025 ハデス帝国⑦
『試練の塔・四階』
僕が、この階層に辿り着いて直ぐ思った事。
お香を焚いたような、甘い匂いが部屋に充満していた。
「...これは、何の匂いだろう?...やたらと甘い?」
匂いを嗅いだだけで、心臓の鼓動が速まって行く事を感じる。
血の巡りの循環が上昇し、身体全身が温かい。
いや、これは熱いのか?
特に下半身の辺りがムズムズするような、そんな変な感じだった。
「何だか、身体が変な感じだ...熱でもあるのか?」
僕は身体の異変を感じ、その場に立ち止まって休もうとするのだが、何故か足が勝手に動いて行た。
部屋の中央へと吸い込まれるように無意識に歩いていたのだ。
その部屋の中央には、これまでと同じようにローブで身を隠す人物が立っている。
だが、その人物は、今までの試練で相対してきた相手の中で最も小柄な人物。
不気味な感じを受けてしまう。
「よくここまで来ましたね。私はエキドナと申します」
エキドナと名乗るその人物。
声を聞いた限りでは女性だろう。
ローブで姿を隠したまま、丁寧な物腰で話し掛けて来た。
何だか今までと違い、試練だと言う事を忘れてしまうような、そんな落ち着いた雰囲気で歓迎された。
(なんだろう?声が...聞きやすい?いや...聞いてしまうのか?)
自然と聞き入ってしまう相手の声。
会話のテンポが合うのか?
お互いの波長が合うのか?
それは解らなかった。
「ああ...これは大変、失礼致しました。姿を見せずに話し掛けてしまい、申し訳ありませんでした」
僕の何処を見れば良いか解らない視線を受け取ったのか、挨拶を済ませたエキドナが、その場でローブを脱ぎ始めて行った。
先ず初めに、フードに手を掛け、ゆっくりと素顔を覗かせて行く。
何だろう?
僕は見入っているのかな?
これは、自分でも解らない初めての感覚だった。
フードを脱ぎさり、顕わになったエキドナの素顔。
バランスの取れた美しい顔立ちに、艶のある長く綺麗な髪が特徴的だった。
ただ、瞳はずっと閉じたままで、一度も開く様子が無かった。
何でだろう?
そして、上から徐々にローブを脱いで行くのだが、漏れ出る吐息と合わせてその一連の動作が非常に艶めかしい。
ああ、そうか。
僕は魅入っているんだ。
目の前の美しい女性に。
ローブを脱ぎさり、中から姿を現した人物は、漆黒のドレスを身に纏う女性。
目測だが、身長は170cm程だろう。
とてもスタイルの良い美女だ。
「お待たせ致しました。それでは、早速で申し訳ありませんが、試練へと移らせて頂きます」
エキドナが丁寧に頭を下げる。
その間もずっと瞳を閉じたままだった。
それなのにだ。
僕の事が見えない筈なのに、あまりにも自然に話し掛けて来た。
それは然も見えているように、僕の居る場所を把握して。
(盲目...なのか?それとも...)
今の様子だけでは判断が出来なかった。
それに、滞り無く会話が出来ているのなら、僕が気にしても仕方が無い事だ。
これから試練が始まるのだから。
「そうですね...私が出す試練では、今までのおさらいを致しましょうか?」
僕に尋ねるように聞いて来るが、返事の確認を取る訳では無かった。
エキドナはそのまま話を続けて行く。
「これまで試練を達成した報酬として、それぞれの階層主からアイテムを頂いていると思います。私の試練ではそちらを使用させて頂きます」
僕がこの階層に来るまでの間に、試練の達成報酬としてアイテムを受け取って来た。
一階の達成報酬として、“黒のタリスマン”。
二階の達成報酬として、“黒の指輪”。
三階の達成報酬として、“黒のオーブ”。
これらの貴重品を貰って来たのだ。
「確かに...試練を達成するごとにアイテムを貰っていたな...」
ただ、貴重品を貰ったは良いが、その使い方が解らない。
アイテムの説明欄も「????」と表示されており、その事が尚更僕を混乱させていた。
「先ずは、“黒のタリスマン”から説明を始めましょうか?準備をして頂けますか?」
エキドナから黒のタリスマンを取り出するように催促される。
そして、それを首からぶら下げて欲しいと、ジェスチャーで指示を受けた。
(凄い...やはり“見えて”いるみたいだ)
僕は言われた通りにアイテムバックから黒のタリスマンを取り出し、首からぶら下げる。
おっ!?
何だか馴染みが良い気がする。
「それでは説明させて頂きます。そちらの装飾品は特殊効果を持つ魔法具となっております」
エキドナは瞳を閉じて見えていない筈なのに、僕が装備している黒のタリスマンを正確に指差して説明を始めた。
その行為からも、見えていない事が嘘のようだ。
もしくは、何らかの方法で見えているのも知れないが。
ただ、僕にとってそれがとても不気味に感じた。
「そちらの黒のタリスマンに魔力を流しますと、内側に刻まれた魔法陣が発動し、装備者をお守りする結界が形成されます。では一度、実際に試してみて下さい」
エキドナに言われるがまま、僕は黒のタリスマンに魔力を流してみる。
すると、黒のタリスマンに刻まれていた魔法陣が浮き上がり、黒い光が輝きを放ち始めた。
その黒のタリスマンから生成された黒い粒子が僕の周囲へと広がって行く。
黒い粒子は一瞬にして八個の球体に変化し、その黒球が僕を囲むように立方体を模った。
そうして、黒球の点と点が繋がり線を作り出し、線と線の平面に結界を作り出した。
「わっ!これは凄いな!魔力を流すと一瞬で結界が出来上がった!」
「はい。このように魔力を黒のタリスマンに流すと結界が形成されます。しかもこれは、流す魔力の大きさによって結界を作り出すスピードが速まるものです。取り扱いが熟練ともなれば、文字通り一瞬で結界を張る事が出来ます。但し、これには少なからずの弊害がございます」
僕が驚いている所に、釘を刺すように注意する。
それは丁寧に諭すように、黒のタリスマンの特色を教えてくれる。
「この魔法具を使用し、周囲に結界が張られている状態ですと、その結界内では身体を動かす事が出来無いのです。どうですか?動けますか?」
僕は、今の結界が張られいる状態で動こうとするが、その中では身体を動かす事が全く出来無かった。
「歩こう!」や「ジャンプしよう!」と言った意識はあるのに、身体の感覚だけが抜け落ちたようにだ。
「本当だ!?この状態だと全く身体を動かせない!」
「この結界は一度だけ攻撃を防いでくれるものです。ですが、結界を張っている間は身動きが出来無いのです。では少し失礼致します。」
エキドナはそう言うとこちらに向かって指を指した。
その瞬間。
僕に張られていた結界が壊れた。
「えっ!?」
どうして結界が破壊したのか解らない。
そして、驚いたのも束の間。
結界の破壊後、僕の目の前にはエキドナが振るった鞭が寸止めされていた。
「このように、結界の使いどころが重要となります。判断を間違えて使用しますと、身を守る為の結界がその役割を果たせずに、足枷のように働く場合がございます。どうかお気を付けて使用して下さい」
これらは一瞬の出来事だったが、僕が結界を張っている間。
エキドナの指からは黒い魔力が弾丸状に変化し、僕に向けて発射されていたのだ。
僕はその事に気付く事が全く出来なかった。
攻撃が何も見えなかったのだ。
そして、結界が破壊されて呆気にとられているところに、エキドナが振るった黒鞭が目の前に迫っていたのだ。
「確かに...動けないのは弱点だな。それに使いどころを間違えれば、今みたいに自滅しそうだよ」
「ここまでは宜しいでしょうか?」
[YES/NO]
(使いどころさえ間違えなければだね...説明に関しては、もう大丈夫かな)
[YES]
「では、次に“黒の指輪”について説明させて頂きます。今度はそちらを装備して頂けますか?」
言われた通りアイテムバックから黒の指輪を取り出す。
だが、指輪を嵌める事自体、人生初めての事。
正直、どの指に嵌めたら良いのかも解らない。
取り敢えず、邪魔にならなそうな右手の人差し指に、指輪を装備する。
「はい、ありがとうございます。では黒の指輪についての説明です。先程と同様、黒の指輪に魔力を流して頂くと、自身の装備武器に特殊効果が付与されます。実際に試してその効果を確認しましょうか?魔力を流してから、そちらのナイフでこちらを攻撃してみて下さい」
エキドナはその場にて、空中に魔力で出来た的を何個も作り出す。
周囲に広がる魔力の的。
その複数の的を結界で包み、僕に合図を送った。
「では、お願い致します」
言われた通り右手にナイフを持ち、その状態で黒の指輪に魔力を流してみる。
すると、黒の指輪から黒い粒子が放出されて行った。
その黒い粒子は、僕が装備しているナイフの回りに集まり、ナイフそのものを黒い魔力でコーティングして行く。
「何だか...不思議な感覚だな。魔力を纏う感じに似ているし、僕が操作をしなくても勝手に魔力が維持されている感じなのか?それに、マナスラッシュの魔法に似ているのかな?...とりあえず、言われた通り攻撃をしてみるか」
浮いている的目掛けて、駆け寄ってナイフで攻撃をしてみる。
的そのものが結界で覆われている為、僕の攻撃は「弾かれてしまうんだろうな?」と考えていたら、ナイフを振るった軌道通りに、結界ごと中の的も斜めに切り裂いた。
「えっ!凄い!攻撃が貫通した!?」
結界を破壊するのでは無く、攻撃が軌道通りに貫いた事に驚く。
「驚くのはまだこれからです。装備武器を変更して使用して見て下さい」
言われた通りにナイフから弓矢へと装備を変更する。
弓矢を構えた状態で同じように闇の指輪に魔力を流すと、今度は矢の方に黒い魔力がコーティングされた。
そして、浮いている的を狙って矢を射る。
勢い良く放たれた矢。
その時、僕の手元から離れた状態でも、指輪から遠く距離が離れた状態でも、突き進んで行く矢は魔力でコーティングされたままだった。
一直線に進む矢は結界も、的も、そのまま貫通して壁まで突き刺さった。
「これは凄い!手元から離れても貫通の効果が続くんだ!?」
「ええ。魔力を流してから一度目の攻撃に貫通の効果が付与されます」
「でも、壁は貫通しなかったげど?」
「試練の党の壁には魔法を無効化する効果があります。物理攻撃に対しても修復する機能がありますので気にせずに攻撃して下さい」
「それはまた凄い機能だね」
「では、まだまだ的はあるので練習して見て下さい」
周囲に浮いている的は沢山ある。
この感覚に早く馴染む為にも、言われた通りに練習をして行く。
ナイフ、杖、弓矢、素手で、その貫通効果を試しながら的を破壊して。
「指輪を使っての攻撃に、だいぶ慣れてきたかな?...まあ、こんなところか」
練習もはかどり、指輪の特性も掴めたところで、エキドナに話し掛けて次に進む。
「では、最後は黒のオーブについて説明させて頂きます。黒のオーブを取り出して頂いても宜しいでしょうか?」
アイテムバックから黒のオーブを取り出す。
これは装備が出来るような代物では無い。
一体、どうやって使うんだろうか?
「こちらだけ、今までのアイテムとは性質が異なります。特定条件下でしかその効果を発揮する事が出来ません。効果としては黒のオーブへと魔力を流して頂くと、周囲の闇を吸い取る事が出来ます」
「闇を吸い取る?...それって、どういう事?」
「先ずは、こちらをご覧下さい」
エキドナは右手を指し注目を集める。
すると、指した方向には突然黒い霧のような物が現れた。
黒い霧のような物は円形に集まり形を保っている。
「では、こちらを攻撃して見て下さい」
言われた通り、黒い霧のような物をナイフで切りつける。
力一杯ナイフを振るうが、攻撃は空を切ってしまった。
「なっ!?攻撃が当たらないだって!?」
黒い霧のような物を何度も切りつけるが一度も攻撃が当たらない。
「それなら指輪の力で...」
指輪の力を借りて、武器に貫通効果を付与して攻撃する。
だが、黒の指輪による貫通攻撃も、対象を通過するだけで終わってしまった。
先程まで、あんなに気持ち良く思い通りに切る事が出来ていたのにだ。
「ウソッ!?これでも当たらないだって!?じゃあ、魔法ならどうだ!!」
物理攻撃が当たらないなら、魔法でなら攻撃を当てられると考える。
対象に向かってファイアの呪文を唱えてみる。
すると、対象に向けて赤い粒子が収束し、そこから火が生み出された。
黒い霧のような物を燃やすように火が起こるが、対象を燃やす事無く時間が過ぎると魔法が消えてしまった。
「はあ!?魔法も効かないだって!?」
物理攻撃も効かない。
魔法攻撃も効かない。
では、一体何だったら黒い霧に攻撃を当てる事が出来るのか?
そこからは試すように僕が出来得る攻撃を当てて行く。
杖、弓矢、素手での攻撃。
水属性、土属性、風属性の魔法攻撃。
だが、結局どれも対象に攻撃を当てる事は出来なかった。
「...どうでしたか?攻撃が当たらなかったでしょう?では、黒のオーブを使用して見て下さい」
言われた通り黒のオーブに魔力を流す。
オーブの周りに黒い魔力が漂い始めた。
魔力が黒のオーブに刻んである魔方陣をなぞって行き、中心部の黒い光がより一層黒く輝いた。
そして、オーブに魔力が満たされた時。
黒い霧の周囲に広がる闇が、オーブに吸収され出した。
「...黒い霧が晴れていく!?」
黒い霧のような物を纏っている闇が吸収された事で、その闇に隠れていた中身が姿を現す。
中から現れたのは魔力で出来た魔物。
“魔念体”である。
「ご覧頂けましたか?中にはこの魔物のように属性そのものに擬態する魔物がいます。擬態した状態ですと、弱点属性意外は攻撃が無効化されてしまうのです」
「だからなのか。闇そのものを攻撃したところで闇雲となって無意味な訳だ...そうなると、闇の属性の弱点は光属性になるのか...でも、光属性の攻撃魔法となると、僕はまだ覚えていないんだよね」
「ですが、この黒のオーブを使用して頂ければ、魔法具の効果で周囲の闇を吸収してくれます。この状態でしたら攻撃は有効となりますので、是非覚えておいて下さい。アイテムの説明はこれで以上になります。何か解らない事はございますか?」
[YES/NO]
(大丈夫。黒のオーブの特性はもう理解した。あとは、それを僕が使いこなせるかだ)
[NO]
「では、この試練の最終確認として、私と勝負をして頂きます。条件は飛行、浮遊の禁止です。ジャンプする事は出来ますが、飛行や浮遊の魔法、同効果のスキルは封じられていますので、どうかお気を付けて下さい」
そう僕に伝えると、エキドナはその場から部屋全体に向かって息を吹き掛ける。
その吐息には黒い魔力が込められていて、息が通った場所に複数の魔念体が生み出された。
複数の魔念体が空中を漂う中。
エキドナは鞭を装備し、僕に向けて構えを取った。
その背筋は真っ直ぐ伸び、優雅な姿勢を保ったままに。
「それでは準備は宜しいでしょうか?」
[YES/NO]
(浮遊が使えないのか...だが、ここまで来たのなら!)
[YES]
「では、参ります!」
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