魔法学院編 前編

第115話 大賢者 王宮へ呼ばれる

 煌びやかな調度品に富んだ応接室で、最高級のティーカップに、これまた最高級の茶葉を使った紅茶を優雅に飲みながら溜息をつく絶世の美少女がいました。


 彼女の傍には、王族に仕えるメイドさん達が静かに控えております。


 次世代の大賢者と名高い彼女の手が震えているのは、これからやってくるビッグな人物に対してなのか、それとも滅多にお目にかかれない高級なカップをスルッと落として割ってしまわないかという不安からなのか。


「ひひょう〜! これひぇんぶおいひいれすー!」


「…………」


 はたまた、最初は遠慮していたのにメイドさんに勧められるがまま食べたら思ったより美味しくて止まらなくなり、出されたお茶菓子を全種類頬張る欲張りんぼな弟子に比例して、メイドさん達による無言の圧が大きくなっている事が原因なのか、それは彼女にしか分かりません。


 ええ。だからこそ、その本人が明言します。


 この震えは、きっと、“全部”だと思います。


 とりあえず、わたしが王宮の応接室にお邪魔する事になった経緯を話しておきましょう。


 まず国王陛下によって、わたしが次の大賢者であると民衆に公言されてしまうというとんでもサプライズがありましたが、式典は無事に終わり、その後すぐにグラトリア家宛に王宮まで来るよう国璽付きの召集命令書が届きました。


 流石に王宮への召集命令が当日下るとは三人とも思っていなかったようですが、わたしはなんとなくそんな気がしていました。


 届いた命令書の外装は金箔でヤバそうな雰囲気満載でしたが、封を切るとずいぶんとフランクな内容の命令が出てきました。


 なんでも連れてきたい友人がいるなら何人でも連れてきていいから、もう一度顔を見せてほしいというもの。


 まるで孫娘か何かを見ているような視点ですよね? でも、国で一番偉い人にそう見られて悪い気はしませんでした。


 そういうわけでわたしは、「もうどうにでもなれ〜」の精神でリベアとソフィー、そしてフィアを道連れにここまでやって来たわけです。


(今考えると、この場にリベアを連れてきたのは失敗でしたね。ソフィーは貴族ですし、そのお付きのフィアもこういった場には慣れているようで他のメイドさんと一緒に主人の後ろに控えています。しかしリベアには社交界のマナーを教えていません。というか、平凡に暮らしていた村娘にそんな機会が訪れるなんて普通考えないですよ!)


 そういうわけで、リベアは貴族社会のことを何も知らない、欲に忠実な普通の女の子なので大目に見て欲しい所です。


「おいしーですー!」

「「…………」」


 ね、そこのメイドさん達?


◇◇◇


「もう食べれない……です」

「リベア、食べ過ぎですよ。夕飯が食べられなくなりますよ? 見てるだけでわたしも満腹になりました」


 弟子が満腹になったのを見て、メイドさん達がこれ幸いにとお菓子を下げ、代わりに紅茶と季節の果物が詰め合わされたデザートが並べられました。


 弟子は先程まで食べていた色とりどりのお菓子を名残惜しそうな目で追っていましたが、デザートが置かれるとお菓子そっちのけで食べ始めます。


 これではお菓子を回収した意味がないですね。


「むぐむぐむぐむぐ」


「……あの子、可愛いですね」

「うん。分かる。お持ち帰りしたいっ……」


 はっ?


「ちょっとあなた達ダメじゃない。じきに王様が来るのよ」


「先輩は見たくないんですか? あんな天使みたいな子が美味しそうに食べる所を」


「そ、それは見たいけど……」


 ふむ、どうやらメイドさん達の間で仲間割れが起きているようですね。リベアを甘やかしたい側と王宮の規律を乱すのは良くないと主張する側。


 どちらも正論ですね。わたしは断然ッ甘やかしたい側ですが。


「可愛いは正義なんですー! なんで分からないんですが先輩方は!」

「「「そうです! そうです!」」」


「いずれは新米の貴方達にも分かるようになるわ。そうよねあなた達?」

「「「その通りです。メイド長」」」


 リベアを巡る、メイドさん達の論争は暫く終わりそうにありませんでした。


「やれやれ、うちの弟子は罪づくりな子ですね」


 呆れ半分にその様子を見学していた所、ちょんちょんと肩を叩かれます。


「ん? どうしました?」

「これ、師匠も」


 するとリベアが切り分けられた果物をスプーンに乗せて待っていました。


 なるほどなるほど。全て理解しました。


 これ以上の言葉は必要ありませんね。


「師匠、あーん」


「あーん」


 わたしが黙って口を開くと、リベアはこぼれないように手を添え、甘い香りと共に口の中に果物が運ばれます。


 果汁が中から溢れ出てきますねー。流石は王宮御用達。


「……美味しいですね」

「えへへ。良かったです。もう一口いかがですか?」


「では、お言葉に甘えてもう一口」

「はい! あーん――」


 その直後、黄色い歓声が上がったのは言うまでもありませんでした。

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