047 始動

※残酷な表現、描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。




 周りを見れば、僕と同じように限定空間から放り出されたプレイヤーが多数居た。

 どうやら、他のプレイヤー達も僕と同じ状況みたいだ。

 全員の頭に漏れなく「?」マークが浮かんでいた。

 限定空間でレイドBOSSと戦闘中だった筈なのに、その空間が砕けて一つの大きな場所へと繋がったのだ。

 ただ、悲しい事に、その理由を説明出来る者など誰一人居ない。


「ここは...」


 僕達が放り出された場所は見慣れた場所であり、イベントクエストの舞台であるアースガルズ世界。

 主神オーディンやアース神族が住まう天界で、九つの世界の一つ。


「オープンワールド??アースガルズ世界って...イベントの強制終了?これって不具合なのか?」


 突然、イベントが中断された。

 強制的に限定空間から放り出されたプレイヤー達。

 だが、イベント内で他のプレイヤーが戦闘中だったレイドBOSSも、この場に残ったままの状態。

 不気味な事に、その放り出されたレイドBOSSは沈黙をしたように動きを止めている。


「何故、レイドBOSSまで一緒に?一体、これはどうなっているんだ?」


 僕と同じように、オープンワールドに放り出された他のプレイヤー達も驚いている。

 皆が、顔をキョロキョロ動かしながら周囲を一生懸命に確認している。

 「何でオープンワールドにいるんだ?」とか。

 「何これ?大丈夫なのか?」とか。

 「えっ!?レイドBOSSが消えていない?」とか。

 そんな様々な反応を見せて。


???「さあ、ここからが真の世界の始まりだ」


 再び、謎の声がオープンワールドに鳴り響いた。

 すると、その場所を中心に薄い光の環がオープンワールド全体に何度も広がっていった。

 光の環が広がる度に世界は色を変え、白黒の世界、色付きの世界と交互に変色を繰り返す。


「えっ!?」


 世界が交互に入れ替わって行くその時。

 現実世界にいる僕と、仮想世界にいるゲームキャラクター。

 その二つを繋げる意識に何処か異変を感じ取った。

 通常、ラグナロクRagnarφkをプレイする際、意識ごと仮想世界にダイブしてキャラクターへと没入して行く。

 そして、ゲームに没入している間、現実世界の僕に意識が行く事は、ほぼ無い。

 プレイ中は時間を忘れる事など当たり前でタイマーをセットしておかないと気が付かない事が殆ど。

 後はせいぜい尿意などを催した時くらいで、それ以外の時で意識が現実世界に向く事は無いのだ。

 だが、現実世界の僕自身が持つそう言った潜在意識が、たちまち消えて行く感覚を得たのだ。

 本来なら、そう思う事自体出来る筈が無いのにだ。


「繋がっていた意識が...遮断された?」


 オープンワールドが世界の変色を繰り返していた中、再び、色の付いた世界で落ち着く。

 すると、この仮想世界にだけ自分の意識が残ったような、もしくは、キャラクターに意識が憑依したような、言葉では言い表せない感覚が脳を走った。


「ぐっ...頭が...」


 仮想世界のキャラクターと現実世界の隔離された僕の意識を繋げるように、又は感覚をアップデートするかのようにズキズキと痛み出す僕の頭。

 もともと現実と遜色の無いこの仮想世界が、プログラムやシステムと言った檻をぶち壊して、新たな世界としての生命が宿り現実化を果たした瞬間。

 誰もその事に気付いた様子は無い。

 既に、もう此処が現実だと言うのに。


「おいっ!どうなっているんだ!?コンソールが表示され無いぞ!」

「メニュー表も、時間表示も無くなっている!?」


 限定空間が砕けてオープンワールドへと放りだれた他のプレイヤー達が騒いでいた。

 キャラクター操作時に短縮機能を備えたコンソールが消えている。

 更にはメニュー表を出す事も出来なくなっており、視界の画面端に表示されていた時間表示もいつの間にか消えていた。


「運営へのコールも出来なくなっている...じゃあ、強制ログアウトは!?」


 プレイ中に不測の事態が起きた際、運営に報告をする為の通話コールが出来なくなっていた。

 回線そのものが無くなり、機能が消されているように。

 では、強制ログアウトはどうなっているだろうか?

 ラグナロクRagnarφkでは、本来であれば特定の場所でしかログアウトをする事が出来無い。

 だが、ペナルティ(経験値)を支払う事で強制的に現実世界へと戻れる、強制ログアウトの機能が備わっているのだ。

 これはあくまでも現実世界においての緊急処置の為のもので、ペナルティ(経験値)を支払う為、悪用をする事は出来無い。


「ダメだ!強制ログアウトが出来無いぞ!メニュー表も開けないし、ヴォイスアシストも利かない!」

「なんだよこれっ!?一体どうなっているんだよ?」


 皆が皆、ゲーム世界から抜け出す事が出来なくて困惑をしている。

 システムが何も反応しない世界。

 だが、本当に恐ろしいのは此処からだった...


「空が...?」


 急激に雲掛かったように空が暗くなり、世界から光が失われて行った。

 すると、天が音を立ててひび割れて、ところどころに穴が開いて行く。

 その穴は次元の境目で異空間。

 黒く、暗い穴は、不気味な雰囲気を醸し出していた。


「天が...割れた!?」


 その開いた穴から、得体の知れないものが出現する。

 天からゆっくりと降りて来るその“何か”。

 それは、それは、とても神々しい光を伴っていた。


「おい...あれは...何だよ?」


 その雰囲気は、いつかの主神オーディンが降りて来たような、いや、それ以上の威圧感を放つ。

 降りて来た“何か”は、超レイドBOSSに設定されている“創造神”。

 周りに四体の魔物を引き連れながら。


「何なんだよ!?あれは!!」


 このフィールドにいる全プレイヤーがどよめいている。

 中心にいるものに対しては後半戦の時間帯限定で出現予定だった“創造神”。

 だが、その“創造神”の周りに居る四体の魔物は、今までに一度も見た事が無い魔物達。


「何だよあいつら?見た事も無いぞ!?」

「あんな魔物、実装データあったか!?」


 “創造神”は空中で留まったまま、他の四体の魔物が先に地上へと降りて来た。


 一体は牛頭人身の魔物。

 身長は、20m程。

 黒い牛の頭を持ち、左右には血のように赤い角を生やしていた。

 角は湾曲し、禍々しく赤黒い光が纏わり付いている。

 釣り上がった眼に金色の瞳。

 鼻には、瞳と似た金色の輪を付けていた。

 その身体は筋肉が今にも皮膚を突き破ろうと隆々と肥大化している。

 両手に巨大な両刃の斧を持っていた。


 一体は人頭象身の魔物。

 身長は、40mを超える。

 巨大な象の頭から人間の上半身が生えている。

 左手には矢の無いボウガン型の魔法具を装着。

 上半身の人間と下半身の象の頭は別々に動かす事が可能で、象の鼻を動かしながら上半身の人間がボウガンで攻撃をする事が出来る。


 一体は獅子の身体を持ち山羊の頭に蛇の尾を持つ魔物。

 体長は、30m程。

 双頭で白銀の体毛を持つ獅子に漆黒の山羊。

 その尻尾は毒々しい紫色の蛇。

 たてがみが雄々しく、白銀に輝き口元から鋭い牙を覗かせる。

 三つの部位がそれぞれ独立して動いていた。


 一体は細身の身体に刀のような鋭利な爪の魔物。

 身長は、5m程。

 蜂の顔を持ち、二本の触角が腰元までだらんと下がっている。

 上半身は細く鞭のようにしなる腕。

 三本指の手に、指の先には伸縮自在の鋭利な爪。

 下半身はガゼルのような獣の肉体。

 筋肉が過剰肥大して引き締まっていた。


 その四体が地上に辿り着くと、“創造神”から黒い光が環状に広がった。

 すると、間も無く世界が闇に支配された。


「視界が...奪われた?」

「いや、そんな事よりログアウトだろっ!?」

「無理だって!コンソールもヴォイスアシストも反応無いんだからさ!?」

「じゃあ、どうするんだよ!?」


 イベントに参加していたプレイヤー達が慌てふためく。

 突然、巻き込まれた理解出来無い現状。

 そして、目の前に現れた得体の知れない魔物達。

 皆が皆、言い争う中。

 その魔物達は一斉に動き出した。


「グモォオオー!!!」


 牛頭人身の魔物が咆哮し、群がる人々の下へと目にもとまらぬ速さで駆け寄る。

 その肥大化した筋力を利用しては、人を軽々しく掴まえて持ち上げた。

 すると、その“人”の強度を調べるかのように、両手を使って弄り出した。

 まるで、子供が玩具で遊ぶように。

 “人”の両腕を引っ張ると、断末魔の叫びと共に、簡単に身体が裂けてしまって歪な形で真っ二つに分かれた。

 その裂けた身体からは臓器が弾け飛び、新鮮な内臓が、まだ「ビクンビクン」と鼓動していた。


「うわーーーーっ!!何だよこれっ!?」

「何で身体が!?」

「うっ、ゔぉえー」


 目の前のあり得ない光景に驚愕する。

 その場で解りやすく狼狽える者。

 気持ち悪くなり、その場で嘔吐する者。

 どうやら、人によって様々な反応を見せているようだ。

 何故なら、目の前の光景は、ゲームではあり得ない事が起きているからだ。

 それは、プレイヤーが死んだ祭、瞬時に身体が消え去り、原則として、そのプレイヤーのホーム拠点へ戻るのだ。

 だが、今、目の前で殺されたプレイヤーの身体は残ったまま。

 挙句の果てには、その中身の臓器までその場に残っている。

 しかも、まるで現実世界のように、零れ落ちた心臓は鼓動を続けていた。

 その機能を失う時まで、自然と動きが止まるその瞬間までを。


「どういうことだ!?身体が消えないぞ!!」

「えっデータじゃない!?」

「...」


 目の前の出来事に錯乱する者。

 声を出せずに沈黙する者と様々だ。

 だが、全員がこの場所にいてはいけないと瞬時に理解したようだ。

 皆が皆、逃げ出そうと散り散りに動き始める。

 だが、それはもう手遅れだった。

 目の前の魔物は、それよりも前に動いていたのだから。


「やめろ!こっちに来るな!...っ!?」


 魔物の動きは、目の前に映る有象無象の集団が“何か”を調べるようだ。

 男は叫びながら逃げ出すが、既に気付いた時には魔物に捕まっていた。

 魔物は左手で男の胴体を掴んでいるのだが、男が逃げている時に捕まえたので向きが背面越しのまま。


「ぐぇ...ゔっ!!」


 どうやら、魔物は、掴んだ“何か”の音を発した部分に興味を持ったらしい。

 その興味を持った部分とは、声を発する男の頭の部分だった。

 魔物は、自分とは反対側を見ている男の頭を、無理矢理自分の方に向けるよう右手で捻った。

 頭を捻った時、胴体は背面のまま固定していた為、首の稼働域を超えて骨の折れる音から、皮膚の千切れて行く音が聞こえる。

 その際、男の叫び声が「ぎゃー!!」と鳴り響いたが、頭が千切れる時には、その音は途切れていた。    

 男の最後の声は、声帯が捩れて潰れたまま無理矢理言葉を発した「っあ゛!!」と苦い音だった。

 その千切れた頭からは、無理矢理捻って頭の中に圧力が加わった為、片方の目玉が飛び出し、情けなくぶら下がっていた。

 鼻からは黒く濁った血が流れ、叫んだ為に空いている口からは、舌がだらしなく伸びきって零れていた。

 魔物の左手で押さえていた胴体は首から先が無い状態だが、今にも動き出しそうな躍動感があった。

 逃げ出そうと力を入れた為か、手や足は空中を泳ぐような体勢で硬直をし、股間部分が、びっしょりと濡れていた。

 すると、魔物は動かなくなった“何か”に興味を無くしてしまった。

 乱雑に地面へと放り投げる人だったもの。

 どうやら、他に動いている“何か”に興味が移ったらしい。


「ぎゃー!!」


 魔物は直ぐさま代わりを見つけ、近くを動いている“何か”を捕まえた。

 そこで魔物は、ようやく認識をする。

 目の前で動いている“何か”は軟らかい“もの”なのだと。

 自分が力を込めたら直ぐに潰れてしまう“もの”。

 だが、目の前には代わりの“もの”が沢山ある。

 それを知ると、「二ヤァ」と醜悪な笑みを浮かべた。

 自分の近くを動く“もの”を、今度は壊さないようにと捕まえてみる。

 では、その“もの”が、どれ位の強度なのかを調べる為に手で触って行く。

 ああ、軽く触れただけだと言うのに、皮膚の上から骨や内臓が簡単に潰れてしまい体液が零れて来た。

 これでは失敗だ。

 だが、液体が出て来た事により不思議な“もの”だと思い、今度はその手の中で“もの”を握ってみた。

 すると、人の形をしていた“者”が無理矢理力で圧縮され、丸い団子状の“物”となった。

 それは人の原型が何処にも無いミンチ状にだ。

 魔物は笑った。

 子供のように無邪気な笑顔だが、その人相からとても醜悪な笑顔で、歪な笑い。

 ああ。

 目の前には、まだまだ“者”がある。

 軟らかくて脆い“物”だが、音が鳴ったり、液体が出たりと興味が尽きない。

 これで、愉しく遊ぼうと。

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