第21話:作戦会議、走者はいったい

「で、誰が走るんですか?」


 浮かれた空気を切り裂くように銀髪の女が言った。

 そりゃそうだ。誰が走るか。それはこのレースにおいて、もっとも重要視すべき必須事項。もしくは勝利への最低条件とも言える。

 口に出した銀髪のアステがちらりと私を見る。いや、見られても困るんだけどなぁ。


「まぁ、コーヒー卿とミルクさんは論外でしょう。お互いにパワータイプすぎる」

「でもノイヤーさんはコーヒーを飲めば……あっ」


 そう。ノイヤーの《ブレイクタイム》はステータスが5倍となるほぼ対人戦最強とも言えるスキルを持っているが、問題はその発動条件。

 コーヒーを飲んでいる間に戦闘不能、もしくはゴールまで持っていかれる。

 急いで飲めば、と言うが、ノイヤー的ポリシーと熱いからでそれはNOである。

 ミルクはさておき、ノイヤーは論外であった。


「まぁわたくしはサポートに回りましょうか」

「ですね。私もノイヤー様のお側にいます」


 あとはゴリラとアバターだけど、ゴリラは見るからにパワーアタッカー。

 スピードがあったとしても、身体の重量がそれを許してくれない。それ相応の速度は出ないはずだ。

 アバターは、その。完全にインドアっぽいし。


「となるとカナタさんとアステさんのどちらかになりますね」

「わたしは師匠推しです!」

「奇遇だね。私はアステ推しだよ」


 その言葉を聞いてだろうか。少し顔を赤くしたかと思えば、ブンブンと思いっきりその赤を捨ててしまえば、そのままのノリで私へと反論の言葉を口にする。


「師匠の《アクセラレー・ト・リューヌ》で皆さんごぼう抜き。それでなくても《ヘブンズストリングス》で一網打尽です!」

「言うと思ったよ」

「わたしなんかより、師匠が適任って言っているんですよ?」


 おおかたアステが私を推す理由は察していた。

 だからこそ、その理由全てをひっくり返し、何故私がアステを推すのか。教えてやろうじゃない。


「そもそも私の必殺技は時限強化に近いものなの。その時間、おおよそ1分」


 アバターがその戦況データに口添えする形で、タブレットからウィンドウを表示し、アステの前に提示する。

 その時間、1分前後というのは私が検証した結果だ。

 《アクセラレー・ト・リューヌ》は私が接触しているあらゆる物質、部位を加速させることができる。

 例えば足の速さ。例えば単分子カッターのような刃の振動。例えば体全身。

 何度試しても、何度やっても、1分が経過した段階で必殺技の効力は切れる。レースならばその1分間は無類の強さを発揮するが、それ以降はあまりにも無力に等しかった。


「もしコースが長かったら。私は短距離のスプリンターであって、長距離のステイヤーではない。だからおいそれと必殺技は切れない」

「でも……!」

「2つ目。あの糸は先頭であれば話は変わるけれど、それなりにMPを消費する」


 《ヘブンズストリングス》も万能ではない。

 私がだいぶコントロールしているとはいえ、MPの消費はバカにならない。

 1レース分を必殺技をプラスして動かすには、あまりにもガソリンが足りないのだ。


「3つ目。このレースはアステのようなマジカル型、すなわちスピードタイプに特に有利に働く」

「どういうことですか?」


 そりゃスピードが速ければレースには有利ですよね。というアステの言葉にうなずく。

 その通りなんだ。私もスピードタイプのビルドをしているけれど、それはアーミー型なりのスピード。パワーがあるスピードではない。

 馬力という面でも、アステのほうき星、すなわち流星の如きスピードはトップ陣営にもタメを張れるぐらいには優秀なものだと、私は思っていた。


「でも……」

「アステがどうしても、って言うなら無理は言わないけど。私は私が避けさせずに1度殺したアステを信じてる。それだけは自信を持って」

「……あの時は…………」


 そんなことない。私はそう言って、アステの泣きそうな顔をなぞる。

 元気だけが取り柄なんだったら、そのぐらい貫いてよ。そう励ますことを忘れずに。


「わたし、まだゲームを初めて4ヶ月ですし、初心者に毛が生えた程度ですし……」

「私はアステを天才だと思ってるけどな」

「っ! ……違います。わたしは天才なんかじゃないです」


 頑なに拒むアステを少し珍しいと思いながらも、私はそれでも諦めたくない。

 だって負けたくないから。それは一度決めたからではない。

 せっかくなら。曖昧でも、突拍子なくても、それでも私はアステとならできるって思ったんだ。

 たとえ優勝してクランが壊れかけたとしても、アステとなら一緒に歩いていけるって思えるから。

 その感情をなんと例えるかは分からない。

 だけどね。それだけアステを信頼していることにほかならない。アステじゃなきゃいけない理由が確かにそこにあるんだ。


「アステがそう思うのは勝手。でもその才能を私たちに貸してくれない? 私たちの快適なクラン生活のために」


 俯いた顔のアステから視線を感じる。宝石みたいにキラキラ輝いているわけではない。でもそこにいたのは私がちゃんと接していたアステという友達兼弟子の姿であり、たった1人の相棒の不安げな瞳だった。


「……わたしで、いいんですか?」

「アステがいいの」

「師匠は本当にずるいです」

「私なにかした?」

「いいえ、何も」


 何故かノイヤーが肩を震わせているけれど、何なの。

 アステとノイヤーになにかあるっぽいことは感じて取れるけど、それ以上のことは分からない。不愉快極まりないのはなんでだか。まぁいいけど。


「わたし、師匠となら何でもできると思います」

「なら!」

「が!」

「が?!」


 なんで今「が!」って強調したの?

 ここはもうお互い納得して「じゃあやります!」ってところじゃないの?!

 その瞳はいつもどおりの元気だけが取り柄のボウボウと燃え盛るルビー色の輝きを放っていた。


「やるからには全力です! 作戦を練りましょう!」


 なんだ、そんなことか。

 輪郭をなぞる手で肩を叩いてつぶやく。


「もちろん。そのために集まったんだから」


 その姿はもうさっきまでのクヨクヨしていた彼女じゃない。

 アステとなら、あなたとなら大丈夫だ。


「でも情報なくね?!」

「データ自体はありますが、毎回コースが変わるみたいですから、一筋縄では行きませんね」


 アバターの言う通り、確か私が参加した2回目と3回目ではコースがガラリと変わっていた。

 4回目と1回目も確認するべきだろうが、データ通りであれば初見のコースを4ヶ月のほぼ初心者が走らなければいけないのだ。何かしらサポートをしなければ、この戦いに生き残ることはできない。


「……なら、ショータイムのメンバーにでも聞きましょうか」

「それがいいでしょう……え?」

「ノイヤー、今なんて言ったの?」


 ちょっと聞き取れなかった。いや、耳に受け付けなかった。もう一度言ってほしい。


「話がわかるショータイムのメンバーに聞きましょうって言っているんです」

「……ノイヤー、頭おかしくなったの?」

「大真面目です」


 端正な顔立ちから放たれた荒唐無稽なジョークに、その場にいる全員が唖然とする他なかった。

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