第10話 魔術師は幼馴染と初めてを体験したい ☆
ユアンは悶々としていた。
女の子のような美貌で男臭さがない見た目から、周りからは『そういうこと』に興味がなさそうに見られているが、それでも男だ。
興味がない訳ではないし、正直、長年の想いが通じた今、先に進みたいという気持ちで逸るのを、理性で懸命に抑えている状態だった。
以前はトレミアと触れ合う事など、夢でしかなかった。
それが今では、時間があれば会って手を握ったり、髪に触ったり、そっと抱きしめたり、時には、触れるだけの口付けもしている。
性急過ぎるとトレミアを怖がらせてしまう、と思いながらも、二人きりになるとどうしても抑え切れない。
しかも、トレミアも恥ずかしそうではあるが、ユアンを潤んだ熱っぽい瞳で見つめ返してきたりするので、ますます抑えが効かなくなっているのだった。
自分があと一歩勇気を出せば、きっとトレミアも応えてくれるという確信はあった。
(でもなあ……)
そこまで考えて、ユアンはため息を付く。
いつも堂々巡りになる問題の一つに、ユアンもトレミアも宿舎住まいだという事がある。
宿舎は一人一人に個室が与えられているとはいえ、壁も薄い上に、同じ職場で働く仲間たちのいる場所でそういった行為に及ぶのは躊躇われる。
万一気付かれてしまったら、自分はともかくトレミアが恥ずかしい思いをするだろう。それは絶対駄目だ。
(何かいい案があればな……)
そう悩んでいたある日、ユアンは街に買い出しに行った。
目当ての物を買って雑貨屋を出た時、通りの向こうに目立つオレンジの髪を見た。
「げ」
思わず声に出してしまうと、聞こえる距離ではないのにその男もユアンに気付き、一瞬微妙な顔をした。
が、何を考えたのか、マイロはつかつかとユアンの元に歩いてきて声を掛けた。
「よう、魔術師くん」
「……こんにちは」
仕方なく軽く会釈すると、マイロはふうん、と面白くなさそうな声を出す。
「おーおー。愛しの彼女と結ばれて、すっかり丸くなっちゃいましたかぁ?良かったな~」
「……おかげ様で」
マイロの嫌味ったらしい言い方を受け流しながら、内心(うう、こいつ、やっぱり嫌いだ)と辟易した。
「あー全くだなー。俺が当て馬になってやったおかげで、火がついてうまく行ったんだから、感謝して欲しいぜ」
マイロは不満たらたらの顔で嫌味を言っていたが、ふと真顔になると、
「……ところで、お前もう、トレミアちゃんとやったの?」
「なッ!?」
平然ととんでもないことを言われ、ユアンは真っ赤になった。
「そっ、そんなこと、お前に言うわけないだろっ!」
動揺で目を泳がせるユアンを「ふーん」と観察していたマイロは、口の端をちょっと吊り上げた。
「なあお前、まだ童貞だろ」
「はあっっ!?」
「いやー、お前そういうこと積極的に出来そうにないもんな。おまけに相手がトレミアちゃんじゃ、いいとこキス止まりだろうな~。それも舌入れないやつ。生殺しで毎日悶々としてるだろ。ああ可哀想。いい気味だなー」
(こいつ、ほんと何なんだ!俺の現状、いちいち正確に当ててきやがって!)
うぐぐ、とユアンが歯噛みしていると、上機嫌になったマイロは「なあ」とユアンの肩に腕を回して来た。
「お前が素直に教えてくださいって頼めば、どうやったらうまく最後まで持っていけるか、教えてやらなくもないけど?」
「うっ……」
普段ならにべもなく断っている。だが、答えの出ない状況に悶々としていたユアンは、葛藤しつつマイロのにやけ顔を見た。どう考えてもマイロの方が経験値が上なのは分かっている。
しばらく「うう」と悩んだ末、不承不承口を開いた。
「教えてください……」
まさか本当に言われると思ってなかったマイロは、一瞬ぽかんとしたが、直後爆笑した。
「ぎゃーーーはっはははっ!!あはは!腹いてーーっ!!お前、そんなに切羽詰まってんだ!?ひゃははッ、あーー笑える!」
「そんなに笑うな……」
「あはっははっ、あーーもう、めちゃくちゃ笑わせてもらったしな、いいよ。教えてやるよ」
ひとしきり笑ったマイロは涙を流しながらも、意外に親切丁寧に色んな事を教えてくれた。
なんと、巷にはそういうことをするための宿があるという。見た目は普通の宿屋だが、看板に「ショートステイ」と書いてあるところは、そういう目的のための宿だそうだ。
「いやー心配だなー。ちゃんと出来るか?俺が見ててやろうか~?」
マイロがそんなことを言うので、冗談とは分かっていてもユアンはぎょっとして
「いらん!」と断った。
同時に、こいつならそういうことも平気でやりそうだとも思ったが。
「まあ……助かったよ。ありがとう」
ユアンが素直に言うと、マイロは目を丸くしつつもまんざらでもなさそうに笑った。
「ああ。頑張れよなー」
ちゃんと出来たら話聞かせろな、と言われたが、それは絶対嫌だと断るユアンだった。
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