4話 妖精領域
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「わぁ…すごい…」
思わず、そう零してしまった。だって、すごく綺麗な景色が視界を覆い尽くしていたから。気持ちの良い日差し、真緑の葉がこれでもかと枝を覆い被さり、そこにはぷっくりと膨らんだりんごのような果実が垂れ下がっていて、透明な水の川も流れていて。
思わず見とれていると、足音が聞こえてきて心臓がドキッとなった。
「お、いたいた。」
振り返ると、エレインさんが手を振りながら近づいてくる。ほっとしながら、1人足りないことに気づいた。
「あれ…有栖は?」
「探してたんだけどね。なかなか見つからなくて。まあ君が1人になるよりはマシだけど。あれでも結構強いんだぜ?」
「そう、なんですね。とにかく、エレインさんが居てくれて助かりました。」
ただでさえ足でまといなのに、1人になって余計な苦労をかけなくて良かった、と安堵する。
「1人足りないけど、私達は私達で目的地に向かおう。」
「目的地、ですか?」
「そう。あそこに城が見えるだろう?多分そこにいる。まあ魔力反応もあっちから来てるし、確定だろう。」
歩いていくエレインさんの後ろを私も着いていく。
「…気をつけて。」
そう言った矢先、急に地面がボコボコっと盛り上がる。
そこからは、くまやうさぎなどぬいぐるみのようなものが何百体と出てくる。しかし体はところどころ破れ、綿が飛びてている。
「ひぇっ。なにあれ…。」
「……あいつの使い魔…?多分弱いけど私から離れないよう、にっ!」
どこからか、自分と同じくらいの大きさはあるであろう大剣を振りかざす。突風が巻き上がり、その風に巻き込まれたぬいぐるみ達は体がちぎれ、気味の悪い悲鳴をあげながらどんどん小さくなって、最後は砂のようなものになり消えていった。
その一撃で数は先程の2割程度になった。そのうちの何体かを見えない何かで捕まえた、と思ったら
「さな、その銃であれを狙ってみて。」
「ええっ!?あ、えっと、わ、分かりました!」
1発お腹をこちらに向けているぬいぐるみに向かって撃つ。有栖が言った通り、ほんとに軌道が修正されて、当たったそれは、砂になって消えた。他の空中で止まっているぬいぐるみ達も同じように撃って行く。
「……?何かおかしい…」
「え…?」
小さい声で言っていてよく聞こえなかったので聞き返したけどなんでもないと言うように
「いや、ちゃんと出来てる。おつかれ。まだまだこれからだけど、とりあえずの安全は確保したよ。」
全部消滅したのを確認し、そう言っていた。銃を撃ったことも持ったことも初めてだったから心臓のバクバクがとまらない。深呼吸して何とか落ち着かせる。それを見たエレインさんが声をかけた。
「お疲れのところ悪いけど、まだまだ進むよ。」
「はいっ!大丈夫です!」
うん、まだいける。花音を助けないと行けないから。
「そういえばさ、碧って学校にいる時どんな感じなの?いつも聞くんだけど、つまらないからって答えてくれないんだよね。」
この不思議な場所に目が慣れてきた頃に、エレインさんがこう聞いてきた。私はどう答えればいいものか少し考えたあと思い切ってそのまま話そう、と言う結論に至った。
「……正直、死人みたいな感じです。」
その回答には面食らったようで、ちょっと驚いていた。
「驚きました?私もあの場所で会った時、学校とあまりに違うからすごいびっくりしたんです。目に光があったというか。…学校って、勉強するところだけど、友達と会う場所でもあるじゃないですか。だけど、有栖はそういうのじゃなくて。かと言っていじめられてるわけでもなくって。ほんとにただ、学校に来てるだけで。よく話してる男子が1人いるんですけど、そこまで楽しそうでもなくって。あ、でもたまに放課後すごいワクワクした感じに帰る時があったような…」
ダラダラと話してしまった。でもそうなのだ。多分周りにも自分にも興味がなかったように見える。私の場合は何度か話す機会があったから覚えられていただけで、実際に花音のこと覚えてなかったし。私の話を静かに聞いていてくれていたエレインさんは少し寂しそうな顔を一瞬したけどすぐに戻って、こう言った。
「でも、少なくとも私と一緒の時は生き生きとしてる。それならそれでいいさ。人間、少しでも楽しいことがないと生きていけないからね。それじゃあ、次はさなが質問していいよ。」
もう学校のことは興味なくなったのか、それとも本人がいないからか分からないけど、話題を変えようと私に振ってきた。
「え、えと。そうですね…なら花音を連れ去った妖精とエレインさんの関係、とか?色々知ってなかったですか?」
「碧の事じゃなくていいの?」
「私、他人のプライベートまでは聞きたくないので…」
別に好きでもないから。それを聞いた彼女は少し残念そうな顔をして、でも私の質問にもちゃんと答えてくれた。
「んー。そうだね…あいつと私は双子みたいなもの、かなぁ。」
「双子、ですか?写真じゃあ全然似てなかったですけど。」
「あの姿は偽物だよ。私が保証する。本当は私とそっくりな姿だとも。」
少し考えたあと、また続ける。
「碧に言おうと思ったけど、正直君に言っても私のことを知らないのは一緒なんだし。いいか。」
「……?」
「聞いてくれる?こちら側とは無関係だった君に言うのも何だけど。」
何やら重大なこと、というのは伝わったので頷く。それを見たエレインさんは静かに話し始める。
♦
「デカすぎじゃないか!?」
扉を抜けたあと周りに誰もおらず、2人を探しに行こうと思ったが、ちょうど近くに城があったのでそちらで待っていた方がいいか。と思ったが、その道中での出来事に俺は驚愕していた。……なんせ巨大なぬいぐるみが2体、襲ってきたからだ。鎌を取り出し、強化した足で近くの大木の幹まで飛ぶ。幹を足場にさらに上へ飛び、ぬいぐるみのてっぺんで迫り来る手を鎌で切り刻む。その勢いのまま、頭の縫い目が粗い部分目掛けて刃の先端を引っ掛け、布を開いていく。それを見たもう一体がこちらを潰しに、今倒したのより速く手を振り下ろす。1度跳躍し、振り下ろされた腕に着地。そしてもう一度、腕から首にかけて縫い目が見える部分を走りながら切っていく。
「ウオオッ!」
叫びながら、ぬいぐるみの首を胴体から切り離す。倒した2体はどちらも砂のようなものになって消えていった。ふう、と息を着いているとパサりと何かが落ちた音がしたので砂の中をかき分けてそれを拾う。
「これは…?」
砂の中から出てきたのは本だった。パラパラとめくっているといくつかの話に別れているようで、ところどころに題名がふってあった。その中に一際目を引くものがあり、ページをめくるのを止める。
『湖の乙女 エレイン』という題名だ。社長と同じ名前だったから、いつもなら危険なものかもしれない。とここで止めて社長に渡すのに、好奇心が勝ってしまった。辺りに危険なものがないか確認し木陰に座りページをめくっていく。
『とある所に2人の少女がいました。1人は湖から生まれた美しい妖精の少女、エレイン。もう1人は人間と妖精の間に生まれたハーフの少女、アリス。親はアリスをとても可愛がり、大事に育てようと決心しましたが、ある事件が起こります。なんと、イタズラ好きな妖精によって2人が入れ替わってしまったのです。だから、エレインだった少女はアリスに。アリスだった少女はエレインになってしまいました。――それが最初の入れ替わり。
入れ替わったことなど、露知らずの親はアリス《エレイン》を育てます。妖精の母はいなくなってしまいましたが、父親が大事に大事にしてくれたのであまり寂しいとは思いませんでした。
一方、エレイン《アリス》は他の妖精さんたちと楽しく毎日を過ごしていました。湖の近くに咲いた花を見つめたり追いかけっこをしたり、飽きることはありませんでした。
2人が生まれてから5年たった頃、アリス《エレイン》はとある湖にたどり着きます。そう、そこは本来の自分が生まれた場所。そこで彼女は驚きの光景を目にします。それは、自分とそっくりな少女が湖で遊んでいることです。あちらも気づいたようで、とても驚いていました。
しかし、すぐに2人は友達になって色んなことを話しました。お互い初めて聞くことを沢山知っていたので毎日毎日アリス《エレイン》はエレイン《アリス》に会いに行きました。
数年たったある日、どちらかがとあることを思いつきます。それは2人で入れ替わって周りの人を騙してやろう、というものです。もう1人もそれに賛同し、気付かぬうちに時々本来自分がいるべき場所に帰っていたのです。入れ替わりが終わったあとにその日何があったかを報告し、バレないように記憶を補完しあいます。それは1年以上続き、前よりも頻繁に入れ替わるようになりました。ですが親は次第に違和感を覚え始めてきて、遂にエレイン《アリス》に問い詰めます。初めてそんなことをされたので、殺されると思ったのか、うっかりその父親を殺してしまいます。怖くなって、少女はひたすら暗い夜道を走ります。息が切れても呼吸が出来なくなっても。ただただ足を動かしました。そんな少女はとある人物に出会います。運良く、その人物に引き取られることになりましたが、もう1人の自分と戻る前に出てきてしまったことを思い出します。でもどこを通ってきたのか覚えていない。だからもう、あの湖には戻れなくなったのです。――それが2回目の入れ替わり。
2人は本当の居場所に戻ったことに気づかないまま過ごしていくことになったのです。
時は流れ、アリスを引き取ってくれた人は騎士を束ねる王様となり、王様の世話をすることになりました。妃を迎え、今後この国はますます発展していくだろうと言われる最中に裏切り者が現れました。王の息子である騎士が反逆者となり、王様は息子である騎士を殺してしまいます。しかし、王様は酷く衰弱しており、1番信用する騎士に自分の聖剣を湖に返還するよう命じます。そしてその王様は楽園に導かれ、眠りにつきました。
とはなることはありませんでした。本来楽園に行くには3人の湖の妖精が揃っていないと行くことができません。そのうちの1人がその役目を放棄したのです。故に王様と、他の2人の妖精はその最後の1人を待ち続けているのです。いつまでも、いつまでも。
私たちは待っています。名前を交換しても、もう間違えない。』
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