が脳裏を過ぎる。
それが本当なら、この状況になって僕が最も不安に思う事がある。
それは、此処がラグナロクRagnarφkが現実化した世界ならば、「プレイしているキャラクターが死んだ場合どうなるのか?」と言う事。
そして、「現実世界でキャラクターを操作していた自分はどうなったのか?」と言う事。
「僕はここにいる...確かに。ここに存在をしているんだ」
これは感覚的な話になってしまい曖昧な答えになるのだが、本来(現実世界)の自分との接続が絶たれてしまった感触があった。
それはどう言う事か?
現実世界の自分が、そのままキャラクターへと全てを投影された妙な感覚だった。
それを踏まえると、新たに疑問に思う事が幾つか出て来たのだ。
感覚が絶たれた現実世界の僕はどうなったのか?
此処にいる僕とは別に活動をしているのか?
それとも肉体だけが残った植物状態なのか?
それらはもうログアウトが出来無い為、解る事が無いものだが。
「キャラクターが死ぬと...僕も、死ぬのか?」
そして、これが最も重要な事。
もし、この状態で死んだ場合、僕はどうなるのか?
正直、考えたくも無い事だ。
だが、此処は剣と魔法の世界。
当然、現実世界よりも死が近い。
まして今の状況なんて最悪なものだ。
目の前で死んで行くプレイヤーだった人々。
彼等と同じように僕も死ぬ可能性は十分にあるのだから。
「...」
だからこそ、僕が死んだ場合。
現実世界にいる僕へと戻る事が出来るのか?
もしくは、ゲーム時代のように、死んだ場合ホーム拠点へと戻る事が出来るのか?
それとも...
本当の“死”が訪れてしまうのか?
「今の不確定な状況で“死”ぬ事なんて出来ないな...それに、この世界が現実化している可能性も十分に高いんだ」
たぶんだが、どれも僕が思い描いている結果にはならない気がする。
正確な事は、この状態で死んでみないと解らない事だが、僕はこの状態で死ぬ事がとても怖い。
この仮想世界が、現実化したのかも定かでは無い状況では安易に死ぬ事なんて出来無い。
まあ、簡単に殺されてしまう状況にいるのだけれど。
だからこそ、キャラクターの“死”と、自分の“死”が重なってしまう不安を感じていた。
「目の前の天使は本物なのか?それともプログラムされたものなのか?」
僕は自分の周囲に広がる天使達を全て倒したところ。
いや、これが現実化した世界ならば、“倒した”では無く、“殺した”になるのか?
だが、相手を殺したと言う事実を、全く実感出来ていない。
これは何故だろうか?
目の前の天使は人間に翼が生えた状態で、そこに実物があるのだ。
斬れば、血も、肉も、骨も、内臓も、その全てを確認する事が出来る。
ゲーム時代では直ぐに消えていった内臓も、その場に残ったままだ。
これで現実化したと言う信憑性は増している。
「だからと言って、このまま周りのプレイヤーを放って置く事は出来ない...だとしてもだ!僕に...プレイヤー全員を助ける事が出来るのか?」
だと言うのに、プレイヤーが死んでいる事を何処か他人事のように捉えている自分がいた。
傷付いているプレイヤーが居れば手を貸してあげたい。
襲われそうになっているプレイヤーが居れば守ってあげたい。
殺されそうになっているプレイヤーが居れば助けてあげたい。
そう言った気持ちは持っている。
だけどそれが、死と言うイメージに結び付かないのだ。
それはこれまでの間、僕が独りでプレイをして来た事にも起因しているのだろう。
仲間と言う感覚が無いのだから。
相手に対して感情を持っていないのだから。
僕はまだ、ゲームをしている延長上の感覚でいたのだ。
「そうか...僕はこれを現実として受け止められないのか。いや...受け止めたく無いんだ」
広がる光景は悲惨なもので、とても直視出来る光景では無い。
だからこそ、現実として受け止めたく無いのだと。
実感の出来ていない僕ではあるが、当然、プレイヤーを助けたいと言う気持ちは持っている。
困っている人がいたら手を差し伸べる、そんな善意をだ。
そして、今の状況と重なり、兼ねてより羨望していた気持ちが合わさった。
逆境に立ち向かい、窮地を救い出す英雄像が。
「いや、これを救ってこその英雄だろ!!そして、何よりも自分が“生きる”為に!!」
“生きる”と言う事。
それは、僕の中で何よりも強い感情だ。
僕と言う人間の根幹を成す部分で、生きる事に対しての渇望。
その為ならば、僕は自分の全てを懸ける。
「プァーーーーーーン!!!」
「!?」
その時、二度目のラッパの音が鳴り響いた。
これは戦いをしている最中の事。
一度目から二度目への間隔。
その正確な時間が把握出来ていなかった。
「また、ラッパの音!?」
世界に鳴り響くラッパの音。
一度目の時点では、正しい答えかは解らないが、四体の魔物の魔力量が増幅された。
だが、今度は目に見えた変化が起きていない。
周囲の変化も無さそうだ。
「この辺りの天使は一掃出来たけど、やはり、倒さなければならないのは、あの暴れ回る四体の魔物か...」
現状、プレイヤーに被害が多く出ているのは、無数に広がる天使達の攻撃よりも四体の魔物による攻撃。
魔物が歩くだけで人が死ぬ。
動くだけで周囲が吹き飛ぶのだから。
「今はまだ身体の動かし方を解っていないのか?...身体能力だけで動いている?...ならば、今の内に倒す!!」
四体の魔物の中で僕の一番近くにいる魔物は、牛頭人身の魔物。
その巨体を活かした膂力で破壊を繰り返している。
人の破壊。
自然の破壊。
そして、仲間である筈の天使の破壊。
魔物は見境無く破壊を繰り返していた。
それは魔物の好奇心を満たす為だけの行為。
「グモォーーー!!」
その叫び声は、僕には何処か喜んでいるように聞こえた。
歪な笑顔が強調された、とても醜い笑いだ。
「見た目は醜悪だな...無邪気だからこそたち性質(たち)が悪いのか。これこそ本当の悪魔だな」
どうやら、魔物は視覚だけを頼りに動いているようだ。
見えるものに反応をして、それを捕まえて殺して(遊んで)いる。
ならば、これ以上の被害を出さないように魔物を殺す。
僕は、それを実行に移して魔物の背後へと回った。
ただ、何と言ってもあの膂力に破壊力だ。
昔に戦った事のあるミノタウロスが赤児レベルで可愛く見える程。
近寄る事は出来無い。
そうした危険を考慮し、僕は離れた位置から魔法を放つ準備を始めた。
胸の前方で両手を重ねて握り、上下に口が開いたように構える。
魔力の収束、無詠唱。
どれもゲーム時代と変わらない感覚だ。
「全てを滅する!!ドラゴニック・レイ!!」
それは龍の咆哮を模した極光の魔法。
僕の両手より放たれたのは、極大の魔法レーザー。
空気中の水分を蒸発させながら周囲の天使を巻き込んで進んで行く。
その全てを焼き尽くす魔法レーザー。
物凄い勢いで牛頭人身の魔物へと当たった。
だが、僕が思った通りの結果を得る事は出来なかった。
その極光の魔法は、魔物が保有する膨大な魔力によって、均等に拡散するように防がれた。
「グモォオオー!!!!」
「魔法が拡散された!?...もしかして、物理攻撃しか効かないのか!?」
魔法でダメージを与えられなかった事により、魔物にダメージを与えられる攻撃は物理攻撃だけなのかも知れないと、そう思い立った。
どうやら、ゲームの特性は受け継がれているようだ。
魔法もスキルも使用出来るから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
但し、魔物の持つ身体能力を考えれば、相手に近付く事は危険が伴う事。
だが、倒す為にはその危険を乗り越えなければならないのだ。
「動きが単調な今なら相手の攻撃も読み易いか...ならば、スピードで圧倒する!!」
牛頭人身の魔物は身体が大きく力は強いが、敏捷性は然程無い。
ステータスが力に極振りされているパワー型だ。
魔物は魔法を受けた方向に身体を向き直し、僕を見据えた。
その視認が出来ると同時に、「ドス!ドス!」と動き出し全力で走り出した。
走る度に揺れる地面。
そこには巨大な足跡が残っていた。
「迫力が凄いな。だが、その程度の速さなら鈍間(のろま)同然だろ!!」
大剣を構えて飛行で近付いて行く。
そして、その飛行の勢いのまま相手の攻撃を掻い潜り、胸(心臓)目掛けて刺突を繰り出す。
以前に戦った事がある牛頭人身型の魔物(変異種のミノタウロス)が胸に核を持っていたからだ。
核を持っている魔物は、核を破壊しない限り倒す事が出来無い。
僕は最短最速で核を破壊する為、胸(心臓)を攻撃する事にしたのだ。
その勢いのある飛行での刺突攻撃は、魔物を覆う魔力を突き抜けて相手の胸(心臓)へと到達した。
「くっ!!攻撃は刺さるが、身体が硬過ぎる!!」
魔物の剥き出しの皮膚が誇る、純粋な防御力。
どんな金属よりも硬い皮膚だった。
だが、僕の物理攻撃は魔物へと届く。
それが解っただけで十分な成果だった。
攻撃が当たると言う事はいずれ、「ならば倒せる!」のだと。
だが、胸の傷は、直ぐさま元の状態に戻ろうとグチュグチュと再生を始めていた。
相手には再生能力があったのだ。
「傷が再生しているだと?また厄介な能力を...だが、それを上回る速さなら...どうだ!!」
ならば、再生能力を上回る速さで攻撃をするしかない。
傷が再生する前に同じ箇所(胸)を徹底して攻撃する。
繰り返し。
繰り返し。
繰り返し、胸の表面を削って行くと、ようやく魔物の核が見え始めた。
「やはり!思った通り!」
僕の集中が高まり始めた頃。
相手の動きが鮮明になり、スローモーションのように見えて来た。
スピードで完全に圧倒している、今の状況。
それならば「このまま決める!」と攻撃を繰り出した。
一方、時を同じくして。
四体の魔物の内、別の魔物がいる違う場所では。
人頭象身の魔物の身体から内包される魔力が溢れ出していた。
それはせき止めていたダムの水が決壊して溢れ出すように。
「何だあの魔力量は!?ありえないだろう...」
この魔物に相対しているのは、ギルド“竜殺し”のギルド長、ジークフリートだ。
人頭象身の纏っている魔力量が明らかに可笑しいと顔が引き攣っていた。
そして、その目に見える膨大な魔力は、黄色に輝きバチバチと放電をしている。
「纏っているのは雷属性の魔力か...これは厄介だぞ」
雷属性の攻撃や魔法は、基本的に防御を貫通して来る攻撃。
しかも、結界を張るにしても、同じ上級属性以上で無いと防く事が出来無いのだ。
ただ、現実化した世界で同じような効果があるのかは、まだ解らない事だが。
「だが、走り回っているだけの今の内ならば!」
人頭象身の魔物は先程、召喚されたばかり。
その魔物からは知性を感じる事が出来ず、ただただ、本能のみで動いている状態。
言葉は悪いが、踏まれた者は運が悪かったのだろう。
安全を確保する為に石橋を叩いて渡っていたところ、相手の無責任な不注意で起こされた交通事故で殺されてしまったかのように、不遇としか言いようが無かった。
人頭象身の魔物が纏っている魔力は、近付いて触れただけで傷付くもの。
その為、傷付かない為にもジークフリートは同じスピードで横を併走して駆けて行く。
その膨大な魔力に触れないように、離れた距離から攻撃を与える為に。
「弾岩裂波衝!」
ジークフリートは大剣で地面を抉りながら下段から振り上げ、その削り取った地面(岩のような塊)を相手に叩き付ける戦技(アーツ)を繰り出した。
その剣撃は地面を抉ったまま真っ直ぐ魔物へと向かい、削り取った地面が弾丸のように飛んで行く。
魔物が纏う魔力を飛び越え、魔物の身体へとぶつかった。
「ブォーーーーーン!?」
像の鳴き声が響いた。
像の下半身は前足を上げて上半身を起こして動きを止める。
攻撃を受けた魔物は、身体にぶつかった物が何か探るように周りをキョロキョロ探し始めた。
その様子からも、どうやら痛みを感じていないようで、ただ気持ち良く走っていた事を止められた事が気に入らなかったようだ。
象の鼻が大きく揺れ、魔物の周囲を一周するように鼻を伸ばしながら振り払った。
それは先程のジークフリートの技よりも範囲が広く、盛り上がる地面も壁のようになって迫って来た。
「くっ!鼻を振るっただけでこの威力!?この身体の大きさは厄介だぞ!!」
魔物の背の高さだけでも四十mはあるのに、鼻の長さを合わせるとそれ以上の大きさになる。
ただただ、その大きく長い鼻を振り回すだけで必殺技となり、人々を殺す兵器となった。
ジークフリートは押し寄せて来る地面の壁を駆け登り、その勢いのまま空中へと飛んだ。
魔物の頭を越えた先から、その頭上から剣撃を繰り出す。
「断空千裂閃!」
ジークフリートは空中で物凄い速さで剣を振るう。
すると、無数の剣戟が閃光となり、魔物が纏う魔力を切り裂きながら空間ごと断って行く。
「グモォー!!」
ジークフリートは、此処でようやくダメージを与えている事を実感した。
目の前の魔物にも自身の戦技(アーツ)が通用し、傷を付ける事が出来るのだと。
「通用する!...これなら!!」
ジークフリートが魔物を攻撃しながら確認をして行く。
このまま「勝負を決める!」と。
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