第117話 国王夫妻の計略

 前触れもなく颯爽と現れた王様を見て、呆気に取られるわたし達。


「むむっ?」


 メイドさんを含めたみんなの反応が悪いと感じた王様が、不安そうに話しかけてきました。


「ティルラちゃん、もしかして儂の事覚えとらんのかい? 儂じゃぞ、儂」

「……新手の詐欺が何かですか、国王陛下」


 威厳のへったくれもなく現れたのはこの国の王様……? 王様でした。


「すみませんねティルラさん。うちの夫が。あなた、久しぶりに会えて嬉しいからってはしたない真似はよしなさい」


 遅れてやって来た王妃様が申し訳なさそうな顔をして謝り、国王?を叱責します。


 この方は間違いなく王妃様ですね。


 国王?に面と向かって注意出来る人なんて、この国の母たる王妃様と大賢者のシャルティアしかいませんから。


 ですがおかしい。記憶の中にある王様像と今目の前にいる王様の姿があまりにもかけ離れています。民衆の前に立った時のような威厳が全くありません。


 もしかして偽物? 本物はわたしを試すために遠くから見ている? そんな事を考えていたら、顔に出てしまっていたようで王妃様に苦笑されてしまいました。


「ごめんなさいねティルラさん。この人は本物の国王で間違いないわ。こっちが素なのよ。シャルティアの前ではいつもこんなんだったわ。あなたと接している時はシャルティアに言われて王様モードだったから。この場にいる他の皆さんも、この事は秘密でお願いしますね」


「は、はい!」


 王妃様の“お願い”に、全員が食い気味で頷きます。

 断ったらどうなるのか……想像したくないですね。


「というわけじゃから、納得してくれたかなティルラちゃん」


「はい。それなら納得です」


 理解した後は即答でした。


 あ、陛下が傷ついている。誰がいじめたんでしょう? 酷いやつですね。


「いや、納得するの早いわね。私も噂くらいは聞いていたけど、実際目の当たりにすると……演説していた時と今のギャップがひどいわ」


「ははっ、ソフィー。考えてみてください。師匠に本気で告った人ですよ? 国王陛下は」


 そう教えてあげますと、彼女は心得顔で頷きました。


「なるほど、それなら確かに納得ね」


「でしょ」


「ええ」


「師匠とソフィーさんの中のシャルティア様って一体……」


 二人で頷き合っていると横から半泣きの王様が。


「ティルラちゃん、ソフィーちゃん! 確かに全部事実なんじゃが、それは酷いんじゃないかの!?」


「すみません陛下。許して下さい。このとーりです」


 リベアの真似をして瞳をうるうるさせてみます。


「ぐはっ、ティルラちゃん……それは卑怯じゃぞ、そんな目で見られたら許すしかないではないか」


 効果は抜群でした。


「ちょろい」


「ティルラ、声出てる」


「あ、失礼」


「しょぼん……」


「王様が“しょぼん”なんて言わないで下さいよ……」


「しょぼん!」


「陛下、楽しんでますね?」


「あなたー?」


 あ、鬼が出た。


「ひいっ! すまん、少しふざけ過ぎたの。こほんっ――大賢者ティルラよ。本題に入ろう。フィアと言ったか、そちらのメイドも遠慮なく座っていてくれ」


 文字通り妻に尻を叩かれた陛下は、シャキッと直り真面目な顔をつくります。


「いえ、私めはこちらの方が性に合っておりますのでお気遣いなく」


「そうか。儂は構わんが、疲れたらいつでも座って良いからの。では話そうか」


 そうして本題のお話が始まりました。


 まずはわたしとソフィーの関係について幾つか問われ、それに答えました。


 陛下側も周知の通り、ソフィーとは旧知の間柄であり、商売仲間でもあります。グラトリア家をよく知らない貴族達も今回の事を受け、わたし達の関係を洗いざらい調べ上げるだろうと言っておりました。


(これは事前にグラトリア家で話していた通りになりましたね)


 次に陛下はこうも仰いました。


 今回でグラトリア家の“政治的価値”が大きくなり、その娘であるソフィーへの縁談もかなり増える事になると。


「ソフィーちゃん共々、グラトリア家には迷惑をかける事になるのう」

「いえ、陛下。その分、家業に関してかなり融通を効かせてもらっていると両親から聞きました。それだけで十分です」


「そう言ってもらえて何よりじゃ」


「わたしの方はどんな感じなんですか?」


「というとな?」


 好好爺の顔をした陛下が分かりやすく試してきてます。孫の成長を見たいんでしょうかね〜?


 大賢者を舐めないで下さい。政治についてだってからしっかり教わったので理解しています。


「わたしの予想だと今頃大激怒していると思いますよ、魔法統率協会は。特に序列三位の人。あと王族が一人の魔法使いを重宝していたら他の貴族達が黙っていないんじゃないですか?」


 わたしの回答に夫妻は顔を見合わせ、満足そうに頷きました。


「うむ、魔法統率協会に関しては我らが矢面に立つことでお主への被害を防ぐつもりじゃ。彼らも表立って国主に反抗する事は出来ないだろう」


 ふむ、その言い方だとは大変そうですね。わたしには関係ないですが。


「貴族側の方は?」


「そちらの方の根回しはもう済んでおる。そもそも各々の家が護衛と称して専属魔法使い雇っておるし、故意に魔法使いと婚姻を結ぶ家もある。王家側もそれを全て把握した上で黙認しとる。仮に何か声を上げようものなら王家に内緒で戦力を有していた自分達の立場が悪くなるだけじゃからな、余程のバカでなければ反発は起こらんよ。それに民の味方である大賢者を敵に回すなど尚のことありえん。大賢者の威光は他国への牽制にもなるしの」


「はっはーん。それがわたしを王家側に引き込んだ本当の理由ですか」


「さぁって、どうかの?」


 この人、性格はアレですが、内政の手腕はいいんですよね。それに加え文武両道で外交面に長けた王妃様がいるので隙なしです。この二人がいる間はうちの国は安泰ですね。ユリア様の姉は民衆の英雄である勇者様とも結婚しますし。


「だけどねティルラさん。今の貴方に大賢者としての確かな実績がない事は事実なの。このままだといずれ文句を言ってくる貴族が現れてしまうわ」


「ほうほう」


「そこで儂らは、ティルラちゃんに丁度いい実績作り向けの仕事を用意したのじゃ」


「……それはなんですか?」


 ヒジョーに嫌な予感がしました。そしてその予感は的中してしまいます。


「教師になってもらう」

「…………はい?」


「ティルラちゃんには、国が運営する魔法学院で特別講師として一年間を通して生徒に魔法を教えてもらう」


「はいぃっーー!? なんですかそれはー!」

「まあ、儂らも応援するから頑張っとくれ」


 この日、大賢者ティルラ・イスティルはとある魔法学院の臨時教師になる事が決定しましたとさ。続く。

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