第4話
「おいーっす」
未だ答えが出せないまま翌朝。教室の騒がしい空気に身を包まれながら、軽い挨拶をする。何人かからの返事を耳に、俺は自分の席に着いた。
ライバーをやっているとはいえ本業は学生だ。そこを疎かにするわけにはいかない。どれだけ配信をしていても、留年だけはしないようにする。それだけはライバーになるときに決めていた。
「おはようさん」
目の前に一人の男が座る。ボサボサの髪で、彼が俺の一番の友人であるとわかった。
「おー、浩平か」
「なんかあったのか?」
「あー……まぁ、な」
言おうかどうか迷ったが、さすがに立川に言われたことだけは話してもいいだろう。うっかり口を滑らさないように細心の注意を払いながら、俺は口を開く。
「俺ってキャラ定まってないのかなぁ……」
「どういうことだ?」
話が呑み込めないようで、浩平は首をかしげていた。
「いやぁ……見返してて思ったんだけどさ。なんかブレブレだなぁって」
さすがに誰かに言われたなんてことは口が裂けても言えない。言い換えてはみたが、不自然に思われていないだろうか。
「珍しいな。そんなこと考えるなんて」
「まぁな……」
やっぱり違和感があったのか。何かつつかれやしないかとおびえていたが、浩平は特に気にする様子もなく話を続けた。
「別に変ではないだろ。ああいうのって、キャラ付けされてるって承知の上で見てる層だっているだろ? そこまで気にする必要はねぇんじゃねえの」
一番近くで見ているからこその意見だろうか。そうとは思えないが、貴重な意見であることに変わりはない。ほんの少しだが、モヤモヤが晴れたような気がした。
それにしても予想外の答えだった。なんか現実を見ているというか、作り手として見ているからこそ至る考えなのか。
「意外だな。お前ならキャラ付けくらいちゃんとしろー! とか言いそうだったんだけど」
「そうでもないさ。こう見えてちゃんと区別はつけてるんでね」
これまた意外な答えだった。切り抜きを作るほどにハマっていても、そんな風に客観視できるんだな。見直したかもしれない。
「さて、まだ悩んでるみたいだけど?」
さすがに鋭いな。何かを見透かしたように、浩平は言葉を投げかけてくる。
だが、一番の親友であろうとさすがにライバーの内情なんて話せるわけがない。これ以上はさすがに俺の問題だ。適当に話を逸らすが、彼はどうにも納得していないようだった。
「俺とお前の仲だろ」
「いやぁ……いくら浩平でも事務所の内情は……な?」
「あー……」
何かを察した浩平は、そのまま引き下がった。理解ある友人を持てたのはとてもラッキーだ。
「ま、それなら頑張れとしか言えねえな」
そう言うと、浩平はスマホを取り出した。さっさと操作すると、とある動画を俺に見せてくる。その動画には、俺もとい桐谷一が映し出されていた。
「お、できたのか」
「相談に乗れねえ代わりと言っちゃなんだが……これで元気でも出してくれ」
この前の雑談配信だ。二時間もあったのに、よく見てくれている。藤野さんを除けば、俺が知る中で一番のヘビーリスナーだ。身内に見られているのは少し気恥しいものがあるけど、だからこそ余計に頑張ろうと思える。身内の前でヘマなんてやらかせないのだ。
「やっぱ浩平の作る切り抜きは面白えよ」
「そう言ってくれると切り抜き師冥利に尽きるよ」
自分の作品が褒められたからだろう。浩平は本当に嬉しそうだった。
そのまま動画を見終え談笑に花を咲かせていると、また別のクラスメイトが声をかけてきた。
「いいよねー、桐谷くん。マジでかっこいい」
俺の席の隣に座ると、
「てかさっき見てたのって新しい切り抜き? 私見たことないんだけど」
「いやどっから見てた!?」
全然気づかなかった。本当にどこにいたんだ。
俺の疑問など耳にも入らないのか、雪野は一人で勝手に話し始める。
「でもホント、桐谷くんって素敵すぎない? 明るくてハキハキとした声も素敵だし、無邪気に笑ったりするところなんてもうそれだけでご飯三杯はいける」
雪野の話は止まらない。ペラペラと饒舌に、彼女は桐谷の魅力を延々と語っている。その姿を俺と浩平は感心しながら見ていた。
「それでさー」
「お前、そんなにも見てくれてたのか……」
「は? 見てくれる? アンタ何言ってんの?」
「あ、いやぁ……その」
まずい。褒められすぎて完全に油断してた。どうにかごまかすための言葉を考える。
その間も、雪野は怪しむように俺をにらみつけていた。
「お、俺もよく見てるんだよ! だから他人のようには思えなくてさ……ははは」
やったか。浩平と目配せをしながら様子を見る。雪野はしばらく口を開かなかったが、何かに気付いたのかハッとした表情になった。
(ふぅ……)
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、雪野は鬼の形相で俺の胸倉をつかんだ。
「お前ごときが桐谷くんと一緒なわけないだろ! いい加減にしろ!」
教室中の視線がこちらに集まる。こんな目立ち方は極力避けたいんだけどなぁ。とにかく雪野の機嫌を直させねば。このままだと、視線だけで人を殺しかねない。
「おい、ちょ……悪かったって!」
「落ち着けよ……な?」
浩平が間に入ることで、ようやく拘束が解かれる。
周囲はいまだにざわつきを見せていたが、それも浩平がうまく説明してくれたようだ。こっちに集まっていた視線が、徐々に元の日常へと戻っていく。
「お前みたいにドジでデリカシーもないやつが桐谷くんと一緒なわけないでしょ。まったく……」
「いや待ってくれ。ドジなのは認めるけどデリカシーがないって……」
「咲のこと!」
「うっ」
思わず声に出た。完全な不意打ちだ。そういえば中学の頃はあいつと仲が良かったんだった。
別に俺のせいだとは思ってもいないが、厳しい視線を向ける雪野に、俺は何も言い返すことができなかった。
「ほーら、席に着けー」
「……私、まだ許してないからね」
完璧なタイミングで、担任がやってきた。
雪野はまだ俺に何か言いたげだったが、仕方なくといった感じで自分の席へと帰っていった。
「さっきの、ホントに危なかったんだぞ」
体をこちらに向けたまま、小声で浩平が言う。彼自身も相当焦っていたのか、額には汗をにじませていた。
「悪い悪い、また今度飯おごるからさ」
「約束だぞ」
そう言うと、浩平はご機嫌な表情で前を向く。
(それにしても……雪野のやつ相当怒ってたな)
無理もない。立川との関係を誤解している……というか、立川が俺の悪いところしか話していないせいで、俺に対する心証は地に落ちている。何度か誤解を解こうと試みたが、全部無駄だった。今更どうにかしようとも思わないし、しばらくはこのままでもいい気がする。
だが、今の俺にとっては、彼女だって貴重なリスナーの一人なのだ。自分の話し方に違和感を覚えていないってわかっただけでも十分だ。
浩平の分も合わせて、すっと肩の荷が下りたような気がした。
「あとはあいつだけか……」
誰にも聞こえない声でつぶやく。
始業時間からどっと疲れが体にのしかかった。
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