第19話:結成、みんなを知れ

 えんどロー結成から約1日が経過したところだ。

 お世辞にも広いとは言い難いクランステーションに、腕を組んで椅子に座るのが私。その隣にいるのがアステ。目の前にいるのは、ノイヤーだった。


「なんで私がクランリーダーなの」

「もちろん総合的に判断した結果です」

「ノイヤーがやりたくなかっただけでしょ?!」

「まぁまぁ、わたしは師匠がふさわしいと思いますよ! 配信者ですし!」


 それ関係あるの?

 思わず口にしようとしたが、やめておいた。私を褒めてほしいね。褒め褒めポイント1点加算だ。

 という冗談はさておきとして、彼女は彼女なりに、もうリーダーというものをしたくないのだろうと、容易に察することができた。

 なら、あえて理不尽な要求を受け取るというのも幼馴染の役目の1つであろう。

 それはそれとして納得はできないけれども!


「実際ノイヤーの取り巻きは知らないし、やっぱりノイヤーの方がよかったんじゃないの?」

「わたくしも……。そうですねー……。アステさんのこと知らないですし」

「そ、そうですよ?! わたしだってノイヤーさんたちのこと知りませんから! ら!」

「まー、それもそっか」


 今の反応が妙に堅かった気がしないでもないけれど、別に気にすることでもないか。

 確かにアステが他の人と仲良くしている姿を見たことがない。それなりに関係は持っているのだろうし、私以外の人と仲良くしたってイライラしたり、もやっとしたりはしない。分別はつけているつもり。だからもっと他の人とも仲良くしてほしいな。


「なら今からミルクさんたち呼びます?」

「え?」

「こういうのは荒療治ってやつですよ、師匠!」


 それを荒療治って呼ぶことないんだけど。

 ノイヤーがフレンドコールでミルクたちを呼び出している最中、当の3人のことを思い返していた。

 1人はミルク缶を持ったメイド。見た目は普通にメイド長って感じで素敵なんだよね。ミルク缶にさえ目がいかなければ。

 1人? 1匹の間違いじゃないのかな。ゴリラ。喋るゴリラ。これ以上にないほどTHE・ゴリラ。以上。

 1人は青いエルフ。どこかの映画で見たことある見た目だけれど、喋り方が知的。多分名前はその場のノリなんだろうな。


 気づいた。ロクな人がいない。

 え、ノイヤーの周りってものすごくキャラ濃くない? 普通そんなもんだっけ?


「おーっす! 今日は何だ?」

「コーヒー卿、お呼ばれして光栄です」


 ミルクがミルク缶を置いて、スカートを指先でつまんで広げる。

 んー、作法がいいのに、なんでミルク缶。


「それで、我々をお呼びして何かご用事ですか?」

「わたくしは全員知っていますが、カナタさんはあなた方を、3人はこちらの2人を知らない。でしたら自己紹介は必要でしょう?」


 さすがはノイヤー珈琲店のご令嬢。こういうまとめ役的対応は私よりも適任だ。

 とはいえ、きっと自身はそんな役目やりたくないって気持ちでいっぱいなんだろうけど。


「そーだな。カナタちゃんはよく知ってるが、アステちゃんはあまり知らないからな! この機会に仲良くしようぜ!」


 そう言ってマウンテンゴリラは胸を叩いてドラミングをする。

 んー、この見た目に忠実なロールプレイング、さすがだと褒めてあげたい。

 一方、そんな野蛮人を見るような顔でオレアバターはため息を1つ吐き出す。


「相手は女性です。蛮族的な男性は嫌われますよ」

「うるせぇ! てめぇみたいなのっぽには分からねぇよ!」

「耳が痛む。これだから野生児は。動物園でも行ったらどうですか?」

「それならお前は研究施設にでも行っとけ!」


 あの、そんなところでいがみ合わないでください。非常に気まずいです。

 ウィットに富んだ謎の罵倒の数々を交わす男性2人。だが微妙に仲がよさそうなのは何故だろう。


「彼らはマウンテンゴリラさんとオレアバターさんです。それぞれアーミー型とクラフト型ですよ」

「あなたの筋肉に染まり切った頭脳ではアーミー型が最適でしょうね」

「んだぁ? クラフト型は近づかれたら終わりだろうが!」

「分かってませんね。近づく前にあなた如きでは塵にも等しいんですよ」

「何を?!」


 本当に仲いいのかな、この人たち。

 今にもここで激突しそうな火花を散らした2人だったが、それは戦いを避けるように1本のミルク缶が間を割く。

 見れば全身白という表現がふさわしいミルクがいた。張り付いたような笑顔を携えて。


「ここはコーヒー卿の御前ですよ。それにほぼ初対面の人もいます。あまり騒ぎを起こさないように」

「「……はい」」


 すごい。ぴしゃりと険悪な雰囲気を締めた。

 早業過ぎて、きっと慣れているのだろうと察することができる。

 まさにメイド長。ミルクって、本職は本当にメイドさんなのでは?


「こっちはミルクさん。わたくしの頼れる自称メイドです」

「ご紹介にあずかりました、ミルクと申します。以後お見知りおきを」


 あ、これはご丁寧にどうも。

 ペコペコとアステと2人で頭を下げる。

 かっこいい大人の女性。それが私たちがミルクに抱いていた感想だ。

 冷静でクールで、言うときはハッキリ言うし、物腰も丁寧。憧れてしまうのも無理はない。


「綺麗ですね、ミルクさん」

「うん。まさに大人の女って感じ」


 そのミルクはミルク缶を置いて、こちらまで近づいてくる。

 な、なんだろう。不思議と緊張してきた。あんな対応をされたら、今度は顎をクイッとされて、妖艶な微笑みが訪れるんじゃないかって、心臓がバクバクと動き始める。


「カナタ様、これはノイヤー様にはオフレコにしてほしいのですが」

「は、はい……」


 ごくり。ノイヤーにも言わないようなことをいきなり私に……?

 心なしか白い頬が朱色に染め上がっている気がするし、これもひょっとして百合というやつ?

 いやでも、ほぼ初対面だしそんな――。


「幼い頃のノイヤー様はどうでしたか?」

「……え?」

「やはり可憐でしたか? みなまで言わないでください。可憐なのは当然として、もちろん今のような美しいモデルのような佇まいをしていたことでしょう。分かっています。それが私のご主人様であるコーヒー卿であり、ノイヤー様なのですから。あぁ、想像したら少し鼻血が……。あ、大丈夫です。ここはゲームの世界。鼻血が出たとしてもそれは些細なことであり、ある種のバッドステータス。いや、フレーバーエフェクトと言った方がいいでしょうか。まるでノイヤー様が日々放っているオーラと同じでしょうか。おっと話を戻しましょう。幼少期のノイヤー様はさぞお美しい事でしたでしょう。幼馴染としてどのような感情を抱いていたか詳しくお聞かせいただければ」

「……え?」

「幼馴染としてノイヤー様に――」

「分かったから!」


 訂正。ヤバい人だった。類に漏れることはない。あの3人の中でおそらく1番。

 隠れファンというよりも、本人は気付かれないように1人影で発狂しているノイヤー過激派。

 私の幼馴染、ずいぶんと危険な相手とお知り合いなご様子で……。


「何かありましたか?」

「いえ、なんでもありません」

「そ。ならいいけど……」


 様子を窺うように私たちを覗いてくるノイヤーだったが、ミルクの偽りの微笑みで安心したのか、ゴリラとアバターの2人の方へと行ってしまった。た、助けて!


「さぁ、アステ様もご一緒に」

「ひっ!」


 アステ、それは流石に酷い。


「では、じっくりと皆様のノイヤー観について語っていきましょうか」


 うん、確かに自己紹介するとは言ったよ?

 でも普通はこんなことにならないと思うの。そこんところどう思うよ、ノイヤー。


「私のノイヤー観なのですが……」


 ま、まぁ。知ることはできたし、いっか。

 部屋の片隅で顔を突き合わせる私とアステ、そしてミルク。

 なんというか、ショータイムの時より大変そうな気さえしてしまった。

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