第9話

「……まずい」

 ファーストフード店でスマホを見つめていた俺の口から、そんな言葉が飛び出した。

 ツイッターでエゴサをしていた俺は見てしまったのだ。『ワンツーコンビ不仲説』の文字を。それも一つや二つではない。

 どうしてこんなことになってしまったのか。理由ははっきりとしていた。

「おい少年」

「うわぁ!?」

 いきなり背後から肩を叩かれる。エゴサに意識を集中していたせいで全然気が付かなかった。

 振り返ってみれば、そこには藤野さんが立っていた。

「どうしたんですか、こんなところで。仕事は?」

「いやぁ、ちょっち用事があって外に出てみれば浮かない顔の君が見えてさ。そりゃマネージャーやってる以上声かけないわけにはいかないじゃん?」

 ビジネスバッグを置くと、彼女は俺の隣に座った。

 仕事自体は終わったのだろうか。その表情はとても晴れやかである。

「んで、どうしたのさ。そんな顔して」

「これなんですけど……」

 渡されたスマホの画面を、藤野さんは軽く見て俺に返した。

 一体どういうつもりなのだろうか。こっちが真剣に考えてるのに、それはあんまりだ。

「ま、リスナーがネタにしてるだけだから。そんなに心配しなくていいよ」

「でも!」

 口元に手を当てられる。それ以上俺は話すことができなかった。

「それならさぁ……いいものがあるんだけど」

 手を向けたまま、藤野さんはバッグの中から紙切れを取り出した。

「これは?」

「二名様、ごあんなーい」

「言ってる意味が分からないんですけど……」

 これと不仲説をどうにかすることに何の関係があるのだろうか。というか、あの紙切れはなんだ。藤野さんのことだ。何を持ってくるかわかったものではない。

「もー、鈍いなぁ。ペアチケットだよ、遊園地の」

「いや、待ってくださいよ。なんで俺たちが……」

 俺の反論を聞くこともなく、藤野さんはチケットをテーブルに置いて立ち上がった。

 ニヤニヤと何かをたくらむような笑みに不信感を覚えながらも、俺は目の前に置かれたチケットを手に取る。

 バーチャルシアター。最近できたと噂になっていた施設だ。VR技術をふんだんに駆使していることでツイッターでも話題になっていたはずだ。あまりにも人気が出て、当日券はほぼ取ることができないレベルだとも他の配信者から聞いている。

「なんで藤野さんがこんなものを?」

「いやぁ、さっきもらっちゃったんだけどね? ほら、私誘えるような友達とかいないじゃん?」

 半ばやけになった顔で藤野さんは言った。まぁ、事実なんだろうけど聞いているこっちまで悲しくなってくる。

「とにかく、私はいらんから使え! 不仲説否定するんだろ? 絶対使えよ!」

「ちょっと!」

 こっちの話も聞かず、藤野さんは慌てたように店を出て行った。

 それにしても、こんなものを持って行って立川のやつがなびくのだろうか。藤野さんが面白がって渡した説も否定できないが、選択肢が増えただけでもありがたいと思っておこう。

 少しばかり残っていたポテトをほおばって、俺は店を出た。



「…………」

タイピング音だけが事務所内に聞こえる。珍しいことに、今日は俺と立川以外の人が出払っていた。

 誘うなら今しかない。息を整えて、声をかける。

「あ、あのさ」

 一瞬だけこちらを見る。しかし立川は特に気にする様子もなく、すぐにモニターへと視線を戻した。

 こんな状態でどう誘えというのだろうか。誰かをデートに誘うのだって久しぶりだし、よりにもよって相手は立川だ。元カノを誘うなんてあまりにもハードルが高すぎる。

「……何」

 訊きあぐねていると、立川のほうから声をかけられた。興味がなさそうなのは変わりないが、こちらの話を聞こうという姿勢は感じられる。

「いやぁ、バーチャルシアター? のチケットが取れたんだけどさぁ」

「バーチャルシアター!?」

 食いついた。バーチャルシアターに反応したのを、俺は見逃さなかった。もしかしてこいつ、行きたいのか?

「これ日曜のチケットなんだけどさ、暇?」

「……正気?」

 何を言ってるんだこいつ、とか思ってるんだろう。最後の一言に明らかな嫌悪感があった。けれども、いつものようなとげとげしさがない。

「なんであんたと」

「いやぁ、俺も誘う人いなくてさ……ヴァーチャルシアターなんて誘える人も限られてるし」

 表情を悟らせないようにするためか、立川はじっと顔を伏せていた。

「そりゃ俺とじゃ行きたくねえよな……不仲説だって出ちまってるし」

 最初の食いつきを見るに、少し煽ればついてこないだろうか。

そう思い、俺はついさっきもらったチケットを取り出した。実物を目の当たりにした立川の目がキラキラと輝きだす。おもちゃを見つけた猫のようだった。

「まぁ、仕方ねえ。別のやつ誘ってみるか……」

「……待って」

 苦しそうに立川が言った。そんなに俺と行くのが嫌なのか。

「それって、ペアじゃないと行けないの?」

「あー、そうみたい」

 そう言うと、立川はますます顔をしかめた。それでも迷うということは、よほどバーチャルシアターに行きたいのだろう。その思いだけは、ひしひしと伝わってくる。

「なら、こう考えよう。俺はチケットを余らせたくない。お前はどうしてもここへ行きたい。利害が一致してると思わないか?」

「それは……」

 確実に揺れている。あと一押しでいけそうといったところか。

「それに、不仲説とかもどうにかしたいだろ。今のお互いを知るためにはいい機会じゃないか?」

 立川は何も言わないが、相当悩んでいるようだった。いつになく真剣な表情だ。

「……どうするんだ。俺そろそろ帰らねえと行けねえんだけど」

「う……」

 チケットと俺の顔を交互に見る。こんなにも悩むほどに取れないものだと考えると、藤野さんがなんでもらえたのか、ますます謎である。。

「……わかった。行くわ」

 苦悩の末、立川は声を張って言った。相当の覚悟が必要だったのだろう。頬には、うっすらと汗が見える。

「交渉成立だな」

 意思を確認して、俺は立川にチケットを手渡した。

 悔しそうな表情で受け取ると、彼女は頭を抱えていた。

「とりあえず、チケットに時間は書いてるから。現地集合でもいいか?」

「いいわよ……」

 時間も確認できた。これ以上は、俺は消えたほうがいいだろう。この後に予定があるのは本当だし。

 もう片方のチケットを鞄に入れて、俺は事務所を後にした。

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