突然のできごと

 それはあまりにも突然だった。




『お知らせ


 誠に勝手ながら、閉店させていただきます。』



 シャッターの閉まった沢田肉屋には、それだけが書いてある紙が張ってあった。


「マジかよ……」


 そう呟いた俺は、すぐさま沢田医院へと走り出した。というよりも、足が勝手に動き出した、という表現の方が正しいだろうか。



『わたしゃいつポッキリ逝くかもう分からん』



 脳内ではその言葉だけが永遠にこだましていた。


 まさかもう、死んでたりしてないよな……。




「はぁ、はぁ、沢田のばあちゃんはどこですか?」


 ガラガラガラ。と沢田医院のドアが開くと同時に、俺は喋った。


「さ、沢田様の部屋ですね。こちらです」


 フロントの看護師さんは一瞬驚いたような表情をしたけれど、もともとばあちゃんから話を聞いていたのか、すぐに案内してくれた。



「おお、お主、来てくれたんじゃな」


 ベッドで横になったばあちゃんは、こちらを振り向いて言った。

 良かった、まだ生きてる。


 二人にさせてくれ、というばあちゃんの要求により、看護師さんは部屋から出ていった。



 ばあちゃんはさっきちょっとだけこちらを振り向いただけで、今は窓の方を向いている。


「ちょいと話をしてもいいかのう」


 ばあちゃんはそのままの姿勢で喋り始めた。

 俺とばあちゃんが初めて話した時と同じ切り出しだ。


「なんすか」


 俺もその時と同じ返しをする。でもその時みたいに面倒な気持ちではない。

 ばあちゃんは少し間をおいて、話し始めた。


「余命宣告出されたのう。わたしゃ、あと一ヶ月も生きれんらしい」


 やっぱりそうなのか。

 俺は、話の腰を折りたくないから、そのまま黙って聞いた。


「前も言ったけどのう、昔の彼氏は、わしがいる、わしがついてるって、言ってくれてのう……あの時のことが忘れられなくて、もう一度恋をしたくなったんじゃ。お主に好きだってことを伝えようか迷ったんじゃがなあ、今もこうして隣にいてくれとる。後悔はないのう。」


 ばあちゃんは苦しいのか、少し息を切らしていたが、そのまま喋り続けた。


「むしろ、好きだって伝えて本当に良かったと思っとる。最期に、恋の気持ちを思い出した。ありがとなあ、ありがとなあ……」


 そこでばあちゃんの話は途切れた。不意に部屋に静かな空気が漂う。



 俺は、ばあちゃんの真後ろに寝っ転がって、後ろからばあちゃんを抱き締めてやった。

 今俺に出来ることは、それくらいしかないと思った。



「俺がいる、俺がついてる」



 その言葉も付け足した。


 思えば、ちゃんと人に愛されたのは初めてかもしれない。いつもいつも、遊び半分で付き合って別れて、そんな人生だったから、このような恋愛は新鮮だった。

 だから、ばあちゃんに対して出来る最大限のことをする。


「ありがとなあ、ありがとなあ……」


 ばあちゃんは泣いているのだろうか、鼻をすする音が聞こえた。

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