第6話

「お、俺と付き合ってください!」

 校舎裏。人気のない場所に中学生の男女が二人。

 何をしているかと言われれば、まぁ大抵の人は告白だと思うだろう。

 そう、その通りだ。俺は目の前の女子に恋をしている。そして今日このとき、俺の人生をかけた告白が行われていた。

 対面の女子、立川咲はなめまわすように俺を見る。一通り品定めでも終わったのか、彼女は一歩近づいて

「うん、いいよ」

その一言がすべてだった。

(よっっっっっっっっしゃ!)

 心の中でガッツポーズをする。

 中学生にして俺は勝ち組になったのだ。しかもこんなにかわいい子が彼女だ。これが浮かれないわけがない。ダメもとで言ってみて大正解だった。

「よし、それじゃ一緒に帰ろっか」

「は、はい」

 告白しても全く動じてない。それどころかリードしてくれるなんてさすがは立川だ。俺なんかと違って、こういうことも慣れてるんだろう。

 少し嫉妬してしまいそうだったが、それも今日から俺だけが見ることができるのだ。

 浮足立った足で、俺は学校を出た。



「そういや実況者って好きなの?」

「え、なんでわかったの」

 ひどく驚いた顔で立川が言った。若干引いてるんじゃないかあれ。

 でも一目でわかってしまう。彼女のカバンに有名実況者である「えふこ」のキーホルダーがついていたのだ。偶然であったとはいえ、それを見てしまったのだ。実況者を好きな人なんて、俺のクラスには他にはいない。だからこそ、余計に目立ってしまった。

「いや……そのキーホルダーってえふこのやつでしょ?」

「わかるの!?」

 彼女が食い気味にそう言った。今までで一番反応がいい。

 とびっきりの笑顔で、立川がペラペラと話し始める。その姿は確かにえふこのことを好きな一リスナーだった。

 一通り語り終わると、立川は俺のことをじっと見つめてくる。やたらニヤニヤとしているけど、何をしたいんだ。

「ずっと逸らしてるようだけどさぁ……」

 息をのむ。何を言いたいのかは、薄々気づいていた。

「なんで私を選んだの?」

 からかうような表情で立川は言う。それがわざとなのかどうか、俺には知る由もない。だが、彼女のこの笑顔を、今独り占めできているという事実が、俺の心を満たしていた。

「さ、さっきも言ってたけどさ。趣味が合うと思ったからだよ」

「でも、それだけだったら友達でもよかったよね?」

また痛いところを。純粋な疑問なのだろうが、聞かれたくはなかった。こういうものに慣れていないせいで、恥ずかしいったらない。耳の先まで熱くなっているのがわかる。

「その……前から好きだったんだよ。キーホルダーはきっかけで」

「へー、そうだったんだ」

 ケロッとしていた。まぁ立川なら仕方がないか。実際告られたって噂も何度だってあったし。

 それよりも、だ。俺からすればなぜこの告白が成功したのかというところが問題なのだ。

「逆になんでオッケーしてくれたんだ? 俺のことなんてよく知らなかったんだろ」

「んー、まぁ」

 何かを考えるように上を向くが、答えはあっさり返ってきた。

「なんか、合うかなーって思ってさ。直観だよ、直観」

「そんな理由で?」

「そ、そんな理由」

 拍子抜けだったけれど、それで今こうなっているのならそれでいい……のか。

 考えたって仕方がないだろうと、俺はそれ以上は聞かなかった。

「あ、私こっちだけど」

「あー、ごめん。俺真逆だわ」

「そっか。んじゃまた明日ねー」

 そう言って、立川は帰っていった。満面の笑みがあまりにも眩しく、俺は何も考えることができない。

 俺はただ手を振って見送ることしかできなかった。


 ◆◆◆


「昨日の配信見た!?」

「あれな……ホント神回だった」

 付き合い始めて二か月。

 俺たちの関係はどうなったのかというと、そこまで進んではいなかった。いいところでただの趣味友ってところだろう。遊びには行くけれど、手をつないだことさえない。

 これは付き合っていることになるのかなんて問いは飽きるほどしてきた。けど、答えはどこにもない。だからこそ、今この距離感が俺にはちょうどいいのかもしれない。

「ああいうのを見ると、私も配信とかしたくなるんだよねぇ」

「……ほう?」

 ついにこのときがきたのだ。この話題が出るのをずっと待っていた。

「実はさ、俺も配信とかしてるんだけど」

「え、そうなの!?」

 教室中の生徒の視線がこっちに集まる。しまったというように、立川は慌てて手で口を覆った。

「ごめんごめん、なんでもない」

 それにしても、思ったより食いつきがいいな。目立つことに慣れてはいるが、目立ちたいわけではないと思ってたんだけど。

「それで? 今打ち明けたってことは……」

「あぁ、よければ教えようかなって」

「お願いします師匠!」

 師匠て。そんな大げさな。

 立川は、まるで子犬のような純粋な目で俺を見ていた。

「わかった。それじゃ俺の昔使ってた機材やるから、今日からやってみるか?」

「ありがとう! ほんっとうにありがとう!」

 不意に手を握られる。やべえ、手だけでこんなにもドキドキするものなのか。

 顔とか真っ赤になってるんじゃないか。そうだとしたらめちゃくちゃ恥ずかしい。

 立川もそれに気づいたのだろうか。パッと手を離すと、申し訳なさそうに口を開いた。

「あはは、ごめんごめん」

「あー、いや。別にいいって」

 そういったはいいものの、まだ心臓がバクバクしてる。立川のやつ、なんであんなにも平然としていられるんだ。考えられない。

「と、とにかく。帰りに渡すからさ。俺ん家寄ってくか?」

「え? あぁ、うん……」

 とっさに出た言葉がそれだった。正直なところ自分でも信じられない。完全に誤解される流れじゃないか。

 ま、まぁでも機材を渡すだけなんだ。俺の家に行かないことにはどうすることもできないし。これは必要なことなんだ、うん。そういうことにしよう。やましいことをする気もないくせに妙に緊張してきた。

 タイミング悪く、そこでチャイムが鳴る。

 彼女の疑念も晴れないまま、放課後を迎えることになるのだった。


 ◆◆◆


「なるほどねぇ……いやぁ、青春だねぇ」

 しみじみと藤野さんは言う。

 ここまで話し終えたころには、もう店に到着していた。どうやら個室を取っていたらしく、俺たち以外の誰かの声が聞こえることもない。藤野さんなりの配慮なのだろうか。

「てか、ほぼ同時期に配信始めた理由もこれか」

 なるほど、といった具合に藤野さんが手をついた。

 彼女がそれを知っていることに驚いているのか、立川は大きめの声で問いかけた。

「あれ、なんで知ってるんですか」

「いや、だってオーディションのときに聞いたでしょうに」

「あぁ、そういえば」

 同じように立川も手をついた。二人して似たようなポーズを取るもんだから、思わず笑いそうになってしまう。

 そうか。履歴書も出してるんだし、それも把握してて当然か。

「何よ」

 俺の視線を感じたからだろうか。立川がこっちを向いた。

 相も変わらず不快そうな顔が視界に入る。ここまではっきりしていると、むしろ気にもしなくなってきた。

「いや、なんか面白くてさ」

 我慢できずに声に出して笑う。

俺をにらみつけていた立川の表情が、さらにゆがんでいった。

「喧嘩売ってるわけ?」

「いや、なんでそうなるんだよ」

「はいはい、ストーップ」

 一触即発となった空気に、藤野さんが割り込みを入れる。また助けられたと思えばいいだろうか。ここ数日は本当に頭が上がらない。

 というよりも、俺はホントにこいつとコラボしてやっていけるのか? このままだと到底やっていけると思わないんだが。

 そんなことさえも特に気にも留めていないのだろうか。皿に盛られた肉を食べ、藤野さんは話を続ける。

「それでそれで、そのあとは!?」

「……ここまで話したのにまだ聞きたいんですか」

 隣で黙ったまま聞いていた立川が、不満げにそう言った。

 それでもなお肉を食べる手だけは止まらないようだが。二人して食い意地だけは張っているようで何よりだ。

「いいじゃないの。それに、まだ別れた原因も聞いてないし」

「……藤野さん。もしかしてですけど人のコイバナが聞きたいだけなんじゃないですか?」

「うっ」

 図星のようだ。肉を焼いていた手が止まる。

 となるとますます話すのが嫌になってきた。

「ま、まぁ重要じゃないとこは端折っていいからさ……ね?」

「まぁ、別にいいですけど……」

「あ、ちょっと待った。すみませーん」

 店員さんを呼ぶと、藤野さんは淡々と追加の注文をしていった。

 よく見ると、机の上にあった肉はいつの間にか虚空へと消えていた。そして、満面の笑みをこぼす二人。この人たちは慈悲ってものがないのか。

「あの、俺の分の肉……」

「先に取っておかないのが悪いんでしょ」

 そう言いながら、立川は網にのっていた最後の肉を取った。しかも、渾身のドヤ顔でだ。

正直奪ってやろうかとも思ったが、こんなことで余計な揉め事は作りたくないと必死に箸を持った右手を押さえた。

「心配しなくても、ほら。少しだけど取ってあるからさ」

「藤野さん……」

 このときばかりは、藤野さんが女神に見えた。笑顔がとびきりに眩しい。後光がさしている。もう今日は全部俺のおごりでもいいかもしれない。

デビューして以来、いつも頼りになるとは思っていたが、なぜだろう。今日が一番頼もしく見えてしまう。彼女からもらった肉をほおばる。

「美味い……」

 ようやくありつけた肉は普段とは比べ物にならないほど美味しかった。これこそまさにごちそうというべきなのだろう。甘くきめ細かい脂が口いっぱいに広がっていく。今まで食っていた肉が馬鹿らしくなる。

「よし、食べたでしょ。追加が来る前に話しちゃいな」

 上手い具合に利用されている気がしなくもないが、そんなのどうだっていい。こんな肉をこれ以上逃すわけにはいかない。とっとと話を終わらせて、俺ももっとかみしめたい。

 口の中に幸せを抱え込み、俺は話を続けることにした。

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