第三章 猫耳コンプレックス 2
「こっちじゃ、こっちじゃ」
居間を出るなり、廊下の突き当たりの『お花畑』と記された木製扉の前に案内された。
――もしかしてトイレかな?
宇宙空間におけるトイレ事情。だとすると、やはり宇宙に出るというのは大変なことなのかもしれない。
――僕もトイレにいっておかなきゃ
宇宙でお漏らしなどして恥ずかしい思い出は残したくはない。と真面目に考えていた矢先、保子莉がお花畑のプレートを反転させてトイレの扉を開けた。
――あれ、トイレがない?
本来、そこにあるはずの個室。だが見慣れたはずの陶器類は見当たらず、代わりに見慣れぬ空間が伸びていた。真っ白で無機質な通路。振り返れば日本家屋。そのアンバランスな造りに戸惑っていると、敷居の向こう側から保子莉が手招きをした。
「どうしたのじゃ? はよ、こんか」
「あ、うん」とトオルは首を傾げながら、得体の知れない空間に足を踏み入れた。
「もしかして、ここって保子莉さんたちが乗ってきた宇宙船の中なの?」
家からの地続きで麻痺し始めた方向感覚に当惑していると、彼女が笑った。
「そうじゃ。あの敷居を跨いだ瞬間から、わらわたちは宇宙空間に身を置いておる。ゆえに実感が湧かないのも無理かしからぬことかものぉ。ちなみに言うておくが、この船はわらわのではなくクレアの船じゃ」
つまり二隻あるといことなのだろうか。
「じゃあ、保子莉さんの宇宙船は別にあるの?」
「事故当日までこの界隈に駐留しておったのじゃが、どうしても納品しなければならん用事があったのでな、爺に任せて取引先に向かわせておる。ゆえに爺が戻るまでは、わらわは帰星(きせい)できぬというわけじゃ。まぁ、もっともおぬしの体が完治するまでは帰るわけにはいかんがな」
申し訳なさそうに苦笑する彼女。どうやら少しは加害者として罪の意識はあるらしい。
そして宇宙船講釈はさらに続く。
「ちなみに一般宇宙人における宇宙船の駐留方法にはルールがあってのぉ、ひとつは地上に設けた駐機場に着陸する方法なのじゃが、これは一時的に利用する者たちが主となる。言わばゲスト扱いじゃな。もっとも首脳会談などにおける要人扱いの場合は、その国が用意したエリアでの駐機が大半じゃ」
そう言えば某大国に、そのような場所があると長二郎から聞いたことがあったけど、まさか本当の話だったとは。
「それで保子莉さんやクレアの場合は?」
「クレアを含め、わらわたちはビジネスにおける理由により、衛星軌道上での特別駐留許可と転移許可をもらっておる」
と、そこで不意に保子莉が歩みを止めた。
「そうじゃ。これを機に良いものを見せてやろう。ほれ、この窓から外を見てみい」
そう言って彼女が白い壁面を撫でた瞬間、触れた部分がスーッと真円状にくり抜かれ、蒼い惑星が視界に飛び込んできた。
「これって、もしかして」
「驚いたじゃろ。そうじゃ、見てのとおりおぬしが暮らす地球じゃ。将来において、この星の大陸を縦横無尽に往来することもあろうから、大事に目に焼き付けておくと良い」
言われるまでもない。とトオルは瞬きすら忘れ、眼下の蒼い星に見入った。
斑点模様の雲や渦を巻く白い雲。深み豊かな緑地と乾いた砂漠。そして色鮮やかに織りなす青い海。それらは映像とは比べものにならないほど、荘厳で宝石のように美しい星だった。
――これが僕たちが住む地球
窓に張り付いて、ゆっくり変化し続ける母星の姿に心奪われていると、保子莉がそわそわし始めた。
「もう、そのくらいで良かろ。地球に戻るのが遅くなるとクレアに怒られてしまうぞ」
「あ、待って。もうちょっとだけ見せてよ」
くりぬかれた窓を消す保子莉に、トオルが恨めしげな視線を向けると……
「10分以上も見ておったのに、まだ飽き足らぬのか?」
ほんの数分だと思っていただけに、なんだか納得がいかなかった。
「これでも大サービスしておるのじゃから、そんな目でわらわを睨むでない。それにまた今度、機会があればいつでも見せてやるわい」
「いつでも?」
世界中の金持ちでも手に入れられない特別なフリーパスをもらった気分だった。……が、すぐにくつがえされた。
「いや、やっぱり今のは無しにして、ここはひとつ条件を付けるとしよう。おぬしが深月を勉強会に誘って、少しでも仲を進展させることができれば、また地球を見せてやっても良いぞ」
ひっくり返された条件に、流石のトオルも黙ってはいられなかった。
「なにかと条件を付けてくるのは卑怯だよ」
それに恋仲になるまで、どれくらいの時間が必要になるのか予想がつかない。
「別にキスやエッチとかをしろとは言っておらんぞ。あくまで進展に限っての話じゃ。告白して手を繋ぐだけでも良いのじゃから、それほど難しいことではあるまい?」
心なしか優しい眼差しをして難易度を下げる彼女。確かに難しいことではないかもしれない。
「そういうわけで、また一緒に地球を見れることを期待しておるぞ」
保子莉は楽しげに笑って背中を向けると、再び通路を歩み始めた。
「ここがリビング。その隣が寝室」「ここがフィットネスルーム」「ここがエンジンルーム。で、あっちから先が学校の廃校舎へと繋がる通路じゃ」
生活するに必要充分な船内施設に驚くばかりだった。
「そして、ここがおぬしの体を再生培養しているメディカルラボ、つまり施術室じゃ」
目的の場所の前で立ち止まると、隔てていたドアが一瞬にして消えた。照明の灯された施術室へと足を踏み入れれば、浮遊する医療ベッドや制御機器と液体の詰まった巨大カプセルが鎮座していた。
――これが僕の体
コポコポと気泡を立てているカプセルの中で、胎児のように漂う自身の肉体。至る箇所に事故当時の傷痕が残っているものの、想像していたよりも、はるかに状態が良かった。
「現時点で8割以上が再生完治しておる。順調にいけば予定通り、今週末には立派な完全体に仕上がるはずじゃから、心配しておった交尾も可能になるじゃろ」
医療ベッドの脇に浮かぶHUD(ヘッドアップディスプレイ)を見ながら進捗状況を教えてくれる彼女。治療において特に問題はないようだが……しかし気掛かりな点もある。
「保子莉さん、どうしてこの体には頭があるの?」
てっきり首から下だけの治療だと思っていたのに、再生中の体には存在しないはずの頭部があったのだ。
「損傷した体を元に、全体再生を施しておるのでな、必然的に頭も再生されておる。もっとも知能などは持ち合わせておらぬから、頭を取ったところで、なんら問題はない」
つまり必要とする体だけをすげ替えるということらしい。同時にトオルは安らかに眠る再生体に奇妙な錯覚を感じた。まるで自分が死んで魂だけになってしまい、脱け殻の肉体を見ているかのような感覚。人は死んだらこういう風に自分を眺めるものなのか。と、彼女に尋ねてみれば……
「さぁ、どうじゃろうな。わらわは霊的なものは無頓着でのぉ、死後のことなど考えたこともないし、考える気にもならんわい」
「そっかぁ、考えないんだ……」
トオルが物思いに耽っていると、保子莉がため息を吐いて肩をすくめた。
「まったく、おぬしというヤツは若いくせに辛気くさいのぉ。こう言ってはなんじゃが、わらわんところの爺のほうが、まだ覇気に溢れておるぞ」
「どうせ、僕は年寄りくさいよ」
「拗ねるな拗ねるな」
楽しそうに笑う彼女。そしてカプセルを見てポンッと手のひらを叩いた。
「そうじゃ。これを機会にパワーアップをしてみるか」
その怪しげな閃きに、トオルは眉をひそめた。
「まさか、僕の体を改造するつもり?」
「わらわを極悪マッドサイエンスを見るような目で見るのはどうしてじゃ?」
いや、どう聞いたってそうなるだろう。
「別に人造人間や強化人間にしようとは思うてはおらんわ。わらわが言っているのは、今のうちに再生体の体力をちょっとだけ上げておこうと言っておるだけじゃ」
「つまり、どういうこと?」
「体を元に戻したときに身体能力が上がっておれば、おのずと活力も上がるじゃろ。そうなれば、おぬしの考え方も少しはポジティブになるやもしれんぞ」
言われてみれば、確かに一理ある……かも。
「間違っても貧弱になるようなことはせんから、安心してわらわに任せよ」
そう言って意気揚々と制御機器を触り始める保子莉。彼女の操作に合わせ、HUDの宇宙文字が目まぐるしく変化するのだが……地球人のトオルにはそれらが何を意味し、また彼女が何をしているのか皆目見当がつかなかった。
「それから、このことはクレアには内緒じゃぞ」
なんでクレアに黙っていなければならないのか。と疑問に思っていると……
「知ってのとおり、この体の管理はクレアがしておるでな。ゆえに少しとはいえ、このような不正がクレアにバレたら、何を言われるか分かったもんではないからのぉ。おぬしも、クレアに怒られるのは嫌じゃろ?」
「それはそうだけど、でもクレアに心を読まれちゃったら意味がない気がするけど」
「それならば良いことを教えてやろう。クレアから心を読まれぬようにするには、ちょっとした裏技があるのじゃ」
胡散臭い物言いに懐疑的な目を向けた途端、「人をペテン師扱いするでないわ!」と彼女に胸をどつかれた。しかも割と本気で。
「まだ、なにも言ってないじゃん」
「しっかり顔に書いておったわい。そんなに疑われてばかりじゃと、流石のわらわも悲しくなるぞ」
クスンと鼻をすすって泣き真似をする保子莉に、トオルの良心がチクリと痛んだ。
「ごめん。保子莉さんのこと、ちゃんと信じるから許してよ」
と謝った途端「うむ。良かろう」と保子莉がエッヘンとばかりに胸を張る。やっぱり信じちゃいけなかった。けれど、そんな彼女がちょっとだけ可愛く思えたりするから不思議だ。
「それで話の続きじゃが、方法としては意識して眉間にちょっと力を込めるだけじゃ。どうじゃ、簡単じゃろ。もっとも完璧に防げるというわけではないのじゃが、大半は読まれ難くなるとのことらしい。迷信ぽく聞こえるやもしれんが、わらわもたまに実践して読まれておらぬようじゃから、強ち嘘とは思えん」
いまいち良くわからず、どういうことなのかと根拠を求めれば……
「諸説あるらしいのじゃが、クレハ星人の能力は対象相手の脳から発する微弱電流を肌で感じることによって、対象者が考えていることをイメージとしてキャッチするらしいぞ。多少の誤差はあれど、思い込みや信念が強ければ強いほど、正確に相手の考えを感じ取ることができると聞いておる。それにクレハ星人というのは他の何かに気を取られたり、ひとつの物事に集中してたりすると、持ち前の読心能力も空っきしになると言われておるそうじゃ」
てっきり超能力的なテレパシーの類いだと思っていたが、どうやらそうではなく、不完全な読心術のようだ。
「まぁ、そう思われてもおかしくはないな。効果のほどはともかく、実践してみると良い。うまくいけばクレアに翻弄されることもなくなるじゃろう」
「ふーん。試してみる価値はありそうだね」
「まぁ、おぬしにぞっこんなクレアのことじゃ。目の前で露骨にやり続けてしまうと、機嫌を損ねかねんから、ほどほどにのぉ」
人知れぬ便利な能力を持ち備え、またそれを阻害されるようなことをされれば不機嫌にもなるだろう。と、そこでトオルはあることに気付き、入力作業を続ける保子莉に声をかけた。
「あのぉ、保子莉さん?」
「配分バランスはこんなもんじゃろ。あとはどれだけの期間、注入するかが問題なのじゃが……。ん? 何じゃ?」
「家にいるのに、なぜ猫耳を出してないの? 別に誰かに見られるわけじゃないのに」
素朴な質問のつもりだった。だがしかし、その一言が彼女から笑顔を奪ってしまった。
「み、耳はあまり出したくないのじゃ……」
目を伏せて口籠もる保子莉に、なおも訊ねてみた。
「あんなに素敵な耳を持っているのにどうして?」
「……おぬし、まさかと思うが、本気でそんなことを言っておるのか?」
まるで親の仇でも見るような表情だった。
「うん。バスケの時の保子莉さん、すごく可愛いと思ったよ」
刹那、彼女は噛みつくように激昂した。
「ふざけるなっ! この耳のどこが可愛いのじゃ! 醜き者への同情か? それとも哀れみか?」
耳を貫くような怒声。怒らせるようなことを言ってないはずなのに、なぜ彼女はこんなにも怒っているのだろうか。
「な、なんで僕が同情しなければならないのか、理由がさっぱり分からないのだけど?」
すると彼女は、肩を振るわせながらうつむいた。
「ならば……もう一度、おぬしに見せてやるわい。それでも同じことが言えるかどうか、その目でしかと確かめるが良い」
保子莉は怒りをにじませたまま尻尾と猫耳を晒すと、恥を堪え忍ぶようにトオルに向き合った。
「どうじゃ! この醜き耳をその両眼で良く見てみよっ! これでも、おぬしはこの耳を可愛いと申すのかっ! こんなみすぼらしい奇形な耳を可愛いと申すかっ!」
肩を怒らせながら頭を突き出す猫娘。心なしか震えているのは、やはり自身が気にしているコンプレックスによるものなのか。
「なにが変なの? 僕は充分かわいいと思うけど」
「……そんなはずはない」
Tシャツの裾をギュッと握りしめて首を横に振り、頑なまでに否定する猫娘。その嫌悪振りからして、もしかしたらもう二度と彼女は猫耳を見せてくれないかもしれない。だったら……
「ねぇ、保子莉さん。お願いがあるんだけど……もしイヤじゃなければ、その猫耳……触ってもいいかな?」
もし拒絶されたら、その時は潔く諦めよう。これ以上、彼女の自尊心を傷つけたくはない。と思った矢先、保子莉の口から予想外の返事がこぼれた。
「……勝手にせい」
自棄になっているのかどうかはわからなかった。それでも彼女の機嫌をうかがい、噛みつかれるのを覚悟しながら、そっと猫耳に触れてみる。毛並みの整った左耳と、ちょっと折れ曲がった右耳。作り物とは違うその両耳には、血の通う温もりがあった。
「どうじゃ。変な耳じゃろ」
笑いたければ笑え。と自嘲する猫娘に、トオルは正直な感想を述べた。
「保子莉さんの猫耳……僕は好きだよ」
すると彼女の肩が小刻みに震えた。
「…………おぬしと爺だけじゃ」
それはとっても、か細く弱々しい声だった。
「この世に生を受けてから、わらわの耳を可愛いと褒めてくれたのは、おぬしと爺だけじゃ」
彼女の紡ぐ言葉に、トオルは黙って耳を傾けた。
「幼少の頃から矯正や遺伝子治療をしても治らないこの醜き耳を、親族らが奇異の目で見ておった。わらわだって……わらわだって、好きでこんな耳になりたかったわけじゃないのに」
嗚咽混じりの告白を聞いて、猫耳を撫でていたトオルの手が止まる。
「それでも爺だけは、いつも可愛い耳だと誉めてくれたのじゃ。わらわは……それだけで満足じゃった。でも……」
「でも?」
「でも……おぬしも、わらわのこの耳を可愛いと言ってくれた。その言葉を……おぬしの言葉を、わらわは信じて良いのか?」
見れば、猫の瞳が弱々しく揺れていた。そんな彼女を安心させるため、トオルは優しく頷いてみせた。
「もちろんだよ。僕が嘘をつけるほど起用じゃないのを知ってるでしょ」
「……そうじゃったな」
自身が抱える悩みを隠し続けてきた彼女。それが今、溜飲が下がったような表情をしていた。
「あれ、変じゃのぉ? トオルに褒めてもらった途端、なんだか泣けてきたぞ」
猫眼からポロポロと零れ落ちる涙。彼女はグスグスと鼻を啜りながらTシャツの袖でもって涙を拭う。
「素直になって、いいと思うよ」
すると保子莉は驚いた表情をして、トオルの顔を見上げた。
「おぬしに泣かされるとは……思いもよらなかったわい……」
そう言って彼女はトオルの胸に顔を埋め、声を押しつぶして泣いた。幼少の頃から抱えていたコンプレックス。よほど辛い思いをしてきたのだろう。と猫娘の頭を優しく撫でてあげた。それで彼女の心が軽くなり、安らぎを得ることができるならば、涙でシャツがずぶ濡れになってもかまわなかった。
だが、それだけでは終わらなかった。
「……トオル」
顔を上げた保子莉は涙を拭うと、おもむろにトオルの首に両腕を回し、体を引き寄せた。それがなにを意味し、なにを求めているのか訊くまでもなかった。トオルは誘われるように、両手でもって彼女の細い腰を抱き寄せた。切なさと愛おしさが胸の中で交錯し、体全体が熱を帯びる。義体から伝わる早鐘のような鼓動を耳にしながら、再生体のことも忘れ、すべての意識を相手に注ぎ込んだ。
「保子莉……さ……ん」
お互いの鼻先が触れ、相手の息遣いが肌を撫でた。そして唇が重なろうとした瞬間……
突如、電子音が鳴り響き、同時に医療機器に設置されていた卓上立体通信モニターに1/8サイズのクレアが浮き上がった。
「お嬢さまぁ、トオルさまぁ。そろそろご飯にしません……か……?」
脈絡もなく出現した立体ホログラムの幼女に、慌てて離れるトオルと保子莉だったが、時すでに遅く……
「ぬぁにぃを、してるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
通信モニターから身を乗り出して荒れ狂う幼女。よりにもよってまずいところを見られたと、トオルが顔を真っ赤にしてそっぽを向いていると、猫娘が尻尾を膨らませて卓上クレアに噛みついた。
「ななっ、な、なにをしようが、わらわの勝手じゃろぉぉ!」
逆ギレする保子莉に、人形サイズのクレアもキーッと唸り声を上げた。
「お嬢さまぁ、さてはぁ開き直ってますねぇ? 完璧に開き直ってますねぇぇ!」
「やかましい! そもそも何もしとらんわ! クレアこそ、何をそんなに目くじらを立てて怒っておるのじゃ!」
居直る保子莉に、ホログラムクレアが一瞬だけ押し黙り……
「本当にぃ何もいたしてないんでしょうねぇ?」
疑惑度200%の眼差しを向ける幼女に、彼女も負けまいと言葉で押し返す。
「しようとしただけじゃから、安心せい!」
否定するだけでいいものを、なぜ未遂を主張するのだろうか。
「本当でしょうねぇ? そうなんですかぁ、トオルさまぁ?」
ホログラムモニターから身を乗り出して、事の真相を追求するクレア。返答次第では、間違いなく修羅場と化すだろう。
「し、しし、してないよ」
火照った顔で否定するトオルを睨みつけるクレアだったが……
「分かりましたですぅ。今回はぁトオルさまを信じることにいたしますですぅ。もっともぉ次にぃこんなことがあったらぁ、ぜぇーたいにぃ許しませんですからねぇ」
責められる言われもないのだが、とりあえずここは素直に従っておくのが賢明だろう。
「とにかくぅ、ご飯が冷めてしまわないうちにぃ早く地球に降りてきてくださいなぁ」
「了解じゃ」と、ふんぞり返って通信を切る猫娘。そして……
「そう言うことじゃから、トオルよ、サッサと地球に戻るぞ」
普段となんら変わらない態度。さっきまでの泣き顔が、まるで嘘のように消えていた。
――まさか、嘘泣き……ってことはないよね?
そんな腑に落ちない猜疑心を引きずりながら保子莉と共に施術室を出るトオル。
同時に、培養カプセルの中の肉体がわずかに蠢いた。
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