転移転生・新世界

055 RE・BORN

 暗闇に光が広がって行く。

 それは、全く光の当たらない海底の底から光を求めるように海面へと浮上して行く、そんな感覚だった。

 僕の意識が、徐々に目覚めて行く。


(...ここは?)


 意識が覚醒し始めると、周囲の景色が視界に映り出す。

 そこには曇り空一つ無い青い空が広がり、その景色の端には深い緑の葉が揺れていた。


(見えるのは...空?...木?)


 どうやら、僕は仰向けの状態で寝ているらしい。

 心地良い太陽の日差しが身体に当たり、それがとても暖かい。


(...あれっ?声が出せない?)


 何故だろうか?

 思うように上手く口を動かせない。

 声を出そうにも口をパクパクと開け閉めするだけで、音を出す事が出来無い。


(身体も...動かせない?)


 いつも通り身体を動かそうとするが、自分の思い通りに動いてくれない。

 何だか、自分の身体では無く、他人の身体を操作しているみたいに。

 意識だけはハッキリしていると言うのに、僕の身体と心が、別々の生き物みたいに感じる。


(どうしたんだろう?...この違和感は何だ?)


 その時。

 大きな風が吹いて僕の全身を撫でた。

 すると、肌寒い感覚が全身を駆け巡る。

 これは、風が肌に直接当たっている感覚で、僕が服を着ていないと言う事を表していた。


(あれ?...僕は裸なのか?)


 何だか身体の感覚まで可笑しい。

 天を仰いだまま、その場から動く事が出来無い。

 視界を動かそうにも、自身の頭が重くて首を傾ける事さえ出来なかった。

 ただ、背中には柔らかい感触がある。

 その肌触りは、滑らかでかなり気持ち良いものだ。

 それは高級な、ふわふわした絨毯の上で寝ている心地良さだった。

 そして、此処が最も重要になる事だが、何故か周りのものが大きく感じる。

 視界に映るものは、空と木しか無いので、他のものと比べる事は出来無いのだが。


(もしかして...僕の身体は、小さくなっているのか!?)


 目の前の事態に困惑する。

 一体何が起きているのか?

 今がどうなっているのか?

 その答えが解らない。


(僕は...ゲームをしていた筈だよな?...それが...途中で...)


 現状を確認する為、状況を整理する為に覚えている事を順番に辿って行く。

 先ず僕は、IMMORPG“ラグナロクRagnarφk”をプレイしていた。

 次に、ゲームのイベント中に不思議な現象が起きて、ゲームからログアウトが出来無くなった。

 その仮想世界が現実化した世界で、周りのプレイヤーと、ゲームのNPCが殺されてしまった。

 そして、自分自身も敵の殲滅と引き換えに、最後は相討ちで終わった。


(もし、あれが...本当に現実化した世界ならば...僕は...確かに、あの時に“死んだ”)


 現実化したゲームの世界で“何か”が憑依をした創造神を倒した時、僕の意識が途切れて、暗闇へと飲み込まれた。

 それは睡眠時の感覚とは違う、全く別の感覚。

 眠るでは無く、消えると言う感覚だ。


(えっ?まさか、死んで...無かったのか?あれは...夢だったとでも?僕は、眠っていただけなのか?...いや、あの痛みや苦しみは忘れない...それだけは無いな)


 確かにあの時、僕の生命活動は止まった。

 確かにあの時、僕は最期を迎えたのだ。

 それが再び意識が目覚めてみれば、僕の知らない場所にいた。

 喋る事も、動く事も、そのどちらも出来ずに裸のままで。

 どうしてこうなったのだろうか?

 まだ、その理由は解らない。


(解らない事だらけだ...それに、動く事が出来ない...この状態で、どうすれば良いんだろう??)


 現状、身動きが取れない状態。

 僕には成す術が無かった。


『...』


 どうすれば良いのかと考えていると、何処からか音が聞こえた。


(あれっ?何か、聞こえる?)


 僕は、その音の出所を探すように周囲を見渡そうとする。

 だが、自分の思い通りに身体を動かせないので周囲を確認する事が出来なかった。

 一体、この音は何処から聞こえるのか?

 そもそも今の状態のままで良いのか?

 周囲に危険はあるのか?

 動けない状態で音だけ聞こえると言う事は、何かが迫って来ている合図なのか?

 色々と不安がよぎる状況で音の正体を探るべく注意する。


『マ...?』

(やっぱり!何か音が聞こえる!?)


 どうやら、その音は頭の中に直接響いているみたいだ。

 音が小さく、ところどころ途切れて聞こえるが、確かに機械的な音が聞こえた。

 僕はその頭の中に直接聞こえてくる音を聞き逃さない為に、目を閉じて集中した。


『マス...? ...マスター?』


 余計な事を考えずに、聞く事だけに集中する事でようやく聞こえた音。

 その機械音は、言葉を話している音声だった。

 どうやら僕は、頭の中で誰かに話し掛けられていたみたいだ。


(マスター!?...マスターって僕の事か?)


 マスターとは主人を表す言葉だ。

 一体、誰にそう言われているのか見当も付かない。

 それに、いつの間にか誰かのマスターになった覚えも無い。

 そう頭の中で疑問を浮かべた。

 すると、その疑問に呼応するように、僕の頭の中で鳴り響く機械音が答えてくれた。


『はい。マスターとはあなたの事です。ようやくマスターと繋がる事が出来ました』


 やはり、マスターと言う言葉は僕を指していた。

 どうやら、僕は頭の中で聞こえて来る声の主と繋がっているみたいだ。

 いや、繋がるってどう言う事だよ?


(これは、頭の中で考えた事がそのまま伝わるのかな?それに、この声って僕にだけ聞こえているの?)


 先程、頭の中で疑問を浮かべた事が相手に伝わっていた。

 それは僕が考えるだけで、その声の主と意思が共有されていると言う事。

 そこで新たに気になる事が出て来た。

 “その声は僕にだけ聞こえている”のかと言う事だ。


『はい。マスター。私はマスターの精神体の一部なので、私の声はマスターにだけ聞こえています。それに、マスター以外の方に私の声が聞こえる事や、マスターの考えが他人に漏れる事は絶対にありませんのでご安心下さい』


 どうやら声の主は、僕の精神体の一部と言う事らしい。

 なので、このやり取り自体が僕達の頭の中だけで完結している事なのだと。


(なるほど。じゃあ、僕が何故、君のマスターなのか教えて貰っても良い?)


 聞こえて来る声に関しての疑問は解けた。

 それならば、何故僕がその声の主(精神体の一部)のマスターなのか?


『それは、私がマスターの誕生と共に意識を持って生まれたからです。私は、マスターの一部でもあり、同一の存在でもあります。ですが、あくまでも精身体の一部で、対等では無いからです』


 何故、僕がマスターかと言えば、“僕”と“声の主”は“同一”ではあるが“対等”では無いとの事。

 声の主に対して、主導権はどんな時も僕が持っているみたいだ。


(これは、並列思考体って事なのかな...?それとも、多重人格の一部って事なのかな...?)


 精身体の一部。

 それは、僕とは別に思考をしている並列思考体なのか?

 それとも僕が作り出した人格の一部が浮き出ているのか?

 今現在では解らないので、僕は一旦、そう言うものだと割り切った。

 ただ、此処で新たな疑問が浮上した。

 それは声の主が最初に言った、“僕の誕生と共に意識を持って生まれた”とは、どう言う事なのか?


(...と言うよりか、僕の誕生って、どう言う事なのか詳しく教えて貰っても良い?)

『はい。マスター。先程、マスターは、この場所に、その姿(赤児)で誕生致しました。尚、正確に申し上げますと、“転生”でございます』


 声の主が言うには、僕はこの場所で丁度生まれたところらしい。

 そして、それはただ生まれた訳では無く、この身体(赤児)に“転生”をしたと言う事。


(やはり、僕の身体は小さくなっていたんだ。僕は、赤児になっていたんだね...でも、“転生”ってどういう事?)


 僕が感じていた違和感の正体。

 声の主のおかげで、ようやくその正体が解った。

 普段より見える景色が大きく見えて身体を上手く動かせなかった事。

 それは僕が赤児になっていたからだ。

 そして、此処で新しく出て来た言葉、“転生”。


『“転生”とは、肉体が生物学的な死を迎えた後に、新たな肉体、形態を得て生まれ変わる事ですが、マスターの場合、生物学的な死、寿命を全うした訳では無いので“輪廻転生”とは異なります。ですが、今の状態を鑑みても転生で間違い無いかと』


 人が生を受けて人生を全うした時、あるいは急遽死を迎えた時、その人の魂は再度、新たな姿として生まれ変わると言われている。

 それが、者であるのか、物であるのかは別としてだ。

 これが所謂(いわゆる)、“輪廻転生”と呼ばれるものだ。

 ただ、僕の場合、それに該当しないようだ。

 生まれ変わってこそいるのだが、どうやら、通常の輪廻転生では無いらしい。


(生物的な“死”を迎えた?でも、僕が死んだ訳でも無く、寿命を全うした訳でも無いなら、何故、僕は“転生”したの?)


 輪廻転生では無いのに、何故僕は“転生”したのか?

 それこそが、“今”一番知りたい情報だ。


『それは、仮想世界が現実化した事への影響だと思われます。マスター本来の肉体が、現実世界で健在かは解りかねますが、仮想世界で、現実化したキャラクターとしてのマスターは一度死んでおります。現実世界での肉体の生物学的な死ではありませんが、仮想世界でのキャラクターとしての肉体は死んでしまった為かと思われます』


 その答えは、ラグナロクRagnarφkの現実化にあった。

 それが仮初の世界の現実化だとしても、意識が共有されたキャラクターとしての肉体は死んでいるのだからと。


(現実化した事で、キャラクター(肉体)に魂(精神)が宿ったから...と言う事か)


 現実化した事で、架空のキャラクターに生命が吹き込まれた。

 そこには、確かに肉体が存在して、その肉体に魂が宿っていたのだから。


『そう思われます。ただ、記憶がある事からも通常とは違う特殊な転生だと思われますが』


 そして、輪廻転生をする時。

 新たなものへと生まれ変わる為に全てが浄化された後。

 その為、普通は記憶が残らない。

 だが、僕には記憶が残っている為に、それに当てはまらないと言う訳だ。


(特殊って言われても実感は無いけどね...でも、これで僕は生きる事が出来るんだね!!)


 通常とは違う特殊な転生。

 僕自身に記憶が残っている事からも、この転生自体が特別なものだろうが、僕には実感が全く無かった。

 但し、新しい肉体で生まれ変わったのならば。

 今度こそは人生を全うする事が出来るのだと、自分の意思で生きられるのだと、心から喜んだ。


(そう言えば、君は、僕の一部って言っていたけど、君自身は、どういった存在なの?)


 頭の中に聞こえる声の主は、僕の精身体の一部。

 何故その一部が、僕の精神や思考と別に存在しているのか?


『私は、マスターの中で“記憶”と“思考”を司っております』

「!?」


 『“記憶”と“思考”』。

 これは、ゲーム時代に手に入れた才能だ。

 ただ、この才能が、どう言った効果を生んでいたのか、僕には最後まで解らなかった事だけど。


(“記憶”と“思考”か。“思考”に関しては、君が意思を持って会話出来ているから何となく解るけど、“記憶”は、どんな効果があるの?)


 声の主と会話が出来る事からも、声の主が独立した自我を持っている事が解る。

 それはきっと、“思考”によるものだろう。

 では“記憶”は?


『はい。マスター。記憶に関しては、完全記憶であり、マスターの情報“全て”からマスターが見たもの“全て”と申し上げます』


 “記憶”が司るものは、決して忘却する事の無い“完全記憶”。

 その効果は、僕に関しての情報全てと、僕が見たもの全てらしい。


(僕の情報...“全て”をか。それは、転生前の...僕が生れた時から全部って事?)


 気になるのはその効果の範囲。

 情報の全てが何処を指しているのか?

 転生後に生まれた瞬間からの情報なのか?

 それとも、転生前の僕と言う人間全ての情報なのか?


『はい。転生前を含めたマスターの“全て”です』


 どうやら、その範囲は僕と言う人間全ての情報だった。


(そうか...じゃあ、現実の僕が“どんな状態”だったかを知っているんだね?)


 僕が転生前から“生きる”と言う事に拘っていた根幹の部分。

 それは僕にとって、とてもパーソナルな部分を表している。


『はい。マスター』


 この時の僕は、声の主が発した言葉が既に聞こえていなかった。

 思い出すように、思い返すように、自分の世界へと没入していたから。


 僕は、現実世界に生まれたその瞬間から重い病気を患っていた。

 此処に転生する以前、僕はずっと病院で寝たきりの状態だった。

 どうやら出世時に、輸血用血液製剤からHIVに感染してしまい、僕は生まれた時からずっと闘病生活を送ってきたのだ。

 そして、進展があったのが七歳の時。

 AIDS(後天性免疫不全症候群)が発症してしまい、入院を余儀無くされた。

 発症してからは治療の為、そして治験も兼ねて、最新医療用マシンで生命の補助から身体の治療を行って来た。

 その医療目的の一環として、機械と身体を直接繋げて仮想世界を過ごして来たのだ。

 そして、入院生活を続けて10歳になった時。

 事態が急変した。

 もう、僕の寿命が長くないと余命宣告を受けたのだ。

 この時の気持ちは今でも忘れない。

 何故、僕が?

 何故、死ななければならないのか?

 そんなやるせ無い気持ちが、頭の中でグルグルと反芻をした。

 そうして僕は、余命宣告を受けてからは残りの生命を悔いの無いように生きたいと考えた。

 現実世界では、身体を動かす事が全く出来無いので、せめて仮想世界の中では自由に動きたいと。

 そして、現実世界と同様に五感から全てを疑似活動出来る“ラグナロクRagnarφk”と出会い、その世界で余命まで過ごそうと思っていたところでの転生だった。


(...それなら君に聞きたいんだけど、僕は一度、死んでいるんだよね?)


 既に自分でも解っている事を聞く。

 だが、確認をせずにはいられなかった。


『はい。マスターは一度、死んでおります。ですので、今の姿からも想像出来るように転生で間違い無いのです』


 声の主がハッキリと僕が死んでいると告げた。

 転生したとは言え、僕の人生が一度閉じた事を認識しては、僕の中で何かがガタガタと崩れて行く事を感じた。

 自身の死について認識をした僕は、気持ちの整理がまだついておらず、何処か上の空だ。


(そうか...ありがとう。君は...君の事は、何て呼べば良いのかな?)


 僕は、その浮ついた気持ちを紛らわしたいと考えた。

 声の主は、言わば僕との運命共同体。

 今後の人生を共にするならば、お互いに呼び合える名称が必要だ。


『私に名前はございません。マスターの好きなようにお呼び下さい』


 声の主はマスターに任せると答えた。


(...“記憶”と“思考”だっけ?元は、フギンとムニンが参考なのかな?でも、意思は一つだから違うのか...それなら...知、恵?知恵って、何て言うのかな?)


 フギンとムニン。

 それはラグナロクRagnarφkの舞台にて、主神オーディンに付き添う二羽のワタリガラスの事。

 ただ、声の主の人格や意識は、二人では無く一人なのだ。

 そこで記憶と思考を纏めて、一つの知恵として考えてみた。


『古ノルド語で連想するならば、ウィズドムです。北欧神話が広まった後の言語ならプロネーシス。又はソピアです』


 ラグナロクRagnarφkの世界は北欧神話がベース。

 古ノルド語という言語で表記されている事を考えれば前者。

 後に広まった言語で考えれば古代ギリシア語と言う事で後者となる。


(なるほど...それなら...プロネーシスが良いかな?うん!君はプロネーシスだ!)


 これは音の響きだけで決めさせて貰った。

 僕にとって何となくだが、字体と語呂が良かった為だ。


『マスター。御拝命致しました。真名を頂き、ありがとうございます』


 その無機質な機械音声からは、感情が読み取れ無い。

 だが、何となくだけどプロネーシスが喜んでいる気がした。

 ただ、真名なんて大層な言い方をされると、僕自身が困ってしまうのだが。

 だって、何らかの責任が生ずる形だよね?


(うん!プロネーシス!これから宜しくね!)


 これからずっと共にする精身体のプロネーシス。

 名前が決まった事で僕にとってより身近に感じる事が出来た。


『はい。マスター。宜しくお願い致します』


 挨拶が終わり、お互いの事が共有出来ると先程よりも暗い気持ちは晴れていた。

 但し、全ての気持ちが晴れた訳では無い。

 何故なら、それは死を経験してしまったからだ。

 ああ、そうか。

 僕は転生したのか。

 あれだけ死にたくなかったのに。

 あれだけ生きる事に執着したのに。

 あっさりと死んだのか。

 ...悔しいな。

 やっぱり。

 でも、生まれ変わったと言う事は、これからは自由に生きられるって事なのかな?

 病気はそのままで寿命が限られているのかな?

 どうなのだろう?

 病院で身体の中を知らべて貰わないと解らない事か...

 ただ、今は赤児だし、そもそも此処が何処だか解らないし、これからどうすれば良いのか?

 身体は動かないし、言葉を喋れないし。

 うーん...

 悩んでいるとプロネーシスから声が掛かる。


『マスター。こちらに“何か”が近付いて参ります』

「!?」


 そう言われたが、僕の視線からは空しか見えない。

 正直、その近付いて来ている“何か”が解らない。

 人なのか?

 動物なのか?

 それとも、得体の知れないものなのか?

 確かに、何らかの足跡が僕へと近付いて来ている事が解る。

 だが、僕は動く事が出来無いのだ。


「...」


 不安や恐怖、そして、緊張で身体が強張る。

 いや、どうすれば良いの?

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