第25話:引っ越し、お金ならあるんや

 お金だ。


「お金ですね……」


 お金だ。


「1000万Gですね」


 お金だ。


「大金ですよ、師匠!!!」


 クラウンレース優勝から数日。アステのプレゼントBOXには、運営からの賞金として1000万Gもの大金が納められていた。

 最初見た時はフクロウが二度見するような顔をしていたけれど、フレーバーテキストを読んでやっと理解したらしい。その様子は少し可愛かったのを覚えている。


「はいはい、分かったから両手でウィンドウを持たない」

「でも1000万Gですよ!? これを驚かないで、いったいいつ驚けばいいんですか!!」

「そうだぜ! もっとはしゃぐべきだって、クランリーダー!」

「まったく騒々しい。たかが1000万で何をはしゃぐと言うのですか」

「その割には手が震えてるぜ?」

「そちらこそ、毛が逆立ってますよ?」


 いがみ合ういつもの2人は置いておいて、ノイヤーとミルクはいつも通りの光景と言わんばかりに、狭いクランステーションの端で優雅にコーヒーを飲んでいる。


「ノイヤーさん、本当にコーヒーが好きですね」

「何言ってるんですか。嫌いに決まっているでしょう?」

「え?」


 黒い飲み物を口にしながらそれを言う矛盾の塊お嬢様。

 最初はそう思うよね、うん。


「だいたいコーヒーなんて飲み物は本来あってはいけないような薬物のようなものの。コーヒーの中にはカフェインという成分があるんですが、1杯のコーヒーを150mlとした場合、カフェインは約60~90mg入っています。これはエナジードリンクと同じ程度か少し少ないくらいの量なんです。エナジードリンクと言えば元気の前借りとよく言いますが、コーヒーも同様の効果を得られているとは思いませんか? そうなんです! コーヒーも突き詰めればだいたいエナジードリンクと同じなんですよ!」


 出たな、ノイヤーのコーヒーうんちく。

 危険啓発にも近いそれは、文字通りコーヒーの飲む気を失わせるような余計な情報であり、実家が珈琲店であることを欠片ほども感じさせない。

 お客さんを遠ざけるには十分な営業トークだこと。


「えーっと、エナジードリンクって糖分も入ってましたよね?」

「そうです。ですがそれも砂糖を大量に入れれば同じこと。いえ、実質エナドリと言っていいでしょう。こんなものでパフォーマンスを下げるのは実に不快。故にわたくしは提唱するのです。ここにコーヒーバーチャル化を!」


 そう言ってまた一口コーヒーを飲む。

 うーん、矛盾。


「バーチャルであれば。いえ、VRであればカフェインなどの身体に有害のある成分を摂取することはない。コーヒーなんて胃に入れば全部同じですし、味覚だけ味わうのであれば、カフェインなんてものは必要ありません。ノンアルコールならぬ、ノンカフェインコーヒー。それこそが人類に求められているコーヒーマストなんですよ、アステさん」

「え……。そ、そうなんですね……」


 私の方を不安そうに振り向く子犬が一匹。

 間違いじゃないよ。その人がおかしいだけだし、これが本来のノイヤーだから。

 その後ろ側で白髪のミルクがパチパチと、まるで神の啓示を受け取ったかのようにその目に涙を浮かべているのは何かの間違いであってほしかった。見ないふりをしよう。


「で、クランステーションはどこにするんですか?」

「あ、それ覚えていたんですね」

「もちろんです。少なくともカナタさんをここに誘ったのはわたくしなのですから」


 アステは驚く顔をしているけど、実際その通りなんだ。

 高校に上がったばかりで部活にも入らず、ただ帰宅部をしていた当時の私に対して、同じく大学で暇を持て余していたノイヤーがこのゲームを持ち掛けてきたのだ。

 最初はつまらなかったらやめよう、と思っていたのに、課金するほどハマってしまうとは。人間、どこで足を踏み外すか分からないものだ。


「なんか、ノイヤーさんって、本当に年長者って感じしますね」

「実際はミルクさんの方が年上だけどもね」

「え、そうなんですか?!」

「ノイヤー様、そのお話は……」


 私はミルクのリアルは知らないけれど、20歳であるノイヤーよりも落ち着いているように見えなくもない。少なくとも見た目の雰囲気は間違いなく最年長と言っても過言ではないだろう。

 ただ、リアルの話は極端に嫌う人は嫌うし、そういう面ではミルクも類に漏れずその1人なのだろう。


「それを言い出したら、アステさんのリアルなんて気になりませんか、カナタさん?」

「へっ?!」


 まぁ、気になると言えば気になるけど。

 特にその妙に発達した胸部とか、身長とか。

 けど、なんというか。アステはそれよりも……。


「アステは大型犬辺りじゃないの?」

「…………カナタ様、それは流石に」

「え?」

「流石にないですよ、カナタさん」

「え?!」


 なんで総ツッコミ受けなきゃいけないの?!

 アステ、犬っぽいでしょ。しかも大型犬というか、しっぽのエフェクトとか出したら絶対ブンブン振ってくれそうだし。


「この前だって、頭撫でてって差し出してきたでしょ? やっぱり犬だって」

「「…………」」

「なんで2人してそんな顔してるの」

「いえ、わたくしの幼馴染がこんなにも鈍感で分からず屋だとは」


 呆れた顔で私のことを見てくる年長組2人と、先ほどから顔をうつむけて、あからさまに機嫌を悪くしたアステが机に突っ伏している。

 な、何事……?


「師匠にとってわたしなんてそんなものですよね」

「な、なんかごめん。悪いこと言った?」

「別にいいです。それよりクランステーション決めましょう」


 元気だけが取り柄の女から元気を取ったら、周りの雰囲気まで沈んできてしまった。

 私が悪いのは分かったけれど、元気は出してもらいたい。えんどローのパッション役はアステだけなんだから。

 何かアステの機嫌をよくする事を考えないと。

 でもどんなことだろう。言われてみたら、私アステのこと何も知らないかも。

 どんなものが好きとか、どんなことをされたら嫌だとか。あとはアステの過去とか将来の夢とか。

 言われてみればとにかく謎に包まれた女。それがアステだ。私、そんな子をどうしてこんなにも信頼していたんだろう。


 クランステーションのカタログを見ながら、沈黙が続く室内。

 何かないかな。アステのイメージに沿いながら、利便性も重視したクランステーションは……。


「あっ……」

「どうかしましたか?」

「アステ、これ見て」


 けだるげそうな視線でウィンドウに目を向ければ、瞳に光が戻っていく。


「宇宙ステーション?」

「うん。テレポート機能もあるみたいで地上からすぐに宇宙に行けるし、アステ、宇宙好きだったと思うから、どうかなって」

「……師匠」

「あ、あと広い、から。かな?」


 ちょっと誤魔化した。

 今の10割ぐらい他の人のことを考えずに、アステだけしか頭に入ってなかった。

 それ故か、アステの反応だけはすごく好評だ。


「わたし、ここにしたいです!」

「カナタさん、ここには重力制御装置や魔法はあります?」

「……あるみたい。コーヒーも飛ばないかな」

「ではわたくしも一票入れますね」

「でしたら私も一票」


 ゴリラとアバターもそれぞれにっこりと笑って二票。

 全員コンプってことは!


「じゃあ決まりってことで!」


 満場一致。私たちの新たな拠点は、宇宙だ!

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