003 チュートリアル①
「チュートリアルを、始めますか?」
オープニングの時やキャラクターメイキングの時と同じように機械じみた音声が、そう告げた。
此処は、オーディン達が住まう、ヴァルハラから転移している最中の謎空間。
宇宙のような、ワープゾーンのような、不思議で良く解らない空間だ。
[YES/NO]
ディスプレイに選択肢が出現した。
チュートリアルは個別指導、もしくは家庭教師と言う意味を持っている。
此処ではゲームの基礎を教えてくれる場所だ。
主に、戦闘面についてだけど。
戦闘そのものはβテスト版の時と変わってないのかな?
まあ、受ければ直ぐに解る事か。
僕は、ディスプレイに映る画面から[YES]を選択した。
「それでは、チュートリアルモードへと移ります」
音声が鳴り終わると同時に身体全身が光の粒子に包まれ、果ての見えない無機質な空間へと転移した。
どうやら、障害物は何も無く、練習には持って来いの場所みたいだ。
その場所で僕は、自分の身体の感覚がどうなっているのかを確かめて行く。
「ようやく、身体を自由に動かせる事が出来るよ。感覚を調べて行かないとな」
プレイヤーは自分視点の目線となるので、背中の翼が見えない。
だが、肩甲骨辺りに違和感がある事からも間違い無いだろう。
白い生地で出来た衣装は、両肩からぶら下がっているだけ。
翼の為に背中部分が大きく開いており、膨らんだ生地を腰辺りで帯を巻いて止めていた。
では、先ずは能力を確認する事から始めて行く。
「ステータスオープン」
僕の目の前に透明なディスプレイが現れた。
他のゲームでも良く見慣れたものだ。
ただ、ラグナロクRagnarφkでは実体の無いタブレットみたいな物で、これなら僕でも簡単に操作が出来そうだ。
『ルシフェル』
称号:無し
種族:天使LV1
職業:魔法使いLV1
HP
20/20
MP
20/20
STR 10
VIT 10
AGI 10
INT 10
DEX 10
LUK 10
[スキル]
短剣技LV1 格闘技LV1 杖技LV1 弓技LV1
[魔法]
火属性魔法LV1 水属性魔法LV1 風属性魔法LV1
[固有スキル]
浮遊
チュートリアルモード中は、ステータス固定の無敵状態。
現在、見られる項目は能力値やスキル、魔法と言ったものだ。
これらの数値は本編でも変わらず、現在の僕の能力を表していた。
表示されている魔法は、職業の基礎魔法である三種類。
浮遊は、天使の固有スキルとなっている。
「このステータスが強いのか、弱いのか、今だとまだ解らないな...」
ステータス表示は、β版と表示方法が変更されていた。
β版では、LUKの項目が無かったのと、能力値が60~80の間で設定されていた。
そして、今回はスタート時点で、能力値がALL10。
これはβ版の結果を踏まえて、細かいステータス調整が入ったのだろう。
まあ、変更されたとしても、ゲームバランスはしっかりしている筈なのだ。
「それよりも、身体の感覚を確かめて行くか」
今そんな事を気にしても仕方が無いと頭を軽く横に振った。
そうして僕はキャラクター操作に慣れる為にも現実と同じように身体を動かして行く。
すると、頭の中で思い描いたイメージがキャラクターと連動し、全く同じ動きを再現して行く。
「うん。ズレがない!イメージするだけで、ここまでキャラクターと連動出来るなんて、やはり凄いな!」
自分の感覚、神経がキャラクターと完全同化している。
現実世界の自分はその場から動く事が無いが、脳でイメージした通りにキャラクターが動き出す。
「手に持っている質感...杖の重さ...これは、本物そのものだよ」
そして、キャラクターが持つ右手には、現実世界と同じように杖の質感や重量を感じる。
細かい手触りなども再現されており、本当にその場で持っているかのようだ。
後は、しゃがんだり、ジャンプしたり、翼を動かしてみたりと身体の動かし方を色々試しては調整して行く。
「ふー。この身体を動かしている時の、疲労感まで一緒って凄いよな!」
現実世界と同じように、この世界でも走れば疲れる。
動く事での制限は現実と変わらない。
ただ、レベルアップや能力が上昇すれば、それに応じた補正が加わり、動きそのものがアシストされて行く。
キャラクターを操作する感覚自体が、アップデートされるのだ。
まあ、システムをリアルモードからゲームモードに切り替えれば、全く疲れずにゲームをする事も出来るみたいだけどね。
僕としては、生をより実感出来るリアルモードの方が没入出来るので、ゲームモードを選択する事は絶対に無いけど。
「じゃあ、先ずは、浮遊を試してみるか」
空を浮く事に意識を集中させて、そのイメージに力を込めて行く。
これは完全なる見切り発車。
だと言うのに、身体から徐々に自重の重みが無くなり、地面から足が離れて行く。
「うん...浮いている!自由に浮いているぞ!!」
この浮遊は、背中の翼をバタバタと動かして空を飛ぶと言うよりは、翼を動かさずともその場所で停滞出来ている感覚。
浮く事による疲れは全く無く、空を自由自在に動く事が出来ている。
これが固有スキルの恩恵なのだろう。
僕はその浮遊の特性を掴む為にも、何度も何度も試しては、その能力を把握して行く。
「何だか、空を飛んでいる感覚とは違う気がするな...空中を漂っている感覚か?うん...大体、こんな感じかな?」
自分の納得が出来る感覚を掴んだ。
まあ、ゲームを進めて行けば嫌でも直ぐに慣れるんだろうけど。
「よし!じゃあ、次は戦闘だ!」
一通り身体の使い方を覚えたところで、戦闘を試してみる。
チュートリアルモード限定のエンカウントだが、部屋の中央には白線で区切られた円形のバトルフィールドがあり、そこに侵入すれば敵が現れる仕組みだ。
僕は、歩きながら白線を越え、バトルフィールドへと侵入して行く。
(見えない空気の壁を通り抜けた感覚かな?...フィールドの中は...息苦しさは無い...身体の感覚も、そのままだ)
バトルフィールドへと侵入した僕。
すると、黒い粒子が形を作りながら収束をし始め、その場に敵が出現する。
そこに現れた敵は、生臭く泥や血が混じったような獣臭を撒き散らかす、緑色の小鬼ゴブリンだ。
そのゴブリンの頭上には僕の視界の邪魔をしないようにと、β版には無かった固有名詞と横に伸びる赤いゲージが見えた。
「あれが、ゴブリン?しかし、においが酷いな...これは臭過ぎだよ...あれがHPゲージなのか?一体、どんな姿をしてるんだろう?」
僕は、目の前のゴブリンに注視する。
ゴブリンは、小学生高学年位の大きさで、大体150cm位の身長だ。
耳が尖って長く、鼻は鷲鼻。
口は横に大きく裂けているようで、歯は鮫のように全てが尖っている。
人間とは違い、常に目の瞳孔が開いており、明らかな状態異常者だ。
腕や脚は細いのだが、とにかく身長に比べて長い。
骨が浮き出ているような痩せ型なのに、お腹の部分がポッコリと少し前に出ている感じだ。
ゴブリンは、様々なゲームで雑魚キャラ的な立ち位置だが、見た目だけで言えば、この世界のゴブリンはそのように感じない。
でも、それ以上に気になる事は、このちょっとした刺激臭だ。
とても臭い。
「よし!じゃあ、魔法から試そうかな!」
先ずは、魔法を試してみる事に。
ラグナロクRagnarφkでは、魔法はMPシステムである。
それぞれの魔法に消費MPが決められており、自分の所持MP量内で使用可能となっている。
レベルや種族補正や職業補正などでMP最大値が増減する仕組みだ。
MPの回復については、基本的に所持MP最大値÷24時間の自然回復か、マナポーション使用による固定値回復か、スキルや魔法による回復だ。
都合良く、宿屋で寝て起きたら全回復なんて事は無く、結構シビアな設定である。
ただ、チュートリアルモード中はMPが固定されている為、使い放題ではあるけれど。
「最初はこの魔法から...」
では、実際に使用してみる。
魔法を使用するには、魔法名を発声するヴォイスアシストによる使用方法か、コンソールを使用したクリック式の使用方法の二択だ。
今回は、魔法名を発生するヴォイスアシストによる使用を試す。
足元は肩幅に広げ、姿勢は真っ直ぐ。
胸の高さに両手で杖を持ち、腕を相手に向けて真っ直ぐ伸ばす。
頭の中で火をイメージし、そのままファイアと発声する。
「ファイア!」
すると、自身を投影したキャラクターが呪文を唱え始めた。
ただ、極端に音量がセーブされているのと、何処の国の言語か解らなかった。
杖の前方にと赤い光の粒子が集まり出す。
この時、呪文を唱えている間は拘束時間があり、キャラクターを動かす事が出来無い。
杖の先に集まる赤い光の粒子が徐々に塊となって行く。
そして、キャラクターが呪文を唱え終わると、赤い光の塊が赤く発光し、その場から周囲へと拡散を始めた。
その拡散と同時に、距離の離れたゴブリンへと火が燃え上がる。
大きさで言うと2m程の高さで、キャンプファイアーで燃え上がる火と同じくらいだろうか。
その攻撃判定後、ゴブリンのHPゲージが3分の2まで減っていた。
だが、チュートリアルモード中なので、ヒットバック後にHPゲージが全回復する仕組みだ。
「くーっ!ファイア凄いよ!これだよ!これがやりたかったんだよ!」
無から火を作り上げる魔法に対して、心の底から感嘆する。
魔法自体はβ版でも使用していたが、その時よりもエフェクトやグラフィックは洗練され、魔法と言うものに磨きがかかっていた。
そして、憧れていた魔法を、現実世界で再現出来なかった事が、この世界では体験、体感出来ているのだ。
心の中でずっと思い描いていた事が、この世界では実現出来るのだと喜んだ。
「よし!じゃあ、他の魔法も試してみるか!」
今現在、使用出来る魔法は三種類だ。
僕は魔法の性能を調べて行くように、順番に使用して効果を確かめて行く。
では、次は水属性魔法のアクアを使用してみよう。
ファイアを使用した時と同じように、水を思い浮かべながらアクアと発声する。
「アクア!」
発声後、自動的にキャラクターが呪文を唱え始め、今度は青い光の粒子が収束し塊となった。
呪文の詠唱が終わると同時、青い光の塊が青く発光し周囲へと拡散する。
拡散後、ゴブリンへと水の塊が発現した。
ゴブリンの中心部から、水の塊が徐々に大きくなり、円を維持したまま広がって行く。
大体、ファイアの大きさと同じくらいまで広がり、ゴブリンは水の中で踠いていた。
円が最大まで広がりきると、水の塊はそこから弾けるように破裂した。
ダメージはファイアと同じくらいで、3分の2程ゲージを減らしていた。
「へえー!水弾とか水刃じゃあ無いから、ダメージを与えるイメージ無かったけど、ちゃんとダメージを与えられるんだな!溺水によるダメージなのかな?それとも破裂によるものなのかな?」
エフェクトとダメージの関係が解らないが、しっかりとした攻撃魔法だった。
ただ、魔法のエフェクトは素晴らしく、何も無いところから水の塊が発生する様子はとても幻想的だ。
「じゃあ、次に試すのは、ウインドだな。ウインド!」
キャラクターの呪文の詠唱に続き、今度は緑の光の粒子が収束する。
僕は、この粒子が収束するエフェクトだけでも、一晩中ずっと見てられそうだ。
そして、緑の光が塊となり発光すると同時、緑の光が周囲へと拡散した。
今度は、それと同時に風の塊がゴブリンへと向かい、周囲を巻き込んだ暴風となってぶつかった。
風自体は目に見えないものだが、肌では風速を感じるし、ゴブリンにぶつかるとノックバック効果があり風に吹き飛ばされていた。
こちらも、他の魔法と同じくらいのダメージで3分の2程、相手のHPゲージを減らしていた。
「風の威力が凄いな!ゴブリンを5mほど吹き飛ばしているし、ノックバック効果があるなら使い勝手が良さそうだよ!」
魔法使いは、基本的にステータス状、STR (攻撃力)やVIT (防御力)が低いので近接戦闘に弱いタイプである。
攻撃判定後にノックバックがあるなら、体制の立て直しや追加攻撃がしやすくなる。
ターン制のRPGとは違い、敵と戦闘中、攻撃を交互に繰り返す訳では無いのだから。
リアルタイムバトルなので魔法一つにしても、その効果により戦略の幅が広がる。
「魔法がどういうものかは一通り見る事が出来たし、じゃあ、他の行動もいろいろと試してみようかな?」
此処からは魔法そのものを検証して行くように、何度も使用してその特性を調べて行く。
魔法の発動の仕方は?
魔法を発声するヴォイスアシスト、もしくはコンソールから選択するのみ。(任意でキャンセル、ダメージによるキャンセル有り)
魔法は、杖が無くても使用出来るのか?
杖が無くても、発声によるヴォイスアシスト、又はコンソールから選択すれば使用出来る。(装備は何でも有り)
体勢は、どのような形でも使用出来るのか?
体勢は関係無く、ヴォイスアシスト、又はコンソールから選択すれば使用出来る。
浮遊状態で魔法は使用出来るのか?
浮遊中も問題無く、ヴォイスアシスト、又はコンソールから選択すれば使用出来る。
魔法は身体のどの部分からでも使用出来るのか?
右手、もしくは左手のみ。
魔法の同時使用は出来るのか?
詠唱がある為、同時使用が出来無い。(但し無詠唱で魔法が使用出来るなら別かも?)
魔法の発動時間は?
キャラクターの呪文詠唱時間により固定。
魔法による硬直時間は?
呪文発生後に、コンマ何秒か硬直。
「ふーっ。大体、こんなところか?それに、低確率だけど、ファイアには火傷。アクアには溺水の追加効果を新たに発見出来た事が嬉しいな!」
検証が終わり、バトルフィールドの外で休憩を取る。
β版には無かった追加効果は、大体10分の1程の確率で発生していた。
効果としては、火傷も、溺水も、発生中、一定時間毎に追加ダメージを与えるもの。
但し、チュートリアルモード中では、ヒットバック後にHPゲージが全回復してしまう為、状態異常で相手を倒せるのかまでは解らなかった。
「β版との大きな違いは、追加効果くらいなのかな?...さて。次は、いよいよ戦闘だ!!」
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