第10話:登録者90人、どうした急に

 朝起きました。

 学校に行きました。

 帰ってきました。


 ゲームにログインすると、まず最初に見るのはチャンネル登録者の数です。

 おかしい。また増えてる。


「おはようございます師匠! どうかしましたか?」

「……アステ、なんかやった?」

「え?!」


 ちょいちょい、と指でこちらの方へ来るよう誘導して、その登録者数のウィンドウをアステに見せる。すると驚いたような表情をするものの、そこに嘘偽りがないように見えた。


「すごいですよ、師匠! 登録者90人!」

「いや、おかしいでしょ! いきなり50人ぐらい増えてるし!」


 前日までの47人もなかなかに謎ではあったものの、それ以上に不可解極まりない事柄。それが今目の前で起きている登録者数の異常な上がり方であった。

 今まで配信しても登録数がせいぜい2人ぐらいが関の山だった人数が、ものすごく跳ね上がったわけで。

 これはどこからどう見てもおかしい。アステが何かをしたわけではないのなら、自然にそんな現象が?!

 いや、そんなわけないでしょうが。


「わたしは何もしてない、というか。次の配信どうしようかなー、と悩んでたところです」

「まぁ、あなたがそんな器用な真似できそうにもないし」

「モノには言いようがあると思います。まぁできませんが」


 ぷっくりと風船みたいに膨らんだ頬っぺたが視界を邪魔する。

 ウィンドウが見えないでしょうが、と半ば頭突きのようにアステを跳ね返せば、何故だかアステが派手に吹き飛ばされていった。おぉ、アニメでも見たことないかも。


「うえーん! 師匠に頭突かれて跳ね飛ばされた―!」

「ごめんごめん。でも邪魔する方が悪い」

「まぁ、それはそうですけど」


 嘘泣きするようにわざわざ涙のイージーエフェクトまで呼び出したアステだったが、ちろりと舌を出して戻ってくる。もちろん距離は一定に保ったままだ。

 仕方ないから、ウィンドウを少し大きくして、50人の伸びを冷静に考えていく。


「こういうので一番ありえるのはスコッパーの存在でしょうか」

「すこ……なにそれ」

「スコッパー。意味はすこ、好きを愛するような集団ですかね」

「へー。好きを愛するって、二重表現じゃないの?」

「あ、ちなみに今のは嘘です」

「嘘かい」


 冗談はさておきと前置きを重ねてから、アステはその『スコッパー』とやらの存在を口にしはじめた。

 スコッパー。小説界隈では有名な用語の一つらしく、意味は掘り進める者、スコップを持つ者という意味。

 今や両手から9割が零れ落ちる配信者の人口。その全てを追ってられないけれど、それでも埋もれた良配信者を探していきたい。そんな欲望が5割。あとはバカを見たいという欲望が5割。

 そんな変わり者たちが日夜いろんな配信者を掘り進めては、紹介するブログがあるという。


「変わり者もいるんだね」

「暇人とも言います」

「アステ、えげつないこと言うね」


 試しに有名な検索エンジンで、自分の名前で検索をかけてみると、ヒットした。

 題して、新進気鋭の百合っぷる。カナタとアステ。というタイトルであった。


「は、はいぃ?!」

「師匠、落ち着いて」

「だって、あなた……。誰が百合なの!」


 それはお前だよ、と言わんばかりのタイトルに憤怒する。

 いや、私だってそういう売り方してるから何も言えないけど。それでもこの言い方はなかなかにクルものがある。百合営業なだけで、相手を恋人として見てないし。


「まぁまぁ私たちのこと書いてくれて嬉しいじゃないですか!」

「まぁ、それはそうなんだけども」


 リンクを踏んで、その紹介ページへと移動するものの、気分はそこまで明るくはなかった。

 なんて書いてあるか分からないでしょ。当たり障りのない事かもしれないし、多分に含まれた百合に関するかもしれないし。正直人からの評価とは怖い。


「えーっと、カナタとアステは最近タッグを組み始めたマジクラ配信者である」


 タッグ、という響きに少し安心しながらも、読み進めていく。

 軽く読んだ内容として、要点はだいたい3つほど。


 再生数が少ないながらもコンスタントに活動していく姿は健気なものであること。

 カナタとアステの掛け合いは、まだまだ磨かれてはいないものの、ボケとツッコミが確立しているため、今後に期待できる点。

 そしてもう1つは百合とは別の意味で私の頭を悩ませるのにふさわしい内容であった。


「やっぱりバレてる」

「超有名クランの部隊長さんでしたもんね」


 現在クランランキング1位であり、いろいろなランカーを輩出している超有名クラン『ショータイム』の元メンバーであり、部隊長。異名まで紹介されているのだから大した情報収集能力だこと。

 そしてその戦闘能力は他の追随を許さぬほどの実力であり、過去行われていたランダムマッチでも、基本的には完勝で納めていることが多い。など書かれていた。

 そのとおりなんだけど、いざ文字として起こされると恥ずかしいなこれ。


「べた褒めですね、師匠!」

「いや、私はもっとアイドル路線で売っていきたいんだけど」

「それは置いておいて」

「いや置いておかないでよ」


 私が最も配信で気にしなくちゃいけないところなのに、それを棚上げするのは少し酷だと思うんだけど! ど!


「本音を言えば、師匠には師匠らしく配信してほしいです」

「あなた……。私らしくなら、アステいらないでしょ」

「うっ! 酷い」


 らしく、というのであれば確かに私のアイドル路線がいかに迷走しているかは、ファンであり、相方であるアステが一番理解していることだろう。

 だけど、私だってきっかけがないままアイドルになろうと思ったわけではない。


「私にも考えがあるってこと。だからアイドル路線も、アステも必要。それでいいでしょ?」

「……師匠!」

「そういうことだから次の配信をどうするか考えないとね」

「なら、いい考えがあります!」

「聞こうじゃない」


 口元を緩め、彼女がニヤリと笑う。

 これならバクウケ間違いなし。配信者もリスナーも笑うだろう。そんな自信に満ち溢れた表情を浮かべて一言。


「記念凸待ち配信しましょう!」


 高らかに宣言した内容は、未だ私が成し得たことがなかった大型企画の話であった。

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