第20話:イベント、クラウンレース
我がクランには問題が1つある。
「肘ぶつかったろお前?!」
「ぶつけてきたのはそちらでしょう?」
「やめなさい、はしたない」
確かにマウンテンゴリラの横幅はそれなりにある。
そのために肘がオレアバターにぶつかるのは仕方のないことかもしれない。それで喧嘩が起こることも……。
「アステ、そこ退いて」
「それは無理です……」
何故なら。
アステはそうため込んでから、この問題の真実についてとうとう口に出してしまった。
「こんな狭い一本道、避けれません!」
立地はよかった。中央エリアから少し外れた一角。
歩けばすぐに中央エリアの端っこの方にたどり着くので、いろんなものを買うことができる非常にいい場所だ。
だがそれだけ。
中央部分から逸れた、しかも安い土地というのは基本的に狭いもの。
3歩歩けば終わってしまうような廊下。それも人1人分しかない通り道を、いったいどうしようものか。
会議の時は肩身を寄せなければ6人なんてとてもじゃないが肘がぶつかる。
アステはそれでいいかもしれないけれど、配信をしたい私にとっては問題だらけしかないクランステーションなのである。
「緊急会議! ここから出る方法!!」
「それだ! 俺もここから抜けてぇって思ってた!!」
「珍しく意見が合いましたね。クラン活動をするには狭い」
「わたくしはここが気に入ってますが」
「こじんまりとしていた方が嬉しいという精神ですね、流石です」
「何が流石なの」
4対2でここから抜けるが圧勝。ノイヤーには悪いけど、次のクランステーションではクローゼットレベルの部屋を分け与えてあげるから、それで我慢して。
「ですが、我々は発足したてのクラン。資金はありません」
「そうなんですよね。わたしは一応1日500Gをクランに入れてるんですけど……」
「焼け石に水ですね」
クラン画面に表示されている3500Gというお金を見れば、なんとなくそれは理解できた。
基本的にはこのゲーム、お金はいくらでも手に入る。
そしてその物価というのはだいたいリアルと同じぐらい。
当たり前のことだけど、家1個買うにはうん千万するとかしないとか。賃貸なら一応それでもいいのだけど、このゲームにそんな機能はない。なので稼ぐなら己の身体で、ということになる。
でも私がいれば、そんな事をしなくても済む。
「私が買おうか?」
「「え?」」
そう稼ぐしかないのだけど、それは文字通り身を粉にして働いてきた私にとっては他愛のない金額。
自分のプロフィール画面から今の所持金を見せてみると、みんな驚いた。
「嘘だろ……お前1人で富豪じゃん」
「それだけ周回したんですか……」
「もう数えてないや」
「流石はノイヤー様の幼馴染。誇らしいですね」
どこ目線なの、ミルクは。
まぁものすごく高い家は変えないけれど、それなりのステーションぐらいなら買い取ることができる。だから提案してそれでー、って思ったんだけど、この2人は許さないらしい。
「ダメです! これは師匠のお金です! 自分のために使ってください!」
「そうですね。これでいい感じに甘い食べ物でも食べればいいです」
「でも、死活問題でしょ?」
ノイヤーに聞いてみると、ひそかに笑ってミルクへと目線を向ける。
「そうでもありません。クランステーションでできることは作戦会議やプライベートスペースの確保など。でしたら外の喫茶店でもできます。急務というほど必須かと言われたらそうでもありませんから」
そ、それもそうなのかな。
でも2人ともめっちゃ狭そうに……。あぁ、2人は狭い派の人間だったっけ。
「そ、そうです! それは師匠が自分で稼いだお金。そう簡単に使ってはいけないと思うんです!」
「別に私が何に使おうが勝手じゃない?」
「なら師匠は年下の女の子に家を買われたいですか?」
ぴくん。その言葉に私とアステ以外のすべてのメンバーが反応する。
え。ひょっとして全員……。
「情けない真似はできません。幼気な仮にもアイドルを自称している彼女にクランステーションをおごってもらおうなど」
「そ、そうだな! これはお前の金だ。大事にするんだぞ」
私ってそんなに女子高生辺りに見えていたのだろうか。
それとももっと年下か。いや、間違いじゃないんだけど、なんだろうこの胸のモヤモヤが晴れない気分は。私はただ親切をしようと思っただけなんだけどなぁ。
「そんな感じで、カナタさんの意見は却下です」
「むぅ……」
頬を膨らませて黒髪の女を睨むけれど、彼女はその視線が心地いいのか余裕げに笑っている。
さらにその様子が伝播するように白髪の女も後ろでよだれを垂らしている。うん、ヤバい。ヤバい人だこの人は。
「つってもどーすんだよ。手っ取り早く稼げるクエストとか、俺知らねぇんだけど」
「これだからは脳筋は」
「んだと?!」
ゴリラの咆哮を手のひらに表示させたウィンドウで黙らせる。
不敵に笑ってみせたオレアバターがそこにないはずの眼鏡をクイッと上げる仕草をした。
「イベント『クラウンレース』。5回目となるこのレースは非常に賞金額が大きい。その額、1000万」
「「1000万?!」」
アステとゴリラが声をそろえて叫ぶ。
そりゃそうか。クラウンレースは私だって参加したことのある由緒正しきイベント。
単純にレースをするのだけど、妨害ありの超攻撃的なレースだ。
襲い掛かる《マジック・ロケット》の数々。通り過ぎるバスター砲。極めつけは1位だけを狙った集中的な攻撃。
速さだけではなく、相手の攻撃をいかに避けきる、捌ききるかがカギとなるのが『クラウンレース』なのだ。
「ひぇ、恐ろしい……」
「ですが賞金額はバカになりません。どうしますか?」
考えるそぶり。そんなことはしない。
目の前の机に参加表明画面を叩きつけると、私は躊躇することなくYESボタンに自分の意志を叩きつけた。
「やろう。えんどローはこれに勝って、賞金がっぽり!」
「それでクランステーションを買って!」
「広い部屋でノイヤー様にコーヒーを入れます」
最後のミルクの言葉はさておき、これで一つ目の目標ができた。
よし、みんなで1位、取るよ!
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