第8話 魔術師は素直になる

「ユアン!戻れっ!」



部隊長が叫んだがユアンの耳には入らなかった。



トレミアは体勢を崩しながらも、飛竜の噛みつきを躱して地面を転がって避けていた。



しかし、飛竜は完全にターゲットをトレミアに定めたようで、執拗に追いすがろうとしている。



レックスやマイロがカバーに入り、他の魔術師たちも飛竜の動きを止めようと魔術を放つが、飛竜の動きは止まらずトレミアは窮地を脱することが出来ない。



(ダメだ!トレミアは俺が守るって決めたのにーーー!)



その時、ユアンは自分の内側で何かがパキンと壊れる音を聞いた。



「!!」



それが何かを悟ったユアンは、即座に詠唱した。



「アースバインド!」



飛竜の足元から土が蔦のように湧き上がると、飛竜を捉えた場所から硬化して動きを止める。



魔術レベル6で使用できる、通常の無属性のバインドより強力な土属性の拘束魔術。



「グアアアア!」


飛竜は急に自分が訳の分からない石の蔦に捕らえられたことに混乱して叫び声を上げるが、どんなに暴れても逃れられない。



「トレミア!今だ、やれっ!」



ユアンが叫ぶと、トレミアは頷いて体勢を整え、一気に跳躍して飛竜の首を捉えた。


同時にレックスも動き、二つの剣が一閃したあと、飛竜の硬い外皮に守られた太い首はずるり、と地面に落ちていた。



「はあ、はあ……やった……」



レベル6を解放した直後に大きな魔術を行使したことで、ユアンは魔力のほとんどを使い切ってしまい、力が抜けてその場にへたり込んだ。



「ユアン!」



うおおお、と皆がどよめき、飛竜討伐を成し遂げた喜びを分かち合っているところで、トレミアがユアンに駆け寄って来た。



「ユアン大丈夫!?」



ユアンを抱き起こすと、心底心配そうに、大きな翡翠色の瞳をうるうるさせて見つめる。



「俺は魔力切れでヘタってるだけだよ。それよりトレミアが無事で良かった……」



ユアンは、力の抜けた腕をそっとトレミアの背に回すと、柔らかい顔でトレミアの目を見つめた。



「俺、トレミアが危なくなってほんとに焦った……。絶対守りたいって思ったらレベル6の魔術を解放できたんだ。ありがとう……それに、今までごめん。俺が勝手に卑屈になって、トレミアの気持ちに応えられなかった」



「ユ、ユアン、どうしたの!?」



いつになく素直に、饒舌に話し出したユアンに、トレミアは目をぱちぱちさせている。



「ほんと、ごめん。それで今更だけど、俺、トレミアのこと好きだから。前からずっと好きだったよ。今までずっとそっけない態度取ったりして、ガキでごめんな」



「う、うそ」



「ほんとだよ。それで、こんなガキで馬鹿な俺でもいいなら、俺はトレミアと恋人になりたい。……トレミアはあのオレンジ髪のやつの方が好きかもしれないけど……俺は、もう自分の気持ちに嘘ついたりしたくない。だから素直に、正直に言うことにする。俺はトレミアが誰を好きでも、ずっとお前のことが好きだから」



トレミアはしばらくユアンを見つめたまま固まっていたが、ぶわっと涙を溢れさせるとガバっとユアンに抱き着いた。



「うわああああん!私も、私もユアンのことが好きだよーー!これまでもこれからもずっとずっと好きだよーー!」



「……ほんとに?あいつのことはいいの?」



「マイロ先輩はいい先輩だよー!でも私が好きなのはユアンだけなのー!」



「良かった……嬉しい」



ユアンはぎゅっとトレミアを抱きしめていたが、ふ、と離れて優しい目でトレミアを見つめた。



「トレミア、好きだよ……これからずっと俺が守る。大事にする」



「ユアン……」



二人の顔が近づき……



「もう終わり。ここはまだ戦場。そういうことは誰もいないとこでやって」



いつの間にか近づいてきたフィンリーがぬっと側に立って、無表情で告げる。



「すっ、すみません!」



真っ赤になってトレミアが謝ると、フィンリーはトレミアに顔を向けて言った。



「私とユアンは付き合ってない。この前の植物園は、用事があって一緒に行っただけ。デートじゃない。一応言っとく」



「え?あ、はい・・・ご丁寧にありがとうございます……」


フィンリーの謎の圧に押され、トレミアは大人しく呟いたのだった。




「はあ~~あ。俺、単なる当て馬ですかあー。あーー結構本気だったのに。もう、このままじゃ寝れないなあ!団長!俺のこと慰めてくださいよ!これ終わったら酒飲みに行きましょう!団長のおごりで!」


トレミアたちのやり取りを遠目で見ていたマイロは、がっくりと肩を落とすと、やけくそ気味にレックスに絡んだ。



「まあ奢ってやらんこともないがな」



さすがにレックスもマイロを不憫に思ったのか、苦笑しながら答えた。





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あとがき:デレのターンです。

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