042 ジュピター皇国⑩

「やはり、完成していましたか...」


 メティスが目の前の光景を見て状況を瞬時に把握した。

 恐れていた状況ではあるが、1年前(メティスにとっては10年前)からこの状況を想定していた事でもある。


「ただ思ったよりも、数が多いですね」


 メティスは、自分の事を過大評価も、過小評価もしない。

 今持ち得る力を冷静に分析して、理想や、空想と言った、確信出来ないものを排除した現実主義者だ。

 倫理的な思考も、道徳的な思考も除外して、犠牲も厭わない最善な手段を導く人物。

 ユーピテルと思想は似ているが、それが個人にとってか、国にとってかの違いだ。

 メティスは、ある意味ユーピテルの事を認めているし、信頼もしている。

 但し、その“頭脳において”に限るが。

 1年前の状況から、あらゆる可能性を考慮して導き出した答えは、此処に居る半分程の50体だった。

 だが、その結果をユーピテルに見事裏切られていた。

 ユーピテル自身も成長をしていたからだ。


「この状況では不謹慎でしょうが、流石はユーピテル。私が唯一認めた御方ですね」


 一緒に魔科学を発展させて来た仲間であり、最大のライバル。

 メティスは、お互いに知識や技術が未だに向上をしている事を喜ぶ。

 そして、その期待を裏切られた事により、まだまだ自分の知識や技術が研鑽出来る事を知り、魔科学の可能性に笑った。

 だが、それは世界が在って、国が在って、人が在ってこその話だ。


「ですが、こちらも十分に数は用意してあります」


 メティスがこの状況を打破する為に作成した薬のストックは、現在いる巨人の倍。

 200個を用意していた。

 メティスは用意していた薬を異空間に収納出来るバックから取り出し、目の前に並べて行く。

 擬似魔核を融解して巨人から人に戻す薬をだ。


「後は、巨人にこれを飲ませるだけですね...。丁度、ルシフェルさん達も来たみたいなので手伝って頂きましょうか」


 メティスは、反対方向からルシフェル班が来ている事を確認した。

 薬を巨人に服用させる為の準備を始めた。




「もう始まっているわ...ルシフェルどうするの?」


 ニンフが僕に尋ねて来た。

 目の前の状況を全て把握出来ている訳では無いが、必要なのは巨人に薬を飲ませる事なのだと。


「ポセイドン軍が何とか善戦しているみたいだけど...メティスさん達は...来ているみたいだね」


 僕達ルシフェル班がオリュンポス平原に着く頃。

 メティス班も此処に来ている事が確認出来た。

 ポセイドン軍が押されている事は目に見えて解るが、最優先はメティスの作製した薬を巨人に与える事。

 

「先に、薬を受け取りに行く事が、必要か...」


 但し、その薬は完全では無い為、擬似魔核を融解して人に戻す段階で半分の確立で殺してしまう可能性がある。

 しかし、このまま何もせずに巨人を放置する事は出来無い。

 ミズガルズ世界の消滅に繋がるからだ。


「全員を助ける事は出来ない...」


 勿論、根底には全ての巨人を助けたい気持ちを持っている。

 だが、言葉は悪いが、世界と巨人を天秤にかけた時、その重さを比べる必要は無いもの。

 世界を犠牲にする事など絶対にあり得ないのだから。

 結果、巨人の犠牲無くして、世界を守る事は出来無い。

 皆が、それを覚悟の上で最終決戦に挑んでいるのだ。


「先ずはメティス班に合流をしよう!デュナメス、メティスのところへと向ってくれ!」

「うむ。承知した!」


 デュナメスが巨人ひしめく平原の中、脇目を振らず真っ直ぐメティスのところへと向った。

 すると、メティスはこちらを待っていたようで、既に平原にいる巨人の人数分、薬を用意していた。


「この場所から動かずに申し訳ありませんが、皆様お待ちしておりました。では、こちらの薬を巨人達に服用させて下さい」


 説明では、薬を飲ませるだけで擬似魔核の融解が始まるそうだ。

 擬似魔核との融合の影響で、周囲の魔力を吸収して巨大化した身体も、その魔力を分解して元の状態へと戻してくれる。

 但し、再度急激な変化が起こる為、身体が変異に付いて行けずに死に至る事があるそうだ。


「それでも...世界の為にご協力お願い致します」


 不完全な薬しか作れなかった事。

 元は人間だった巨人を殺してしまう可能性。

 世界を守る為に犠牲にする事。

 メティスの瞳には、様々な想いが込められた強い意志が宿り、その覚悟が込められていた。


「ようは口に入れれば良いんでしょ!任せなさい!」


 ニンフが薬を手に取り、メティスと同じように覚悟を決めた。

 世界を救う為に協力をする事は、当たり前なのだと。

 五冥将も同じように受け取って行く。


「巨人を倒す方が楽でしょうが、無駄な魂をプルート様のところへ送る必要は無いでしょう。助けられるなら助けましょう」


 ヴァイアードが片手で顔を押さえ指の隙間からメティスを見ている。

 もう片方の手は、腰に回して格好付けている。

 「私に任せれば問題ありません」と。


「力(チカラ)ナラ負ケナイ!」


 オルグが気合を入れて答える。

 「巨人クライ、軽ク抑エテヤル」と。


「これ以上、屍を生み出さないで欲しい物だな」


 僕の影から「スッ」と出てきたオクタウィアヌスが、骨だけの身体で現れる。

 眼底の下の赤い光が不気味だが、この戦場に対して無駄な死者が出る事を嘆いている。

 これ以上同族を増やしたく無いと。


「ふふふっ。研究と自己満足は違うものだわ。人間の坊やには、そこをしっかりと教えてあげなくてよ」


 エキドナは、研究者で言えばユーピテルよりもだいぶ先輩に当たる。

 その研究分野は違うものだが、それは当たり前の事だ。

 ハデス帝国が建国された時から五冥将に就任し、魔力の研究を行っている第一人者なのだから。

 ユーピテルにきついお仕置きをしようと考えている。


「私は、折角の強き者と戦えない事が残念だが、プルート様の為、何の問題も無い!」


 デュナメスは、巨人と戦う事が楽しみであったが今回は諦めている。

 「これ以上世界に無駄な魂が溢れる事は許さない」と。

 皆が目的や意識を共有して、薬を巨人に飲ませる準備を始めた。

 この薬を飲ませて、目の前の事が解決するなら、後はユーピテルを討つだけになるのだから。

 そして、薬が皆に行き渡った時。

 メティスは改めて、深く頭を下げてお願いをした。


「では、皆さんお願い致します」


 それぞれが薬を手に持ち、平原に広がる巨人の下へと散り散りに別れて行動を開始した。

 今はまだ、ギリギリのところでポセイドン軍が巨人達を必死に押さえている。

 だが、皆が皆。

 その疲労が最大のピークを迎えていた。


「これ以上は抑えられそうに無いぞ!!」

「だが、ここを抜けられたら終わりだぞ!声を出せるならまだ力は振り絞れる!」


 カラッカラの声で必死に言葉を搾り出している。

 息が荒く、目は完全に開く事が出来ずに半目だ。

 重心が高くなり、足の踏ん張りが利いていない。

 このままでは亜人の中から多数の死者が出てしまいそうだ。

 皆がその危機感を持って巨人と対峙している。


「皆の限界も近い...だが、負けるわけにはいかんのだ!」


 そこに颯爽と現れたのが僕、ニンフ、五冥将。


「ポセイダル兵の皆!後は僕達に任せろ!」


 空を飛べる僕、ニンフ、ヴァイアード、エキドナは空を移動しながら巨人にこっそりと近付き、薬を口に放り投げて行く。


「ウオオオー!!」


 オルグは薬を持って、その身一つで無理矢理、巨人に突っ込んで行く。

 その後は力任せに巨人の口をこじ開け、薬をぶち込んでいる。


「我の深淵...とくと見せようぞ!」


 オクタウィアヌスは、無数の骨人族を引き連れている。

 影から軍団を作り出して、巨人へと立ち向かう。

 これこそが本当の数の暴力で、無数の骨人族が巨人に絡まって行き、身動きを止めてから薬を口に放り投げている。


「強者とは、決して暴力を振るわん!強者の流儀!その身を持って知るが良い!」


 デュナメスは、ケンタウロスモードのまま機動力を活かして、目にも留まらぬスピードで駆けては薬を巨人達に飲ませて行く。

 すると、薬を飲んだ巨人達全員が、その場で一時停止をしたかのように沈黙をした。

 巨人の身体から魔力が漏れ出している。

 薬の効果により、擬似魔核の融解が始まったようだ。


「これで巨人全員に行き渡ったようですね?」


 メティスが全体の状況を確認する。

 巨人達の動きが一人残らず止まっており、擬似魔核の融解が始まっていた。

 相対していたポセイダル兵の皆は、「巨人の動きが止まった?...もしかして、勝ったのか?」と、その場で座り込んだ。

 精神的にも、肉体的にも、限界が来ていたようだ。


「後は、擬似魔核の融解が終われば完了です。この中の半分は...助ける事が出来ずに絶命するでしょうが...」


 メティスは胸の前で拳を握り締め悲痛な表情を浮かべた。

 助けたかったのは皇国民全て。

 それは巨人に変化した人も含めてだ。

 だが、今回はその意思に反するように自分の手で皇国民を殺すのだ。

 それがどんなに苦しい事か。

 自分の気持ちを無理矢理封じ込め、個を犠牲にしてまで大勢を生かす事を選んだ。


「融解して人間に戻った後の後遺症がどう残るかは正直解りません。この後は皆さん慎重に...えっ!?」


 融解後の対処を説明している時、突如、巨人達に異変が起き始めた。

 薬を飲ませた瞬間、巨人達は動きを止めて胸の辺りが白く光り、その光から魔力が解放されて(漏れ出て)いた。

 確実に、薬はその効果を発揮していた。

 それがどうした事か。

 薬の効果が反転し、周囲の魔力を勢い良く吸収し始めたのだ。


「これは、どういう事でしょうか...?何か擬似魔核に仕掛けが施されていた?それとも薬が不完全だった?いや不完全なのは元からで...」


 メティスは、明らかに狼狽ていた。

 しかも研究者としての悪い部分が出ており、周りの存在を忘れ、その場で目の前の事象に没頭し始めたのだ。


「魔力が再度収束を始め...巨人の進化?そんな事がありえるのですか?」


 事象と推測から結論を導き出したようで、この後の危険を悟る。

 ユーピテルが巨人に何をして、どうしてこうなったのか、その過程が解らない。

 だが、結果はメティスが用意した薬が効かないという事だ。

 それ以上に驚く事は、薬の効果が反転し、巨人の進化を促す作用が働いた事だった。


「強制進化に...性質変化...」


 オリュンポス平原に降下して来た巨人達は、キュクロプスやヘカトンケイルとは違い成功作。

 人間がそのまま尺度を変えて巨大化した、人間の弱点を補える成功体だ。

 だが、メティス作成の薬を投与した後、身体が突如変異を起こし、肌の色は赤色や、緑色と言った様々な色に変化をしていた。


「魔素による影響...これがユーピテルの研究の成果だと言うのですか!?」


 それはオリュンポス平原に広がる魔素に影響されているようだ。

 そうして、変異の終わった巨人から動き始めた。

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