第11話

「おはよー」

「おいーっす」

 デートから一夜明けて、俺は教室でスマホを見ていた。結局あれからやり取りをするわけでもなく、俺はいつも通りの日常を過ごしている。

 そんな俺の席の前に、明らかに眠たそうな浩平が座る。大方いろいろな配信者の放送をはしごしていたのだろう。昨日は特にすごかったし。

「また徹夜か? アーカイブでも残るだろうに」

「生で見てこそだろー。コメントとかで自分も参加できるのが生配信の醍醐味なんだからさ。」

 こういう話を聞いていると、いつ寝ているのだろうか心配になってくる。追いかけてくれるのはありがたいが、それで体を壊したなんてことはあってはいけない。アーカイブという録画した生配信を動画形式で残す機能だってあるんだから、無理のない範囲で応援してほしい。これは全バーチャルライバーの願いだと思いたい。

「それに、切り抜きは鮮度が命なんだぞ」

「まぁ、それはそうだけどさ……」

 そのプロ根性は素直に見習いたいものだ。

「なんかあったのか?」

「いきなりどうしたんだよ」

「いや、やけにうれしそうだからさ」

「あー、そう見える?」

「まぁな」

 大きなあくびをしながら、浩平は言った。

 中学からの付き合いは流石というべきだろう。ほんの少しの変化でも、こう言ってくることは珍しくない。

「まぁ、ちょっといろいろあってさ」

「ふーん」

 特に気にも留めぬ様子で、飲みかけの缶コーヒーを口へと運ぶ。一口飲み終えると、浩平はまた口を開いた。

「デートか?」

「ぶふっ!」

 こいつ、なんでわかった。いくら中学からの付き合いとはいえ、察しが良すぎないか? 昨日つけてきてたんじゃないだろうな。

「んなわけ」

「その反応は図星だろうよ」

 にししと笑って言う。なんとも性格の悪いやつだ。

「んで、相手は誰なんだ?」

「いや、そのー……」

 浩平といえど、配信者同士がデートをしていたなんて軽々しく言えない。信頼していないわけではないが、少しでも情報が洩れるリスクを減らしたいからだ。

「……あかりちゃんか?」

 言いあぐねていると、浩平のほうから名前が出た。ご丁寧に耳打ちまでしてだ。

 今度こそ悟られまいと、俺は体をこわばらせる。しかし、それも彼にはお見通しのようで、声に出して笑い始めた。

「わっかりやすいなぁ、ホント」

「悪かったな!」

「いや、いいんだけどさ」

 ひとしきり笑ったところで、浩平は真面目な顔つきになった。

 自然と背筋が伸びる。

「……で、本気なのか?」

「……わからない」

 昨日までは死んでも好きになれんと思っていた。それは紛れもない事実だ。しかし、いまはどうだろうか。あの笑顔が目に焼き付いて離れない。性格がひどいことは百も承知なのに、それでもなお気持ちが揺らいでいるのだ。

「ま、恋愛感情なんて自分でコントロールできるもんでもないだろうけどさ」

 缶コーヒーをグイっと飲み干し、浩平は言葉を続ける。

「一つだけ聞いていいか?」

「なんだよ」

「もし、このまま本当に好きになったとしてだ」

 グルグルと空になった缶を回し、浩平は俺をじっと見る。そして

「配信と恋愛、どっちを取るんだ?」

「…………」

 配信者にとって、恋愛なんてものはご法度。実写系で活動をしているなら例外もあるかもしれないが、バーチャルライバーに例外なんてものはない。過去にも、恋愛がきっかけでやめていったライバーを何人も見てきている。

 特に俺は企業に所属しているライバーなのだ。許されるはずがない。数多くの配信を見てきている浩平も、それを重々理解している。本来なら、即答するべき問いなのだろう。

 だが俺は答えられなかった。考えるまでもないこの問いにだ。

「……ま、よく考えておけよ」

 心なしか、浩平は少し寂しそうに席を立った。

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