014 魔獣諸国連邦ポセイドン⑥

 次に僕が目を覚ました時。

 僕の居た場所は『革命軍本拠地』だった。

 レオンハルト救出から数時間が経っていたようだ。


『革命軍本拠地』

 魔獣諸国連邦ポセイドンの中にあり、最南端の小島に位置する。

 海と山が繋がる洞窟の中に本拠地を構える。

 この洞窟は山の一部を削り取り人工的に造られたもの。

 見た目以上に中が広く、皇都ポセイダルと同じ広さを保有していた。

 ただ、何故この洞窟が造られたのかは誰も解っていない。


「...こ、ここは?」


 レオンハルトの意識が覚醒する。

 目が覚めたばかりで、まだ頭が回っていない様子だ。

 それもその筈。

 救出時には自力で動けない程にかなり衰弱していたのだから。

 その状態を平常に戻すまで、今の今まで寝たきりの状態だった。

 どうやら、身体が完全回復するまで一週間も寝ていた。


「レオンハルト!意識が...無事で良かった」


 マークは慌ててレオンハルトへと駆け寄った。

 その身体をしっかりと支えて、レオンハルトが生きている事を実感する。

 唇を横一文字に噛み締めているのだが、上下に小刻みに震えていた。

 どううやら、ようやく安心が出来たのだろう。

 目の下の腫れて黒ずんだクマが心労を物語っていた。


「リーダー!目が覚めたのね!」


 離れて立っていたジェレミーは、人目を憚らず大粒の涙を流す。

 マーク同様、ようやく気を緩める事が出来たからだ。

 これは、三人にしか解らない感情なのだろう。

 三人が歩んで来た歴史があっての今に繋がっている事だ。


「そうか...俺の為に、すまなかった」


 レオンハルトは即座に状況を把握した。

 この場に居ると言う事は、処刑を免れたと言う事。

 自分が覚えているのは、死刑直前の記憶だからだ。

 それを理解し、助けられた事に対して感謝を浮かべる。

 そして、危険を侵してまで助けてくれた二人に対して謝った。

 だが、マークはそれを訂正するように答えた。


「レオンハルト。感謝はルシフェルに言うんだな。彼が居なければ、俺達は再び、こうして会う事も出来ていなかったのだから」


 マークが僕の方を指差し、感謝の言葉を伝える相手はこっちじゃないとジェスチャーを送った。

 正直、救出作戦の成功率は極めて低いものだったから。


「ル、ルシフェル?」


 レオンハルトは言い慣れていない言葉に淀む。

 一体、どんな人物なのだと表情に疑問が表れていた。


「そうよ。あなたを助ける為に、わざわざ革命軍に参加をしてくれたのだから。そのうえ三獣士空将のエアホークまで倒したのよ!!」


 ジェレミーは溢れ出る涙を拭いながら補足をして行く。

 その泣き顔も徐々に笑顔へと変わって行き、声も大きくなっていった。

 まるで、僕を英雄と崇めるような態度だ。

 最初が素っ気無い態度だったから、今の気を許してくれている態度は嬉しいけれど。


「まさか、エアホークを倒すだと!?それは凄いな!!一体、何処の亜人なのだ?」


 それを聞いたレオンハルトは、信じられないと驚く。

 三獣士は、一人で一部隊に匹敵する特機戦力者だからだ。

 この一部隊とは、一個師団相当の戦力。

 大体の目安になるのだが、10名前後で一個分隊。

 二個~四個分隊で、一個小隊。

 二個~四個小隊で、一個中隊。

 二個~四個中隊で、一個大隊。

 二個~四個大隊で、一個連隊。

 二個~四個連隊で、一個旅団。

 二個~四個旅団で、一個師団と表す事が出来る。

 その人数は時代と共に変わって来たものなので、同じ師団だとしても一万名から二万名の開きがあったりもするのだが。


「それが、亜人では無いのだよ。そこにいる人間。ルシフェルだ」


 マークが自信満々に僕を紹介する。

 そこでようやく、レオンハルトは僕へと視線を動かした。

 眼の動きで、動揺している事が解ってしまう程に。


「亜人では無く人間だと!?そんな事がありえるのか?」


 レオンハルトが、人間と言う言葉に反応を示す。

 今まで亜人を虐げて来た人間が、亜人革命軍に力を貸してくれた事に驚いたからだ。

 しかも、よりによって、魔獣諸国連邦ポセイドン内で圧倒的弱者の革命軍にだ。


「ええ、それは間違いないわ」


 ジェレミーの後押し。

 力強い視線で、真っ直ぐにレオンハルトを見て答えた。


「人間が、俺達の...力に?」


 生死の懸かった救出劇。

 それを打算抜きで手伝ってくれた事に心底驚く。

 レオンハルトは視線だけでは無く、その身体を真っ直ぐ僕の方に向けた。

 そして、しっかりと僕の眼を見た。


「ルシフェル殿。この度はありがとうございました」


 真面目な表情。

 しかも、思いの込められた、心の底からの感謝を僕に伝えてくれた。

 先程までの砕けた口調も、いつの間にか丁寧な言葉遣いへと切り替わっていた。

 とても真剣な表情で頭を下げたのだ。


「...」


 僕は、こう言う時どう反応して良いのかが解らなかった。

 今までの人生で、お礼を言われる事など殆ど無かったのだから。

 そして、レオンハルトが頭を下げてから、どれ位の時間が経ったか解らない。

 だけど、その真摯な態度から、心が込められた誠意だと言う事が伝わって来る。

 この時、マーク達も同じように一緒に頭を下げていた。

 僕は、この状況が、照れるような、気恥ずかしいような、そんな思いが感情を支配していた。

 出来る事は、皆の感謝をしっかりと心に受け止める事。

 すると、何故だろうか?

 目の前に映る光景は虚像の筈なのに、僕の見るものがリアルだと捉えて感情が昂ぶっている。

 まるで、この世界が現実であるかのような錯覚を覚える程に。


(ここは...仮想世界なのか?それとも...現実世界なのか?)


 こうして一段落着いたところで、マークが僕達の今後について話し始めた。

 無事にレオンハルトを救出した事で、当初の目的であるネプチューン皇を倒して国の改革を再開する事を。

 そこで改革を起こす為にも重要になって来るのが、三獣士の討伐。

 ちなみにレオンハルト救出の際に、三獣士・空将エアホークを倒しているので、三獣士も残りは、海将、陸将の二人だ。

 そして、三獣士を倒した後は、この改革の要となるネプチューン皇の討伐。

 但し、残りの三獣士とネプチューン皇を倒すには、敵の本拠地であるポセイドン城に攻め込む必要があった。

 そして、そのポセイドン城に乗り込むには、皇都ポセイダルの港を経由して海路を渡る必要があったのだ。


「ここまでの流れは理解出来たかな?」


 先ずは敵の戦力を分断する為、国の至るところにいる工作員に協力を頼み、特定の場所で陽動して魔獣兵団を抑える事。

 そうして各地で反乱を起こして本拠地が手薄の間にポセイドン城に攻め込むのだが、ポセイドン城は周りが海に囲まれている為、海路を渡らないといけない。

 その為、皇都ポセイダルの港から船を奪いポセイドン城に攻め込む算段だ。


「ええ、大丈夫よ。いよいよ革命も最終段階ね」


 ジェレミーが、マークに応えるように頷いた。

 すると、レオンハルトが皆を見渡しながら話を始めた。


「皆のおかげでようやくここまで来る事が出来た。革命軍の皆、本当にありがとう」


 一人一人の眼を見ながらレオンハルトが話す。

 革命軍として機能出来ているのは皆が居るからこそなのだと。

 同じ志をもつ同士(同志)が集まった事で、対抗勢力と呼ばれる組織まで成り上がる事が出来た。


「我々は亜人というだけで虐げられてきた過去がある。そこには人権などは無く、家畜同然の苦しみを味わってきた。先代の皇だった我が叔父上が亜人の権利を開放する為に戦争を起こしたのが今から50年前。そこでようやく我々は亜人としての人権を得た瞬間だ」


 拳を力強く握り締め、革命軍の皆に宣言する。

 そうする事で、全員の視線が自ずとレオンハルトへと集まった。

 亜人と言う言葉そのものが、人間との差別を生んで来た歴史だ。

 人種を分けて明確にする区別では無く、人間に近い生物だと蔑む為の言葉なのだと。

 本来なら、種族としての優劣は無いもので権利が平等で無ければならないのにだ。

 多くの亜人達は、長い歴史の中で人と違う(人に似ている)と言うだけで、人権を得る事が出来なかった。

 レオンハルトは握り締めた拳を見つめ、顔を下に伏せた。


「しかし、ネプチューンがこの国の皇についてから10年。亜人という種族の中で能力に応じた優劣が生まれ、人権を得たはずの我々亜人は再び弱肉強食の強権、奴隷制度という苦しみを味わう事になった。力こそが全てである今の制度では、我々の自由を奪い、“人”として生きる権利を奪ったのだ!」


 亜人に含まれている人と言う言葉。

 それは何を持ってして人と呼ばれるのか?

 その姿や形か?

 持ち得る能力か? 

 特性か?

 思考か?

 ただ、ハッキリと言えるのは、絶対的強者が都合良く解釈出来てしまうと言う事だ。

 レオンハルトは、その語る言葉に合わせながら握っていた拳を開放し、大きく風を切るように横へ払った。

 その場の雰囲気を一変させるように力強い身振り。

 すると、革命軍のメンバー達の眼にやる気という光が灯り始めた。


「だが、“亜人”という言葉は今日を持って新しい意味に生まれ変わる。種族の違いを乗り越えて、“人”として生きる為に!我々は再び圧政や弾圧から逃れる為に、自由を勝ち取る為に戦うのだ!!同じ痛みを知る我等革命軍は同志であり、我々は平等である。そこには、“亜人”である誇りがあるからだ!」


 この革命は、言葉の意味を改める為の戦いでもある。

 これまでの周囲の認識が潜在意識に植え付けた影響。

 それを払拭させる為にも、勝ち取るしか無いのだ。

 そうして全員が決意を新たにした瞬間。

 亜人である誇りを胸に秘めながら、人間に近しいと言う認識をぶち壊す。

 我等は平等なる人なのだと。


「皆で生きる為の権利を掴み取るぞ!革命の狼煙を上げよ!今こそ我々に再び自由を!」

「うおおおおお!!!!!」


 レオンハルトの宣言に革命軍全員で呼応した。

 皆が一丸となって、その声を合わせて叫ぶ。


(言葉の力は...そこに在る背景が見えてこそ意味が伴うのだな)

 

 僕はレオンハルトの言葉を聞いてこの革命に対する意識が変わった。

 現実世界の僕は、戦争を経験した事も無いし、奴隷のように強制された事も無い。

 これは他人から見たら安っぽい共感(偽善)かも知れないが、これでも、誰よりも生きる事の大変さは身に沁みているつもりだ。

 そして、この体験を通じて“人”として生きる意味を知れた気がした。


(普段使っている言葉も、人によって理解や解釈が変わるもの。通常はだとか、常識はだとか、気軽に言ってはダメなんだ...それこそ、他人(ひと)によって、通常も、常識も変わるものなのだから)


 共通の認識方法として、もの(物、者)にレッテル(言葉)を貼る事は人間の偉大なる発明だとは思う。

 だが、それを使用する者によって、意味の捉え方が異なってしまうのも事実だ。

 結局は、自分の中の物差し、匙加減によって、言葉は善意のあるものにでも、悪意のあるものにでもなれるのだがら。


「ルシフェル殿!」


 そう物憂げに考えていた僕のところへとレオンハルトが近付いて来た。

 革命軍のメンバーは、それぞれが自分の役割を全うする為、敵の本拠地を攻める下準備の為、皆が散り散りに分かれて行動を開始していた。


「こんな事を其方に頼むのはどうかと思うのだが...もう一度私達に力を貸してくれないだろうか?」


 レオンハルトの表情から、亜人同士の戦いに僕を巻き込むのが申し訳なさそうに見えた。

 だが、レオンハルトの眼には、例え僕抜きだとしても、この革命をやり遂げると言う強い意志が表れていた。

 すると、その意思を問うように選択肢が出現する。


[YES/NO]


(そんな事は聞かれなくても...既に決まっているよ!)


[YES]


 僕がYESを選んだ瞬間、レオンハルトは強張っていた表情が崩れて安堵した。

 すると、僕の手を両手で取り、共に戦ってくれる事の感謝を、心からのお礼を込めた。


「ルシフェル殿、助かります。ありがとう!」

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