第9話:カナタ1人、孤独は人を鈍らせる
結果としては私のランダムマッチの戦績は本日分だと全勝だった。
投げ捨てたライフルはテクスチャ片へと粉砕され、その勝負が終わったのだと理解する。
「今日はこんなところでいいか」
あとは宇宙に身を投げて、ボーっとする。これでいいや。
ロビーへの帰還の前に思うことはそんなことだけだ。勝利の余韻に浸るわけでもなく、今日の戦闘の振り返りするわけでもなく、ただ疲れたという疲労感だけ。
ホント、疲れたな。ここ数日、本当に。
◇
「助かったよ、ホントに!」
「うんうん、あなたがいてくれてよかった!」
ロビーで待ち受けていたのは、先ほどまで仲間として戦っていたプレイヤーたちだった。
話を聞くに、どうやら同じクランのメンバーらしく、たまたま一緒になった私を感謝したかったらしい。
「そんなことないよ。マッパーがいてくれたから助かっただけ」
「でも見てたぜ? ライフルの至近攻撃避けただろ! マジスゲー!」
褒められて悪い気はしないものの、いい気持ちにもなれなかった。
私はただ、当たり前のことをやって、負けないように戦っただけで。
心の天気模様が少しだけ陰りを見せる。例えばこれがアステからの言葉だったら変わっただろうか。うーん、どうなんだろう。彼女も、みんなと同じく私の当たり前をすごいと言うだろうから。
「あんた、クランには入ってるのか? まだだったら――」
「ううん、入らない。私は1人で十分だから」
そう言って私は愛想笑いと共に軽い挨拶をして、その場をあとにする。
実際、もう人間関係はうんざりなんだ。しなきゃいけないロールプレイをして、仮面を被って、そしてセロハンテープで笑顔を作って。
「まーやっぱ俺たちじゃなー」
「うん、あの子1人だけでも戦えてたもんね」
「ひょっとしたら俺らいなくても全滅させてたかもな!」
私1人でも行ける、か。
チクリと、いいや。心の傷を抉るようにナイフで傷跡をなぞる。
そこに通っているはずの赤い涙はもう出てこない。あるのは痛みと溢れ出てくる過去と、悲しみ。
後悔は先に立ってくれないから困る。分かっていたら、ベディーライトを呼ぶなんてことせずにすんだのに。
本当は、友達と一緒に遊びたかった。
たったそれだけの願いなのに、もうどこにもいない。
いないから、今アステと仕方なく遊んでいるのかな。アステは友達なのだろうか、どうなんだろうか。
ま、それも含めて宇宙でボーっとなりながら、考えてもいいか。
私がいつものように宇宙への切符を手に、シャトルへ乗ろうとした時だった。
「師匠!」
呼び止める声。聞きなれた自称元気だけが取り柄の声。
まったく、いつの間に突き止めたんだか。
振り返った先には太陽の笑顔が、文字通り手を振ってこちらへと走ってきた。
「アステ、どうしてここが?」
「そりゃ分かりますよ! だってほら!」
ウィンドウを開いて、操作したのはフレンド画面。
そこに照らし出されている私の居場所情報ではぁ、とため息をついたのだ。
「ダメですよ師匠! 配信者なんですから、居場所情報を非公開にしなきゃ」
「そうだね、例えばあなたみたいなストーカーがいないとも限らないし」
「それは酷いです!」
ぷんすかと、わざとらしく頬を膨らませる彼女に少しだけ心の天気が晴れに向かう。
どうしてだろうね。あなたとは仕方なく遊んでいると思っていたのに、こんなにも一緒にいて心が少しだけ明るくなるのは。
「ランダムマッチ、どうでしたか?」
「まぁ、ボチボチ」
そこは誤魔化す。
私が強すぎるから1人でいいんじゃないかと思われていたのを話すのは、少し嫌だった。
そこから根掘り葉掘り聞かれて、友達が欲しい、と言ってしまうことが。
寂しいの? と思われることが私自身のプライドを逆撫でするみたいで癪に障るから。
「あ、あのっ!」
「ん?」
アステは少しだけ手先をイジイジと遊ばせながら、縮こまる。
そこまでして恥ずかしがる理由はいったい何だろうか。
「こ、今度! わたしと一緒に遊んでくれませんか?!」
「いいけど。仰々しく言わなくたって、いつも一緒に遊んでるでしょ」
「え? あっ。えーっと、そういう意味ではなくて……」
「どういう意味?」
しばらくの沈黙。
視線をうつむかせていたアステは、瞳を閉じて静かに息を吐き出す。
正直何を考えているか分からないけれど、元々百合営業をしようと言ってきた相手だ。よく分からなくて当然。
けれど、これが本当の本当に仲良くなりたいという意思だとしたら。
実際は少し不器用な人間だったとしたら。
「えっと……。友達らしいこと、してないような気がして」
ま、そんなわけないか。不器用ならこんなに直球に来ない。
「友達って。あなたと私、友達だったの?」
「ち、違うんですか?! わたしはてっきり……」
普通友達のことを師匠だなんて呼ばないでしょうが。
それともあなたの地域ではそんな風に呼ぶの? そうじゃないでしょ。
実際、私はアステのことを友達だと思ってた。けど、それを私から口に出すのはプライドをまたもや傷つけるような真似にしかならない。変なところで負けず嫌いな自分が少し嫌になる。
「……てっきり、何?」
「言うんですか?」
「言ってよ」
「……意地悪ですね」
だって私から言いたくないし。
変な負けず嫌いは置いておくべきだけど、ここぐらいは許してほしかった。
アステの顔のテクスチャが感情に応じてから、真っ白な肌が耳まで赤リンゴみたいに真っ赤になる。
こうして見たら可愛らしく見えてしまうのだから、乙女らしいことというのはどこまでも卑怯だ。
もごもごと言うか言わないかしていた口元がようやく開かれる。
「うぅ……。友達だと思ってました! その上で師匠です!」
「友達で師匠って、変じゃない?」
「変、ですけど! 変じゃないです!」
やや身長の高い彼女を見て、どっちが子供なんだかと笑ってしまう。
そっか。私の『私からのアステ感』というのは間違いだったのだと気づく。
きっとアステに褒められたら嬉しいし、仕方なく一緒にいるわけじゃない。
アステだから安心できるんだ。何故かは分からないけど、アステならそれでいい。
「そういうことにしておくね」
「むぅ! そういう師匠はどうなんですか!」
「ん? 秘密」
「ケチー!」
だって、言ったら恥ずかしいじゃない。
あなたのことを友達だっていうのは。
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