026 ハデス帝国⑧
※過激な表現、性的な描写が含まれていますので閲覧する際は注意をお願い致します。
「では、参ります!」
エキドナの掛け声と共にバトルフィールドが広がった。
戦闘の開始と共に、エキドナは常に移動をしながら鞭で攻撃をして来た。
軌道の掴めない鋭い攻撃。
何とかギリギリで避けられるスピードだ。
そして、周囲に浮いている魔念体は、それぞれ行動パターンが三つに分かれていた。
一つ、僕に向けて闇の弾丸を飛ばして来る。
一つ、僕の攻撃からエキドナを守るように結界を張る。
一つ、闇に紛れて攻撃を無効化する。
「これは、かなり面倒だな...」
エキドナの攻撃を避けても、周囲に浮かんでいる魔念体の攻撃に注意を払わなければならない。
場合によっては、魔念体の攻撃のタイミングが重なり、闇の弾丸が僕に向けて一斉発射されてしまうのだ。
しかも、相手の攻撃を掻い潜り、僕の攻撃をエキドナに与えようとしても、エキドナの周りに魔念体が集まって結界を張ってしまう。
その周囲に浮かぶ魔念体を攻撃しようとすると、闇そのものに擬態して、僕の攻撃を無効化して来るのだ。
「本当に最終確認というだけはあるな...三つのアイテムの使い所が鍵になるようだ」
取り敢えずになるのだが、周りに浮かぶ魔念体が邪魔になるのである程度の数を先に倒す事を決めた。
僕は移動しながら、ナイフと弓矢の切り替えを行い、周囲の魔念体を倒して行く。
魔念体が闇に擬態した時は、僕の邪魔にならない時だけ、あえて放置をした。
全体のバランスが重要なのだ。
エキドナだけに集中をしても魔念体に邪魔をされる。
魔念体だけに集中をしてもエキドナに邪魔をされる。
その丁度良い塩梅の中で、エキドナにダメージを与えていかなければならない。
エキドナの周囲で闇が集まり過ぎた時だけ距離を取って黒のオーブを使用して闇を吸収する。
剥き出しになった魔念体はすかさず弓矢で倒して行く。
「魔念体が邪魔になって来たら離れてと...ここだ!」
エキドナは軌道の難しい鞭で攻撃をして来るが、避けられない速さでは無い為しっかりと軌道を見て攻撃を避ける。
ただ、魔念体から発射される闇の弾丸とエキドナの攻撃が重なる場合、どうしても攻撃を避けられない時だけ黒のタリスマンの力を借りて結界を張る。
「この攻撃は無理だな。結界を張って防いでと。タイミングを間違えないようにしないと」
結界で攻撃を防いだ後は、硬直が解けた瞬間、即次の行動へと移る。
そして、エキドナの攻撃後。
魔念体による結界を張られても大丈夫なように、闇の指輪を使用して矢に貫通効果を付与して行く。
「今だ!!」
試練の塔・三階の試練で得た集団戦の戦い方。
その経験を活かし、常に周りを俯瞰して見る。
そして、相手の動きを先読みし、その一歩先を進む。
この時に注意をしなければならないのは、いつでもイレギュラーが起きて良いように、相手との最低限の距離を保ったまま、確実にダメージを与えて行く事だ。
「来た来た来た!この感覚...やばい!」
身体、精神、技術と三位一体となる事で、初めて到達する事が出来る全能感。
まだまだ足りない部分は多いが、戦闘の楽しさがそれをカバーしてくれている。
「ハハハッ!!」
そうして、エキドナのHPが残り少なくなった時。
エキドナの身体へ周囲に浮かぶ魔念体が集まりだした。
すると、魔念体はエキドナの身体へと吸収されて行き、全身が闇に包まれて行く。
闇となったそれが、部屋全体へと急激に広がって行き、ほんの一瞬だが僕の視界が奪われた。
「な!?」
これは驚いて目を瞑った訳では無い。
目を開けたままなのに、目の前が何も見えないのだ。
ただ、数m先に何かの気配をずっと感じてはいる。
そうして広がりきった闇が明けると。
エキドナが居た場所には、別の生物がそこに居た。
「なんだ?...あれは!?」
そこに居た生物は、上半身はエキドナのままだが、下半身が蛇の生き物。
そして、エキドナの顔をよく見ると、今まで閉じられていた瞳もパッチリと開かれていた。
その瞳の瞳孔は縦に割れていて、瞬きが一切無く、常に見開いたままの状態。
下半身は鱗で覆われていて、地面を這うように動いている。
「そうか。エキドナの正体は...ラミアだったのか」
それは亜人の一種で、上半身は人間、下半身は蛇の生物。
蛇人(ラミア)だ。
その中でも、エキドナは変異種の蛇人(ラミア)となるようだ。
「くふふっ。シュルッ!貴方の全てを頂きます」
唇を舌舐めずりして濡らすエキドナ。
どうやら、舌は人間のままだが、通常よりも先が長いようだ。
その見開いた瞳を覗くと、急激にエキドナの妖艶さが増した。
すると、突然。
(あれっ?何だか...)
僕の思考が勝手に低下して行く。
どうやら、エキドナから発せられるフェロモンが倍増しているようだ。
これは見えるものでは無く、感じてしまうもの。
自然とエキドナに心を奪われて行く。
(エキドナ...エキドナ...エキドナ...)
何故か、僕の思考はエキドナの事で頭が一杯になり、エキドナの姿だけを目で追い続けていた。
虚な目。
そうして気が付けば、僕の身体はエキドナに絡み付かれていた。
密着する肌と肌。
何だか、とても気持ち良く感じる。
実際は、僕の身体がギュウギュウに締め付けられている状態だ。
ギシギシと骨は軋み、全ての内臓が圧迫されていた。
だが、そんな痛みよりも、エキドナに触れている事が心地良く感じてしまっている状態。
当然、意味が解らない。
「ようやく、貴方と一つに重なる事が出来ましたわ!!...ずっと。ずっと!ずっと!!この時を待ち侘びていましてよ!!」
エキドナは僕の顔に優しく触れて来る。
それはとても繊細な指づかい。
だが、目の瞳孔は開ききり、舌舐めずりした濡れた唇が震えていた。
もう我慢なんて出来無い、待ちきれないと言った表情だ。
その腕で、その胸で、その全身を使って、僕を抱き締めて来る。
そして、エキドナの下半身の蛇の部分が、僕の事を何重にも巻き付けながら。
胸が圧迫されて肺が潰れそうだ。
アバラは何本かヒビが入り、その内の幾つかは折れている状態。
僕の内臓を、胃や腸そのものを、直接エキドナに握られているようなそんな苦しさ。
そして、痛みが心地良い感覚を凌駕した時。
ようやく、僕の理性が戻って来た。
「ぐはっ!!」
胃の底の方から勝手に血が上って来てしまう。
内臓を潰され、喉を通る鉄の味が気持ち悪い。
途方も無く僕が吐き出した血。
それが綺麗なエキドナの顔にかかって汚した。
すると、エキドナは顔にかかった血を指で拭って、そのまま口へに運ぶ。
「ぁ~ん...美味しいですわ...ああ!ずっと。ずっと貴方のこれが欲しかったの!」
血の付いた指を舐めると、それを口の中で堪能するかのように味わう。
ゾクゾクと震える身体。
トロンと惚ける表情。
綺麗なピンク色をしていた舌が血で潤い、真っ赤に染め上げられて行く。
口の端から血を溢し、その光悦とした表情が美しく、とても艶めかしい。
すると、エキドナは下半身に力を込めて締め付けを強めていった。
両手を広げて、僕の頭を抱えてその胸にうずめて行く。
「さあ!貴方の奥から!!もっと濃いものを!!私にもっと!!もっとよこしなさい!!」
ギュウギュウに締め付けられる身体が息苦しい。
酸素が身体を巡っていない。
脳まで行き届かない。
その為、今の僕は酸欠状態となり、意識が直ぐにでも消えてしまいそうだ。
(意識が...気持ち...いい)
だが、このまま潰される訳には行かない。
こんなところで死にたくない。
(でも...このまま受け入れる事なんて...出来ない!!)
その気持ちの強さだけが身体をつき動かして行った。
僕が唯一動かせる手を使って、指の先に魔力を必死に溜める。
そうして、力を振り絞り、無属性魔法のマナスラッシュを発動させた。
「マナ..スラッ...シュ!」
僕に絡み付くエキドナの下半身。
魔力刃で切り裂くように攻撃をした。
「きゃ!!」
すると、締め付けが一気に緩む。
僕は、その緩んだ隙を見逃さず、一呼吸の内に身体へと酸素を取り込んだ。
「スーッ!」
そして、一瞬でその身体をこじ開けて、力づくでその場から抜け出した。
エキドナは下半身を縦に斬られた事により、一時的に動きが鈍くなっていた。
僕は離れ際に、弓矢に装備を変えて距離を取った。
「このチャンスを逃さない!」
エキドナに向けて弓矢を連射する。
だが、エキドナは這いながらも必死に近付いて来ている。
僕の攻撃が当たらないように蛇行しているが、僕はその動きを先読みして、確実に矢を当てて行く。
「これくらいの攻撃では怯みません!!次はもう!貴方の全てを頂くまで離しませんから!!」
エキドナがダメージを負いながらも、僕の首に嚙みつこうと動いている。
狙いを読み取った僕は、敢えて相手の行動を誘導するように攻撃を重ねた。
そして、右手には最大限の魔力を溜めておく。
「攻撃の狙いが解るなら!敢えて狙わせてやるよ!!」
これから放つ攻撃は、これまでの試練を達成し、階層主である五冥将を倒した事で魂位が上昇して覚えた魔法。
矢でダメージを与えながら、エキドナをギリギリまで引き付ける。
そして、目の前にエキドナが来た時。
「マナブレイド!!」
マナスラッシュが手を動かした軌道だけを切る魔力刃だとすると、マナブレイドは手の先に魔力剣を維持する無属性貫通攻撃。
可視化する凝縮された魔力。
その必殺の一撃であるマナブレイドが、エキドナの身体を斜めに切り裂いた。
「キャーーー!!」
エキドナの断末魔の叫び。
その悲痛な叫び声が、部屋中に響き渡った。
すると、その身体が黒い粒子へと変化して行く。
それとは別に魂の光が抜け出し、僕へと吸収された。
「魂の力が...溢れて来る」
エキドナの身体が霧散して、空気中に消えて行く。
その瞬間。
バトルフィールドが途切れた。
「ふぅー...ようやく、終わった...」
戦闘が終わり、少しばかりの時間が経った時。
部屋の中央に黒い粒子が集まりだした。
その黒い粒子は、人の形を型取り始めていた。
徐々に明確になって行く人型。
黒い粒子の収束が終わる時。
部屋を埋め尽くす程の黒い光が発光した。
すると、その黒い光の中から人型をしているエキドナが現れた。
「お見事でした。流石と言いますか...期待通りと言いますか...これで私の試練は終わりです。...それでは、貴方様の傷付いた身体を癒しましょうか?」
試練を見事に達成した事を褒められる。
どうやら、期待以上の結果だったらしい。
これは嬉しい事だ。
エキドナが僕に向かって歩き出した。
「どうか、じっとしていて下さいね」
そう言って笑顔で近寄って来るエキドナ。
足運びに無駄が無い。
すると、目の前まで近付いた時。
「っ!?」
突然、僕の身体を抱き締めた。
エキドナの胸と僕の胸が重なり密着する。
(急に何だ!?また僕の骨を折るつもりなのか!?)
今までなら、試練で傷付いた身体を癒すのは魔法かアイテムによるもの。
このように抱き締められる事など一度も無かった。
覚えているのは、先程の戦いで骨を締め付けられた苦い思い出しか無い。
それは、アバラを折られる程の痛みだ。
(くそっ!!疲れのせいで力が入らない...)
疲弊した今の状態では抗う術が無い。
このままでは不味い事になる。
この状況から逃げ無ければ、今度こそ僕は死ぬかも知れない。
(それでも!!)
抵抗する為に力を込めた瞬間。
僕がエキドナの身体を振り払うよりも速く、魔力に包まれて行った。
(えっ?...魔力に包まれている?なんだか...暖かいな)
僕は、エキドナの魔力の中で成すがままの状態。
何も考えずに相手に身を委ね、自然と脱力していた。
気が付くと、二人して宙に浮かんでいた。
とても暖かく。
とても心地良い。
「では、ここからは本格的に...失礼致します」
そう言うと、突然。
エキドナの顔が僕の顔に近付いて来た。
思い掛けない、不意なその行動。
「ドキッ」と鼓動が高鳴り、思わず目を見開いてしまう。
そうして近付いて来たエキドナの額が僕の額と重なる。
お互いの距離が物凄く近い。
相手の視線から、その息使いまで、エキドナの全てを感じ取れる。
「貴方に全てを...んっ!」
漏れ出る甘い吐息が、脳を直に刺激する。
唇をはにかむ動き。
端から覗く塗れた舌先。
頬が赤く染まり高揚している表情。
その一つ一つが、ハッキリ見えた。
(エキドナの...まつげ一本一本がよく見える。口の動き、呼吸、閉じている眼球の動き...それに、なんだか甘い匂いがする?...いい香りだな)
エキドナの身体から漏れ出るものは魔力だけでは無い。
分泌されているフェロモンに、蜜のような甘い香り。
それ以上に、何だか言葉には出来無い不思議な力も一緒に感じている。
その全てが混じった光が、僕を優しく包み込んだ。
「捧げ...ま、あっ...ん!...す」
色艶のある妙な声を出すエキドナ。
全身から滴る液体。
一人、光悦とした表情を浮かべていた。
何だかエキドナの身体が熱い?
すると、エキドナから更に放たれた光が僕の身体全体を包み込む。
傷付いた身体。
体力や魔力。
その全てを最大値まで回復してくれた。
「はあっ。はあっ。んっ」
何故か、ビクビクと跳ねるように疲弊しているエキドナ。
僕と密着している身体を擦り付けたまま離れなかった。
特に腰の辺りがそうだ。
エキドナの身体の熱が僕の太腿を通して良く伝わる。
次第に熱が引き、エキドナの状態が元に戻った時。
宙に浮かんでいた身体も地面に降り立った。
そして、エキドナは抱き締めていたその力を緩めた。
「突然の事で驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、これで貴方様の全てを回復する事が出来たと思います」
僕は身体の疲れも無くなり、完全回復をした状態。
結局、エキドナに何をされたかは解っていない。
どうして、完全回復したのかも解っていない。
一体、何が起きたのだろうか?
だが、エキドナと重なった光の中は、とても暖かく、とても心地良いものだった。
「これは私を倒した、貴方様に捧げる魂。お互いの回廊を繋げる事で、生命力の共有、魔力の譲渡をさせて頂きました。これは唯一、私が忠誠を誓う相手だと言う事です」
何だか凄い事を言っている。
その意味は理解する事が出来無いが、その意思は理解する事が出来た。
だけどもだ。
(忠誠って急に言われても...エキドナは僕に何を求めているんだろう?まあ、気にしても仕方ないか)
どうやら人間は、理解出来無い事に直面すると、考える事を放棄するらしい。
もしくは、停滞する事を。
だって、何をすれば良いのか解らないからね。
「次の試練が最後となります。貴方様はプルート様が見込んだ御方です。そして私も。最後まで油断をせぬように気を付けて下さい」
すると、部屋の奥に五階へと上る階段が現れた。
エキドナが階段を手で指しながら、最後の挨拶をする。
「では、貴方様の無事をお祈りしております」
僕はこうしてエキドナと別れ、試練の塔最上階である五階へ上った。
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