第119話(おやすみなさい……)

「…………」


「リベア。あの、その……」


 揺れる馬車の中、気を利かせた陛下が帰りの馬車を二つ用意して下さり、わたし達は二組に分かれて乗り込みました。


 組み分けはわたしとリベア。ソフィーとフィアです。

 当然というべき二人組になりましたが、今日という日ほど、自分のコミュ障を呪った事はありません。


 陛下とのお話を終えてから、弟子が明らかに不貞腐れてしまっているのです。


「えっと、何か怒っているんでしょうか?」

「…………むすー」


 に座る彼女は先程から窓の方を向き、顎に手を置いて景色を眺めている振りを続けています。


 え? なんで振りだって分かるか? 窓の反射に映ったリベアが頬をぷくっと膨らませていたから。それだけです。


 わたしが中々切り出せずにいると、業を煮やした彼女の方から話を振ってきました。


「師匠。さっきのお話、受けたりしない……ですよね?」

「リベア……」


 薄々そんな気はしていました。


 わたしが学院の講師になるという話が出た段階で、誰の目にも分かるほど青褪めてましたし。だから王妃様もリベアとよく話をするように言ってきたのです。口下手なのを知ってて。


「師匠……」


 本物の上目遣いは、わたしのまがい物とは比較にならないくらい絶大な効果を発揮しますね。こんなのを正面から喰らってしまうと堕ちそうです。もう堕ちてますけど。


(今にも泣き出しそうな目。この子はそれくらいわたしを……)


 これが勘違いとかでなければ、一緒にいる時間が短くなるのが嫌だ。彼女はそう言ってくれているのでしょう。


 そしてその気持ちは、わたしも同じです。


「弟子との時間は、他の何を置いても優先させるべき事柄……」


「えっ!?」


 独り言にしては割と大きめの声になってしまい、リベアが“どくんっ!”と胸を打たれたかのような反応をします。


 本音で話すのって、大事ですよね。


 どんなに仲のいい夫婦だって隠し事は嫌ですし、本音で話さないと要らぬ誤解を生みます。


 そう、あの話には続きがあるのです。


 陛下の話を受けるにあたって、付け加える条件について。


(ちゃんと伝えないと……ですよね)


 それはリベアに関係します。ただし普通に言っても機嫌を損ねた弟子に効果は薄いでしょう。


 だから――二人きりなら、いい


 みんなに好かれる顔の大賢者じゃなく、自分のを出しちゃっても。


「――そんなに暗い顔をしないで。折角二人きりになれたんだから。安心してよ、わたしは弟子を置いて行ったりなんてしない。師匠だからね。ああ、たとえ師匠でなくなってもそれは変わらないから」


 普段と同じように笑いかけます。いや、笑顔はいつもより増し増しですかね。


「師匠、そんなにも私のことを想って……――分かりましたっ! 私、師匠のことを信じます!!」


「うん、ありがとう。それでね、実は丁度考えていたんだ。リベアも学園に通うべきだと」


「私も学院に? ですか?」


「そう。追加条件でリベアの入学を認めてもらうつもり」


 大賢者であるわたしが特別に講師をする代わりに、リベアを王都で最難関の魔法学院に入学させる。それを条件に入れるつもりでした。どうせわたしもそこで魔法を教える事になるんでしょうし。


 大賢者の仕事もでき、弟子とも一緒にいられて、尚且つ弟子の成長を促せる。一石二鳥ならぬ、一石三鳥です。


 今はわたしの個人的な研究や彼女の生活もある為、午前と午後、どちらかしか修行をさせてませんが、学院に通うなら朝から晩まで勉強が出来ます。真面目で勉強熱心なリベアにもあっているのです。


(学院には魔法学以外にも様々な授業がありますし、色んな人と触れ合う事になります。それはきっと彼女にとって良い経験となるでしょう。確か臨時講師にも研究室が一室割り当てられる筈ですから。わたしもそこで研究を進めれますね)


 考えれば考えるほど、いい事尽くめでした。


 リベアも自分が学院に入学できると聞いて嬉しそうです。あ、いや、この場合はわたしと一緒にいられるから、ですね。


「私が師匠と一緒に王都の魔法学院に……えへへ、お母さんなんていうかな」

「とてもお喜びになると思いますよ」


「あ」


「?」


「師匠タイムはもう終わりなんですか?」


「師匠タイム? ああ、そういうこと。やっぱりこっちの喋り方の方がリベアは好きなんだね。いいよ、分かった。家に着くまで大賢者モードはお休み」


「は、はいぃ〜! ありがとうございます!」

「感謝されるような事は何もしてないよ」


「でしたら、膝枕なんかも……」

「うーん、別にいいけど変なところ触ったら怒るから」


「私に任してくださいっ!!」

「何を任すのか分かんないけど、まあ分かった。いいよ」


 背もたれに深く腰掛け、ほれほれと、太ももをぽんぽんと叩き手招きします。


 すると自分からしたいって言ってきたのに、「失礼します」といくらか遠慮気味に頭を乗せてきたので、緊張をほぐす意味も兼ねて、その柔らかな髪を手で梳くように撫でてあげると目を細めて喜びました。


(リベアが魔法学院に入学するっていう話を聞いたら、両親含め村中の人全員が卒倒するでしょうね。なにせ数ヶ月前まではただの村人だった女の子が、上級貴族も通う王都の学院に通う事になるんですから。村長辺りは国から村に入る補助金で一喜一憂しそうですが)


 国が魔法使いを奨励しているので、どんな田舎に住んでいても魔法の才能さえあれば、国から補助金が出て学園に入学する事ができます。


 それだけの価値が魔法使いにはあるのです。そして補助金を貰った魔法使い候補の大半は後に国に所属します。まあ、恩返しですね。国もそれを狙っているんでしょうし。


 ですが魔法学院にもランクが存在します。リベアが通うのはその中でも最上級の学院。姫様や他国の王族だって在籍しています。


 だからリベアのような田舎者や下町出身の者を上級貴族達と同じ校舎にいれるとかなりの反発が起きるのです。

 そこの所は陛下に抑えてもらうとして、“平民いじめ”の方は教師としてわたしが目を光らせる他ありませんね。


「やる事、覚える事が山積み……。リベア、帰ったら、あれ?」


「んにゃ……ししょう……」


 そこにいたのは、わたしの膝の上でスースーと寝息を立てて眠る普通の女の子でした。


(寝顔かわいいっ!)


 触れたいですが、今触れると起きてしまいそうなので我慢しましょう。


 わたしもそうですがリベアや他の二人も今日一日緊張しっぱなしで疲れちゃったんですね。


「今日の所は、勘弁したげますか」


 窓を開け、空を見上げますと、雲一つありません。


「今夜は星月夜でしたか。いい夢が見られるといいですね、リベア――おやすみ」


「んゅ」


 わたしの声に反応するように、小さく頷く弟子なのでした。

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