021 ハデス帝国③

「おめでとうございます。条件は見事達成でございます。では、約束通りこれから私達一族は勇敢なる貴方へと協力させて頂きます」


 身体がボロボロになりながらも、何とか試練の塔・一階をクリアする事が出来た。

 そして、五冥将の一人と協力を結ぶ事が出来たのだ。

 だが、試練はまだ四つ残っている状態。

 最初の試練でこれだけ苦戦していれは先が思いやれると言うものだ。

 この先の試練は、もっと厳しい事が容易に考えられるのだから。

 僕がそう考えていると、ヴァイアードは何も無い空間に右手を伸ばした。

 すると、その何も無い空間に裂け目が現れる。

 ヴァイアードは躊躇無く、その裂け目へと手を侵入させた。


「これは私からのささやかなプレゼントでございます。この先、きっとお役に立てると思いますので是非貰って下さいませ」


 ヴァイアードが空間の裂け目からアクセサリーを取り出しては、僕に差し出した。

 それはネックレス型の護符。

 魔方陣が刻まれている魔法具だった。

 僕は、ヴァイアードからアクセサリーを受け取る。


 [黒のタリスマン]を手に入れた。


 脳内にアイテム名がアナウンスされた。

 どうやら、それ程特別な貴重品らしい。

 もしくは、この試練の塔で役に立つ物かも知れないが。

 僕は受け取った[黒のタリスマン]をアイテムバックへと収納した。


「試練を達成した、ご褒美ではございませんが、その失った体力に怪我を回復させて頂きます。“エクスヒール”」


 ヴァイアードが、呪文の詠唱無しに魔法を使用する。

 これは無詠唱魔法?

 それとも、予め設定されている事だから時間短縮の為に省かれているのか?

 前者だったらこんなに嬉しい事は無い。

 いずれ魔法発動に無詠唱が実施されると言うことだから。

 すると、白い光の粒子が僕の身体に集まり、二つの光の輪が斜めに交差した。

 それとは別に、中心部から聖なる光が球状に広がり、僕を包み込んで行く。

 同時に光が十字に伸びて行き、僕の身体の周囲には、螺旋状に登る無数の光が輝いていた。


(気持ちいい...湯船の中に浸かっているみたいで、あたたかい)


 その光の中に居ると、瞬く間に傷が癒えHPも全回復した。

 今後の事を心配していたグチャグチャに潰れていた足も元通りに戻った。

 その治って行く様は、かなりグロテスクで、直視出来るような光景では無いが、一瞬にして怪我をする前の状態へと戻ってくれた。

 すると、それを見届けたヴァイアードは、部屋の奥を指差して、僕の視線を誘導した。


「どうぞ、失った魔力はあちらの泉で、すぐに回復して下さい。それでは次の試練、頑張って下さいませ」


 そう告げた瞬間。

 ヴァイアードは、無数の蝙蝠に分かれて僕の目の前から消えた。

 すると、部屋の奥には、次の試練に向かう為の階段が現れた。


(なるほど。試練を達成し、相手に認められたら次の階層に挑める仕組みなんだ)


 僕は、先程ヴァイアードが指差した部屋の奥を覗く。

 確かに、言葉通り泉が湧いている場所があった。

 その泉の中心には、女性を象った人物像が祀ってあった。

 それは立ったまま祈りを捧げるように胸の前で手を組み、顔は少し伏せた状態で目を閉じていた。

 祈りを捧げる姿が、まるで聖女のようだ。


(綺麗な人だな...でも、この人は一体誰なんだろう?...女神様?)


 その像はとても精巧な作りで、まるで今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出していた。

 本物が目の前にいるような、そんな再現度だ。

 僕は、その人物像に魅入るように泉に近付いて行く。

 だが、そこに広がる泉は、普通の湧き水では無かった。

 驚く事に、魔力の素である高濃度なマナ(体外魔力)で溢れていたのだ。


「これは凄いな...ここにいるだけで魔力の自然回復量が増えているよ。でも...すぐに回復して下さいって、これを飲めば良いのか?」


 試しに泉に手を入れてマナ(体外魔力)を掬ってみる。

 すると、手に触れる直前まで透明だったマナ(体外魔力)は虹色に輝く液体へと変わった。


「わっ!?虹色に変化した!?これ...飲んで大丈夫なのかな?」


 身体に悪そうな色の液体。

 虹色って自然な色では無いよな...

 試しに、掬ったマナの匂いを嗅いでみる。

 うん。

 無味無臭だ。

 ...

 試練はまだ続くのだから悩んでも仕方が無い。

 僕は勇気を振り絞って、それを恐る恐る口へと運んだ。


「...ゴクッ。...んっ!?...おお!体内の魔力がマナ(体外魔力)で溢れて行く!」


 味は、見た目からは想像が出来無いが、果汁が加わった少し甘めの水のようだ。

 ただ、喉越しは良く、後味はかなりサッパリしていた。


「こんな色をしているけど、水に近い味で良かった」


 濃縮されたマナ(体外魔力)の塊である液体が、瞬時に全身へと行き渡る。

 それは乾いたスポンジに水が瞬間的に吸収されるみたいに、身体の中の枯渇していた魔力が満たされて行った。

 一瞬にして魔力が漲る感覚は、今までに感じた事が無かった。

 魔力が満たされる事で脳が活性化し、先程まで感じていた魔力欠乏による倦怠感が無くなり、スッキリとしていた。


「これは凄いな!これならすぐにでも次の試練に行けそうだ!」


 体力も魔力も完全回復した事により、万全な状態へと戻る。

 何故そうしたのかは自分でも解らなかったが、目の前の聖女?の像に、感謝の祈りを捧げた。


「ありがとうございます。このまま無事に試練を乗り越えてみせます!」


 感謝を伝えた僕は、次の試練に向けて気合を入れ直した。

 そして、準備が出来たところで、次の試練へと向かう階段を登って行った。


『試練の塔・二階』

 二階に辿り着き、周囲を見渡す。

 どうやら、一階の試練の部屋と同じ作りの部屋みたいだ。

 その部屋の中央には、ローブで姿を隠す巨大な生物が仁王立ちしていた。

 何だか、姿を隠す事がデフォルメらしい。


(っ!?大きいな!)


 圧倒的に巨大なその人物。

 僕の身長の二倍以上はあった。

 

「良クゾ、ココマデ来タ。我ハ鬼人族ノ長オルグ」


 相手の話す言葉は、平坦でアクセントが無く、単音と単音を繋げて喋っている感じだ。

 カタコトまではいかないが、聞き辛いのは確かだ。

 そして、挨拶を終えたその人物が肉体に力を込め始めた。

 すると、その身を隠すローブを筋肉の膨張だけで破り裂いてしまった。


(凄っ!?何あの身体!?ボディビルダー顔負けの肉体をしているよ!!)


『オルグ』

 身長、400cm。

 上半身は裸で、下半身は腰布だけ巻いている。

 赤黒い色の肌をしており、筋骨隆々な肉体。

 全身が膨れ上がる筋肉で覆われており、額の左右(こめかみ)からは角が生えている。

 釣り上がった鋭い眼は金色に光り、口から鋭い牙が覗いている。

 鼻は平たく長方形に長い。


「我トノ戦イハ、魔法ハ無シダ。純粋ナ身体能力ダケノ、力ト力ノ勝負ヲ求ム」


 オルグの手に持っている物はバスタードソード。

 だが、剣と言うにはあまりにも無骨な作り。

 金属の塊を無理矢理、剣と言う形に整えたと言った方が良さそうな物だった。


(あれは...剣なのか?...金属の...棍棒?)


 どうやら、今回の試練は魔法が使用出来無い。

 オルグは見るからに近接戦闘が得意な相手。

 出来れば剣対剣の応酬をしてみたかったが、今のところ僕が装備できる物は、短剣か、杖か、弓矢しか無い。

 流石にこの状況で、短剣や、杖で試練を挑む事は無謀だ。

 遠距離から削って行く戦法しか無さそうだ。

 その為、装備を弓矢に変更しておく。

 僕は、準備が出来たところでオルグに話し掛けた。


「用意ハ良イカ?」


[YES/NO]


(魔法職だって言うのに魔法が使えないのは厄介だな...でも、武器を使用した戦いでも勝ってやる!)


[YES]


 オルグは両手で無骨な作りのバスタードソードを肩に背負い、そのまま上段から振り下ろせるように構えを取った。

 半身の構えで左足を前に出し、腰をスッと落として。


「デハ、行クゾ!」


 掛け声と共にバトルフィールドが広がる。

 BOSS戦の始まりだ。

 オルグは、戦闘の始まりと共にバスタードソードを勢い良く振り下ろして来た。


(やはり!)


 その剣速は速いものだが、相手の構えからも予測していた事。

 僕はサイドステップを踏んで、オルグの左側へと避けた。

 すると、オルグが振り下ろしたバスタードソードは空を切り、豪快に地面に叩きつけられた。

 だが、その瞬間。

 床の表面が砕け、その砕けた床の破片が無数に散らばり僕に襲い掛かって来た。


「うわっ!」


 それはまるで、無数の床の破片がショットガンのようだ。

 その飛んで来る全ての破片を避ける事が出来ず、ダメージを受けてしまった。


「くっ!厄介な!」


 バスタードソードの一撃を避けても、範囲効果のある、床の破片による追加攻撃。

 この破片の攻撃はHPを少し削る程度のダメージ。

 だが、その攻撃範囲が広く、厄介な攻撃だった。


(これは真正面で受けては駄目だ...常に相手の側面(もしくは背後)に回り込むか、もっと大胆に距離を取らないと)


 こうなると、スタート地点のオルグとの距離感が悔やまれる。

 此処まで近距離の場合、破片による攻撃は真正面では受けきれないからだ。

 考えられる対策は二つ。

 一つは、オルグが攻撃モーションに入った瞬間、オルグの側面(余裕があれば背後)へと回り込んで攻撃を回避する事。

 一つは、そもそもが破片による範囲攻撃が届かない場所まで離れる事。

 前者なら、バリバリの戦闘職なら対応出来そうだが、僕は魔法職なので無理だ。

 後者なら、手っ取り早いのは十分な距離を確保した上での魔法による攻撃。

 だが、今回の戦闘条件は魔法禁止の為、それも出来無い。

 弓矢による遠距離からの攻撃で頑張るしか無さそうだ。

 そうなると、この試練は中々厳しい戦いになりそうだ。

 

「先ずはオルグから距離を取ってと...後は、弓矢がどれ位ダメージを与えられるかだな」


 弓矢の利点を活かす為、フィールドを広く使って遠距離攻撃主体で攻める。

 オルグは見るからに脳筋系のパワー特化型。

 その肉体的特徴からも、HP量が然る事ながら耐久力もありそうだ。

 どう考えても、この戦闘は持久戦となるだろう。


(オルグの一撃が致命傷となる...これは集中を途切らしたらダメなやつだ!)


 僕は覚悟を決め、オルグから距離を取りながらも弓を引いて移動を始めた。

 これは、直ぐにでも矢を放てるようにする為の処置だ。

 誰かに教わった訳でも無いのに、本能でそう行動をしていた。

 オルグの攻撃自体は単調なもの。

 バスタードソードを力任せに振り下ろして来るだけ。

 僕は前回の反省を踏まえて、攻撃をサイドステップで避けるのでは無く、攻撃範囲に入らないように大きく離れて距離を取った。


(攻撃自体は単調...でも、これは段階がありそうなんだよな...それにしても威力が高過ぎるよ!)


 先程と同じようにオルグの攻撃は空振り、バスタードソードが勢い良く床に叩きつけられた。

 だが、床の破片が飛び散る事は織り込み済みだ。

 僕はそれを見込んでオルグとの距離を十分に取ったのだから。

 そして、追撃による範囲攻撃もその全てを避けきった。

 すると、オルグはバスタードソードを打ち下ろしたばかりの無防備な状態。

 そう。

 この瞬間を待っていたのだ。


「攻撃の隙が大きいんだよ!狙うならここだ!」


 僕はオルグの無防備な頭を目掛けて矢を射る。

 オルグは攻撃の反動もあり、直ぐに反応が出来ていない。

 狙い通り。

 見事に矢が命中した。

 だが、やはりダメージは極小なものだった。


「思っていた通りとは言え、やはりダメージはこれだけか...」


 ダメージの関係上、相手のHPゲージの減り具合を考慮すると、どうやら思っていた通りの持久戦になりそうだ。

 現段階では、オルグの攻撃は大振りで動きも遅いもの。

 気をつけるべきは追撃による範囲攻撃だけだ。


(こうなる事は想定通りだ...魔法が使えない時点で時間度外視の我慢比べが必要な事は解っていた。そうなると、攻防を繰り返す為の相手との距離感が重要だな)


 バトルフィールド(部屋)の広さは限られているもの。

 戦闘中、オルグとの立ち位置を考え無ければ、端に追いやられた瞬間逃げ場が無くなる。

 それこそバスタードソードが直撃したら無事では済まないだろう。

 オルグとの距離感には細心の注意を払う必要がある。

 僕がやる事は明白だ。

 フィールドの広さを考慮し、自分の立ち位置とオルグとの距離間を一定以上保つ事。

 後は少しずつオルグを削るしか無いだろう。


「攻撃を避けて...攻撃を当てて...攻撃を避けて...攻撃を当てて...」


 何度も繰り返す攻防。

 相手の大振りな攻撃を避けて、僕の攻撃だけを当てて行く。

 ただ、それだけの事なのに、思いの外、体力の消耗が大きい。

 これは精神面の影響が大きいからか?

 それもこれも、オルグが放つ破壊力たっぷりの攻撃の所為だ。

 僕がどんなに力を込めても破壊する事が出来無い床の謎鉱石。

 オルグはそれを、いとも簡単に破壊してしまうのだから。

 あの攻撃が当たったらと考えると、ゾッとしてしまう。

 確実に相手の攻撃を避けて、確実に僕の攻撃を当てて行く。

 その行為を行う事が、僕にとっては必死だった。


「思ったよりも、ジリ貧だな...もしかして、ヴァイアードみたいに弱点があるのか?」


 僕は、ヴァイアードの時のように勘違いをしているかも知れない。

 相手の弱点を突ければ、戦闘はだいぶ優位に立つ事が出来るのだから。

 それを調べる為に、狙う箇所を一つずつ変えてみた。

 頭から目、鼻、耳、口、首、胸、右腕、左腕、へそ、股間、右足、左足へと急所になりそうなところを順番に。

 だが。


「まさかの急所無しか...期待した分だけショックが大きいけど...」


 場所を変えながら急所になりそうなところを攻撃して行ったが、結局、僕が与えられるダメージ量は変わらなかった。

 単純な反復作業なのだが、一つのミスが致命傷に繋がる攻防。

 間違える事が出来無い不安に、その中で出来る事に挑戦するスリル。


「精神が擦り減っている事は自分でも解る...でも、それでもだ!今の状況が楽しい!」


 目の前の遊びに夢中になる子供だ。

 同じ気持ちを持った子供同士でじゃれ合うようなそんな遊びを繰り広げている。

 但し、この遊びは生命のやりとりをしている訳だが。


「...」


 自分の意思で制御が出来る程、集中力をコントロール出来る訳では無い。

 だが、楽しさを追って行く事で、環境から与えられる事で、集中状態に没頭する。

 オルグの動きに合わせて瞬時に反応して対処する。

 相手の隙を見て攻撃を確実に与える。

 このヒリヒリとした緊張感が心地良い。

 そして、出来る事が限られているからこそ、無駄な思考が排除されて行く。


(はははっ!)


 心の中で自然と笑っていた。

 たぶん僕の表情にもそれが表れているだろう。

 緊張と緩和。

 その相反するものが僕を高みへと導いてくれる。


(この状態...心地良い!)


 脳内麻薬(アドレナリン)が分泌されている。

 気分が高揚し、今の状態がとても心地良い。

 僕はその状態のまま、フィールドの広さを把握した上でオルグと対面している。

 決して端へと追い詰められないように、常にオルグの死角へと回り込んで。

 その行為を反復させる。

 更には、動きを洗練させて行く。

 そうして繰り返しダメージを当てる事で、ようやくオルグのHPを4分の3まで減らす事が出来た。

 すると、突然オルグがその場で笑い出した。

 右手で顔を覆いながら上を向いた状態で高笑いしている。


「グハハハッ!コレハ面白イ!久々二、愉シメソウダ!!」


 口が裂けているような笑い顔。

 とても歪で、その口から覗く牙が恐ろしい。

 オルグがバスタードソードを両手で構え直す。

 だが、今までの上段の構えとは違う構え。

 今度は、バスタードソードを身体の後方に下げてその先端を地面につけたままの構えだ。


「ダメージ蓄積による攻撃パターンの変更か...だが、僕の出来る事は変わらないんだ。オルグから十分に離れて遠距離から攻撃を行うだけ」


 弓矢の利点を最大限活かし、相手から離れて攻撃をする。

 戦法は変わらない。

 と言うか、それしか出来無いのだ。

 だからこそ、相手の行動にだけ注意を払う。

 その際、必ず距離を十分に取り、相手が繰り出す攻撃を大きく避ける事。

 これらの事を頭の中で反芻して、行動が即、実行出来るように動き続けた。

 オルグはこちらに向き直し、歪な笑いで話す。


「直グニ壊レナイデクレヨ。ドウカ、我ヲ愉シマセテクレ!!」

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