第4話:自分なり、第二の人生

「そんなの酷すぎますよーーーー!!」

「別に泣き所さんはなかったと思うんだけど」


 気づけばアステは泣いていたし、鳴いていた。それはもうぴえんぴえんと。

 今も言ったけど、別に泣くようなところはない。

 要約すれば、気に入らなくなったクランに自分から辞表を叩きつけたようなもの。だから私の心はこれっぽっちも傷まない。


 強いて言えば、幼馴染であるノイヤーは今どこで何をしているのだろうか、と心配になるぐらいだ。ちゃんとリアルでも会うし、昨日も会話したけど、彼女は頑なまでに今のマジクラプレイ状況を隠す。何か後ろめたい事でもあるのだろうか。


「泣きますよ! だってわたしのせいで……。わたしのせいでそんなことに」


 あぁ、なんだそういうこと。

 私は少し身長の高い彼女の頭を撫でる。


「あなたのせいじゃないから安心して。元からあの鉄仮面のこと気に入らなかったし」


 しゅんっとしながら、彼女はしょぼくれたように顔をうつむける。

 そんな顔しなくてもいいのに。そうだな。私が今から活を入れてあげるとしよう。

 撫でていた手を頭から離し、そのまま頭をひっぱたく。パコーンといい音が鳴った。


「痛っ?! な、何するんですか?!」

「しょぼくれたアステに活入れてあげたの」

「だ、だからっていきなり頭を叩くことないじゃないですか! おかげで見てください! HPが!!」

「ごめん、見えない」

「あ、えっと。どうやってパーティ設定するんでしたっけ?」


 こういうところを見ていると、まだまだ初心者だなと少し笑ってしまう。

 私はその場でパーティ設定のレクチャーと実践を行い、実際にアステのHPを確認することができた。確かにちょっと減ってる。お詫びとしてポーションを1個渡しておいた。


「やったー、師匠ポーション!」

「別にそんな機能ないから! あと師匠はやめてってば」


 師匠と呼ばれるぐらい歳を取っているわけでもないし、そもそも弟子を取った覚えはないよ。

 だいたいたった1日で師匠師匠って。ちょっと心を許しすぎやしないだろうか。私は少し心配だ。

 悪い大人 or 男というのは、こういう純朴な相手を引っかけやすいイメージがある。ここはネットだし、怖いなぁうむうむ。


「あ。ということは、師匠って今フリーですか? 暇ですか?」

「フリーランスではあるけど、暇ではないね」


 この3か月間、人間関係が面倒だからという理由で新しいクランには加入していなかった。

 根も乾かぬ内から別クランに加入した場合、あの鉄仮面はともかく、他のショータイムのメンバーがなんと言うか分からない。

 特によくちょっかいを掛けてきたここあというギャルは私を嫌ってるはずだ。

 だからクランには入らなかった。が、その代わりに。


「何かしているんですか?」

「私、配信者なの。画面の向こう側の人物、みたいなの」


 登録者32人だけど。本当のことしか言ってないけれど、盛ったのは事実だ。

 ほら、配信者ってだけで、結構すごーいみたいな顔されるでしょ?

 師匠って呼ばれること自体には抵抗があるけれど、それはそれとして尊敬されたいという気持ちは確かにある。こういうのを承認欲求と言うのだろう。


「ふっふっふ!」

「……なに笑ってるの」


 アステが不敵に笑っている。

 ぱきっとした目元が歪めば、白い髪と紅い瞳で吸血鬼が獲物を見つけたかのようにやや恐ろしいものに見えてしまう。

 直後、アステはウィンドウを開き、非常に慣れた手つきでスワイプやらフリックをしていけば1枚のページが表示されている。それは私もとても見覚えがあった。


「ア、アステ……?!」

「じゃーん、もう登録済みです!」


 こんなところに視聴者がいたらしい。

 知らないと思ってドヤ顔していた私の顔が真っ赤になりそう。


「初めて見た時とはだいぶ様相が違いましたが、声で師匠だってわかりました!」

「ま、まぁ。そう思うよね」


 様相が違う。そうだね、だって配信内の私は結構キャルキャルしたアイドル風の女の子だもん。

 今のテンションをおおよそ10倍高くして、言葉遣いだってかわいらしさを突き抜けてあざとさを100万倍付与したスペシャルモデルだ。スペシャルすぎて、配信後は必ずと言っていいほど胃もたれするぐらいには重力加速度がすさまじい。


「なんと言ってもこのランダムマッチの無双っぷりがすごいです! コメントも思わずドン引きしてましたし!」

「やめて、それはちょっと見たくない」


 見せられた動画のサムネは初めてロールプレイしながらランダムマッチに潜った際の配信だった。

 バトル自体はそれほど悪いものではなかった。これでも元最強クランのA部隊のまとめ役。必死に努力した実力で5VS1の圧倒的劣勢の中でも勝利を収めている。

 そこに問題はない。そう、そこには。


「すごかったですよ! プレイングで完膚なきまでにやっつけるかっこいい頃の師匠まんまでした!」

「やめて! 私はそういう路線じゃないの!」


 肝心のロールプレイは、ボロボロだった。

 平然とくたばれとか、退きなさいとか、戦闘中強い口調のアイドルがどこにいるだろうか。

 もっとこう、キャリーとかされたかったよ。

 でもみんな落ちちゃって。負けたくもなかったから、本気出したら、こんな感じである。


「こんなにすごいのに32人はやっぱりおかしいですよ!」

「地道にやってるからかな」

「師匠は、もっと伸びたくないですか?」


 アステが真剣なまなざしで私のことを見てくる。

 伸びたくないかそうでないかと言われたら、伸びたいけれど。アステにそれができるとは到底思えなかった。


「2人で一緒に配信者しませんか?!」

「……は?」


 その策は、どういうことなの?

 魔法教会のベンチに座る私は思わず天を見上げた。

 そこに神がいるかいないか分からないけど、目の前にある女神の像と目が合う。

 知りたいことはたった1つ。私これからどうなるんですか?

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