第24話:走れ、ゴールは目の前

「よし、今よ!」


 アステが何とか左にハンドルを切ったことで、極太レーザー砲の被害を受けずに済んだけれど、未だ序盤だって言うのに団子状態になっていたからか、半数のウィッチが消し炭にされていた。

 あの女。確かカスカとか書いてあったっけ。あの女は間違いない、危険人物だ。


「アステ、まだ《アクセラレー・ト・リューヌ》は効いてるから、ガンガン進めて。おそらく次のエリアは空中戦有利だから」

「分かりました!」


 トンネルを抜けつつ、襲い掛かる誘導弾を魔法の糸で切り裂いていく。

 まったく、厄介なことをしてくれる。


「アンタ! 私の攻撃に当たりなさいよ!」

「嫌だよーだ! カナタは勝ちにきてるんだもん!」

「その喋り方、腹立つーーーーー!!!」


 腹立つとは心外な。これでも誰もが愛する口調にしたはずなのに。

 冗談はさておき、あのカスカというウィッチ、明らかにこちらを敵視している。

 あの魔法砲が当たらなかったことをよっぽど恨んでいると見える。だけど正面対決はまだだ。目下の目標は目の前のドートンくんなんだから。


『おーっと?! ドートンくん、ここで失速!』

『今日のコース、でこぼこ系だかんなー』


 だけどそのリードもここまでだ。

 スポーツカーのドートンくんはスピードは出るが、こういうでこぼこ道には適していない。

 地上を走るのであれば、確実に地面の状況というのは気にしなくちゃいけないのだ。

 その点、空を飛ぶ私たちやカスカについては、道で妨害される心配はない。スピードはあちらが上だが、応用力はこちらの方が上なのだ。


「くそ! 動け! 動けってんだよ!」

「お先ー」


 アステの代わりに手を振りながら、緑色の流星は2位からトップへと躍り出る。

 そうすれば間違いなく敵の狙いはこちらに移るわけで。

 襲い掛かるのが誘導弾だけではなく、ミサイルやガトリングガン。果ては甲羅など、ありとあらゆる妨害攻撃がやってくる。

 その1つ1つを丁寧に処理していくものの、いかんせん数が多すぎる!


「師匠、必殺技は?!」

「あと10秒ぐらい。それだけあればでこぼこエリア抜けれるよね?!」

「はい!」


 さて、ここから先は反射神経との勝負。

 息を吸って、吐いて。集中集中集中。3度束ねて、指先に10本の魔法の糸を生やす。


「アステなら、いけるよ!」

「では、あとは任せました!」


 でこぼこエリアを抜けた辺りで、私は箒から飛び出す。


『どうしたことか、チームアスカナ、カナタ選手が箒から降りたぞ?!』

『そーゆーこと』

『これはどういった意図があるのでしょうか?!』


 決まってる。そんなの――。


「『ここで全員叩き潰すってことでしょ!』」


 魔法の糸の網。10本の糸で作った牢獄はあるウィッチを絡め取り、あるウィッチを行動停止にさせる。そして目の前のカスカは魔法の檻に衝突する。


「っ痛いなぁ!」

「ごめんねっ! でもこれで死なないってことは……」


 あえて《プロテクション》で受け止めたか。

 器用な真似をする。衝突したカスカはそのまま力と技を込めて、網の隙間をすり抜けていく。

 つまるところは、強行突破ってことか!


「ごめんアステ、1人そっち行った!」

「分かりました。あとは、なんとかします!」

「こっちもなんとかするよ!」


 目の前の敵はほぼ足止めしている。最後はアステ頼みだけど、ここで後続を引き受けよう。


「さぁさぁ、えんどローのカナタが、推して参るよ!」

「アイドルらしくねぇな?!」


 うるさい、こっちは『本気』でやってるんだよ!


 ◇


 師匠に託された想いがある。

 師匠に託された贖罪がある。

 師匠に託されたケジメがある。


 わたしは師匠のために何ができるだろうか。


 分かってる。わたしが師匠のために何かできるのであれば、それはこの試合に勝つことだ。


『カナタ選手の必殺技が切れたためか、徐々に速度を下げていくアステ選手。続いて追ってくるのはマジカル型で開幕ぶっぱが記憶に新しいカスカ選手だ!』


 さっきから箒の最高速度で走っているけれど、いかんせん相手の妨害のせいで速度が上がらない。

 向こうは空気の抵抗などもないのだろう。《マジック・ロケット》を使用しながら、ぐんぐんとわたしとの距離を狭めていく。


『アステ選手、器用に誘導弾を躱しているものの、速度が上がらない以上苦しそうだ!』

『こりゃやばいね、カスカちゃんの方が上手だわ』


 こっちも何かしら使えればよかったのだけど、使えるのは魔法機雷だけだし、今は操縦に集中してて、それどころじゃない。

 師匠みたいにマルチタスクのように、同時処理ができれば……。

 悔やんでも悔やみきれない。今は、今ある武器だけで戦っていくしかない。


「《シューティングスター》!」


 毛の方から星の塊を排出しながら、速度を上げていく。

 シューティングスターは加速スキルでありながら、同時に星の塊による当たり判定によって攻撃を行うこともできる。

 これで後ろのカスカさんが諦めてくれればいいんだけど……。


「甘い。甘いわ!」


 やっぱり。苦い顔をしながら、再度誘導弾を撃ってくるカスカさんを振り切らんと精密操縦を行う。

 どうする。どうしよう。振り切れない。このままじゃ師匠の、カナタさんの誠意が無駄になっちゃう!


「これで、終わりにするわ!」


 ステッキを正面にかざし、6つの大型マジック・ロケットを展開している。

 どれかが当たっても、速度が死んで順位が逆転する。そしたら、師匠はここあさんに許されなくなる。

 そんなの、嫌だ。師匠は誰もが羨む師匠になるんだ。そのために協力するって決めたんだ。

 胸のチクリと刺す痛みを無視しながら、師匠のために、そう考える。


 そうだ。師匠のために、こんな気持ちは隠しておかなくちゃいけない。

 師匠のために。カナタさんの。カナタちゃんのために!

 一か八か。それでも師匠ならそうする。切れるものは切る。それが今なんだ。


「なんの光?!」


『おっとー?! この光は!』


 箒の毛の1本1本に魔力を注いでいく。

 粒々に集まった光の束の射線上。そこにいるのは、カスカさんだ。


「ユニークか! だけど、撃たせなければ!」

「もう遅いです! 《シリウス・バスター》!!!!」


 束ねた光が後方にいるすべてのウィッチに対して無差別攻撃を仕掛ける。

 同時にエネルギーの放出と共に前進するわたし。シリウス・バスターはシューティングスターの強化攻撃のような物。だからこうして、エネルギーを推進材にしてさらに遠くへ進むことができるんだ!

 爆発する誘導弾を爆発させながら、放射攻撃を躱すが、その前に進む速度は遅い。


『こりゃ勝ったね』

『アステ選手、その速度をぐんぐん上げていく! 最終コーナー! 他の追随を許すことなく、今1着でゴーーーーーーール!!!!』


 目をまるまるとしながら、周りの興奮に満ちた声で我に返る。

 そっか。わたし、勝ったんだ……!


「勝った。勝ちましたよ、ししょ、う……」


 そうだった。今は後ろの方にいていないんだっけ。

 心の奥の方が少し沈んだ感覚。まるで祭りの後のような気持ちだろうか。

 カナタちゃん、わたし勝ったんですよ? ですから褒めてください。頭撫でてください。

 わたしのことをちゃんと見てください。


「なに落ち込んだ顔してるの」

「師匠……? なんで」


 だって、さっき食い止めるって言ったのに。


「強制テレポートね。終わった瞬間スポーンって感じで」

「……ふふ。なんですかスポーンって」

「スポーンはスポーンでしょ?!」


 笑って頭をうつぶせにしていたからだろうか。

 頭にポンと手が乗る感覚がした。


「へっ?」

「え、違った? いつもその格好でナデナデ要求してるから」

「あ、あはは。えーっと……。えへへ」

「なに笑ってるのさ」


 そりゃ笑いたくもなりますよ。だって本当に望んでいたものが都合よく手に入るんですから。

 重くなっていた胸の奥が少し浮ついているのか、上の方に浮上する感覚。

 えへ、えへへ。すごく、嬉しい。


「師匠、褒めてください! わたし勝ったんですよ!」

「ん、よくやったね。おめでとう」

「えへへー」


 心が陽だまりに包まれたような、暖かい心地よさがわたしの胸を纏う。

 嬉しくて、嬉しくて。嬉しくて。

 何度言われても慣れない気持ちと、何回言われても慣れたくないワガママで胸がいっぱいになる。

 もっと。もっとわたしのことを褒めてほしい。

 こんなわたしだけど、師匠のためだと胸に張って前に進めるように。


「ありがと」

「……はい!」


 顔を合わせて、お互いに笑って。

 これが幸せだと言うのであれば、今わたしはマジクラ一の幸せ者だろう。

 みんなに自慢できるぐらいの、一番の。

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