第2話:懐かしき、再会のスローライフ

「ホントに、すみませんでした!!」

「あぁ、いいって。宇宙空間じゃよくあることだから」


 私は嘘をついた。

 よくあることではない。偶然に偶然が重なった結果しか起きないよそんな交通事故。

 リスポーン地点である魔法教会にポップすると、私はミサにも使われていそうなベンチに腰掛ける。

 ある意味、これが偶然に偶然を重ねたものならば、この出会いは意外にも必然なのかもしれない。


「まさかぶつかった相手が師匠だったなんて……」

「ホントにいいから。あと師匠ってやめて」


 目の前の人物、私にぶつかってきた銀色の流星はかつて私が1日だけゲームを教えていた初心者。


 ――その名をアステ。

 本人曰く、アステロイド――小惑星が名前の由来らしい。


 鈍色に揺れる髪の毛が背中まで届くようなストレートヘア。

 冬の雪原のように限りなく白い肌と対照的な燃えるような印象を付ける紅色の瞳。

 まるでどこかの吸血鬼を思い出させるような見た目であるが、ぱっちりとした目元でそれが誤りなのだと理解させる。

 元気っ娘。まさしく、彼女を言い表すにはこれほどふさわしい例えはない。


 でも何故だろう。彼女を見ていると無性に昔を思い出すのは。

 見た目はそれっぽい子がいたけど、あの子タレ目だったし。

 ゲームだからこそ見た目は簡単に変えられるけど、この元気な雰囲気のアステに似た友達なんていなかったはずだ。


「ホント、いつ見ても元気そうだね」

「もちろんです! 元気だけが取り柄ですから!」


 そして二言目にはこの自己紹介。

 元気だけって、あなたそれ以外にも取り柄あるでしょうが。


「最近はどんな感じなの」

「そういえば、最後に会ったのって3か月前でしたっけ? それはもう元気もりもり大爆発で、ランキング街道まっしぐら! 私のランクはすでにCランクですよ!」

「おおー、やるね」


 また説明を挟んでしまうけれど、アステは私が見た中では一番の天才だと言ってもいい。

 ランクというものはFから始まるのだけど、それが調子よくポンポン上がっても3か月程度じゃDランクが関の山だ。

 その点、どれだけ要領よく、はたまた時間を割いてこのゲームをプレイしていたのか。3か月でCランクというのはなかなかに効率がいい。

 やっぱりこの子、普通じゃない取り柄が当たり前のようにあるよ。


「……というか、なんか太りました?」

「師匠に向かって失礼な物言い!」

「やっ! ち、違うんです! なんというか魂が、と言いますか」


 魂が太った。つまり幸せだとでも言いたいのか。

 確かにクランをやめて3か月。気ままに配信したり、宇宙を彷徨ったり。

 自分がしたかったことができている、という点では幸せ太りしたというのは間違いない。

 ただ、物事には言い方、というものがある。


「ほー、私の魂がおデブちゃんだと言いたいの?」

「ち、違いますってば! 雰囲気が優しくなったというか。こう、鋭いナイフみたいな雰囲気が丸くなったと言いますか……」

「つまり太ったと」

「だーかーらー! 違うんですよー!」


 ポコポコと自分の言いたいことが伝わらない憂さ晴らし、と言わんばかりに私の胸を叩く。

 うん、あんまり痛くない。フレンドリーファイヤにならないだろうかと心配したが、威力が低すぎて攻撃判定にもなっていないようだ。

 数センチ上の頭をポンポンと軽く撫でる。

 私の過ぎた弄りを理解したのか、頬っぺたを膨らませてぱっきりとした瞳がジト目に代わる。


「やっぱり丸くなりましたよ」

「そうかもね。いろいろあったし」


 ベンチの隣を優しく叩いて、座るように誘導する。

 アステは意外にもこれを遠慮した。


「……何かあったんですか? 相談に乗りますよ!」

「それを今から言おうと思ってるの。ほら座って」


 話が長くなりそうだし。

 私がそう言うと、それなら仕方ないか、と言わんばかりにスカートにしわがつかないようにベンチとおしりの間に手を滑らせてから、腰かける。

 別にVRなんだからそんなことしてもあんまり意味はないだろうに。

 やっぱり普段の癖というものが出ているのだろうか。


「あんまり気持ちのいい話ではないんだけど、いい?」

「どんとこいです! わたしと師匠の仲ですし!」

「だからその師匠はやめてってば」


 私はたった1日だけゲームのことについて教えてあげただけなんだけど。

 師匠呼ばわりされるほど、大げさなことはしてないとはずだが、彼女にとってはそうではないらしい。


「だって、師匠は師匠ですから!」

「つまり別に気にしないと」

「そういうことです!」


 ちょっとだけ、この子が悪い大人に騙されないかと少し心配になったが、それは今はいいか。


「そういえば私がどこのクランに所属してたかって言ってなかったよね?」

「はい。師匠が強いというのは知っていますが」

「上には上がいるんだよ。例えば最強クランの『ショータイム』とかね」


 私は3か月以前の出来事を思い浮かべる。

 ブラッククランへと成り果てた『ショータイム』とクランリーダーであるあの人と、私の話を。

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