第16話
引退配信当日。
ツイッターには、別れを惜しむ人が大勢いた。あんな騒動になっても、こうして悲しんでくれる人がいる。それを今の彼女は知っているのだろうか。
手のひらに汗がにじむ。今になって緊張してきた。けれど、俺は勝たなきゃいけない。たとえ自分勝手でも、俺が引き起こした火種だ。その責任は、俺が取らなきゃいけない。
そんなことを考えていると、配信の待機画面がパッと切り替わった。配信が始まったのだ。
藤野さんの話によれば、今日はスタジオで配信をしているはずだ。メンタル面も心配だからと、藤野さんがバックについているはずだし、立川に悟られないように割りこむことはそう難しくない。だが、ここで焦って突っこむわけにはいかない。タイミングを見極めろ。
いざ始まってみると、コメント欄は立川に対する擁護と非難で混乱を極めていた。それのせいか、立川は少しくぐもった声で事の経緯をつらつらと語っている。あかりちゃんというモデルを通しても、その表情が曇っているのだろうと容易に想像ができた。
『こんなにも騒がせてしまって……本当に配信者として失格だと思います』
ライバー間でよく使っている通話アプリを立ち上げる。ここが絶好のチャンス。立ち上がったことを確認すると、俺は間髪入れずにボイスチャンネルへと入りこんだ。
「そんなわけない!」
『ひゃっ!』
突然、自分以外の声が聞こえてきたからだろう。立川はひどく驚いた声を上げた。
ここからが本番だ。今回は立川だけではない。多くの視聴者も観ている。もうミスは許されない。
「あかりちゃんが頑張ってることなんてみんな知ってることだろう!」
『一君……』
サプライズで現れた俺に、コメント欄は異様な盛り上がりを見せた。
騒動の渦中にいる二人がこうして対面したんだ。こうなることも想定済み。
「まず、この度は本当に多くの方にご心配、ご迷惑をおかけしたことをお詫びさせてください」
非難する人たちの声を一旦鎮める。これが最初の工程だ。
感情的になっている人たちもいるだろう。彼らをこれ以上刺激するわけにはいかない。正直ここが最大の難所といってもいい。
「そして、今回の騒動の責任はすべて僕にあります」
こうしてかばうことも、本当は悪手なのだろう。でも、それがどうした。
どうせやめるかどうかの瀬戸際に立たされているんだ。今更そんなことを気にしている余裕はない。
「僕が配信外で彼女を傷つける発言をしてしまったのがいけないんです。彼女の努力を認めずに、才能があるなんて一言で片づけてしまって……本当に申し訳ないと思っています」
『え、マジ?』、『あの一君が?』。批判の矛先がうまい具合に俺のほうに向いてくる。第一工程の半分はクリアといったところだろう。あとはもう一つの問題。
「そして、以前から知り合いだったのではないかという件ですが、これは事実です」
隠さないほうがいい。それが俺と藤野さんの答えだった。ここも誤魔化してしまうと、さらなる炎上につながりかねない。立川が話した部分については、素直に認めるほうが結果としていいだろう。
「ですが、噂となっているような交際していたという事実はございません」
ここだけを隠すことができればいい。だが、俺たちがどう弁解したところで、疑いが完全に晴れるとも思っていない。それで晴れるのなら、最初からこうはなっていないだろうし。
「事務所、および僕たちが述べた発言がすべてになります。それ以外の新しい情報は、すべてデマだと思ってくれてもかまいません」
強気に出る。こうでも言っておかないと、いくらでも偽造される恐れがあるからだ。
やりきれたとは言えないが、第一工程は終了。
ここから彼女を救い出す。
「そして、もう一つ。僕から皆さんにご提案したいことがございます」
コメント欄が何事かと一気にざわつきだす。
深呼吸をして、俺は本題に入る。
「このまま彼女を引退させていいんでしょうか?」
『え……』
かすかにそんな声が聞こえた。
その反応は立川だけではない。視聴者だって一緒だ。そりゃそうだ。なんせこの枠は引退配信なのだ。これで引退しようとする配信者を、その場で引き止めるなんて前代未聞だろう。少なくとも俺は聞いたことがない。
「考えてみてください。彼女が何か悪いことをしましたか? 悪いことをしたのならそれは僕です。何もしていないあかりちゃんが、このまま引退していって。それで皆さんは後悔しませんか」
コメントの流れがさらに早くなる。否定的な意見はあまり見かけない。外堀を埋めることには成功したようだ。
「だからあかりちゃん! 本当に引退したいなら僕に勝ってから辞めるんだ!」
少し強引な気もするが、舞台は整った。取りこぼさないようにコメント欄には極力目を通すようにはしているが、さっきまでの批判的な意見は確実に減ってきている。それに『うおおおおお!』、『これは胸熱展開』みたいなコメントの嵐も相まって、完全に目立たなくなってしまっていた。
その中で『じゃあお前が辞めるの?』なんてコメントを見つけた。正直ありがとうと言いたい。今から言うところだったんだ。
「もし、僕が勝ったらあかりちゃんは引退せずに活動を続ける。その代わり、責任を持って僕は引退する!」
『そんな!』
立川は動揺しているようだったが、それに反して視聴者たちは最高潮の盛り上がりを見せていた。これでいい。あとは彼女に楽しさを思い出してもらうだけだ。
『ちょっと待ってよ。いきなり言われても……』
「でも、視聴者のみんなは観たいようだけど?」
少しあおってみる。いつもならこれで問題ないが、はたして今の心情でノってくれるだろうか。
『わ、わかった。やる』
「よし、決まり! 準備するんで少しお待ちください!」
そう言って、再び待機画面を表示させてもらう。藤野さんには説明しているので、ゲームはすでに起動している。これで少しだけ話す時間ができた。
配信にのらないよう、配信ソフトのマイク設定をオフにする。
「ごめんな、こんなことにしちまって」
『本当にどういうつもり!? あんたが辞める必要なんて……』
叫んだ立川の声は震えていた。あそこで切ってちょうどよかったのかもしれない。
すぐ近くに藤野さんが控えているとはいえ、顔を見れないとやっぱり不安になる。
「そう思うならあかりちゃん。君が勝てばいい。だろ?」
返事はこなかった。でもそれでいい。
結局それで通話を切ると、俺たちは再び配信の舞台へと戻っていく。
「お待たせしました!」
再開すると、まだ多くの視聴者が残っていた。というよりか増えてないかこれ。
さっきの興奮も冷めやらぬ中、引退をかけた勝負が始まる。
「えー、おさらいがてらルールを説明します。勝負は二本先取。持ち残機は互いに三。キャラの縛りは無しで一戦ごとに変更もありです」
前のコラボ配信と同じルールだ。でもあのときとはまるで違う。
背負っているものがあまりにも大きすぎる。
「そして、あかりちゃんが勝てば晴れて引退。俺が勝てば、あかりちゃんは活動再開。そして俺が引退します」
自分で決めたくせに、いざ始めるとなるとまた緊張で手が震えてきた。落ち着け。別に勝敗の結果はどうでもいいんだ。
ルールの説明も終わり、キャラ選択に入る。特に迷うことなく自分の持ちキャラを選び終えると、早速画面が暗転した。試合が始まる合図だ。前の配信のときには立川は性能重視で戦っていたが、今回も同じ手で来るのだろうか。使用キャラが表示される。彼女のキャラを見たとき、俺は思わず目を疑った。
「ソケット!?」
ソケット。正直強いキャラとはお世辞にも言えない。遠距離攻撃があるわけでもなく、攻撃のための装置をあらかじめ設置しなければ十全に扱うことができない。それに、いざ設置しても、他のキャラクターよりも強い攻撃ができるわけではない。その扱いづらさから、このゲームの最弱キャラ候補と言われるくらいなのだ。いくら立川が強いといっても、そんなキャラで勝てるとは到底思えない。見ている視聴者も同じことを思っているようで、『わざと負けるつもりなの?』とか言いたい放題だった。
試合が始まる。予想通り、俺が一方的に攻めこむ展開になった。
「わざと負けないでよ!」
『当たり前!』
口ではそういうものの、立川が攻撃を仕掛ける気配がない。あっという間に、立川は一機目を失ってしまった。
『……よし』
確かにそう聞こえた。もしかしてこいつ、わざと一機目を?
考える間もなく、上空からソケットがフィールドに戻ってくる。そしてすぐに異変に気付いた。いくら攻撃を仕掛けても当たる気配がないのだ。さっきまでとは、まるで動きが違う。やっぱり、一機目は俺の動きをみるためにあえて捨てたのだろう。正直、立川にこんな戦い方ができるなんて思ってもみなかった。そうこうしているうちに、どんどんと追い込まれていく。そしてついに俺も一機目を失った。
「強い……!」
白熱した試合展開に、さっきまで馬鹿にしていたようなコメント欄も沸き立つ。気が付くと、同時視聴者数は五万人を超えていた。こんなに来られちゃ余計に負けられない。
二機目。復帰後のわずかばかりの無敵時間を利用して、一気に攻め込む。一発当てることができればそれでいい。運よく、軽いパンチが当たる。畳みかけるように、強力な打撃を浴びせ続ける。しかし
『ごめんね』
立川がそう言った直後。俺のキャラクターが行動不能になった。勢いに乗っていたコンボが途切れる。何が起こったのか理解できないが、おそらく設置技に引っかかったのだろう。とにかく一度距離を取らないとまずい。復帰を早めるために、ボタンを連打していたが遅かった。連撃から解放されたソケットの必殺技が直撃する。そこから復帰できればよかったが、ダメ押しとばかりに吹っ飛ばし攻撃を食らってしまう。場外に押し出され、立て続けに二機目を失ってしまった。
そして、そのまま気圧された俺は特に見せ場もなく三機目も奪われてしまう。これで立川の一勝。まさかソケットに負けるとは思っていなかった。それも持ちキャラを使ったうえで負けたのだ。ショックはかなり大きい。だがそれ以上に、ここまでソケットを使いこなせる立川への驚きが強かった。
まさかの大番狂わせに、俺含めすべての視聴者が彼女に魅入る。だが、魅入ったままでいいわけではない。こんな強さがあるなら、なおさら辞めさせるわけにはいかないんだ。
すぐに二戦目が始まる。ここで負ければ立川は引退してしまう。そうはさせない。
おそらくだが、ソケットは立川の持ちキャラだ。だとすれば決着をつけるためにもう一度使う可能性も高い。彼女には悪いが、ソケットと相性のいいキャラを選ばせてもらう。またしてもすぐに対戦は始まった。
『それは卑怯でしょ』
互いのキャラクターが明らかになり、立川が叫んだ。予想通り、二戦目もソケットだ。これなら勝てる。開幕から遠距離での弾幕を浴びせると、見事にフルヒット。行動不能状態になったところを一気に攻め込む。さっきとはまるで真逆だ。一機目を奪うと、俺はリスポーン位置から距離をとる。卑怯な戦い方ではあるが、立川を連れ戻すには少しでも勝率の高い戦法を取るしかない。そして復帰した立川に、またしても弾幕を浴びせる。数発ヒットしたのを確認すると、すかさず懐に飛び込んだ。必殺技のゲージはすでにたまっている。あとはこの距離から撃てば。
「こっちこそ、ごめんな」
案の定、ソケットは場外に飛ばされていった。確実に流れをこっちに引き戻した。
そのまま圧勝。これで最終戦に持ち込んだ。これですべてが決まる。そう思うと、何を使えばいいかわからなくなってきた。今、俺は彼女を楽しませることができているのだろうか。そういうキャラを選べばいいのだろうが、あいにくとトリッキーなキャラは使えない。
しばらく迷ったのち、ようやっとキャラを選択する。主人公ポジションのレンだ。シンプルなキャラだが、言い換えれば癖もなく扱いやすい。コンボをうまくつなげれば、相手に何もさせずに倒すこともできる。実力に左右されるキャラだが、使い慣れている。立川が何を使ってきても、対応することはできるはずだ。
最終戦。互いのキャラが明らかになる。そこには二人のレンが映し出されていた。『こんなことあるのかw』と、偶然ではあるが盛り上げることができた。結果オーライと言っていいだろう。
試合が始まっても、互いに即座に動かない。それもそのはずだ。レンは肉弾戦を得意としているが、カウンター攻撃も持っている。下手に攻撃を仕掛けて、カウンターから攻め込まれるなんて、このキャラの基本的な戦術だ。それを立川も理解しているのだろう。
互いに一歩も動かないまま、時間だけが過ぎていく。制限時間は設けていないから、このままではいつまで経っても決着がつくことはない。コメント欄も、次第にイラつきを見せる。動画的には映えないとわかってはいながら、この状況を打破するための戦術を見つけることができない。
そうこうしているうちに、試合開始から二分が過ぎた。そろそろ、無理にでも動かないとまずいか。そう思ったとき、立川のほうから攻め込んできた。すかさずカウンターを入力するが、立川は攻撃をジャンプで中断する。やられた。通常攻撃なら中断させることができるが、カウンター技はゲームの仕様上中断させることができない。このまま攻められれば、カウンターが解け直撃する。考えろ。思考を止めるな。
予想通り、立川は再び突っ込んできた。カウンターが解ける。その瞬間、俺は守りの姿勢を取った。間に合うかどうかわからないが、やらないよりはマシだ。
『もらった!』
結果は失敗。彼女の直撃を浴びる。そこからはまた連撃の嵐だった。こうなってしまえば、立川がコンボミスをするまで何もできない。だが、考えることはできる。最悪勝てなくてもいいんだ。何か……。
『よっし!』
掴まれ殴られ、さらに膝蹴り。それを繰り返され、とどめのアッパー。即死コンボを浴びて、一機目を失う。だが、これでいいのかもしれない。言葉だけだから推測でしかないが、楽しんでいるように感じられる。このまま対戦を続ければ、目的は達成できるかもしれない。
それなら、考えるのはやめよう。俺が楽しんでいないのに、立川を楽しませることなんてできるはずがない。そう思うと、気持ちが急に軽くなった。
二機目。また無敵時間を利用して突っ込む。カウンターも、ギリギリ効かない時間だ。勝算はある。飛び攻撃が決まる。ここからのコンボは得意だ。隙を与えないように、一気に畳みかける。
「あかりちゃん、もらうよ!」
『だー、もう!』
追いついた。仕様にやられたからか、立川は非常に悔しがっている。
『お返し!』
立川は仕返しと言わんばかりに突っ込んできた。しかもご丁寧に俺がやった飛び攻撃。だが、それは対処できる。限界までステージの端に移動してから、カウンターの態勢を取る。それでも通じると思ったのか、立川は勢いを止めぬまま、俺に向かってくる。
『うっそ!』
「ここは大丈夫なんだよ!」
『それは反則だって』
見事に術中にハマったようで、俺の反撃が始まった。しかし、それも長くは続かない。
「あっ!」
汗で手からコントローラーが滑り落ちる。まずい。慌てて拾いに行ったが、時すでに遅し。抗うこともできず、ステージ外へと落ちていく。
『気、抜きすぎじゃない?』
あざ笑うように立川は言った。ご丁寧に煽りポーズまでしている。
そして最後のストック。もう勝敗は考えていなかった。全力で突っ込む。だが、俺の立ち回りを見て学んだようで、立川も同じようにステージ際まで移動する。
『もらったぁ!』
俺が下がった様子を見て、一気に突っ込んでくる。無敵時間も切れ、直撃を受ける。立川がコンボをミスしないことなんてさっきので分かっている。勝負はすでに決していた。
試合終了。立川の勝利。これで彼女の引退が決まってしまった。だがコメント欄は、それどころではなかった。『すげえええええ!』、『これは名試合だった』。賞賛の嵐だった。
『これで、終わりか……』
彼女もコメントを見ているだろう。寂しそうに、立川は言った。
とりあえず動画だけは締めなければならない。駆け足ではあるが、締めのあいさつに入る。
「あかりちゃんはここで終わらせる気はありません! また何かあればツイッターで報告します」
俺が締める形になってしまったが、まぁいいだろう。駆け足で動画を終わらせると、俺は全速力で事務所へと向かった。
◆◆◆
「お疲れ様です!」
汗をぬぐい、スタジオへ入る。中には、まだ立川と藤野さんがいた。
「お疲れー、早かったね」
「急いできたんで……」
近くの椅子に腰かけると、立川を見た。
この前見たときとは違い、心なしか目が輝いているように見える。
「……とりあえず、お疲れさん」
「ありがと……」
複雑そうな表情で立川は言った。その様子を確認すると、藤野さんは目立たないように部屋の外へと出た。
気まずい空気が部屋を包む。どう切り出そうか迷っていると、立川のほうから話を切り出してきた。
「あんた、無茶しすぎでしょ。勝ってたらどうする気だったの?」
「ホントに辞めてたよ。それでお前が復帰できるなら」
「そんなに復帰してほしいの?」
困ったような顔で言う。俺がこんなことをするなんて知りもしなかったんだ。そりゃそうなるか。彼女だって本当に辞めようとしていたんだ。
「当たり前だろ。俺なんかより立川のほうが面白いんだし」
「……それは言い過ぎでしょ」
弱々しく立川はつぶやいた。
「さっきの配信、楽しかったか?」
「それは……うん」
「そうか」
無理に詰め寄るのもよくないだろうと、軽い返事だけで話を切る。備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを一杯作る。ちびちびと飲みながら、タイミングを待ちかねた。
「配信、ホントに辞めるのか?」
黙りこくったまま、立川は顔をうつ向かせる。
しばらく足をもじもじさせていたが、ゆっくりと口を開いた。
「辞める……」
「それが本心なのか?」
「そう」
「本当に?」
「本当だって!」
強い口調で彼女は言った。でも、それが本心ではないことなどとうにわかっている。
こうなったら、最終兵器を使うしかない。
「……ほら、お前のことを待っている人たちだ」
『あかりちゃん』で検索をかけたツイッターの画面を見せる。そこは、彼女の復帰を望む多くのリスナーのつぶやきが埋め尽くしていた。
おそらく騒動後初めて見たのだろう。立川は驚いた表情でそれを見ていた。
「うそ……」
「あんなことがあっても待ってくれている人たちはこんなにいる。お前がまだ少しでも楽しいって思えてるなら、復帰しても大丈夫なんじゃないか?」
「でも、もう……」
「手遅れじゃない」
彼女の手を握る。かすかに震えるその手は、今にも壊れそうなほど繊細だ。眼も潤み、いつ泣き出してもおかしくはない。
無理をすることも、ここが限界だろう。
「今は俺たちがいるだろ! 一人で抱えなくていい。辛いならその辛さだって一緒に抱えてやるから! また一からやり直そう」
「るい……」
名前で呼ばれるのも中学以来か。感慨深いものがあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「ねぇ、一つだけ聞かせて」
「なんだ」
手が離れる。大きく深呼吸をすると、立川はかみしめるように言った。
「私のこと、今でも好き?」
「あぁ、好きだよ」
二度目の告白、と言っていいのだろうか。そういえば恥ずかしがって、付き合ってるときも言ってあげなかったもんな。
「……少しだけ考えさせて」
「……わかった」
はにかむように笑って、立川はふらふらとスタジオを出て行った。
それと入れ替わるように藤野さんが入ってくる。ずっと外で待ってくれていたのだろうか。
「どうだった!?」
「えぇ、大丈夫ですよ。きっと」
最後の笑顔。あれが彼女の本心だ。なら、信じて待とう。それで本当にやめてしまう選択をしても、もう後悔はない。
「よかったぁ。これで一安心だね」
「まぁ、とりあえずはって感じですけどね」
ほっと胸をなでおろす。騒動が起こってからずっと気が気じゃなかっただろう。これでようやく藤野さんも一息つける。
「とりあえず、僕はもう帰りますね」
「うん、わざわざありがとうね」
安堵する藤野さんを部屋に残し、俺はスタジオを後にした。
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