第3話
「えー……つまりはっと」
小難しそうな顔で、藤野さんが口を開く。
その様子を俺と立川は黙って見つめている。
「いっちゃんとあかりちゃんは元々知り合いで、今日ここで会うまではお互いの正体を知らなかった……ってことかな?」
「当たり前です」
「もちろん。だいたいこいつだって知ってたら、私コラボなんて申し出てません」
「なんだと?」
「何よ」
「まぁまぁ、落ち着いて」
険悪な空気が事務所に漂う。藤野さんを困らせるつもりはなかったけど、相手がこいつなら仕方がない。
目の前の女をにらみつける。
俺など視界にも入れたくないのか、彼女は藤野さんの方をじっと見つめていた。
「とりあえず、もうコラボするって言っちゃってるでしょ? どれだけ仲が悪くても、それだけはお願い!」
手を合わせて、藤野さんは俺たちに頼み込む。そうさせているのが申し訳なかった。
だが、俺の隣にいるやつは違うらしい。それでも「嫌です!」だのなんだのとほざいている。彼女の考えをどうにか改めさせないといけない。考えろ。彼女が欲しそうなものを。
「おい」
「何よ」
ゴミでも見るかのような視線が俺に突き刺さる。それに不快感を覚えながらも、今の俺が考える、彼女が最も欲しそうな言葉を投げつける。
「コラボすればバズるぞ」
「うっ」
やっぱりそうだ。まだこいつは目立ちたがっている。冷静に考えれば、こいつがライバーになったのも納得できた。
俺と付き合っていたころから、立川という女は承認欲求の塊だった。何かにつけてちやほやされたい! なんて言っては目立つことばっかりしていた。それをいつも輝いている素敵な人と勘違いして告白した俺も相当のバカだろう。今から過去に戻れるのであれば、その告白をぶち壊してやりたい。目立つための踏み台にされるのはもうたくさんだ。
「この前のコラボ枠だって見てみろ。普段の配信よりダントツに伸びてるだろ」
「え、なんで知ってるのキモ」
のどまで出た怒りを必死に押さえつける。ここで俺が言い返せばいつもと一緒だ。そうなっては、今度こそこの話がなかったことになってしまう。
「同期なんだ、確認してて当たり前だろ」
「……あっそ」
くそ、振り出しに戻っちまった。こりゃ俺にはどうすることもできないか。
藤野さんに視線を送るも、彼女は彼女で色々と考えているのだろう。こちらの視線には気づかず、ずっと腕を組んで考えていた。
「てか、それを言うならあんた、配信でのしゃべり方。あれどうにかできないの?」
「どういうことだ」
やっちまった。つい感情が乗ってしまった。
明らかに立川の目の色が変わる。くそ、もうどうにでもなれってんだ。
「ずっと思ってたけど、まるでキャラが定まってないのよ。配信によってしゃべり方全然違うときだってあるし……言ってることわかる? どうせなら私みたいに徹底的に演じ切って……」
「はい、ストーップ」
両の手をたたいて、藤野さんは俺たちの間に入った。心なしか、少し怒っているようにも見える。立川も同じことを思っているのか、それ以上暴れるような真似はしなかった。
「とりあえず、このままじゃ埒が明かないでしょ。今日は体調不良ってことで中止にするからこの話は後日……ね?」
「はい……」
何も言い返せなかった。藤野さんの話はもっともだ。このままだと、とてもではないがコラボどころではない。
俺たちが元の知り合いであろうと、どれだけ仲が悪かろうと関係ない。それでも待ってるリスナーを楽しませるのがプロってもんだろ。情けなくなってきた。
重い空気の中、バトパテの音だけが事務所の平穏を守っていた。
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