5話 無邪気に

すごい、話だった。

「えと…つまりエレインさんはその…役目を放棄した人だと、言うことですか?」

「いや、違う。それは私じゃない。私の本当の名前はアリスだ。」

何故また名前を交換したんだろうと疑問に思っていると、

「私の場合は、アリスっていう名前にいい思い出がないから名前を借りているだけ。多分あっちもそう…だと思う。確信はないけど。まあ、どちらにせよいい意味で使ってはいないだろう。」

「……」

どう返せばいいのか分からなくて、黙ることしかできなかった。

「私があいつを殺したいのは、そうしないと王が楽園に行くことが出来ないから。それは他の2人も同じで。彼女らは今もどこかでずっと最後の1人を待っている。同じ名前を名乗った人間として、彼に命を捧げた人間として。私はを殺す。そのために、今まで生きてきたんだ。…とは言いながら、それが出来なくて今まで拗らせてたんだけどね。」

苦笑いした顔が、私にはどうしても辛そうにしか見えなかった。



「……」

何も、言えない。この後にも彼女の人生は続いている。俺と出会う前もあの人はきっと、ずっと、辛い思いをしていたんだ。―でも今は。

「行きますか。」

ただ城に向かって歩き出す。



ぬいぐるみを倒しながらやっと着いた城は大きかった。城の上には鐘が取り付けられており、辺りには池があった。1度深呼吸をして扉を開ける。


城の中は、想像していた内装ではなく研究所のようだった。ガラスの管の中にいろんな色の水が入っており、下から上に向かってボコボコと空気がでいる。他にはさっき戦っていたのと同じぬいぐるみが無造作に置かれていた。

「……」

息を殺しながら階段を上がる。上に上がるほど床に散らばっていたものが少なくなっていることから上にいるだろうと思ったのだ。


何度か部屋を捜索していると、人影が見えた。そこには少女が1人外を眺めながら立っていた。俺が来たのに気づき、ゆっくりと振り返る。

「初めまして。」

ただ優しく笑って、そう言った。




「あなたが、アリス…ですか。」

警戒を解かないよう、いつでも鎌を取り出せる状態にしながら彼女に問うた。

「ええ。そうです。私がアリスです。」

「…攫った人達はどこにいますか。」

そう聞くと人差し指を顎に当てながら

「何処に置いたのかしら。ええと…待ってね。思い出すから。」

その後もうーん。と悩んでいたが、思い出せないと思ったのか

「ああ、そうだ。もしよろしければ、お茶をしませんか?」

「嫌です。」

とにこやかに話題を変えて来たがそれを断る。

「それは悲しいわ。最近ちょっと退屈していたの。新しく連れて来た子は快く返事してくれたのよ?」

「っ!その人はどこですか!?」

新しく来た子…おそらく岡部だ。

「だから、分からないって言っているでしょう?」

また、さっきと同じように笑う。顔は同じだけど笑い方はこっちの方がタチが悪い。彼女にとって、分からないと言うのは俺たちが物を無くした時と同じ感覚だろうから。

このままじゃ時間が過ぎていくばかりだ。そう思い、どうするか考えていると


「…なら、思い出すように頭を殴ってあげようか。」

「……!」

その声が聞こえた直後、空中から見えない糸が出てきてアリスを捕らえる。後ろを振り向くと社長と息を切らした設楽がいた。

「社長!?」

「おまたせ碧。…それに、そちらは久しぶり。」

「……そうね。久しぶり。」

簡潔な挨拶をしながら、社長がゆっくりと彼女に近づく。その手にはいつ間にか剣が握られており、彼女の首元に当てる。そこから血がほんの少し流れ出た。

「お前、誰だ。」

「…何を言っているのかしら。」

急に社長がそんなことを聞く。どういうことか分からずに困惑していると

「知ってる?人間と違って妖精は魔力によって構成される。だから傷をつけられると魔力がこぼれる。なのにお前からは血が出た。そんなことはありえないのに。」

「……」

「例外なのは私みたいに半分人間であるか、




人を食べた妖精だけだ。」

「人を食べた……?いやでもそれはありえないって…」

そう、ありえない。社長はたしかに『あいつは人を殺すのは嫌い』だって言っていたから。食べることなんて尚更だろう。


アリスを見つめていると、

「……はあ。残念。バレないと思ったのだけど。さすがね。今気づいたわけでもないんでしょう?」

悪びれもなく、イタズラがバレたように平然と話す。

「最初はカメラに写った時だ。妖精とか曖昧な物を観測出来るのは人間の目だけ。なのに透けているわけでもなく、完全に写っていた。その時は偶然かと思ったよ。何せ、初めて写真で見たからね。

次はこの妖精領域だ。あのぬいぐるみ、あいつが作ったにしては歪すぎる。やるからには完璧にする質だから。しかも可愛くない。」

最初から、ずっと思っていたんだ…俺には全く疑問に思わなかった。

「仕方ない。せっかくこの体になったのだからもっと遊びたかったのだけれど……」

糸に縛られながら残念そうに呟く。その直後白い霧が発生した。

「っ!」

魔法を使うつもりだと判断し、1番危険な設楽の方に駆け寄る。霧が濃く、何とか設楽の近くに着いた時は辺りが真っ白になっていて何も見えなかった。

霧が晴れた先には捕まっていたはずのアリスが消えていた。


「消えた…」

社長が小さく舌打ちをする。

「ここは2手に別れよう。私は1人で行くから碧、頼んだよ。」

そう言い残して社長は部屋を出ていった。


「…とりあえず、俺達もこの部屋を出よう。」

しゃがみ込む設楽に声を掛け、立ち上がらせる。


どこに行った。どこにいる。どこ。どこ。どこ。


部屋をくまなく調べてもアレの姿は見えない。焦っているのがわかる。

何回目かの扉を開く。その先に人影が見えた。

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