第18話:えんどロー、想いを新たに

 アステは言っていた。1人ではないと。わたしがいると。

 そんなの分かっている。今さら事実確認をしたところで、何も変わらないのに。

 分かっているんだ、本当は。ノイヤーとなら。アステとならショータイムみたいな一部の人が不幸を引き受けるようなクランにはならないと。

 頭では、そう理解しているんだよ。でも、感情は整理が追い付いていない。


「はぁ……。バカみたいだな」


 私は結局未来ではなく、過去のことを考えている。

 あの時どうしたらよかったんだろうとか、昔みたいになったら嫌だなとか。そんなことばかり。


 ログアウトした私はベッドに横たわって、ただ天井を見上げるだけ。

 何もないこれっぽっち。宇宙にいる時と同じ感覚。独りぼっちの、今。

 これを変えられるのは他でもない自分だけで、きっとその機会が今のクラン結成なんだ。

 ノイヤーは、カンナはきっとそれを見越して口にしている。昔から適当な割には計算高い女だったことを思い出す。そりゃそうか、かつてはショータイムのリーダーだったわけだし。


「また、昔のこと考えてる」


 ハッとした時にはもう遅い。これから何をすればいいかとか、何がしたいかとか。そんなのはない。

 強いていえば登録者10万人だけど、そんなの無理に決まってる。だから本当の目標なんてものは私の中にない。持っていないんだ、夢を。


「どうすればいいんだろうね、アステ」


 1人じゃない。アステがいる。そんなことを自然と言葉にしてしまった。

 私は思ったよりもアステを気に入っているらしい。何故かは知らないけれど、あの大型犬みたいなテンションを振りかざされれば、不安の泡が徐々に振り払われていくのを感じた。

 過去と、今と。私はどちらを選べばいいと思う、アステ。

 アステなら。答えは分かっていても、うじうじ悩んでしまう。

 怖いんだ。人が変わったみたいに自分の仲間を非難する友達が。無言で立ち去った彼女が。それまであった居場所がなくなった怖さが。


「ん?」


 その時だった。ピロンと、SNSからメッセージが飛んできたのは。

 気づけば2通。1通目はクランのお誘い。そういえばフレンド登録してくれたリスナーがいたっけ。まったりゆるーくやってるクラン、か……。

 掘り起こされる記憶も、そんなクランだった。誰かがクラン戦を挑まなければ、勝利の喜びを知らなければ。


 2通目はカンナ・ノイヤー。私の幼馴染からだった。

 内容は……。


「え、今から通話するの?」


 メッセージを見た途端電話がかかってきた。

 びっくりしてスマホを落としかけるも、なんとかキャッチして通話モードをONに設定する。


『もしもし、寝てました?』

「寝てない。むしろびっくりしてる」


 あはは、と笑いながらその通話の向こう側でどんな表情をしているか分からない。

 けれど声色的にはそこまで明るい顔をしていないだろう。


「なにか用?」

『……クランのお話、迷っているのかなと思いまして』

「やっぱりその話か」


 私にクランの話を誘ったのもそうだけど、そもそも同じ被害を受けたカンナが結成の話を持ち出してきたこと自体少々不可解なものであった。


「カンナはさぁ、どうしてクラン結成しようって思ったの?」

『その話になりますよね』


 カンナは1つ息を吐き出して、決意を新たにする。

 きっと明るい話ではないのだろう。


『あまりいい話ではありませんよ』

「カンナなら別にいいよ。だって――」

『見返したくなったんです、ショータイムを』


 見返す。見返す?!

 見返すってあれだよね、後ろを振り向くとかじゃなくて仕返し、みたいな。


『そうですよ。だいたい悔しくないですか、わたくしたちの居場所もうないじゃないですか』

「そりゃ、そうだけど」

『ですからやめていったわたくしたちが、今こんな感じで楽しくやってるよーって仕返しです』

「ベディーライトがそんなこと思う?」


 正直トッププレイヤーのムサシ・キョウコをずっと見ていて、部下の変化にも気づかない彼が楽しくやってるって煽られてもさほどダメージ受けない気がするんだよね。

 相当の堅物というか、融通の利かなさなら全国トップクラスだと思ってる。


『当然思わないでしょうね。ですが、周りの面々はどうでしょうか?』

「そりゃあ、ここあ辺りは不満を抱くかも」

『でしょう? 今の中核はその辺ですし、ちょっとした嫌がらせにはなると思いますよ』

「でも反感買わない? 嫌だよ、クラン同士でいがみ合うの」

『向こうは超有名クラン。こっちは有名(予定)の配信者。牽制はあれど、大手を振って迷惑行為をするバカたちではありません』


 それ、ここだけの話にしておいた方がよさそうだね。

 確かにブランドに傷がつくから、大きなことはできない。だから一方的に恨まれるだけ。私たちは嫌がらせするだけ。楽に相手にダメージを与えられるってことか。


「でも私は……」

『分かってます。それでもう1つの理由です』

「……なに?」

『さっきまでのは建前で、本音は……。カナタさんと遊びたいんです』


 あぁ、そんなことか。

 そうだよね。しばらくの間一緒に遊べていなかった。私はずっとショータイムと配信者にかかりっきりで、ようやく余裕が出てきたのが今だ。

 だからこのタイミングで持ち出してきたのかもしれない。


『カナタさんは周りに比べて強い。それと肩を並べるなら、わたくしも相応に強くならなければ。そう思ったんです』

「つまり、あのテストは自分に対しての?」

『そういうことになりますね』


 それがネタスキルである《ブレイクタイム》に帰結するのはちょっとおかしい気がするけれど、それは実家が珈琲店のカンナらしいということにする。


「でも、私は……」


 クランというものがどういうものか知っている。

 その先を知っている。だから、怖いんだ。


『分かってます。だから無理強いするつもりはありません。ですが……』


 カンナは言葉を区切って、息を呑む。

 その言葉の続き。私はそれが気になった。


『結局は相手が信用できるかどうかじゃないですか?』

「……それは、そうだけど」

『ぶっちゃけわたくしはベディーライトが信じられないからクラン抜けましたし』


 え、そんな理由なの。

 いやまぁ、確かにやめろとは言ってたけど、やめる意思をするのは自分なわけで。

 それはそうなんだけど、えぇ……。


『あなたが思っているほど、事態はそこまで深刻じゃないかもしれない。それに信じられる友達がいるというのも、存外悪いものではありません』


 信じられる友達。それがカンナにとってはたまたま私だったわけで。

 でもそれ、自称ナイトのミルクたちじゃないんだね。


「そんなもんかな」

『そんなものですよ』


 なら、私にとって信用に値する友達は。

 フッと、頭の中に過ぎったのはアステの笑顔だった。

 うん、アステなら。アステとなら。心が軽くなったのは間違いじゃない。

 アステは、私にとっての陽だまりだ。濡れた心を乾かしてくれる光。大げさかもしれないけど、アステとならクランを作っても仲良くできる自信がある。それだけ私にとっては大切な友達なんだと思う。


「その話、アステもいる?」

『もちろんです。一応ミルクさんたちも誘ってますし、これで6人です』


 クランは1人からでも作ることができる。だけど人数は多くてもいい。

 それが信頼できる友達なら。


『でもどうしましょ、クラン名』

「それなら、任せて」


 頭の中で1つ思いついたクラン名をそのまま口にする。


「えんどロー。終わった私たちはゆるくローテンションで行こう、って意味」

『ふふっ! いいですね、それ!』

「でしょう! ショータイムからは成長してるんだよ!」


 まだ信用しきれてないところはいくつかある。

 だけどアステと、カンナといれるなら、それでいい。

 不安だけど、友達と遊べるならそれに越したことはないわけで。


「頑張ってゆるく行こうね」

『頑張ってゆるくって、矛盾してますよ』


 頑張らない。自分たちの笑顔のために。

 そんな志を胸に、私たちはクラン『えんどロー』を結成するのであった。

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