第116話 抱きつくのは結構ですよ
「はぁ……それにしてもまったくやってくれましたね。身内全員がグルだったというわけですか」
こんなわたしでも一応の常識はあります。
ただの魔法使い(大賢者)が王様に直接会える事が大変やべーというのはよく分かっています。王様と恋仲ではないかと噂された師匠でさえ、会うのは年に数回程度でしたから。
まあ、あの人が単にめんどくさがって行かなかっただけですが。
「ごめんなさい師匠。でもびっくりしましたよね!?」
「びっくりしたも何もこっちは心臓が止まりそうになりましたよ。事前に聞かされていた組はいいですよね?」
皮肉混じりに言いますと、ソフィーが震える手を隠すように膝の上へ置き、閉じていた目を半分開きます。
「あら、それは心外ね。私たちだってお父様達から直前に知らされた時はとても驚いたのよ。だってあのティルラが王家の方々に大賢者として正式に認められるなんて思わないじゃない」
「いやそれに関してはわたしも同意見ですけど……わたし、師匠と違って国の平和や発展に何も貢献してませんし」
自分でも思うのです。大賢者としての役目を担えていないよなーと、そう続けようとした所、「けれど――」とソフィーに遮られます。
「それでもね、納得は出来たのよ。そりゃあ引きこもり気質で、人の好意に疎くて、ダメダメな所ばっかりだけど……だけどね、曲がりなりにもあなたはあのシャルティア様の愛弟子……彼女に見初められた世界でただ一人の正統後継者なんだから。いつかこういう日が来るんじゃないかっていう心構えはしてた。その時がくれば、きっとあなたは私たちとは違う、遠い所に行ってしまうって」
ソフィーがこっちを見ているようで、見ていない、もっとずっと先を見ているかのような視線を投げかけてきました。
少し寂しそうな表情をされ、わたしは思わずその言葉を否定していました。
「大賢者になったからって、どこにも行きませんけど?」
「気持ちの問題よ。
「そうですか」
これ以上話を続ける気はないとばかりに、彼女は空になったカップに目を落とします。なんだか急にしんみりしちゃいましたね。
わたしは大賢者と呼ばれるようになっても、ソフィーやリベア、他のみなさんとの関係を変えようとは思いませんのに。
「むぐむぐむぐ」
「リベアさん。お口に汚れがついてますよ」
口の周りについた汚れをフィアが丁寧に拭き取ります……。
やっぱり、帰ったらマナーを一通り教えましょう。
「あ、フィアさん。ありがとうございます。これ、以外に糖分が控えめだ。純粋な果実をメインにしてる。これが貴族様用……? うん。果物の種類はここまで揃えられないけど、似たような物は作れそう」
わたし達が話している間もリベアはずっとデザートにありつき、研究していました。
どうやらただ食べてるだけでなく、その味を覚えて家で再現できないか模索しているようでした。
あと話には関係ないんですけど、彼女の手作りクッキーすごく美味しいんですよね。材料費に金貨一枚出すのを惜しまないくらいには。
「リベア。作れそうですか?」
「はい、たぶん。同じ物とは行きませんが極限まで近付けると思います。帰ったらお母さんとも相談したいです!」
「リベアのお母様も料理上手ですからね〜」
「師匠だって人並みには出来るじゃないですか」
「まーあの人によく手伝わされましたから。一人になってからは自分で作ろうとは思いませんでしたけど」
「師匠、果物を動物の形にして切るの上手いですよね。それも手伝わされたんですか?」
「あれは……半分趣味です。お前は不器用だと言われてムカついたので、覚えたてのナイフ捌きを披露したらなんか出来ました」
「それはそれで神業ですね……」
「……私も、料理、習おうかしら」
「お嬢様。いくら自分が蚊帳の外だからってそれはやめた方がよろしいかと。また前のようにキッチンを焦がしてティルラ様に怒られてしまいますよ。それと包丁捌きが危なくて見てられません。適材適所です。家事は全てフィアにお任せください」
「うっ、あなたは痛い所を的確に突いてくるわね。そうね、適材適所……いい言葉だわ。あなたには本当に感謝しているの」
「滅相もありません。私はソフィー様のメイドですから」
「ふふっ、あなたがメイドで良かったわ」
あらあら。いい主従関係ですね。ちょっかい掛けたくなります。
「フィア。わたしの専属メイドになって頂けるなら、今貰ってる給金の三倍出すって言ったらどうします?」
「――あんたにはあげないわよ!」
速攻で食って掛かる幼馴染。フィアの事を相当気に入ってるんですね。
「嬉しい申し出ですが、私も遠慮させて頂きます。この職場、けっこう気に入ってますから」
「そうです! 師匠には私がいますからっ!!」
「リベア。抱きつくのは結構ですが、そろそろ……」
「抱きつくのはいいんですかっ!? ししょうー!!」
なんて他愛もない会話をしていると――
「やあティルラちゃん! 儂のこと覚えておるかい!?」
入室の合図もなしに、王冠を頭に被った超絶イケオジが乱入してくるのでした。
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