005 神の贈り物

 今、僕が居る場所は『ホーム拠点』と呼ばれる場所。

 一階建ての平屋で石造りの家だ。


「さて、これからどうしようかな?」 


 このホーム拠点は、ラグナロクRagnarφkにログインした場合の始動地点。

 もしくは、戦闘で死亡した場合に戻って来る場所となっている。

 そして、僕はゲームを始めたばかり(ログインをしたばかり)の状態で、部屋の中がどうなっているのかを知らない。


「とりあえず、それぞれの部屋の中を調べて見ようかな?」


 僕はホーム拠点内のリビングへと移動を始めた。

 リビングは、10m四方の大きさ。

 初期状態で、木造で出来た質素なテーブルや椅子が部屋の中に置いてあった。


「なるほど。この部屋が中心になっていて、ここから別々の部屋に行けるんだ」


 家の中は、リビング、私室、書斎、浴室、アイテム倉庫と、五つの部屋に分かれていた。

 どの部屋も質素で、色味が全く無い真っ白な空間。

 いわゆる初期状態と言うものだ。


「アルヴィトルがここにいるって事は...ストーリーの進行に迷ったり、解らなくなった事をアルヴィトルに聞けば良いのか」


 リビングにはゲームの進行補助として、ヴァルキュリーであるアルヴィトルが待機していた。

 この部屋には常時アルヴィトルが待機しており、メインストーリーの行動指針を聞いたり、攻略に行き詰まった時にヒントをくれる場所のようだ。

 それから、チュートリアル室に直接繋がっているゲートが設置してあった。


「ゲートの設置...いつでもトレーニングや練習が出来るのはありがたいな。それにしても、現実との感覚がここまで一緒だと...どっちが現実なのか...解らなくなるよ」


 自分の身体を動かしながら、手を握ったり開いたりを繰り返す。

 脳の認識と行動にズレが無い。

 ゲーム特有のデータの処理時間やタイムラグが無い。

 現実の感覚そのままに、僕自身がゲーム世界に居る事が出来ているようだ。

 この仮想世界が、人の手によって作られたものだと言う事を忘れてしまう程の感覚が再現されていた。

 その為、現実では無いのに、脳が勘違いを起こしたように現実だと錯覚する。

 それがとても不思議な感覚だった。


「次は私室にでも行ってみようかな?...こればかりは、他の人には解らない感覚だろうけど、自分の部屋があるだなんて信じられないよ」


 僕は自分でも気が付かない内に、少し照れたように笑っていた。

 もし、この時の表情を他人に見られていたとしたら、恥ずかしさのあまりのたうち回っていただろう。

 この場所に見知らぬ他人が居なくて良かった。

 僕は、その感情を隠すように下を向いたまま、部屋の扉を開けて私室の中へと入って行った。


「ここが僕の部屋か...嬉しいな」


 私室は、5m四方の部屋で、自分一人の部屋だと考えても十分な大きさだと思う。

 実際に他人の部屋と比べた事が無いから解らない事だけれど、僕からすれば自分だけの部屋を持てる事がとても嬉しかった。

 例えそれが、仮想世界の中だとしてもだ。


「テーブル、椅子に、ベッド。感触は現実そのものだ...」


 部屋の中には、木造の角テーブル、角椅子、ベッドが置いてあった。

 だが、その全てが不出来な作りの家具。

 角椅子は、座り心地が悪くとても硬い物だ。

 そこにクッションでも置いてあれば、まだ違うのだろうけど。

 ベッドも同様に寝心地が最悪の物だ。

 木の土台の上に藁がひいてあり、その上に布を被せているだけ。

 ベッドに寝た時、藁が背中にチクチク刺さるのがとても痛い。

 それを知らずにベッドを見た時にテンションが上がり、勝手にフカフカの物だと勘違いし、勢い良くダイブして痛い目にあった事は内緒だ。

 打ち身に打撲、藁による裂傷。

 ゲームの中だと言うのに、まさかこんな痛みを味わうとは、想像にもしていなかった事だ。

 ちなみに、ログイン、ログアウトする際は、私室のベッドで寝た状態となる。


「痛たた...今後からベッドには飛び込まないように気を付けよう...次は書斎に行ってみるか。と言うか、書斎って何をするところなんだろう?」


 部屋を移動して書斎へと入って行く。

 すると、僕が想像していた物と内装があまりにも違い、部屋の中を見ただけで驚いてしまった。


「えっ!?書斎って...こんな最新式なの?」


 名前を聞いた時、部屋の中には沢山の本棚があって、作業机を囲むように本が溢れているイメージが頭の中に膨らんでいた。

 だが、実際はそんな事が無く、全く違った光景だった。


「凄いな...これを操作すれば良いのか?空中立体投影...まるで、目の前にあるみたいだ」


 部屋の中央には端末があり、それを弄る事で魔物図鑑や世界地図を閲覧する事が出来た。

 全てのものがデータで保管されている、最新式の書斎。

 但し、図鑑も地図も書き込み式になっているので、自分で更新して行かなければならないようだ。


「自動更新では無いのか...これは、最初だけなのかな?まあ、そのうちに解る事か」


 端末を弄りながら、一通りの確認操作を終えた。

 今後は、ゲームシステム的にもアップデートされて行くのだろうが、今現在では、これ以上の操作をする事が出来なかった。

 どう改善されて行くのかが楽しみではある。

 そんな期待を膨らませて、僕は次の部屋へと向かった。


「次は浴室かな?」


 浴室と書かれた部屋へと入る。

 すると、此処でも僕の想像を超えた内装となっていた。


「これはまた違った意味で凄いな...まあ、これを浴室と言えるかは解らないんだけど...」


 部屋の中央に水瓶が置いてあった。

 ...それだけなのだ。

 とても殺風景な景色。

 先程のハイテクな書斎と比べると、このアナログな感じは雲泥の差だ。

 どうやら浴室と書いてあるが、お湯も、浴槽も無い場所。

 期待を裏切られた感じだ。

 僕はその事を残念に思いながらも、水瓶の中の水を調べるように触れてみた。


「...水が冷たい」


 当たり前の事を言っている自覚はある。

 だが、此処はゲームの世界なのだ。

 手が濡れて、水の温度をハッキリと感じている。

 そして、水に触れる度にピチャピチャと音が鳴っている。

 僕には、この質感や効果音が、ゲームで再現された物だとは到底思えなかった。


「この水は透き通っているけど飲めたりするのかな?...いや、やめておくか。...でも、これってどうやって使えば良いのかな?


 部屋の中には水瓶しか置いていない。

 それの使用方法が、僕には解らなかった。

 一瞬、ドラム缶風呂みたいに温めるのかと想像したが、これは水瓶である。

 それに水瓶の大きさ的にも、僕が入るには狭過ぎる物だ。


「もしかして...水を浴びるだけか?」


 となると、水瓶から水を汲んで浴びるのだろう。

 一瞬そう思ったのだが、地面は剥き出しの土だ。

 もし、此処で水浴びでもすれば、確実に泥塗れになる。

 一応、確認の為、地面に水を撒いてみると、乾き易く水捌けの良いサラサラとした土となっていた。

 これは「せめてもの優しさなのかな?」と、思わず笑ってしまった。


「これがお湯だったらまだ良かったんだけど...水だと浴室を使う事は無さそうだな...よし、そんな事よりも最後の部屋へと向かおう」


 僕はホーム拠点に存在する、まだ入っていない部屋へと向かった。

 最後の部屋はアイテム倉庫。

 その広さは、車が二台分入る位の大きさ。

 見た目だけなら、それ程広くないが、見た事も無い装置が無数に設置されていた。

 どうやら、この部屋も端末で所持アイテムを管理する仕様のようだ。


「書斎と言い、アイテム倉庫と言い、これほどの最新機能が搭載されているのに...何で浴室だけ原始的なんだろうか?意味が解らないな...」


 僕にはその謎を解く事が出来無いようだ。

 もしかしたら、事件は迷宮入りなのかも知れない。

 と言うか、考えるだけ無駄なのかも知れないけど。


「管理の仕方は...インベントリ?へえー。端末をいじると装置が動くのか。その空間に手を入れれば、アイテムの収納や取り出しが出来るんだ」


 今現在の容量は、50種類まで。

 そして、一種類の上限が10個まで保存が出来る仕組みだ。

 これが最も不思議な事なのだが、明らかに倉庫の大きさよりも、空間に保管出来る容量の方が多い。

 これは、四次元的な謎空間ってやつ?

 どうやら、ホーム拠点にある部屋は、これで全てのようだ。


「ホーム拠点で気になるのは...“拠点ポイント”ってやつかな?」


 拠点ポイントは、ストーリーを初クリア時、ギルド依頼の達成時、イベントクリア時に貰えるみたいだ。

 今現在のホーム拠点は、まだ初期状態のまま。

 拠点の改築、部屋の設置、改装、施設の拡張は、その拠点ポイントを使用する事で操作が可能だ。


「拠点ポイントを使用して、ホーム拠点をカスタマイズ出来るのか。それなら、いずれは豪邸にも出来るのかな?...楽しみだな」


 こうして僕は、全部屋の確認を終えた。

 気になっていた事が解消され、とても満足だ。

 その気持ちのまま私室へと戻って行く。

 部屋に設置してある、硬い角椅子に座った。


「先ずは、ステータスを確認して...と」


『ルシフェル』

 称号:無し

 種族:天使LV1

 職業:魔法使いLV1


 HP

 30/30

 MP

 20/20


 STR 15

 VIT 13

 AGI 11

 INT 20

 DEX 12

 LUK 10


 [スキル]

 短剣技LV1 格闘技LV1 杖技LV1 弓技LV1

 [魔法]

 火属性魔法LV1 水属性魔法LV1 風属性魔法LV1

 [固有スキル]

 浮遊

 [才能]

 無し


 個人キャラクターには、魂位(レベル)、ステータス、魔法、スキル、才能がある。

 魂には位階があり、倒した相手の魂を吸収する事で、自身の魂位が上昇する。

 いわゆるレベルアップと言うやつだ。

 ステータスは、HP、MP、STR、VIT、AGI、INT、DEX、LUKの項目がある。

 それぞれのステータスは、魂位上昇時、特殊アイテムを使用時、行動消費をした事による経験強化で、その能力を上げる事が出来るみたいだ。

 特殊アイテムでの上昇は、平たく言えば○○の種みたいな物だ。

 行動消費は、例えばだが、攻撃を繰り返す事でSTR、相手の攻撃を受け続ける事でVIT、走り続ける事でAGIを強化出来る。

 筋力トレーニングみたいなものだ。

 魔法やスキルについては、種族や職業の魂位を上げるか、特殊アイテムを使用する事で覚えられる。

 才能は、キャラクター固有の潜在能力(特殊能力)だ。

 イベント報酬や特典アイテムの使用で覚えられるみたい。

 で、今から確認するのはその才能についてだ。


「β版プレイの特典で貰った『神の贈り物』を使えば才能が貰えるみたいだけど、何が貰えるのかな?」


 現状、才能を手に入れるにはβ版プレイの特典で入手する『神の贈り物』だけだ。

 噂では、後にイベントが実装された時、その達成報酬で入手出来るみたいだが。

 運営からお知らせがあった前情報には、経験値○倍のシステム補助系や、STR+○○のステータスUP系、○○の状態異常軽減系、○○の耐性強化系などの才能がある。

 後々、イベント報酬で他の才能が入手出来るとしても、僕的にはスタートダッシュが出来る、経験値○倍が欲しいと思っている。


「ものは試しか。よし『神の贈り物』使って見るかな」


 所持品から『神の贈り物』を取り出して使用する。

 すると、私室の狭い空間の中で、自分を中心に大きな白い光の柱が天高く伸びていった。

 部屋の地面には、見た事の無い魔法陣が具現化されており、その魔法陣から光の柱が発生している。

 その光の柱は、天井や雲を突き抜けて伸びていた。


「えっ、天井が透けている?」


 先程まで閉ざされていた筈の天井は、ガラスのように透明になっていた。

 そのおかげと言っては何だが、光の柱が伸びて行く先を目で追えるようになっていたので、雲を突き抜けた先の光を目で追って行く。

 天高く伸びて行く光の柱。

 その周囲には、虹色の粒子が渦巻きながら輝きを放っている。

 僕にはそれが、とても幻想的な光景だと感じた。


「...綺麗だ」


 そのまま光の柱が極限まで伸び切ると、上空から無数の天使が出現した。

 光の柱に対して、その周囲を螺旋状に回りながら天使達が降りて来た。


「何だ、この演出は?何が起きているんだ?」


 すると、その中心から更に神々しい輝きを放つ人物が現れた。

 その人物は、僕がゲームを始めて最初に出会った神様。

 この世界の主神『オーディン』だ。


「えっ!?主神オーディン自らが降りて来るんだ!?」


 オープニングで出会った時とは違った格好をしていた。

 その召し物は、絹のような滑らかな光沢を放ち、肌触りがとても良さそうな物。

 その衣を羽織っている姿は、まさに神々しい“神”そのものだ。

 醸し出す神聖な雰囲気が、何処か近寄り難い。

 そうして、天からゆっくりと舞い降りて僕の目の前へと降臨した。

 一緒に降りて来た天使達は、僕達の周囲を円になるように囲み、手を合わせてお祈りを捧げている。


「...」


 言葉が出ない。

 その圧倒的な存在感に平伏し、その神々しい雰囲気に飲まれてしまい、有無を言わさずに周囲へと同調した。

 考えるよりも先に行動をしており、気が付いた時には神の前に跪いていた。

 拒む事が出来ずに、強制的に受け取ってしまう威圧。

 払い除ける力も無い。

 僕の鼓動は勝手に高鳴り、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 その極度の緊張の所為か、とても喉が渇く。

 渇いた喉を潤す為の生唾を飲み込む音が、無音の部屋の中で「ゴクリ」と鳴り響いた。

 気が付けば、無意識に拳を握っており力一杯握り締めていた。


「よくぞこの世界に来てくれた。お主には、ワシから直接、祝福を与えよう!」


 目の前のオーディンが、自分の腰の位置で両手を広げながら僕にそう言葉を告げた。

 両手からは虹色の光が放出し、右手と左手を繋ぐアーチを作った。

 虹色の光は段々と強く、太くなって行き、その中心部へと凝縮されて行く。

 オーディンは、その光を胸の前で一つに合わせて、球体へと圧縮させた。

 圧縮された虹色の光球を、僕の方に向けて放つ。

 

(なんだ...この光は?)


 光球が僕の身体の中へと入って行く。

 「ドクン!」と心臓が大きく跳ねた。

 すると、たちまち全身が燃え上がるように、僕の身体が急激に熱を持ち始めた。


(かっ、身体があああ!?あ、熱いいい!!)


 跪いた状態から咄嗟に胸を押さえた為、バランスを崩し、額を地面へとぶつける。

 ただ、頭をぶつけた痛みよりも、身体が燃え上がる熱さの方が耐えらそうに無い。

 それは、身体に流れる血液が沸騰して全身を暴れ出すような熱さだ。

 身体の内側から臓器が焼かれている。


(ひゅーっ...)


 肺が焦げ付いている。

 喉も焼かれており、呼吸が正常に出来無い状態。

 全ての内臓が焦げて行く事を知る。

 僕の全身が、火傷で爛れて行く痛みと、のたうち回る苦しさを伴って。


(く、苦、しい...)


 必死に酸素を吸い込むが、喉は笛を鳴らすように音が鳴るだけ。

 しかも、無意識に全身の痛みに抗おうと、必死に両手で身体を掻きむしっていた。


(がっ!?が、がああああ!?)


 この痛みや苦しみは何なのか?

 何故、才能を貰うだけの行為に、痛みや苦しさが伴うのか?

 一体いつまで続くのか?

 終わりはあるのか?

 既に僕の感覚は麻痺していた。

 どれ位の時間が経ったのか、今の状態がどれ位続いていたのかも解らない程に。

 すると、突然頭の中で何かがアナウンスされた。


[才能“記憶と思考”を獲得しました]


 その時、自分の中に新しい感覚が上書きされた事を感じ取った。

 それは今までに持ち得なかった感覚だ。

 その新たな感覚が芽生えたと同時に、身体の熱が急激に治まり、全身を支配していた痛みや苦しさが引いていった。

 そして、いつの間にか身体を掻きむしって出来た傷も消えていた。

 あの全身を燃やすような感覚も消えていた。

 

(あれっ!?痛みや苦しさが...消えた?)


 今までの痛みが無くなり、先程までの体験が幻想だったのでは無いかと脳が錯覚している。

 だが、僕の身体の中心には圧縮された熱が残っていた。

 しかも、今までの感覚が変化し、新しい感覚が身体へと馴染んで行く事が解る。

 すると、オーディンがこちらの様子に合わせてタイミング良く話し始めた。


「これで、そなたに祝福は与えられた!」

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