第3話:ブラッククラン、こんなところやめてやる
私がこのゲームを始めたのはだいたい1年ぐらい前のことだったと思う。
もう長い事やっている気さえするし、普通の人はゲームを始めた日にちを覚えていることなんて、そうそういないはずだ。
最初のうちはランキングなんか気にせず、のんびり魔法使いとしてクエストをこなしたり、幼馴染と酒場で雑談したり、ダラダラと過ごしているだけで楽しかった。
『あ、そうだ。クランとか作りませんか?』
ある日のこと、幼馴染が突然そのようなことを口にし始めた。
クランって? その時の私はまだまだゲームのことを理解していることはなかったし、初心者に毛が生えた程度の初心なプレイヤーだったことを覚えている。
『なんというか、ギルド? みたいな感じです。チームみたいな』
それなら分かる。みんなで集まってゲームを楽しもう、みたいなことだろうから。
『いいね、それなら早速作ってみようよ』
『人数なら集めますから、カナタは設定とか考えといてください』
『まぁ分かったけど、あんまり期待しないでよ?』
そんな感じでクランの設定をポンポンと決めていく。
例えばリーダーは? とか、名前はー? とか。
最大人数は30人。だからとりあえず創設メンバーである10人を選んでいく。
『名前。名前なぁ……。なんで私に頼んじゃったのやら』
名前を出せ、と言われても基本的に出てこないものが名前というものだ。
近場にあるものから見つければいいのだけど、手元にあるものなんてパソコンとスマホと、あとは明日の宿題ぐらいなものだ。
『宿題やんなきゃなぁ。でも名前がー』
悶々とする今日やらなくてはいけない内容。
適当に宿題の問題から取ってきてやろうか。
半ばやけくそ気味にプリントを見る。パッと目に入ってきた単語。
それがクラン名『ショータイム』であった。
最初はそんな感じにぐだぐだでゆるゆるなクランだったんだ。
それこそ放課後に教室でたむろする学生の延長戦。ゆるりまったりとした空間。時間を無駄にすることを目標としたようなクランだったことを覚えている。
でもとあるメンバーが言い出した一言で、その空気感が徐々に変わっていくこととなった。
『ねぇ、ランキング戦してみない?』
最初は試してみようよ、みたいなノリだったと思う。
ランキングは大まかに分けて2つの種類があった。
1つは個人ランキング。プレイヤーとプレイヤーが戦い、勝った方の順位が上がる。
もう1つはクランランキングというもの。
クラン同士がぶつかり合い、勝者は順位を上げていくというものだった。
私たちは挑戦するのは後者のクランランキング。
その時は圏外だった私たちは、そんな軽いノリでランキング戦を始めた。
それが大きな間違いであることを、私たちは後日知ることになる。
『勝った……勝っちゃったよ、名取ちゃん!』
『そ、そうですね! どうしよう、すっごく嬉しい!』
『やればできるんですよモチちゃん!』
初戦は完勝、というほどではないものの、勝利というトロフィーを獲得した。
初の勝利。初のランキング入賞。なんというか、ひたすら嬉しかった。
イベントですらゆるゆる動いていた私たちがこんなにもできる子たちだったんだって、興奮せざるを得なかった。
それからもメンバーが集まればランキング戦。
たまに負けたりもしたけれど、基本は勝ち越しでどんどん順位を上げていく。
次第に今までのクラン方針も変わっていって、ゆるゆるからカチカチへ。エンジョイからガチへと移行していくのを肌で感じていた。
『……負けた』
『ドンマイです。今度は勝てばいいのですから』
『でも最近負け越してるよね?! クランのみんなだってもっと頑張ろうって必死なんだよ?! リーダーのノイヤーちゃんがしっかりしないと!!』
『……そう、ですね』
幼馴染は次第に暗くなっていった。
あれだけ適当だったはずの態度が、リーダーとして真面目に働く姿へと変わって。
正直、見えてられなかった。
プレッシャーと責任感と。勝たなきゃいけないという重圧と。
そんなだからだろう、幼馴染のノイヤーが彼を仲間に引き入れてしまったのは。
『ベディ―ライトだ。よろしく頼む』
黒獅子。目の前の黒い鎧に金色のタテガミを兜に付けた男はそう呼ばれていた。
当時の個人ランキング13位のトッププレイヤーで、ランクSSSの強者だった。
彼が来てから、クランは変わった。緩やかなスローライフは地獄のような日々へと変わり、彼のやり方についていけないメンバーはその場でリタイアしていく。
彼のやり方は非常に単純だ。テンプレートを極端に極め、汎用性を高める手法。
相手のクランに応じてテンプレートを変え、戦術を読ませない変幻自在の強さは、他の追随を許さなかった。
『……わたくし、リーダーをやめますね』
『え?』
クランランキングも3桁台に差し掛かったところで、彼女は心の悲鳴を上げた。
ベディーライトがショータイムの事実的リーダーとなった辺りで、幼馴染が、ノイヤーがそう言ったのだ。
『どうして……?』
『疲れたんです。上を目指すごとに心をすり減らす日々に』
『……それは』
『カナタも同じでしょう?』
『私は……』
その時、答えられなかった。
何かを言えたら、変わったかもしれないけれど、現実はノイヤーがクランから姿を消しただけ。
その後は、もう必死だった。せめて私が最後のショータイムの創設者としてここに残らなきゃって。
だが。そんな覚悟も長くは続かなかった。
3か月前。ランキング戦もイベントも嫌になって、何もかもサボった私は初心者だったアステにいろいろ教えていたのがバレたらしい。
『カナタ、イベントをサボって何をしていた?』
『…………』
『今回のクラン報酬もマストだ。ランキングを勝ち上がるためには少しの油断も見逃せない』
『…………』
『何か言ったらどうだ。私も暇ではない』
何かを言う? だったらショータイムを、クランを返せと言うべきか?
あの楽しかった日々を返せと言うべきか。もうどうだっていいか。だって、あの日々はもう取り戻せないのだから。
『キミはクランの秩序を乱す。クランランキング1位というトロフィーに傷がつく』
だから。だからどうしたって言うんだ。
私はこれまで頑張ってきた。必死についてきた。だがこの結果がこれだ。
目の前の玉座しか見えていない哀れな獅子王は、無数にある星の1つを一切見ていない。
そんな相手を、何故必死に持ち上げようとするか。
もう、どうでもいい。こんな場所、どうにでもなっちゃえ。
その程度には心が擦り切れてしまっていた。
『……2位のくせに』
『なに?』
『個人ランキング万年2位のくせに、トロフィーに傷がつくとかよく言えたものだよね!』
『カナタ。キミは私を怒らせたいのか?』
『今は私が怒ってるの! 私の居場所を散々荒らしておいて、それで1位の箔だとか、金トロフィーとかにうつつを抜かしちゃってさ! そんなんだから万年2位だって言ってるの!』
『キミにはガッカリだ。創設者だからと、甘く見てきたが』
――キミは用済みだ。
その言葉で、私の入ってはいけないギアがフルスロットルになった。
『じゃあいいよ! こんなクラン、やめてやる!!』
退職願はビンタで。
彼の黒鎧を思いっきり平手で叩きつける。
痛みはないだろうけど、せめてもの復讐だ。
幸い反撃されることもなく、クランをそのまま脱退して、今に至ると言う感じだ。
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