第二章 長二郎VS黒猫 1
宇宙人から衝撃的な事実を告げられた翌朝。
いつものように居間で朝食を取りながら大きなあくびをしていると、経済新聞を読んでいた父親にたしなめられた。
「ずいぶん眠そうだな?」
「うん。ちょっと寝付けなくって」
保子莉たちが帰ったあとのこと。
いざ寝る段階になってから、義体の潜在能力が気になって深夜まで変身を試していたのだ。……が、どんなに念じても昼間のような変化はなく、結果として寝不足となってしまったのだ。
――くだらないことはやめて、今日は早く寝よう
今夜の就寝に向けて気持ちを整えていると、唐突にインターフォンが鳴った。早朝の訪問の大抵はご近所の用件であり、それを見越して母親が応対に出たのだが……
「おはようございます。トオルくんを迎えに来ました」
インターフォン越しから聞こえてきた名指しの挨拶に、啜っていた味噌汁を吹き出しそうになった。まさかと思ってモニタ画面を注視すれば、昨日知り合ったばかりの時雨保子莉が映っていた。
「あら、もしかしてトオルのカノジョ?」
息子の恋人と決めつける母親の興味に、寝ぼけていた思考回路がフル回転した。詮索上手な母親相手では、彼女の秘密を隠し通せる自信がなかったからだ。
「ごちそうさま! 行ってきます!」
急いで食事を済ませて家を飛び出すと、玄関先に立つ保子莉の手を握り、逃げるように走り去った。
「いきなり迎えに来るから、びっくりしたよ」
自宅が見えなくなったところで手を離し、訪問理由を訊ねてみれば……
「おぬしの携帯に電話をかけても出なかったのでな、直接出向いたまでなのじゃがのぉ」
保子莉に言われ、トオルはズボンのポケットに入れっぱなしだったスマートフォンを確認し、肩を落とした。
――水没して壊れていたのを忘れてた
しかし、なぜ彼女は自分の電話番号を知っていたのだろうか。昨日の今日で、教えた覚えはないのだが。すると保子莉が得意げに鼻先を持ち上げる。
「地球使用の通信機器など、宇宙規模からすればおもちゃの無線機同様じゃ。地球人がどんなに強固なセキュリティシステムをこさえようと、ちょちょいとハッキングしてやれば丸裸も同然じゃ」
その筒抜け同然の個人情報漏洩に、地球文明のレベルの低さを思い知った。
「それよりもスマホ、どうしようかなぁ……」
春の高校入学に合わせて、新しく買い換えた携帯電話。保険の修理プランに加入しているとはいえ、修理代がどのくらいの金額になるのか見当もつかなかった。しかも直すとなると、隣町の携帯ショップまで出向かなければならないのだ。そんな面倒な段取りを考えながら途方に暮れていると、保子莉が鼻で笑った。
「修理ならクレアに直してもらえば良かろう。元はといえば、クレアが溺れたことが原因で壊れた携帯じゃからな、遠慮など無用じゃ。もっともクレアの職業柄、その手の損害賠償に対して断れん」
「でも地球の携帯電話だよ。直せるのかな?」
「宇宙人のオーバーテクノロジーを見くびるでないぞ。先日、大破したおぬしの自転車を直したであろう。ようはそれと一緒じゃ。データを抜き取り、本体を特殊な機械で原子レベルまで分解し、不純物を取り除いて復元するだけじゃからのぉ。朝一でクレアに預ければ、昼前には新品同様になって戻ってくるはずじゃ」
簡単に言ってのける保子莉に、トオルは宇宙技術の凄さをあらためて思い知らされた……が、肝心の副担任が見当たらない。
「ところでクレア……いや、呉羽先生は一緒じゃないの?」
同じ宇宙人同士、仲良く登校するものだと思っていたのだが。
「クレアなら、とっくに学校へ行ってしまったぞ。その点、わらわは生徒じゃからな。クレアと一緒に行っても暇を持て余すのが関の山じゃ」
宇宙人とは言え、仮にも臨時の副担任だ。それだけに生徒と同じ時間に、登校しては意味がないのだろう。
「それにわらわも、電車通学とやらを体験してみたかったので、エスコート役として、おぬしを誘ったのじゃ」
普段から宇宙船に乗って恒星間航行をしている宇宙人。それが、なんでまた面倒な電車に揺られて通学したいのか、まったく理解ができなかった。
「あれ? じゃあ昨日はどうやって学校に行ったの?」
「あんまり教えたくはないのじゃが、ある方法で自宅と学校を空間接続しておる。ほれ、この星でも青い猫型ロボットが、そのような扉を出すマンガがあるじゃろ。原理は違えど、アレと同じことをしたまでじゃ」
当たり前のように国民的支持率の高いマンガを例に挙げる保子莉。一概に信じられないことだが、先日の様々なことを考えると、彼女の言っていることは本当なのだろう。
「ちなみに、その装置は学校のどこに繋がっているの? そんな便利なものがあるなら、遅刻しそうになったときに使わせてよ」
そうすれば時間に追われることもなく、のんびり朝のひとときを過ごせるだろう。
「学校の廃校舎に繋がるよう設定しておるが、それは教えんし、使わせん。そもそも地球外の文明機器で楽をしてどうする? 第一、おぬしのためにならん」
青い猫型ロボットが言いそうな道理を持ち出す保子莉。正直、耳が痛くなりそうなお説教が続きそうな気がした。
「そういえば、呉羽先生って、なんで大人や子供の姿に変身できるの?」
話をはぐらかすように別の話題を振ると、彼女の関心はトオルの思惑通りにそれた。
「詳しくは知らんが、一説によればクレハ星人は出産において、三人以上の子供を産むらしく、妊娠すると胎児の成長に合わせて母胎も徐々に体力のある大きい体に変幻(フォームチェンジ)すると聞いておる。まぁ、もっとも現在においては、あの端末から発せられる光線によって、ホルモンバランスの促進を自由に変えられるのじゃから、あのような変幻の意味はあまり果たしておらんと言えるじゃろ。それと、これは俗説なのじゃが、あの加減を知らぬ腕力は子育てをするために、備わったとも言われておるそうじゃ」
地球人の常識が当てはまらないクレハ星人特有の進化論に、トオルは宇宙の神秘を垣間見たような気がした。そうなると当然、隣で歩く彼女にも興味がわくのだが。
「もしかして……し、時雨さんもフォームチェンジとかできるの?」
単なる思いつきで口走った問いかけ。地球人と宇宙人の間柄だ。そう簡単に教えてくれるはずもなく、馬鹿げた質問だと思った。しかし……
「かしこまらず、名前で呼んでもらってかまわんぞ。そのほうが、わらわとしても肩がこらんし、助かる」
わずかに曇る彼女の表情。理由はわからないが、どうやら苗字に抵抗があるらしい。
「まぁ。クレアのように、これといった目に見えるフォームチェンジはせんがのぉ」
「じゃあ、しぐ……じゃなくって、保子莉さんもフォームチェンジをすると、かわいくなるの?」
考えなしで発した一言に、目の前の琥珀色の瞳が右往左往した。
「と、当然じゃ。わ、わらわはフォームチェンジしても、カワイイに決まっておる!」
眉をつり上げ、挙動不審になる保子莉。その狼狽えぶりが、なんだか、とても可愛く見えた。
「ちなみに、どんなふうになるの?」
「あ、いや、そのぉ……猫耳としっぽが生えて……
「ねこみみ? もしかして保子莉さんて、猫の宇宙人だったの?」
もし、それが本当ならばサブカルチャー好きな長二郎が大歓喜することだろう。だが、保子莉本人は不服とばかりにムッとした。
「言わずもがな猫族宇宙人じゃ。だから、なんじゃ。第一、わらわがなににフォームチェンジしようと、地球人のおぬしには関係なかろう!」
強い口調から察するに、もしかして自分の容姿にコンプレックスを抱えているのだろうか。もし、そうだとすれば悪いことを聞いてしまったようだ。
「ごめん。そうだよね、僕が知る必要はないよね。そ、そうだ。荷物重いでしょ。もし良かったら、持ってあげようか?」
彼女の不機嫌を和らげようと、その場しのぎの思いつきで取りつくるトオルだったが……
「なぜ、おぬしにわらわの荷物を持たせねばならんのじゃ? さては体が小さいことをバカにしておるのか?」
真新しいスクールバッグの肩がけを握りしめて射すくめる保子莉。確かに身長は低いけど、馬鹿にするほど小さくないし、むしろ女子なら普通のはずなのだが。
「そういう意味じゃなくって、地球の生活に慣れていないかと思ってであって、決してバカになんかしてないよ」
とトオルが慌てて否定すると、保子莉が「情けない」と吐息を漏らした。
「おぬし、そんな生き方をして疲れはせんのか?」
彼女の意図がわからず、首をかしげていると……
「しかも自覚がないときたか」と保子莉が足を止めた。
「すっかり卑屈精神がこびりついておるようじゃが……おぬしは人の顔色ばかりうかがいながら、これまで生きてきたのか?」
内兜を見透かすように、心の虚を突かれた気がした。言われてみれば、いつもそうやって場をしのいできたからだ。かと言って、そんな弱腰な性格も認めたくはない。
「べ、別に顔色なんか……見てないよ」
「そうかのぉ。少なくとも、わらわにはそう感じ取れるのじゃがのぉ。しかし、こう言ってはなんじゃが、良くそれで今日まで生きてこれたものじゃのぉ。そんな調子でほかの惑星に行った日には、極悪宇宙人の餌食になって、とうの昔に命を落としておるぞ」
そう言って、保子莉は見るに忍びなさそうに嘆息し、一考する。
「良し、これも何かの縁じゃ。わらわがその女々しい精神を鍛え直してやるわい」
いきなり根性論のようなことを言いだす彼女に、トオルは訝しんだ。もともとの性格を直せるくらいなら苦労はしない。とは言え、少しでも改善できるのならば、従ってみるのもひとつの手だろう。
「でも、本当に直るかな?」
すると彼女は白魚のような人差し指をトオルの胸に突き立てた。
「直るとかではなく、おぬし自身が変えるのじゃ。ゆえに、わらわは単にそのきっかけを与えるに過ぎぬ」
思いがけない申し出だった。自分の消極的な性格を見抜き、その欠点をいい方向へと導いてくれるというのだから、願ってもないチャンスだ。もし、これで意識改革ができるのであれば、あこがれの深月に対し、相応しい男になれるはず。
「わかったよ。少しでも自分を変えられるんだったら、僕も頑張るよ」
握り拳を作って奮起するトオルに、保子莉も「うむ」とうなずいた。
「わらわに任せておけば、誰もが認める立派な男になれることを約束してやろう」
胸を張って啖呵を切る保子莉に、トオルは意識改革の可能性に胸を躍らせ、彼女とともに駅へと向かった。
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