053 最後の審判

※過激な表現、描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。



 遡る事、数分。

 ミズガルズ世界では。


「レオ!!この大群は一体何なんだ!?」


 海豚人族のルカが、目の前の“翼の生えた人間”と戦闘を行いながら、ポセイドン皇に問い質す。

 一体一体はそれ程の強さでは無い。

 ルカでも喋るくらいには余裕があった。


「もしかしたら...神の御使い...天使なのかも知れない」


 獅子人族のポセイドン皇が答えた。

 本人は実際に見た事の無い(僕を除く)種族で、見た目の特徴から特定したもの。

 天より舞い降りし神の御使い。

 それが意味する事は、世界の是正。


「天使だと!?相手は神か何かと言うのか?」


 豹人族のマークが、自身の知っている知識と照らし合わせて驚く。

 天上に住まう神々が相手では、万が一でも勝てる可能性が考えられ無くなるからだ。


「神の...軍団...私達なんかが、そんな相手に立ち向かえるの?」


 同じく豹人族のジェレミーが絶望の表情を浮かべていた。

 決して人の手で逆らえないのが神なのだと。

 天使がこの世界に来ている時点で、「破滅は免れないのでは無いのか?」と。


「これは...何が起きているのだ!?」


 誰も解る事の無い、目の前の現実。

 ポセイドン皇達は、それに抗いながら必死に抵抗をしていた。




 時を同じくして、ハデス帝国領では。


「プルート様!!彼奴らは天使の姿をしておりますが、一体、何者なのですか?」


 幽鬼族のデュナメスが、魂の選定者で、戦乙女(ヴァルキュリー)であるプルート皇に問う。

 プルート皇はアースガルズ世界出身の戦乙女(ヴァルキュリー)。

 そこには本物の天使が居る。

 本物の神々が居る。

 目の前の、天使の姿を模倣した偽物と比べる事が出来る筈だと。


「さあのう?どうやら、妾にも解らん事があるようじゃ」


 ミズガルズ世界の創世から共に、この世界に居るプルート皇。

 だと言うのに、目の前の“天使”を知らない。

 いや、姿を真似た偽物をだ。


「プルート様!!此処は危険です!相手の一体一体は強くありませんが、数が多過ぎます!!」


 吸血鬼族のヴァイアードがプルート皇の身を案じる。

 目の前の状況を考えれば、正しい進言だろう。

 だが、正解では無い。


「何を抜かす。何処へ行こうが、こうなっては変わり無い。安全な場所など、とうに消え失せておるわ」


 無数の天使達による攻撃。

 その一つ一つの攻撃は大した威力では無い。

 だが、その数が尋常では無い程多い。

 束になれば国を壊すのも容易なのだ。

 既に逃げ場は無かった。


「グオオー!!!」


 鬼人族のオルグは、先陣をきって天使達と戦っていた。

 戦場のど真ん中。

 死地に居ると言うのに、何処か楽しそうなオルグであった。


「光あるところに影があり...相手の光が強ければ強い程、我等影の力も増すという事」


 骨人族のオクタウィアヌスは、神(光)の軍団に対抗すべく影の軍団を率いて戦っていた。

 数には数で対抗する。

 決して負けていない。


「ルシフェル様...何故でしょうか?今なら、快楽を伴う交じり合いが出来る気がします。はっ!?もしかして、この戦いを乗り越えた時のご褒美と言う事ですね?ハッキリと目に浮かびます。貴方様との■■■が!!」


 興奮の止まらない蛇人族のエキドナ。

 自分の中の何かが変わった事を感じているようだ。

 発作の如く恋慕する感情。

 妄想は止まらない。

 そして、攻撃も止まらない。

 エキドナの周囲に浮かぶ複数の魔念体。

 それぞれから魔法が発動され天使達を倒して行く。

 私の天使はルシフェル様だけなのだと。


「この世界はどうなってしまったのじゃ?妾の望みが叶う事など、これから先訪れる事は無いのか?...どうやら、それどころでは無さそうじゃがな」


 目の前の光景は地獄絵図。

 プルート皇は、知ってか知らぬか現実化した事を肌で感じてはいた。

 だが、今の局面を乗り越えない事にはどうしようも出来無い。

 望みは薄そうだ。




 同時刻、同じようにジュピター皇国でも熾烈な戦いが繰り広げられていた。


「キュクロプス!!ヘカトンケイル!!お行きなさい!!」


 魔科学者のメティスが、巨人の力を完全に制御したキュクロプスとヘカトンケイルに指示を送る。

 擬似魔核を完全なる魔核へと作り上げたメティス。

 その甲斐もあってか、二人は、普段は人間の姿をしている。

 自分の意思で巨人化が出来るようになったのだ。


「これが神の裁きだと言うのか?これが世界の滅びだと言うのか?例え、それが定められた運命だろうが、相手が神の軍団だろうが、我々人の心が挫ける事は無い!!」


 ジュピター皇国のゼウス皇が天使達に立ち塞がる。

 無数の天使達に囲まれていると言うのに、その様子から怯んだ感じは全く無い。

 しかも、複数の相手から放たれた攻撃を最小限の動きで避けてしまった。


「我等人の力を見よ!!如何にお前等が強大な力を持っていようとも、我等人は協力をして立ち向かう!!」


 そう宣言をしたゼウス。

 大剣を振るい、天使達を切り伏せて行く。

 その姿は、正に勇者。


「ゼウス!!やっちゃえー!!」


 ゼウスの胸の中で応援する妖精のニンフ。

 まるで、アトラクションに乗っているかのような雰囲気だ。

 だが、それが周囲の緊張を解いていた事も確かだ。




 三国から遠く離れた場所。

 ミズガルズ世界に辿り着いたばかりの魔物が居た。


「創生の樹の浄化。直ちに執行する!!」


 雷を全身に纏う人頭象身の魔物だ。

 右手を上に掲げ、魔力を込めて行く。


「天雷!!」


 それは、一瞬の出来事だった。

 考える暇も無い程の時間。

 きっと、痛みを感じる事も、後悔する事も与えなかっただろう。

 ミズガルズ世界は。

 人の居ない浄土と化した。




 こうして、九つの世界の内、八つの世界を回って来た人頭象身の魔物。


「これで、八つの世界の創生の樹の浄化が終了した。残すはこの世界のみ。そして、お前一人だけだ」


 目の前の魔物が何を言っているのか、僕には理解が出来なかった。

 人頭象身の魔物がそう言って突然、僕の前に現れたのだから。

 “八つの世界の創生の樹の浄化”?

 “残すはこの世界のみ”?

 “お前一人”?

 その一度の台詞に対して、重要な情報が詰め込まれ過ぎている。

 言葉の意味そのものは理解が出来るが、言葉の意味をそのまま受け取る事は出来なかった。

 じゃあ、それは現実化した世界に住む人間やNPCが、僕以外には生き残っていないって事なのか?

 それは、ミズガルズ世界のNPCであった海皇ネプチューン、マーク、ジェレミー、ルカ、亜人共和国ポセイドンの面々。

 ハデス帝国の冥府皇プルート、デュナメス、エキドナ、オクタウィアヌス、オルグ、ヴァイアード。

 新生ジュピター皇国の天空皇ゼウス、ニンフ、メティス、キュクロプス、ヘカトンケイル。

 アルフヘイム世界のエルフ王国。

 スヴァルトアルフヘイム世界のダークエルフ王国。

 ニタヴェリール世界のドワーフ王国に小人族の集落。

 ムスペルへイム世界の炎獄帝国。

 ニブルヘイム世界の氷獄帝国。

 ヨトゥンへイム世界の悪魔。

 ヴァナヘイム世界のヴァン神族。

 そして、今いるアースガルズ世界のアース神族。

 人頭象身の魔物が言っている事は、これらの世界が壊滅をしたと言う事だ。


(僕以外に...生き残りがいないだって?)


 実際にそれを目にした訳では無い。

 所詮、言葉だけの宣言だ。

 だと言うのに...

 僕の心は、ポッカリと穴が空いてしまったように虚しさが支配をしていた。



 この場から動く事が出来無い僕には真偽を調べようが無い。

 相手の言葉を鵜呑みにする訳では無いが、嘘を吐く必要も無い事だ。

 今の状況を考えれば、恐らく真実なのだろう。

 そう考えていると、僕を待たずに魔物は動き出していた。


「浄化を済ませて世界を創り直す!」


 雷撃を纏った魔物が、鋭い目つきで僕を捉えている。

 人頭象身の魔物と龍の挟み撃ち。

 ハッキリ言って最悪な状況だ。

 世界に溢れる天使達。

 黄昏のに神々。

 四体の魔物の内、最大最後にして最強の人頭象身の魔物。

 そして、突如現れた巨大な龍。

 それらに加えて、まだ子羊も、創造神も残っていると言うのにだ。


「くっ!こんなところで挟まれるとは」


 龍は地面を這って大地を腐敗させながら僕目掛けて向かって来ている。

 動きそのものは蛇に似ているが、そのスピードは段違いだ。

 僕はその龍の突撃を、飛行を使いながら上手に避けて行く。

 そして、そのまま大剣で反撃をしようと斬り掛かるが、不意に背後から気配を感じた。

 「ゾクッ!」と背筋が凍り付くような感覚で、見逃したら生命の危機に関するもの。

 慌てて身を翻し、それを確認する。


「なっ!?」


 それは人頭象身の魔物による攻撃。

 手に持つ魔法具(ボウガン)によって放たれた属性を纏った魔力矢。

 バチバチと放電をしながら飛来する魔力矢は雷速の速さで僕目掛けて飛んで来る。

 しかも、放たれたボウガンの矢は一発では無く連続で何発も。

 空気中の水分が焦げるような匂いを発し、蒸発させて周囲の気温を高めると同時に。


「ちっ!!」


 身体を捻り、飛来する無数の攻撃の合間を抜けて行く。

 浮遊と飛行で空を無理矢理駆け回り、攻撃の軌道に逆らわずにだ。

 どうやら、人頭象身の魔物による攻撃は、挟撃をしに来ている龍を気にせずに放たれた攻撃だった。

 その無数の矢は龍の身体を貫通していた。


「!?」


 敵味方の関係が無い攻撃に驚く。

 「連携をしている訳では無いのか?」と疑問が浮かぶが、相手の攻撃は続いている。

 悠長に止まって考える時間も無かった。

 しかも、身体に無数の穴を空けた龍は、その事を一才気にせず、僕の逃げ場を塞ぐように、離れた場所から段々と円を描くように距離を詰めながら、僕を囲う為に動き出していた。

 そうはさせまいと必死にその場から離れる。


「挟撃とは厄介な!?しかも、身体が再生を始めているだと!?...だから、相手の事を気にせず攻撃をしたのか?」


 龍の身体に空いた穴は直ぐに再生を始めていた。

 グチュグチュと細胞が膨れ上がり元の状態へと戻ろうとしている。

 その回復力が尋常では無い。

 しかも、龍がとぐろを巻き僕の周囲に壁が出来上がってしまった。

 迫り来る肉の壁。

 これは締め付けるつもりなのか?

 それとも押し潰すつもりなのか?

 もはや、飛んで避けられる状況では無かった。


「飛行では間に合わない...だったら!!」


 迫り来る壁が閉じる前に空間転移で壁の外へと抜け出す。

 直ぐさま反撃に移ろうと行動を開始した。

 だが、僕の背後には既に魔物がいた。

 空間の揺らぎを感知し、転移先へと回り込んでいた人頭象身の魔物。

 僕は振り返る事も出来ずに、防御体勢を取る事も出来ずに、魔物の攻撃をもろに受けてしまった。


「がはっ!!」


 正直、何の攻撃を受けたのか解らなかった。

 だが、身体に電流が流れ、僕の全身が感電をしながら弾き飛ばされている。

 その勢いのまま地面に叩きつけられてしまい、地中深くにめり込んで行った。

 上級属性の半減耐性があろうと関係無く、僕の身体の内臓を焦がす攻撃。

 皮膚は焼け爛れ、身体からは焦げた臭い匂いを発していた。


(転移後の隙を狙われた?...直撃を貰うとは全く余裕が無いぞ...)


 肺が潰されたのか?

 機能していないのか?

 上手く息が出来無い。

 声も出せない。

 意識が途切れそうな中、魔物と龍の追い討ちが迫って来ている。

 僕の身体の半身は、既に動かない状態だ。


(回復をしないと...)


 龍がとくろを巻いた先の遥か頭上から僕目掛けて落ちて来ているのが見える。

 人頭象身の魔物からは、極大の雷撃の魔法を放っているのが見える。

 僕は動ける半身を無理矢理動かし、痛みや麻痺を振り解いて身体を回復させた。


(パーフェクト・ヒール)


 聖なる光に包まれると同時に、僕の身体の怪我や体力が瞬時に完全回復をした。

 そして、直ぐにこの場から動く為、一呼吸で一度に肺へと酸素を取り込んだ。


「っすぅーーーー」


 身体は半分地面に埋まったままだが、相手の攻撃ギリギリのところで今度は二体の魔物から遠く離れた場所へと転移をする。

 転移前の僕が居た場所では、龍の体当たりによる攻撃で、まるで、隕石の衝突と同じようなクレーターが出来上がっていた。

 しかも、龍はその勢いのままに地中深くまで潜っている。

 それに、極大の雷撃がそのフィールド全体に落ちている。

 周囲に居た天使や黄昏の神々を関係無しに跡形も無く消し飛ばしてしまった。


(相打ちをしてくれるのはありがたいが、これはやばい...近くに居なくて良かった)


 二体の魔物から遠く離れた場所で、その威力に驚愕をする。

 だが、これから反撃(殲滅)をしなければならない。

 自分が生き残る為にも、それは必然だ。

 僕は空手の息吹を使用し、無理矢理呼吸を整えた。


「すっーーーーー。こぉーーーーーー」


 一度の深い呼吸で身体の機能を無理矢理立て直し、冷静さを取り戻す。

 すると、この付近にあるものを発見した。


「あれ...は?」


 その場にあったものはオーディンが愛用していた神槍グングニル。

 周りには人がおらず、他に何も残って無い。

 武器だけが此処に残っていると言う事は...

 主神であるオーディンが既にこの世界にはいないと言う事だ。


「ラグナロクRagnarφk世界の主神オーディンも討たれたというのか!?...だが、これが残っているなら!!」


 だが、グングニルが残っていると言う事は、僕に取っての吉報であった。

 それはグングニルが魔法具であり、最強の武器だから。

 グングニルの特性状、魔力が有る程それに相乗して威力を増して行く神具。

 今の現実化した世界なら、魔力を込められる際限が無くなっているのだから。

 神槍グングニルを拾いに行く。


(こう考えると、僕はいつも痛みと苦しみに抗っているんだな)


 僕がゲームを始めた頃。

 今までに経て来た数々のBOSS戦。

 イベントでの戦闘に個人戦。

 そこにはいつも傷だらけの自分がいた。

 だけど、その痛みがあるおかげで、僕は生を実感出来ているのだ。

 戦いはまだ終わっていない。

 最後まで抗って生きる為に戦うのだと。

 その思いが表情にも出ていたかも知れないが、思わず(ふっ)と心の中で笑ってしまった。


(世界の崩壊は既に始まっているか...これを乗り越えたところで...生き残る事が出来るのか?)


 回復アイテムのパーフェクト・マナポーションを使用して魔力を完全に回復させた。

 そして、すかさず魔力ブーストを使用し、一つの神具へと最大限の魔力を込めて行く。

 すると、神槍グングニルが魔力を吸収し、みるみる内に巨大化をして行った。

 更には聖属性の魔力を纏い、全てを破壊すべく究極の槍へと形を変えて行った。


「主神オーディンだろうが、これ程の魔力を一度に込めた事は無いだろう!!」


 グングニルのもう一つの特性。

 それは“必中貫通”。

 放たれた攻撃は、あらゆる事象を曲げて対象を必中で貫くと言う結果のみを生む。

 その対象は、人頭象身の魔物と龍。

 ついでに周囲に居る天使達や黄昏の神々も含めて。

 そして、龍が地中から姿を現した瞬間を狙う。


「全てを貫け!!神槍グングニル!!!」


 魔力を最大限込めて、僕の手から放たれた神槍は光速を超えた。

 地面、空間、天使、黄昏の神々、そして、人頭象身の魔物と龍。

 それらの存在そのものを全て消し去ったのだ。

  あれだけ強大な力を持った人頭象身の魔物も、主神を喰らい進化を果たした龍も、その一撃の下に葬り去った。

 神槍グングニルが通った後は“何も残らない”。

 その何も残らない空間を埋めようと、急激に空気が渦巻いて空間を補完して行く。

 これが神槍グングニルの最大威力であり、主神のみが持つ事を許された神具の特殊効果だ。

 だが、僕はそれどころでは無かった。

 攻撃に全魔力を使用しているので、保有魔力が空の状態。

 魔力欠乏症に襲われていた。

 身体の倦怠感と脳に行き渡っていない酸素。

 息苦しさと目ま苦しさ。

 酸欠にも似た症状に襲われているが、無理矢理身体を動かして回復させて行く。

 アイテムを取り出すのにも精一杯だ。


「はぁ、はぁ...魔力が枯渇するなんて、随分久しぶりの事たな...」


 魔力欠乏症の状態に、魔力を完全回復させたところで、一旦気持ちも身体も落ち着かせる。

 ようやく、四体の魔物を消滅させたところまで来たのだ。

 後は、封印の要となる子羊を倒せば破滅は免れる筈。

 何としても七つの封印が解かれる前に、是が非でも討伐をしなければならない魔物だ。

 既に、子羊の場所は解っている。


「七つの封印が解かれる前に、全てを終わらせる!!」


 そう意気まいて子羊を確認したところ、丁度ラッパを鳴らそうと口に運んでいる最中だった。


(なっ!?)


 この時の心臓の高鳴り、脳内麻薬の分泌は一生忘れる事が無いだろう。

 緊張、焦り、不安、恐れ。

 それらの様々な感情が入り乱れ、初めて痛みでは無く、感情によって手足が思うように動かなかったのだから。

 だが、僕は頭で考えるよりも早く行動を開始していた。

 生に対する執着と言うものが、感情や身体を凌駕して行動へと移していたのだ。

 気が付けば、子羊の背後へと空間転移をし、それもラッパが口に含まれるぎりぎりの刹那。

 僕は背後から大剣を振り下ろしていた。


「てやー!!」

「メェーーーーー!!!」


 子羊の叫びが、世界にこだまする。

 七度目のラッパが鳴る寸前。

 全ての封印が解かれる寸前。

 無事に子羊を斬り殺す事が出来た。

 その子羊は、頭から真っ二つに分断し、臓器や核もろとも切断されていた。

 核を破壊された子羊は、その身体が維持出来なくなり勝手に崩壊をして行った。


「良かった...間に合った...」


 僕の心臓は、まだ「ドキドキ」と大きく鼓動をしていた。

 正直、これ以上の災厄があるとは考えられない。

 最後の審判を迎える寸前、そのギリギリのところで踏み止まる事が出来たのだ。

 これで残りは、数を減らした天使達に、黄昏の神々の生き残り。

 そして、創造神。


「後は、ここを乗り切れば!!」


 ユグドラシル世界はアースガルズ世界を除いて、既に壊滅をしている。

 だが、人頭象身の魔物が言っていた言葉。

 「創生の樹の浄化」と「世界の創り直し」。

 これが本当ならば...

 もしかしたら、一縷の望みがあるのかも知れない。

 目の前の敵、その全てを倒し、生き残りさえすれば何とかなるのでは無いか?

 世界樹であるユグドラシルがあれば、この世界は存続する事が出来るのでは無いのか?

 と、希望にも似た淡い期待をしている。

 もしかしたら、世界は修復が出来無いのかも知れない。

 抗う意味が無く、死が確定している事なのかも知れない。

 その助からない世界で、無意味に足掻いているだけなのかも知れない。

 だとしてもだ。

 僅かでも生き残れる可能性が残っているのならば、僕は全力で抗う。

 僕にとって生きると言う事は、常に全力を出す事なのだから。


「魔法もアイテムも出し惜しみしない!そして、生き残る為に...!!」


 生き残る為。

 敵を殲滅する為。

 そのどちらも両立する為に、天使達に黄昏の神々と対峙して行く。

 囲まれている周囲の相手の一挙手一投足を見逃さないように観察して、最善の行動を導き出して行く。


「全てを殺す!!」


 僕の持てる能力を全て活用する。

 常に周囲の状況を把握しながら、常に相手の行動の先手を取って行く。

 無駄な動き。

 無駄な思考。

 戦いの中でそれらを省き、行動そのものを洗練させて行く。

 意識する事、それ自体を忘れるくらいに集中して。

 そこで、ようやく辿り着く事の出来る世界がある。

 自分の感覚、全てが研ぎ澄まされた世界。

 “ZONE”。

 思考と行動の一体化。

 これまでの経験により蓄積された最適化への導き。

 自ら考えなくとも、自ら動こうとしなくても、勝手に成し遂げている状態。

 その意識と思考が沈んだところで、上から俯瞰して捉えている感じがとても心地良い。


「...」


 魔力を気にせず、回復アイテムを気にせず、常に全力で攻撃や魔法を放って行く。

 群がる天使達を。

 群がる黄昏の神々を。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 全ての天使。

 全ての黄昏の神々がいなくなるまで

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 思考も動きも殲滅する為だけに洗練されて行き、一才無駄の無い動き。

 状況に合わせた最善手が瞬時に導かれていた。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 どれ位の時が経ったのだろうか?

 それは短いのかも知れないし、長いのかも知れない。

 崩壊が始まっている中で、世界の終末の中で、僕は...

 まだ、生きているのだ。

 生きられているのだ。

 生き残れているからこそ希望を抱き、より生へと執着して行く。

 自分が助かる為に、全てを殺す。

 自分が生き残る為に、全てを殺す。


 殺す。


(あと少し)


 殺す。


(手を伸ばせば光が届くのだ)


 殺す。


(奇跡は目の前に)


 全てを殺す。


「やり遂げるんだ!!」


 そして、とうとう辿り着いた最終地点。

 ようやく、天使達、黄昏の神々を殲滅したのだ。

 そう。

 残すは、ただ一人。

 創造神だけだ。

 だが、創造神は未だにその場から動いていなかった。

 この状況になったとしても、余裕の表情で天空から僕を見下ろしている。

 その僕を見る目は、道端に落ちているゴミを見るような、とても冷え切ったものだった。

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