????編

045 ギルド対抗戦

「...」


 目が覚めると、泣いている事が殆どで、此処最近は毎日だ。

 それは夢の影響なのか?

 精神的な問題なのか?

 そのどちらかは解らない。


「...また...涙」


 夢の中は自分だけの世界だと言われている。

 他人が入り込む事は出来無いし、その世界を具現化する事も出来無い。

 科学的に証明が出来無い不思議な世界なのだと。


「...」


 今では名前を思い出せない、あの子。

 僕の人生において、間違い無く、最も影響を与えてくれた人物だ。

 あの子のおかげで、喜怒哀楽の感情を知った。

 あの子のおかげで、独りでは無い事を知った。

 あの子のおかげで、笑顔を知った。

 あの子のおかげで、幸福を知った。


「...元気に、しているのかな?」


 思い浮かぶあの子のシルエット。

 何故、僕は急に思い出したのか?

 どうやら、それも解らない。

 心の不安定さを拭い去るように、涙として流れたのか?

 それとも、魂を浄化するように、涙として流れたのか?

 夢は僕の心理を、心の奥底に眠る思いを表しているのかも知れない。


「そう言えば、あの歌...もう一度、聴きたいな」


 それが夢の出来事だったのか、それが記憶の断片だったのかは、もう解らなかった。




 IMMORPG『ラグナロクRagnarφk』が正式オープンしてから一年が経った。

 今日は、その一周年記念に合わせて特別なイベントが開催される日。

 ネットで前情報を知ったプレイヤー達は、此処ぞとばかりに盛り上がっていた。


「今度の新イベント、神イベントじゃね?」

「だよな!報酬がぶっ壊れてるもん」

「確かにヤバいよな...て言うか、イベントBOSSも神そのものみたいだし」

「新(しん)と神(しん)で掛かけてんじゃんねえ?」

「!?...確かに!!」

「だったら洒落てるけどな」

「それな!...ああ、優勝してえ」


 どの場所でも、似たようなやり取りが行われていた。

 ギルド対抗イベント『天空城奪還!神々の黄昏』。

 期間限定のレイドBOSS討伐戦である。 

 期間は前半戦が一週間。

 中間集計が一日。

 後半戦が一週間。

 全部で、イベント期間が15日間のギルド対抗戦だ。


 イベントの概要は、運営から届く[お知らせ]から確認する。


 [お知らせ]

 イベントの遊び方。

 ①クエストでレイドBOSSと遭遇して撃破。

  イベントクエストをプレイ中にランダムで遭遇。

 ②イベントポイントを獲得。

  レイドBOSSを撃破する事でイベントポイントを獲得。

 ③累積ポイントで報酬。

  一定値毎のイベントポイント獲得の累積達成により一度だけ報酬が寄贈。

 ④累積ポイントでランキング上位を目指そう。

  ランキング上位者には限定アイテム、限定スキル、能力上昇アイテムを獲得。


 レイドBOSSは時間帯(後半戦)限定で超レイドBOSSが出現。

 ①7:00~9:00。

 ②11:00~13:00。

 ③19:00~21:00。


 注意事項

 ※イベントは期間限定です。

 ※予定されている内容や期間は、予告なく変更になる場合があります。

 ※レイドBOSSのドロップ報酬については、公式攻略ページをご覧下さい。

  なお、公式攻略ページの掲載は遅れる可能性があります。

 ※お知らせの内容以外にも報酬が獲得出来る場合があります。

 ※本イベントで獲得出来る報酬は、今後再登場しない可能性がございます。


 ランキング一位には、移動型ギルド拠点となる“天空城”が贈られる。

『天空城』

 永久常設で完全魔法結界、認識阻害、通信阻害、転移効果遮断、拠点内魔法使用不可(ギルドメンバーを除く)、拠点内効果二倍、拠点内改修必要ポイント半減。


 これはギルド拠点として、かなりの威力を発揮する。

 ギルド対ギルドの拠点戦をする際、無類の強さを誇るだろう。

 先ず、外部からは拠点を破壊する事が出来ず、直接拠点内に乗り込まないといけない。

 そもそもが空を自由に移動出来る上、認識阻害が働いている為に拠点を見つける事自体が難しいのだが。

 そして、拠点内に進入出来たとしても、ギルドメンバー以外は魔法を使用出来無い。

 これは、拠点内で戦闘をする際の攻撃魔法や、拠点内で傷を負った際に回復魔法を使用する事が出来無いのだ。

 更にギルドメンバー以外は、全く通信が出来なくなる。

 通信を通しての拠点外から指示を出したり、内部の情報を共有する事が出来無い。

 対策を立てる事が出来無いのだ。

 魔法具で転移をする事も出来ず、正に難攻不落の要塞と化す。

 一周年記念のお祝いとして、運営から破格外の報酬となる。


 そして、今はイベントの前半戦も終わり、中間集計が完了したところ。

 現在のイベントランキングは、こうなっていた。


 ・順位一覧

 表示:TOP10


 ・1位  133,012pt

 ギルド名 『竜殺し』

 ギルド長 『ジークフリート』


 ・2位  132,936pt

 ギルド名 『明けの明星』

 ギルド長 『ルシフェル』


 ・3位  104,286pt

 ギルド名 『魔法九帝』

 ギルド長 『魔九羅』


 ・4位...

 ・5位...

 ・6位...


 冒険者ギルドのホールで、イベントランキングの順位表を見た二人組みの男達。


「へえ。1位はジークさんのところなんだな」

「まあ、人数も一番多いし、ギルド対抗戦なら当然の結果だよな」


 順位表を覗きながら羨ましそうに、そして、悔しそうな表情で会話をしている。

 どちらも途中参加組みの中堅プレイヤーだ。


「でも、やっぱり凄いのは、2位の『明けの明星』だよな!」

「ほんとそれなっ!ギルド所属人数が一人しかいない、ぼっちギルドだって言うのに、1位との差が100ptも無いからね」


 一人は羨望の眼差しで話している。

 もう一人は呆れたような、可笑しいような、そんな皮肉を込めて話していた。


「だよな!お前『明けの明星』のプレイヤー見た事ある?」

「“ルシフェル”だっけ?あの人ヤバイよな...今までのイベント全部1位だぜ」


 ラグナロクRagnarφkが正式オープンしてから今まで。

 開催されて来たイベントは全て僕が一位を掻っ攫って来た。


「それなっ!噂だとゲーム作成者の一人とか、本当は実在しない運営のダミープレイヤーとか、そもそも人間じゃない何処かの国の超高性能AIがプレイしているとか、様々な憶測は飛び交っているもんな!」

「まあ、ずっとぼっちでプレイしているし、不自然に仲間がいないもんな。でも、今回のギルド戦は、流石に一位無理だろうって言われてるよな」


 ギルド『明けの明星』に所属したいプレイヤーは沢山いる。

 だが、今まで誰一人として申請が通らず、ギルド加入が出来ていなかった。

 その理由すら解っていない状況から、ゲーム内で変な噂が出回っているのだ。

 やれ、ゲームマスターの一人だ。

 やれ、改造データの違反プレイヤーだと。

 そして、今回のイベント戦はギルド対抗戦。

 プレイヤー個人では無く、仲間での協力戦だからこそ、ぼっちプレイヤーのルシフェルでは1位になれないのだと囁かれていた。

 だが、蓋を開けてみたら...


「それが、前半戦終わった時点でポイント差がこれだけだもんな...凄過ぎだよ」

「これはジークさん発狂もんだよね。いつも自分のチャンネルで悔しがっているからね」


 ラグナロクRagnarφk攻略サイトを自分で作成していたり、実況プレイをしているジークさんこと、ジークフリート。

 攻略情報を乗せては、様々なプレイヤーを助けている最上位プレイヤーの一人だ。

 彼は人格者であるが、プライドが高く極度の負けず嫌い。

 ラグナロクRagnarφkが正式オープンして以来、一度も僕に勝った事が無いのがコンプレックスになっていた。


「まあ、良いんじゃね?どうせ俺等には関係無いし」

「...だな。ああ一度で良いから入賞してみてぇな」


 二人は最初盛り上がって話していたのだが、途中から悲しくなっってしまったのだろう。

 諦めの表情を浮かべて、何処か上の空だ。

 そして、そのまま二人は何処かに消えて行った。


 別の場所では、二人組みのプレイヤーが違う話をしていた。

 こちらはラグナロクRagnarφk正式オープンから参加している古参プレイヤーだ。


「そう言えば聞いたか?何かニュースでもやっているらしいけど、ラグナロクRagnarφkプレイヤーの“意識未帰還者”が問題になっているって」

「あっ!そのニュース俺も見た!」


 現実世界で社会現象を巻き起こしているIMMORPG“ラグナロクRagnarφk”。

 全世界で初めてプレイヤー数が一億人を越えた、お化けゲーム。

 これは登録者数でも無く、ダウンロード数でも無く、実際にプレイしている人数が一億人いるのだ。

 その為、仮想世界が現実世界と同等のコミュニティとして成立していた。

 物の価値は現実と同じように取引され、衣食住と、その全てが現実のように扱われているのだ。

 これは、仮想世界でも現実と同じように五感がそのまま楽しめるのだから、当然と言えば当然なのだが。

 まあ、その所為なのか、一部では犯罪も起きているようだが。


「でも、あれってさ。神経も脳も直接ゲームに繋げているからって言われているよな?まあ、そのおかげで五感が堪能出来るんだけどさ」

「そうなんだよ!現実では食えない美味い食べ物も食えるし、現実ではあり得ない家に住む事も出来る。しかも、女も抱けると来たもんだ。だったら弊害よりも実を取るよな」


 ある程度の魂位まで辿り着く事が出来れば、この仮想世界は現実世界を超えた居心地となる。

 此処の食事で実際にお腹が膨れる事は無いのだが、味覚や満腹中枢は刺激されるもの。

 もし、点滴などで生体機能を維持が出来るのなら、ゲームをずっとプレイする事も可能だ。

 ただ、その場合、他人の手による排泄物の処理が必要となるのだが。

 住居に関してもそうだ。

 先ず初めに、プレイヤー全員にはホーム拠点が与えられる。

 人によっては初期状態でも十分な広さ。

 それがゲームを進めて行けば、自分好みに設定も内装も変更が出来るのだから満足行くと言う物だ。

 そして、これがプレイヤーの人数を爆発的に増やした要因。

 他人と触れ合う事が出来るのだ。

 勿論、それは性行為を含めて。

 何なら、仮想世界のキャラクターの方が快楽を得る事が出来てしまうだろう。

 自分好みのフェイスメイクにボディメイク。

 見事に再現されている触感と質感。

 そのどれもが現実を超えているのだから。

 まあ、それで問題になった事もあったけど、今ではしっかりと取締りが行われている。


「“意識未帰還者”って言っても、現実世界でも年間5~6千万人くらい死んでいる訳じゃん?データで比較しても誤差の範囲じゃ無かったっけ?」

「ああ~、プレイヤーじゃなくてもって奴ね」


 現在、全世界で物議を醸している事が、仮想世界から現実世界に意識が戻って来ない“意識未帰還者”。 

 ゲームにダイブした後、身体機能は活動していると言うのに意識が戻って来ないプレイヤーが続出した。

 身体が生きている為に生命維持装置によって延命をしているのだが、処置の施しようが無い為に病室だけが埋まって行く。

 その為、現実世界を生きる者にとっての弊害となりつつあるのだ。

 しかも、その理由は未だに解っていなかった。


「現実だろうが、仮想世界だろうが、人間死ぬ時は一緒なのにな...ってか、それよりもバグが増えたよな?」

「バグってあの地震の事か?確かに、徐々にだけど頻度が増えてるよな」


 オープンワールドで突如、起きる揺れ。

 最初の頃は、気付くか気付かないか解らないくらいの揺れだったのに対して、最近では、その震度も上がり、揺れそのものを大きく感じる。

 一応、揺れが起きる度に運営からお知らせが来るが、どうやら把握が出来ていないバグらしく、対処が全く出来ていない。


「今後どうなるんだろうな?まあ、楽しいから良いんだけどさ」

「不安っちゃ不安だけどよ。まあ、俺等なら大丈夫だろ!」


 結局二人とも、事態を深刻には捉えていなかった。

 自分達は平気なのだと、根拠も無く楽観的に考えているのだから。

 そのまま二人で談笑しながら、此処から去って行った。

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