6話 依頼

「…ここにいたんですね。」

この城は3階建てである。俺達は1階から部屋を探していって3階に上ってすぐ前の部屋を開けると、彼女はいた。

「よく見つけれたわね。常に移動していたから会うとしたらあの子かと思ったのに。」

「偶然ですよ。きっと社長もすぐ来ます。」

「そうだといいのだけれど。…それで。あなた達は何をしに来たの?」

先程と同じように彼女は笑う。

「あなたを止めに。あなたはもう何人も殺してる。」

「そう。」

「……っ!」

急にいつもの笑みが消えたと思ったら、こちらに突進してくる。その手には剣を持って。すかさず鎌を取り出し、柄の部分で受け止める。下から足が飛び出てきて、もろに腹にくらう。身体が痛むのを感じながらすぐさま立ち上がり

顔を目掛けて突いてくるのをしゃがんで避け、その状態のまま鎌を振る。彼女は軽く跳躍し、それを避ける。


「動きは悪くないのだけれど…それで私を止めようだなんて。何故そんなことを思ったのかしら。」

「自分でもバカだって思いますよ。でも、俺があの人の代わりにやらなくちゃいけないんだ。」

「随分とあの子のことが好きなのね。でも不思議。あなたは普通の人間だと思っていたのに、ヒトを傷つけるのは躊躇しないのね。」

「……」

「まあいいわ。改めまして、私はアリス。真名は妖精喰いのオーガ。あなたのお名前は?」

「…有栖碧。あなたを殺す人間だ。」

互いの名を名乗った後、火花が散る。


私は剣を、相手は鎌を。使いようによってはどちらが有利かなど分からない。切りつけようとしても湾曲した刃で別の方向に引っ張られ、柄に止められ、足を出せば相手が離れるか飛んでいくかどちらかだ。さっきからこれの繰り返し。それでも相手は立ち上がる。あちらの少女に時折崩れた破片を飛ばしているけど何故か当たらない。その事に少々憤りを感じながらこちらに集中することにした。正直、相手は強くない。だけど慣れない体で動くものだから体力の消耗も激しい。

不意に相手がふらつき、散らばった瓦礫に足を滑らせる。この気を逃さぬよう倒れかかった体に一気に近づく。不意に銃声が鳴り響き、こちらに来ると判断し体を捻らせて避けた。――はずだった。その弾は軌道を変更し私の右手に当たる。左側から来たものだから、勢いで体の正面ががら空きになる。次の瞬間、目の前に彼が現れた。動けるはずなのに、何かが私を抑えていて動けない。

……あ、死ぬ。

それが頭を支配し、相手の刃は私の肩から腰の方まで斬りつけていく。


「はぁ、はぁ、はぁ。」

無理やり動かしたせいで全身が痛い。息切れもしている。設楽が銃を撃ってくれなかったら今頃あの世行きだ。設楽に感謝を伝えようとした時、勢いよく扉が開く。

「碧!良かった、無事で。さなも。」

「社長、今までどこに。」

「…そんなことはいい、早くここから出るんだ。」

一瞬アリスの姿が目に映ったと思うのに特に何も言わずこちらに話しかける。

「待ってください、花音はっ!」

「安心して、ここにいた人達は余りいなかったけど門の所に避難させてある。それよりも早く、逃げて。門はこの城の出入口だ。あいつが死んだから門が閉じかかってる。」

「社長はどうするんですか。」

「私は少しこっちに残るよ。大丈夫、すぐ行くから。」

「……分かりました。」



「っ花音!」

城の1階には岡部と他にも何人かが眠っていた。思ったより人が少ないと思ったが、まだ助かる人がいるだけマシだろう。俺達が戦っている間、社長が彼らを見つけてここに運んでくれたのだろう。それにあんなに激しく戦っていたのに、1階には影響を受けていないようにも見える。


何とか全員を運んだが、社長がまだ戻ってこない。でもこれで待っていたら戻れる確証はない。社長の言葉を信じ、俺達も門を通る。


「2人は行ったかな。」

あの門は領域の主以外が開けようとするととてつもなく魔力を吸おうとするから疲れるのだ。後で行くとか言ったけど、正直辛い。隣にいる片割れを見送るのも悪くないと考える。

……疲れた。

目を閉じる。暗闇の中に意識を潜らせようとする。なのに、声が聞こえる。目を開けた先には私がいた。

「何やってんのさ。君は逃げないの?」

「あ……」

「そんなに私を見てどうしたの?あ、私のあまりの美貌に目が離せないのか。」

いつもの私の喋り方と同じ片割れが立っていた。さっき会った時より、透けて見える気がする。

「まあそんなことは置いといて。ここは私に任せて。君は早くここから出るんだ。このままじゃ消えちゃうよ?っと。」

思わず、抱きしめる。ずっと会いたかった人に会えたから。

「ごめんなさい。」

「…それはこっちのセリフ。私のせいで、君に迷惑かけたんだし。安心して、今度こそちゃんとするから。まぁ、1つだけ後悔があるとすれば、君に殺されなかったことかな。」



肩を組みながら、門まで歩く。1人じゃ歩けないほどお互い疲れてしまっていたから。

門はまだかろうじて開いていた。いや、彼女が開けているのだろう。あと1歩踏み出せばあちらに出られる。

「…あなたは行けない、でしょうね。」

無理な希望だ。矛盾もしている。殺したいのに、死なせたくない。結局私はいつまでも過去に縋っている。

「うん、そう。さすがに遅刻しすぎだしね。きっと3人ともカンカンに怒ってるよ。さっきも言ったけど、安心して。ちゃんとするから。」

「…さようなら、私。」

「うん。さようなら、私。君の大切な王様は、私達に任せといて。……私が言えるセリフじゃないけどね。」


どんどん景色が歪んでいく。光に、包まれていく。


体中がジンジンする。

乗り移っていた奴が弱いおかげでようやく体の主導権を取り戻せて、本来なら喜ぶべきなのだろうが今はそんな暇はない。

目的の場所に向かう。ここはもうあべこべな空間になっていて、気づけばあの湖にいる。2人の人影が見える。その2人の間には棺が乗っている船があった。その2人も私の存在に気づいたようで、手をこちらに差しのべてくる。その手を取り、我々が本来行くべき場所に約2000年の時を経てようやく向かうことが出来る。




「気をつけー、礼。」

「ありがとうございましたー。」

1日の終わりを告げる挨拶で俺の1日は今から始まる。普通の人が聞いたらおかしいと思うだろうけど。


今日は社長と会う日だ。戻ってきた時、酷く疲れているようで、しばらく家で安静にするとの事でその間会えなかったのだ。ようやく本調子に戻ったとの事で、泊まりでパーティをすることになった。


岡部と他の人達はあの後救急車に運ばれ、病院に向かった。1週間後、体調は回復した何人かは学校に来ていて、岡部も久しぶりに学校に来ていた。俺達も疲れてはいるが、寝れば回復する程度だったので、問題なく元の生活に戻っている。


社長が好きな甘いものを今度は俺のお小遣いで、沢山買っていく。そして久しぶりに事務所の扉を開く。そこには設楽がいた。変な事ではない、のだが。

「それじゃあ、さな。もう1度。」

社長の言葉でコホンと咳払いをして

「この度、この事務所で雇わせて頂くことになりました。設楽さなです。よろしくお願いします。」

驚く俺をよそ目に、女の子らしい笑顔で俺にそう伝えてきた。



ここを抜ければ、あそこに辿り着ける。

息を切らしながら足を動かす。

勝手に扉を開き、勝手に中に入る。本来なら絶対にしない事だ。階段を上がり、1番近い部屋に入る。驚く3人を見上げながら、声を上げる。


「たすけて…!」

そう言うと中央の女の人は一瞬驚いたけど、すぐ綺麗な笑顔になって、こう言った。



「もちろん。美味しいお茶を飲みながら話を聞かせてくれないかい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精のトロイメライ 瀬木蜜柑 @tayunsukapon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ