023 ハデス帝国④
「直グニ壊レナイデクレヨ。ドウカ、我ヲ愉シマセテクレ!!」
オルグがバスタードソードを地面に引きずったまま、僕に向かって真っ直ぐ駆け寄って来る。
動き自体は速いわけでは無いが、身体の大きさから一歩の距離が長かった。
その図体の大きさで、距離を一気に縮めて迫り来る勢いは、かなりの迫力だ。
そうして僕にバスタードソードが届きそうな距離まで近付いた時。
オルグはバスタードソードを力任せに勢い良く下段から振り上げた。
(これだけ距離があるなら大丈夫だろ!しかも、常に移動しながら距離を保っているんだ!十分に避けられる!!)
相手が構えを変えたところで、僕は相手との距離を保ったまま移動を繰り返していた。
それは、出会い頭で攻撃を貰ってしまった相手との距離間に対する読み間違いがあったからだ。
その為、オルグが距離を詰めようと近付いたところで、僕にはバスタードソードの刀身を回避する余裕が十分にあった。
しかも、オルグの下段から振り上げる攻撃はモーションが読み易いものだ。
(そんな力任せの攻撃!!余裕で避けられる!!)
僕から遥か離れたところで、バスタードソードが過ぎ去って行った。
だが、相手の攻撃はこれで終わらなかったのだ。
オルグは、下段から振り上げたバスタードソードの勢いをそのまま利用し、反対側の地面まで180度回って叩き付けたのだ。
そして、地面に当てた衝撃や反動を活かし、すかさず二撃目を繰り出して来た。
これは振り子のような反発力の勢いをそのまま利用した攻撃。
気が付けば、僕の間の前に二撃目が振り下ろされていた。
「なっ!?連撃だって!?」
この時、僕は判断ミスをしていた。
一撃目を避けた後、直ぐに反撃が出来るようにと弓矢を構えてしまったのだ。
勿論、それは移動をしながらの準備なのだが、相手に狙いを済ましていた事もあって少し無防備な状態。
今までの攻撃からでは想像もつかない攻撃だったのだ。
こんなに早い二撃目が来るとは予想が出来ず、判断を誤ってしまった。
しかも、今までのオルグの動きからは想像の出来無い攻撃スピード。
反発力を利用したもので、力任せに加速をさせた一撃。
だからこそ、鉄塊にも似た無骨なバスタードソードを使用していたのだ。
「ぐっ!」
僕は攻撃が当たるギリギリのところ。
自ら後ろにジャンプする事で、バスタードソードに叩き潰される最悪の事態は回避した。
だが、攻撃を避ける事が出来ずに弾き飛ばされてしまう。
「がはっ!?っーーー!!」
後ろにジャンプをして衝撃を逃している筈なのに、そのあまりの威力の高さに一〇m程弾き飛ばされてしまった。
気が付けば仰向けになって倒れている状態だ。
しかも、そこから身体を動かす事が出来無い程の衝撃。
オルグの一撃は僕のHPの半分を奪い去り、更には全身を麻痺させた。
ただ、この時に助かった事は、オルグが二撃目を繰り出した反動で動きが止まっており追撃が無い事だった。
「ブハっ!」
胃の底の方から勝手に血が登って来る。
吐きたい訳では無いのに、吐血してしまう苦しさ。
しかも、言い表せないような痛みが全身を駆け巡っていた。
肋骨が折れてズキズキと痛む。
内臓がグチャグチャに潰されたような感覚と、肺が押し潰されて呼吸が出来無い息苦しさ。
痛みが脳を支配して、身体の自由を容赦無く奪う。
(くっ、痛みの再現度が度を超しているよ...今のうちに回復しなくちゃ)
第二の試練は、アイテムの使用が禁止されていなかった。
今思えば、こうなる事が解っていたからこその条件なのだろう。
僕は、オルグの攻撃(動き)が止まっている間にアイテムバックからハイポーションを取り出して使用する。
身体の痛みを我慢して、無理矢理ハイポーションを口へと運んだ。
ハイポーションは甘さよりも苦味が強い野菜ジュースの味。
こんな状態で飲み込むのはしんどい物だ。
だが、飲み込むと同時に身体に受けたダメージが回復した。
「はあー...助かった」
体力が戻ってダメージが回復した事で安堵する。
そして、乱れた呼吸を整えるように深く息を吐いた。
だが、HPが回復してダメージも消えた筈なのに、先程の苦しい痛みが脳に直接刻まれている。
それは今直ぐにでも、身体の痛みがフラッシュバックしてしまう程の恐怖。
(...余計な事は考えちゃダメだ)
僕は、先程の失敗を糧に、オルグの攻撃が完全に止まるまで動きを止めない事を誓った。
そして、オルグの動きが硬直した時だけ反撃する事を頭に刻んで。
「二撃目に備えて動き続けないとダメだな。...もっと慎重に」
同じ失敗を踏まないようにと、もっと慎重に行動をして行く。
僕は吹き飛ばされて倒れていた身体を起こして、反撃の準備を始めた。
「グハハハッ!愉快!愉快!マダ生キテイルトハ!」
僕と、ほぼ同じタイミングでオルグの硬直が解けた。
再度、下段にバスタードソードを構えて。
僕がオルグの行動に注意していると、距離がある筈なのに、オルグはその場から突然バスタードソードを振り上げた。
「!?」
それは無理矢理、地面を削りながらバスタードソードを振り上げ、床の破片を僕に飛ばして来たのだ。
まるで、ストーンブラストの魔法のように。
それよりは一つ一つが小さい物だが、数が多く速い攻撃だった。
「パターンが多いんだよ!厄介な!」
オルグから距離が10mも離れていると言うのに、床の破片はショットガンのように高速で飛んで来た。
僕は急いで回避行動を取った。
真横に飛んで避けるのだが、あまりにも数が多過ぎる為、その内の一つに被弾してしまったのだ。
「ぐっ!」
足に痛みが走る。
だが、相手との距離が離れていた事。
破片の大きさが小さかった事。
そのおかげで、そこまでダメージを受ける事は無かった。
だが、数が多く避けきれなかった事が問題だ。
「あの体制からの遠距離攻撃!?これは見極めが難しくないか?」
近距離での威力の高い二段構えの攻撃。
遠距離での威力は低いが素早く量の多い攻撃。
二つの攻撃パターンを頭の中で反芻し、シミュレーションを繰り返す。
二つのモーションの初動をしっかりと見極めて、判断を間違えないように対応する為だ。
(良く相手を観察しろ!そして、注意して集中するんだ!)
目の前のオルグの行動にだけ注意をし、頭の中の余計な雑念を消して行く。
僕がやるべき事は、新しい攻撃パターンの見極めだ。
近距離の二段構えの攻撃の時。
オルグの行動が止まるまで絶えず動き続ける事が必要だ。
遠距離の広範囲攻撃の時。
その場からの攻撃の為、地面を抉り出す動きが見えた瞬間、地面スレスレを横飛びし、身体を回転させながら転がる。
これは先程、僕が攻撃を受けた時に、地面から高い位置を横飛びして失敗したからだ。
(攻撃パターンを見極めるんだ!)
必要な事は、オルグの動きに合わせて、その都度回避行動を変更する事だ。
慎重に注視し、行動を見極め反撃をする。
繰り返し、正確に、確実にダメージを与える為に。
その精度を高めながら、余裕を持てるように動きを洗練させて行く。
(相手の攻撃に怯むな!確実にダメージを積み重ねれば良いんだから!!)
攻撃を避けてはダメージを与える。
それは新しい攻撃パターンが増えたとしても変わらずにだ。
「...」
僕は、時間が経つのを忘れる程に集中していた。
気が付けば、オルグのHPゲージは5分の1まで減っていたのだ。
傷だらけのオルグ。
すると、半身の構えを解き、突然、身体を起こして直立した。
「此処マデ出来ルトハ。グハハハッ!愉シイゾ!トテモ愉シイゾ!」
オルグは破顔していた。
笑いながら身体を揺らしている。
重低音のこもった笑い声。
空気を揺らす程の大声。
その様子から感じ取ってしまう不安。
僕は、相手が喋っている間に十分な距離を取る事を選択した。
「此処カラハ、タダノ蹂躙ダ!覚悟シロ!」
すると、オルグがその場で天に向かって吠えた。
「グオーーー!!」
咆哮が鳴り響き、部屋全体を揺らす。
重低音の叫び声が、僕の全身を駆け巡る。
その声に圧倒されてしまい、身体の底から震えてしまう程の相手の殺意が全身を縛り付ける。
叫び終えたオルグは僕に身体を向き直し、鋭い眼光で睨み付けた。
筋骨隆々な肉体はさらに膨張し、肥大した筋肉の筋がところどころに浮かび上がった。
すると、獲物を刈り取るように僕へと狙いを済まし、バスタードソードを肩に担いで動き出す。
だが、こちらは情け無く口が開いたまま身体がカクカクと痙攣していた。
(嘘だろ!?身体が動かない!?このままだとやられる?逃げなきゃ!動け!動け!動け!動けっ!)
喋る事も出来無い。
身体を動かす事も出来無い。
だと言うのに気持ちだけで必死に抗う。
僕の見開いている目はオルグの迫り来る様子を鮮明に映してしまい、恐怖心を煽って行く。
腹は底冷えしている。
背筋を突き抜ける悪寒がとても気持ち悪い。
麻痺しているその身体は、その精神を蝕んでいった。
(動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!)
心拍数が上昇を続けている。
息が勝手に荒くなる。
心にのしかかる不安。
オルグとの距離が徐々に迫っては、額や背中から冷や汗が流れて行く。
既に、僕の脳裏には死の恐怖がよぎっていた。
(動け!動け!動け!動け!動け!動け!動け!動けーーーーー!)
その過度なストレスの影響で、僕の中の何かが壊れた。
すると、リミッターが外れて限界を突破して行く。
僕の知覚を鋭敏にして行く。
一秒が引き延ばされ、時間の流れをゆっくりに捉える。
頭のノイズが消え去り、思考がクリアとなった。
「...」
そして、オルグとの距離が1m。
バスタードソードが振り下ろされる瞬間。
「ガァアアー!!!」
僕の身体の硬直が解けた。
その硬直が解けた瞬間。
「今だ!!」
この場から瞬時に離れる為、横に跳んでは転がりながら離れて行った。
オルグがバスタードソードを振り下ろした先の地面は、粉々に砕け散り、大きく陥没させていた。
だが、その攻撃は一度で止まらない。
「蹂躙!!蹂躙!!蹂躙!!!」
再度、連続で振り上げては振り下ろす追撃。
しかも、一才間の無い攻撃だ。
その回数、実に三度。
「くっ!?地形を変える程の攻撃だと!!しかも、それで終わらないのか!?」
オルグは三撃目を振り下ろしたバスタードソードが地面に当たると、その衝撃を利用して横に一回転しながら周りをなぎ払った。
その攻撃は風圧を纏って周りを吹き飛ばしながらだ。
「ギリギリ!?危なかった!」
オルグが喋っている間に距離を十分に取っていた事が幸いした。
それから、真横に跳んで転がった事でオルグの横回転攻撃が身体の上を通り抜け、無事に済んだ。
地面スレスレで避けた事で風圧による衝撃も受けなかった。
直ぐさま体制を整えて行く。
転がった状態から回転の勢いを利用して、身体を起こす。
そして、瞬時に弓矢を構え、オルグの背後へと回った。
(必殺の反動で動けていない!?それなら今がチャンス!)
オルグは渾身の一撃で力を使い果たし、硬直をしていた。
僕は此処が絶好の好機と踏み、我武者羅にオルグの背後から矢を放つ。
そして、次の攻撃に備えて再び距離を取りながらも、その残された時間で最大限、HPを削って行く。
その際、心の中で硬直時間が解けるまでの時間を計りながら、再度オルグの攻撃(必殺)に備えて。
(硬直している時間は30秒!ダメージ量は...)
相手の硬直が解け始め、再び筋肉の膨張が始める。
僕はこのタイミングで一気に走り出し、先程よりも十分に距離を取って離れた。
すると、オルグが再び吠えた。
「グオーーーーッ!」
先程と同じように、僕の身体が勝手に硬直してしまう。
これはきっと、相手のスキルによるものだろう。
だが、距離を十分に取っていた為、相手の行動や攻撃に対して余裕を持つ事が出来ていた。
(これだけ距離があるなら余裕だ!オルグの攻撃後の硬直時間と与えられるダメージを計算しても次で仕留められる!)
先程計った硬直時間は、30秒。
オルグの残りHPを踏まえ、その30秒で与えられるダメージがあれば、十分に仕留める事が出来る。
「ここで決める!」
オルグの硬直時間が解けるまで、僕は精一杯の攻撃を繰り出す。
弓を構えて引いて放つ。
その行為が途切れ無いように、ノータイムで動作を繰り返す。
矢をセットし、弓矢を構え、弓を引いては矢を放つ。
オルグとの戦闘のおかげで向上した技術だ。
オルグのHPがどんどん減って行く。
だが、相手の硬直が解け始めている。
再び筋肉が膨張し始めたのだ。
「まだまだ!!」
至近距離で咆哮を受ければ、最悪の四連撃が襲い掛かって来る。
今の僕では、その内の一撃を貰うだけで死(ゲームオーバー)だ。
だが、そうはさせない。
僕は相手の残りHP量を見て勝負に出た。
オルグの筋肉が膨張し切る前に、咆哮を放つ前にトドメを刺す。
「スーッ!!!」
オルグは空気を吸い込み、肺にめい一杯の酸素を取り込んでいた。
しかも、全身の筋肉が膨れ上がり、咆哮を出そうと喉が震えてた。
そして、オルグが叫ぼうと天を仰いだ。
「だが、僕の勝ちだ!!」
咆哮する前に、オルグの脳天へと矢が刺さっていた。
僕は見事にやり遂げたのだ。
その瞬間。
オルグの咆哮では無い、断末魔の叫びが部屋中に鳴り響いた。
「グワーーーッツ!ガッ、アッ、アッ...ア」
オルグの全身は血だらけ。
身体中に刻まれた傷が生々しいものだ。
戦士の誇りを持ち、身体に土を付ける事が無く立ったまま天を仰いで戦死をしていた。
その姿は、その光景はとても美しく、絵画の一枚を切り取ったみたいに芸術的だった。
「...格好良いな」
無意識に口からこぼれ出る感想。
その光景を忘れない為にも、頭のメモリーに焼き尽くすように、時間を忘れて凝視めていた。
暫く経った時。
動きを止めていたオルグの身体が白い光に包まれた。
足の先から順に傷付いた身体が回復して行く。
そして、健全な状態へと完治すると、オルグは身体を僕の方に向き直した。
「良クゾ倒シタ。試練ハ見事ニ達成ダ!約束通リ、我ガ一族ハ、オ前ニ協力ヲシヨウ。コレハ試練達成ノ褒美ダ」
僕の力を認めてくれた様子のオルグ。
感嘆した表情を浮かべ、腕を組みながら何度も縦に首を振る。
とても満足をしているようだ。
オルグが、僕の身体の傷や体力が完全回復するエクスポーションを手渡して来た。
不思議な色の回復薬。
僕はそれをありがたく受け取り、直ぐに使用した。
すると、今回の戦闘で受けた傷や体力が、完全に回復する。
(ふーっ。今回も何とかなった...)
こちらの様子を確認してオルグは引き続き指輪を差し出した。
「コレガ役ニ立ツ。クレグレモ無クスナヨ?」
オルグの巨大な指で小さな指輪を持っている姿は、何だかとても可愛く見えた。
指輪が小さ過ぎて、プルプルと手が震えていたからだ。
僕はそれを丁寧に受け取った。
[黒の指輪]を手に入れた。
これで二つ目の貴重品だ。
オルグの物言いからも、この後の試練で使うのだろう。
僕は受け取った[黒の指輪]をアイテムバックへと収納する。
「デハ次ノ試練二、向ウガ良イ」
オルグがそう告げると、部屋の奥に次の試練へと向かう階段が現れた。
今回は武力のみの勝負だったので魔力を一切使用していない。
先程のエクスポーションで完全回復した事もあり、僕はそのまま次の階へと進んだ。
試練の塔・二階も無事に達成する事が出来た。
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